5‐2
トンネルは緩い下り坂になっていて、和希たちが進むたびにLEDライトが点灯した。五分ほど歩いたところで、トンネルは終わり、四人は広々とした地下空間へたどり着いた。
「これって、工場じゃん」
バスケットコートが軽く四面は入る広さの空間に、様々な機械が並んでいる。十メートルほどある高さの天井には、いくつものレールが設置されていた。設備はどれも新しく傷一つない。白い機械の表面が、LEDライトの照らす光で艶やかに輝いている。人は誰もいないが、機械からはモーターの振動のような重低音が響いている。
「一体何を作っているんでしょうかねえ」
吉田が興味深そうに機械に近づいて観察していた。
「ヒッ」
結香が小さく悲鳴を上げた。
「どうかしたか」
「あそこに人の顔が見えたの」
結香が指差した先には、天井まで届くラックが設置されていた。そこにはシルバーに輝く円柱形の物体がいくつも収められていた。円柱はホールケーキのように平たく、円形を側面にして置いてある。
「え?」
円形の側に、小さな窓がある。一瞬、そこに人の顔が横切った。
真っ白な肌で目を閉じ、眠っているような表情。
和希はラックに向かって歩いて行く。
「なんだよこれ……」
円柱の窓を恐る恐る覗き込み、息を飲んだ。その中は透明な液体で満たされ、裸の成人男性が胎児のように体を丸めて漂っていた。腹から一本蛇腹のパイプが伸び、円柱へ繋がっていた。首根と背中からはコードが伸びている。
「これは一体何?」
振り向くと、ひどく暗い顔をした島名が和希を見ていた。
「きっとこれは人工子宮だ」
「子宮って……」
「恐らくここは人体の製造工場だ。嶋本や佐山もここで作られたんだろう」
吉田が興奮気味にしゃべり始める。
「あの隅に設置してあるステンレスのキャビネット。あそこで卵子へ核を移植して培養すんでしょう。その後あそこにある小型タンクに移送して、胎児にまで育てて、次にこの大型タンクで成人まで育てる。最後はあのMRIみたいな機械で、記憶を注入するんだ。人体の移動は天井クレーンと、あそこに設置されているロボットが行うんでしょう。いや凄い施設ですねえ。もちろん倫理的な問題は別ですけど」
「じゃあ、あのでかい機械みたいなのは何なのさ」
和希が高さが三メートル程あるだろうか、銀色に鈍く輝く直方の物体を指差した。いくつものパイプが延び、重低音が響いている。
「あれから人体に栄養源を供給しているんでしょう」
平本は恐怖に突き動かされながら暗闇の中を這って進んでいると、何かにぶつかった。表面は少しざらついている。これは壁だろう。ここをたどればドアにたどり着けるかもしれないと思い、壁伝いに前へ進んだ。角を曲がると、前方にぽつんと、赤い光が灯っているのが見えた。そこまでたどり着くと、手探りで周辺を調べる。ライトが灯る下は金属で、つなぎ目が確認できた。きっとここはドアなんだ。平本はドアノブかスイッチがないか、探り始めた。
――生体確認――
頭上から、女性の合成音が響いた。何だ? と思ったとき、不意にドアらしきものが動き出した。刺すような光を浴び、まぶしくて目を瞬かせながら、つんのめるようにして前へ進んだ。
目が慣れたところで周囲を見回す。そこは小学校の教室ほどの広さで、ステンレス製の機械が設置されていた。機械は長さ三メーターほどの円筒状で、床と平行に台座へ設置されている。円筒には様々な機器やハンドルが取り付けてあった。どこかで見たことがあると平本は思った。
隅にあった三台のへミスが動き始めた。二台が平本を挟み込むように近づいてくる。
――服を脱いでください――
天井から女性の合成音が響いた。
「嫌だね」
不穏な雰囲気を感じた平本は戻ろうと思ったが、既に金属のドアは閉まっていた。ドアの周りにボタンやスイッチの類いはない。
「おい、開けろ」
ドンドンとドアを叩いていると、へミスから水を噴射された。
「おいっ、よせよっ」
水からは強い刺激臭がして、目に痛みが走った。これは塩素系の消毒剤だろう。病院で散々嗅いでいる臭いだ。こいつら、一体俺に何をしようとしているんだ。薄目を開けると、三台目のへミスがアームを伸ばして円筒の蓋を開けているところだった。そのとき、この機械が昔アメリカへ視察研修へ行ったときに見た、アクアメーションに似ているのに気づいた。アクアメーションというのは、強アルカリ性の液体で遺体を溶かして処理する方法だ。火葬するより、エネルギーの消費も少なく、二酸化炭素の排出も抑えられるという。どうしてこんなものが置いてあるんだと思ったとき、さっきの小田川の話と結びつく。
アップグレードした肉体を作るには、原料が必要だ。体を溶かした液には、人体を構成していたアミノ酸が含まれている。
俺を溶かして、その液を元に、新しい肉体を作り出す。
「服を脱いでください」
へミスがアームを伸ばして平本の右腕を掴んだ。
「嫌だ嫌だっ、やめてくれ」
平本はへミスを振り払おうとしたが、アームががっちりと腕を掴み逃げられない。
