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4-3

                    4‐3

「あらあら、冷蔵庫の食材がまた空になっちゃうわ」

 吉田の母は、朝食を大量に食べ続ける和希を見て目を丸くしていた。

「すいません。食費は後でお支払いしますから」

 隣で結香が頭を下げる。白米を頬張った和希も、もごもごといいながら頭を下げた。

「お金はいいんだけど、あたしももうおばあさんだから、こんなに大量の食事を作ると疲れちゃって」

「本当にすいません。洗い物はあたしがやりますから」

 結香が申し訳なさそうに再び頭を下げた。

「しかし君たちも相撲取り並みの食欲だねえ。よくその体でこれだけの食事が入るもんだ」

 吉田の父親はニコニコと笑いながら呟く。

「お父さんは、見ているだけだからそんな呑気なことが言えるんですよ」

 和希はそんな夫婦のやりとりを聞きながら、恐縮しつつも山盛りになったソーセージへ箸をのばした。食事を終えて部屋に戻ると、和希は再び布団へ横になった。風邪でも引いたように体中が熱を帯びていた。

「和希さん、さっきよりも体に肉がついていますよ。今、和希さんの体の中ではものすごいスピードで、栄養を細胞に変換しているのでしょう」

 吉田が関心した表情で和希を見ていた。

「一体俺たちの体はどうなっているんだよ?」

「お二人は、世界各地に獣人の神話や伝承があるのをご存じですか」

「はあ……」和希は結香と顔を見合わせる。「よく知らないけど」

「狼男とか人魚が代表的な獣人です。これ以外にもギリシャ神話のケンタウロスやエジプト神話のホルス、日本でも鳥天狗なんかがいます。こうした伝承はあくまでも人間の想像の産物だと思っていました。でも、一連の出来事を目撃している中で、ひょっとしたら本当にそんな現象があったんじゃないかと思い始めたんです。結香さんの遺伝子には様々な獣のDNAが含まれている可能性があると以前にお話ししたかと思います。これらのDNAがどうやって入ってきたのかというと、僕はある種のウイルスが介在しているのではないかと考えているんです。遺伝子の水平移動という現象があります。ある種のレトロウイルスには、宿主の生物のDNAを取り込んで、別の種の生物にRNAとしてDNAへ組み込ませるシステムがあるのです。僕は未知のウイルスが和希さんへ感染して、様々な動物のDNAを和希さんの遺伝子へ組み込ませたんじゃないかと考えています。ただ、問題は発病のメカニズムです。こんなに頻繁に発病するのであれば、感染者は和希さんや結香さんだけしか確認できないのは不自然です」

「発病って、病気にかかれば誰でも発病するんじゃないの?」

「そうとも限らないのです。不顕性感染という現象がありまして、ウイルスに感染しても病気の症状を起こさない人は一定数います。もしかしたら、和希さんたちと同じウイルスに感染している人は多くいますが、症状を起こしていないのかもしれません。ただ、発病が確認されているのは和希さんと結香さん、それに熊やシャチになってお二人を襲った人物だけです。世界中で発病者が一桁というのは違和感があります」

「どうにかして調べる方法はないんだろうか」

「もし、和希さんたちをシャチに襲わせるよう誘導したのが島名さんなら、島名さんが何らかの事象を知っていると思います。でも――」

 吉田は顔を曇らせた。

「島名さんと連絡を取ろうと昨日からメールを送ったり、電話をかけたりしているんですが、全然繋がりませんし、返事もありません」

「家族と連絡はとれないの?」

「島名さんは奥さんと六年前に離婚しています。子供さんもいませんでしたから、独り者のはずです」

「佐山たちに襲われたのかもしれないな」

「僕もそんな気がします」

「取りあえず、神田の事務所へ行ってみましょうよ。何か手がかりがあるかもしれないわ」

 三人はアルトに乗って、島名の事務所がある神田神保町へ行った。コインパーキングにアルトを停めて、事務所がある雑居ビルの三階へ来た。熊に破壊されたドアは新しいものに取り替えられている。鍵はかかっており、インターホンを押しても返事はなかった。

