第9話
大ネズミ撃退劇があった日の午後は、ミリアの希望もあって、魔法の特訓をしながらの旅路となった。
土をこねたり、石を積み上げたり。
夕暮れ時、野営の準備をする頃には、彼女は自分の腰の高さほどの綺麗な円形の石壁を作れるようになっていた。
私みたいにルール違反? をしているわけでもない彼女は、もしかしなくても天才だと思う。
そして、夜を過ごして三日目。
街道を歩く人影が、昨日までとは比べものにならないほど増えてきた。
馬車を引く御者や、大きな荷物を背負った商人の列。
さらには、腰に剣を帯び、いかにも「手練れ」といった雰囲気の武装した男女。
そんな、ノール村では決して見ることのなかった「冒険者」たちの姿を目の当たりにして、私は何とも言えない、不思議な高揚感に包まれていた。
「ハルちゃん、見てください! あそこです!」
隣を歩くミリアが、弾んだ声で前方を指差した。
緩やかな坂を登り切ったその先に、太陽の光を反射して白く輝く巨大な壁が姿を現した。
あれが、カナン。
私達のいるアステリア王国最大の商業交易都市らしいが、話に聞いていた以上の迫力だ。
近づくにつれ、その巨大さが圧倒的な質量を持って迫ってくる。
周囲を見下ろすような、高さ十数メートルはあろうかという白い城壁。
その大きさは、たくさんの人々の暮らしを支えるための、大きな盾のようにも感じられた。
「……すごい。東京のビルとはまた違う威圧感があるね」
「とう……きょう? ハルちゃんの故郷にある建物ですか?」
「あ、うん。まあ、そんな感じ。でも、この白い壁の方がずっと綺麗だよ」
私は誤魔化すように笑って、ミリアの手をきゅっと握った。
ミリアは少しだけ不安そうに、その手を握り返してくる。
「私、こんなに大きな街に来たの初めてで……。人がいっぱいで、はぐれちゃいそうです」
「大丈夫だよ。この手は離さないからね! 一緒に行こう!」
私がウィンクをしてみせると、ミリアは頬を染めて、嬉しそうに頷いた。
「はい……!」
◇
門へと続く街道には、長い行列ができていた。
威圧感のある鎧を着た門兵たちが、一人ひとりの荷物や通行証を確認している。
私はといえば、現代日本から持ってきた黒いセーラー服。当然、この世界にはない生地とデザインだ。
並んでいる最中も、周囲からの視線が突き刺さる。珍しそうな目、あるいは怪しむような目。
「……ハルちゃん、フードを被っておきましょう。あまり目立ちすぎるのも、その……危ないかもしれませんから」
ミリアが、ノール村を出る時に持たせてもらっていたマントを私の肩にかけ、フードを被せてくれた。
そうこうしているうちに、ようやく自分たちの番が回ってきた。
「次! 名前と目的は!」
目の前に立つ門兵さんは、鋭い眼光で私たちを射抜いた。
「はい! ハルナ・キセと申します。目的は、冒険者登録と……観光です!」
私は迷いなく答えると、ミリアが続けて口を開いた。
「私はミリア・ルルンと言います。目的は一緒です」
門兵さんは私の上から下までをじろりと眺め、特に私の足元のローファーや、マントの下に見えるセーラー服の襟元に一瞬だけ眉を寄せた。
「……見慣れん装束だな。どこの出身だ?」
「遠い、東の果ての方です……」
「そうか。まあ、最近は異国からの渡り鳥も珍しくないがな……通行証はあるか? 無い場合は、通行料に加えて魔力の確認に協力してもらうが」
「……あ、通行証は無いので、お金を払います」
私が答えると、「では、まず」と魔力を確認するために、門の横に置かれた水晶に触れるように促される。
まずはミリアからだ。
彼女が手をかざすと、水晶の中に赤と茶色の二色が、螺旋を描くように広がっていく。
「二属性持ちか……珍しいな。よし、次」
私は恐る恐る手をかざし、意識して『水』と『風』の魔力だけを流し込んでみる。
(集中して……二つに絞って……)
すると水晶の中には、上手く青と緑の光が混ざり合いながら浮かび上がった。
門兵さんはほう、と小さく頷いた。
「お前も二属性持ちか。珍しい素養があるようだな。街の中では揉め事を起こすなよ」
そう言って二人分の通行料、2000ユリー(ちなみにこの国の通貨は、『ユリー』という)を徴収すると、中へ通してくれた。
変な騒ぎにもならず、すんなり通らせてもらえて、私は胸を撫でおろす。
一歩、門を潜り抜ける。
その瞬間に押し寄せてきたのは、ノール村の何倍もの密度を持った「活気」の奔流だった。
「……うわああ!」
思わず感嘆の声が漏れた。
石畳が敷き詰められた大通り。その両脇には石造りの建物がびっしりと並んでいる。
漂ってくるのは、食欲をそそるスパイシーな香りと、どこからか流れてくる甘いお菓子の香り、そして大勢の人間が発する独特の熱気。
道のあちこちで露店が並び、威勢のいい声が飛び交っている。
「ミリア、すごいよ! 本当に、全部がキラキラしてる!」
「はわわ……ハルちゃん、本当に離さないでくださいね。流されちゃいそうですっ」
ミリアは半泣きになりながら、私の腕にぎゅっと抱きついてきた。
彼女の柔らかな胸の感触が腕に伝わって、どきりとする。
うん、なんだろう、この気持ち!?