「服を脱ぐ意志がないようですので、強制措置へ移行します」
もう一台のへミスが、アームを伸ばしてきた。先端から先端は青白い火花が散り、ガガガガと音を立てた。さっきネズミを焼いたときと同じやつだ。
「やめろっ、殺さないでくれっ」
叫んだ瞬間、へミスの動きが止まった。
「うおおおっ」
平本が渾身の力を込めて掴まれた腕ごと前のめりに倒れ込む。へミスの胴体が浮き上がり、裏側の車輪を露わにしてひっくり返った。
腕を掴んでいたアームが少しだけ緩む。
「こらっ、外れろっ」
左手でアームを掴み、腕の先へ押し出す。肘の関節に引っかかってが痛いが、もげても構わないと思いながら引っ張る。
抜けた。平本は勢いで転がりながらへミスから離れた。
正面のへミスが、アームから火花を散らしながら近づいて来る。
熊が立ち上がり、のけぞりながら背中から倒れ込んだ。首を絞めていた防護服の男が床に押し潰される。
「グフッ」
くぐもった声が男から漏れたあと、マスクを真っ赤な鮮血に染めながら、口から血があふれ出す。それでも首の手は離そうとしなかったが、熊が再び起き上がり、体を左右に振ると、防護服の男はあっけなく飛ばされ、倒れたキャビネットに衝突した。
康孝が立ち上がり、手探りで熊を探している。
熊が四本の脚で康孝に駆け寄る。
音に気づいた康孝が振り向いた瞬間、熊が右の手を横に払った。
鋭い褐色の爪が康孝の腹をえぐる。
皮と肉が血と一緒に横に飛び散る。
一瞬、鮮やかなピンク色の内臓が露わになるが、大量の血と一緒に体外へ溢れだした。
康孝は膝を突き、自らの血と内臓の中へ倒れていった。
「ウォォォォッ」
熊が咆哮すると、体が丸みを帯び、全身からウネウネと蠢く細長い尻尾を生やし始めた。
頭部と四つの脚が胴体に埋没し、毛が落ち始め、灰色の短い毛に入れ替わる。胴体が激しく痙攣し始め、小さな毛の塊になって、バラバラと崩れ落ちていった。
床に落ちた毛の塊はネズミだ。ネズミは走りながら闇の中へ消えていった。
――侵入者は直ちに退去してください。繰り返します、侵入者は直ちに退去してください――
天井から警報音と共に、女性の合成音が響いてきた。
「侵入者って、俺たちのことか?」
和希が周囲を見回しながら呟く。
「状況から言うと、恐らくそうなりますねえ」
「でも、そもそもあたしら入れって言われたのよ。ちょっと、おかしくない?」
正面の壁に取り付けてあった金属製のスライドドアが開いた。中から、半円形で、掃除ロボットを二回りくらい大きくした物体が、床を滑るようにして出て来た。
「へミスだ。スタンガンを持っている。最悪感電死するから注意してくれ」
「て、言うかヤバいですよ。もう取り囲まれちゃってるし、逃げようがないし」
五台のへミスが和希たちを取り囲み、アームを伸し始める。アームの先端から火花が散り、ガガガガと音を立てる。
「小田川君、聞いてくれ」島名が天井に向かって叫んだ。「近くにいるんだろ。私は君に会いに来たんだ。姿を見せてくれないか」
へミスは静止している。遠藤の片割れだけが、羽ばたきながら工場内を旋回し、動き回っていた。
男が一人、懐中電灯を灯しながら暗闇の廊下を歩いていた。ベージュのチノパンに紺のポロシャツ姿だ。三十代とも高校生ともとれる、つるりとしたアクのない顔。作り物のような無機質な笑顔を浮かべていた。
男が立ち止まる。懐中電灯の光は床を照らしている。そこには幅二メートル縦三メートルほどの巨大な金属製のハッチがあった。それには一メートルほどの、金属のかんぬきが掛けられている。
地下の洗練された佇まいに比べて、ハッチは粗野な造りだ。表面はざらついた銀色で、かんぬきの接続部分は、溶接痕が過剰なほどに盛り上がっていた。ハッチ周りの床は、所々に細かなひびが入ったまま放置されている。
男の左手にはラチェット式のボルトクリッパーが握られていた。懐中電灯を床側の掛け金を照らすように置いた。掛け金には巨大な南京錠が取り付けてある。男は両手でボルトクリッパーを持ち、南京錠のシャフトを刃で挟んだ。アームを左右に動かしていくと、カチャリカチャリと音を立て、シャフトはあっさり切断された。男はボルトクリッパーを床に置き、南京錠を掛け金から引き抜いて、かんぬきを前方に動かした。
コンコンと、ハッチを拳で叩く。
すると内側から、ドンっと、くぐもった音が響いた。男は後ろに退く。
ドンッ、ドンッ、ドンッ。
音は激しさを増し、衝撃でハッチが少し開いた。
ドンッ。
ひときわ大きな音を立て、跳ねるようにハッチが完全に開いた。
アンモニアを含んだ糞尿の強烈な臭いが漂い始める。
開口部の端から、三本の黒い爪が出て来た。一本が人間の腕ぐらいの大きさで、緩やかに湾曲し、先端は錐のように鋭かった。床に置いた懐中電灯の光が、その姿をぼんやりと照らし出していた。
「ギュヴァァァッ」
中から、金属を引っ掻いたような叫びが響く。脳をぐちゃぐちゃにミンチするかのような不快な音だ。
「ギュヴァァァッ」
巨大な何かが、ハッチから現れ出ようとしていた。