「お手上げね」結香がため息をつく。

「そうだ、僕の大学の同期が食品トレーサビリティ認定の機関に勤めているんですけど、そこが食品DNA鑑定をここへ依頼しているはずなんです。業務が突然止まったら、彼らも困るはずですから。ちょっと聞いてみますよ」

 吉田がスマホを取り出して電話をかけた。

「ああ、そうなんだ。わかったよ」

 電話を切ると、吉田は少し眉間に皺を寄せ、困った顔で和希たちを見た。

「島名さん、五日前から仕事の受注を止めていたそうなんです。しばらく休ませて欲しいと言ったそうです。最後に依頼した案件を受け取ったのがおとといで、それから連絡は取っていません。僕も最後に会ったのはおとといです」

「すると、佐山たちに襲われたのではなく、計画的に行方をくらましたのかな」

「て、言うか、単に旅行へ行っただけかもしれないわ」

「それならいいんですが、出かける直前に何にも話さないなんて、ちょっと変ですよ」

「確かにね」

「吉田さんはどうして島名さんのところへ行ったの?」

「僕たちが熊に襲われて、嶋本が現れた時がありますよね。あのとき嶋本が流した血を島名さんがサンプリングしまして、DNAを解析していたんです。その内容を聞きに行ったんですよ」

「で、その結果は?」

「DNAの配列が明らかに人為的に改変されていました。島名さんもまだすべてを把握しきれないくらい相当な箇所です」

 吉田は深刻な目をしていた。

「倫理的にも問題ですが、それ以前にこんないくつもの改変は、現実的にあり得ないのです。遺伝子は言わば人体の設計図です。ちょっとでも改変すれば、バランスが崩れて正常な人体が作れなくなる可能性があります。例えば農作物の品種改良を行うにしても、相当な時間と費用が発生しているんです」

「あの超人的な運動能力とタフな体は、遺伝子の改変によって起きたっていうんだな」

「しかもその体は、クローニングによって作られている可能性が極めて高いんです」

「そのことと、島名さんの失跡は何か関連があるのかしら」

「わかりません」

「お手上げっていうことか」

「もうここにいても仕方ありません。家に戻りましょう」

 三人は雑居ビルを出て、コインパーキングへ歩き出そうとした。

「ねえ、鳥よ」

 結香が怯えた表情で空を指差した。その先に、黒い鳥がホバリングをしていた。

「ヤバいですね。また熊が現れる」

 和希たちは周囲を見回す。この鳥が現れると、必ず動物か襲ってくる。

「逃げましょう」

 走り出した。振り返ると、黒い鳥は和希たちの後を付いてくる。

「くそっ、あっちへ行け」

 手を振り回して追い払おうとするが、鳥が動じる様子はない。大通りに出ても鳥は相変わらずついてくるが、和希は早々に息が上がってきた。まだ体力が戻っていないのだ。

「俺はもうだめだ。お前らだけで逃げろ」

「何言ってんのよ。吉田さん、一緒に和希の肩を担ごう」

「承知です」

 結香と吉田が和希の両脇を抱えるようにして歩き出す。それを阻止するかのように、黒い鳥は和希たちの前でホバリングをした。

「ちょっと待ってください」吉田の動きが止まり、鳥をじっと見つめ始めた。「この鳥、僕たちに何か言いたがっているんじゃないですか」

「はあ? どういうこと」

「僕の家、昔インコを飼っていたんですよ。ピーコちゃんていうんです。いつもは鳥かごに入れているんですけど、たまに家を閉めきって、部屋の中に離すときがあったんです。そうすると、ピーコちゃんが凄くうれしそうに飛び回るんですよ」

「それって、今の状況とどう関わりがあるのさ」

「要は鳥も感情を持っているっていうことなんです。この鳥、僕たちに敵意を持っているとは思えない」

 吉田は手の甲を上にして右手を前に差し出した。

「ねえ鳥さん、僕の言うことが理解できたら、この手の上に乗ってもらえますか」

 鳥がゆっくりと下降し始め、羽を畳んで吉田の手の甲へ乗った。

 吉田は和希と結香を見てニコリと笑う。「でしょ」

「鳥さんありがとう。これから質問をするから答えてくれるかな。イエスの時は首を上下に振って、ノーの時は横に振ってください」

 鳥が上下に首を振った。

「この近くに僕たちを襲う獣はいるのかな」

 鳥は首を横に振る。

「大丈夫みたいですね」

 和希と結香は顔を見合わせ、うなずき合った。きっと鳥は嘘をついていないだろう。和希たちがここに来てからもう五分以上は経過している。獣が近くにいれば、もう襲ってきているはずだ。