とにかく、まずは彼女の不安を解消してあげるのが先決だ。
「大丈夫だよ。まずは落ち着ける場所を探そう! 拠点になる宿を見つけなきゃね」
私は安心させるように彼女の手を取ると、大通りを二人、ゆっくりと進んで行った。
人波をかき分けながら進むこと数分。
ふと、繋いでいたミリアの手が離れ、くいくいと袖を引いた。
「あ、ハルちゃん、あれは……?」
彼女が指さしたのは、大通りから一本入った静かな路地だった。
その奥に、太陽の絵が描かれた可愛らしい木製の看板が揺れているのが見える。
「『陽だまり亭』……。看板の絵が温かそうで、なんだか安心する名前です」
名前はともかく、建物は少し年季が入っているけれど、窓辺には色鮮やかな花が飾られていて、掃除も行き届いているようだ。
「うん。よさそうだね! 入ってみようか」
私が笑顔で頷くと、「はい! 行きましょう」と、今度はミリアが私の手を引いて歩き出した。
◇
扉を開け中に入ると、木の床が磨き上げられた清潔なロビーがあり、カウンターの奥から恰幅のいいおばさんが笑顔で出迎えてくれた。
「いらっしゃい! あら、可愛らしいお嬢さん二人組ね。宿泊かい?」
「はい。二人でお願いします」
「いいよ。一泊、朝食と夕食付きで、一人5000ユリーだ。お仲間なら二人間でどうだい?」
5000ユリー。
村で話した限り、お金の価値は日本にいた時と(感覚的に)ほとんど変わらないっぽい。
吹っ掛けられたりはしてない……と思う。というか、二食付きなら安いよね?
旅の途中で確認したのだが。ミリアのご両親からいただいたお金と、村長さんからいただいたお金の合計は、8万ユリーだった。
そこから、先ほど支払った通行料の1000ユリーを引けば、現在の所持金は7万9000ユリー。
ミリアも同じくらい(元々持ってたお金も考慮すると、もっと?)あるだろうし、これならしばらくは保ちそうだ。
「じゃあ、お願いします。……それと、おばさん。ここら辺でおすすめの食べ歩きメニューとかってありますか?」
宿代を支払いながら私が尋ねると、おばさんは豪快に笑った。
「ははっ! 観光かい? それなら広場の横にある『串焼き屋』に行ってみな。特製のタレが絶品だよ!」
「串焼き! 美味しそう」
私の目が輝いたのと同時に、隣のミリアもこくりと頷いた。
「焼きたてのお肉……ハルちゃん、あとで絶対に行きましょう!」
「もちろん!」
私達は親切な店主のおばさんにお礼を言うと、鍵を受取り、二階の部屋へと荷物を置きに向かった。
扉を開けると、そこにはこぢんまりとしつつも清潔な空間が広がっていた。
綺麗に整えられた二つのベッドに、木製の机と椅子。そして窓からは、カナンの街並みと、遠くにそびえる王城の尖塔が見えた。
「やっと、着いたね」
私は窓際のベッドに腰を下ろし、大きく伸びをした。
野営なんて初めてで、最初はどうなるかと不安もあったけれど、着いてみればあっという間だった。
それもきっと、隣にいてくれたミリアのおかげだ。
「はい。……本当にカナンに来たんですね」
ミリアも私の隣に座り、街の喧騒を眺めながら、どこか夢見心地な表情をしている。
そうやって、しばらく二人で外を眺めていると、風に乗って香ばしい香りが漂ってきた気がした。
「…………!?」
そうだ、串焼き! 忘れるところだった。
せっかくおばさんから教えてもらったのに、ここで感傷に浸っている場合ではない。
色気より食い気! ではないけれど、せっかくカナンに来たんだ。この土地ならではの美味しいものを、まずは食べてみたい。
「ミリア。宿に荷物も置けたし、おばさんおすすめの串焼き、食べに行かない?」
「早速食べ歩きですか? ハルちゃんらしいですね」
「せっかくカナンに来たんだし、美味しいもの食べて、街も散策してみよう!」
そう言って、「はい!」と微笑む彼女の手を引くと、私たちは弾むような足取りで、再び活気あふれるカナンの街へと繰り出した。