「君は僕たちに会うため、島名先生の事務所の前で待っていたのかな」

 鳥が上下に首を振った。

「どうして俺たちを待っていたんだよ」

 和希の問いかけに、鳥は困惑したように首を傾げ、キィと鳴いた。

「鳥さんは、はいといいえしか返事か出来ませんよ」

「そうか」

「本屋に行ったら、子供が使うやつで、あいうえおの表があるはずよ。鳥に言葉がわかれば、くちばしでつついてもらえばいいわ」

「そうだな、俺、買ってくるよ」

 吉田にお金を出してもらい、和希と結香は近くの本屋でアンパンマンのあいうえおボードを買ってきた。

「ここだと人の目もありますし、車へ戻りましょう」

 コインパーキングで三人と鳥はアルトへ乗り込み、あいうえおボードをダッシュボードに立てかけた。吉田が運転席で、結香が助手席に座る。和希は後部座席からのぞき込む。鳥は和希たちの意図を理解しているのだろう、コンソールにおいてあるティッシュボックスへ乗ってボードを見ていた。

「鳥さん、僕たちがこれから質問しますから、このボードを突いて答えてください」

 鳥が首を伸ばし、くちばしでボードを突く。

――はい――

「おお、しっかり理解してますね。では質問を始めます。あなたは人間ですか」

――はい――

「お名前を聞かせていただけますか」

――えんどうかつひこ――

「えんどうかつひこ……って、もしかしたら、元藤が丘シティの管理責任者なの?」

――そのとおりです――

「お前、もしかして熊とかシャチになって俺たちを襲ったんじゃないのか」

――そのとおりです――

「おぃっ」

 和希たちは思わずのけぞった。鳥がボードを突く。

――だいじょうぶです ぼくはあなたたちをおそいません――

「なんでお前を信用できるんだっ。結香、逃げるぞ」

「ちょっと待って。こんなに小っちゃいんじゃあ、熊になれないんじゃないの」

「そんなことわからないだろ。いきなりでかくなるかもしれないぞ」

「ぼくも結香さんの意見に賛成です。いきなり大きくなることはないでしょう。質量保存の法則に反しますから」

「でも、毒蛇とかになったらどうするんだ」

「変身しだしたら逃げればいいわ。今は遠藤さんの話を聞きましょう」

「それもそうだな」

 和希は恐る恐るだが、再び運転席側に身を乗り出した。鳥がボードを突き始める。

――みなさんをおそったくまやしゃちは わたしのいちぶです わたしはからだがぶんれつしているのです とりになったわたしいはいいわたし くまやしゃちになったわたしはわるいわたし――

「つまり、人格が二つに分裂しているという事ですね。普通の人間なら、多重人格とか言われますが、遠藤さんは肉体も分裂してしまったという事なんでしょう。だから熊になったのは自分と言ったんですか」

――そのとおりです――

「じゃあ、どうしてそんな風になってしまったのか教えていただけますか」

――わたしはかつて ふじがおかしてぃではたらいていました――

「知ってるよ。ストーカーをして解雇されたんだよな」

 遠藤は頷き、またボードを突き始める。

――そのじょせいには もうしわけないことをしました でも わるいほうのわたしはそれにふまんをもっていました じょせいにはめられたとおもっています そしてじょせいをそそのかしたやつがいるとおもっています――

「そそのかした奴は誰だと思っているんだ」

――ふじがおかしてぃのじゅうみんぜんいんです もうひとりのわたしは こうげきてきでおもいこみのつよいじんかくです もうひとりのわたしは ふじがおかしてぃのもとじゅうみんぜんいんのさつがいをけいかくしています――

「だとすると、あたしと和希も藤が丘シティの住民だったの?」

――あなたたちが ふじがおかしてぃのじゅうみんかはしりません――

「でもあんた、藤が丘シティの管理人だったんだろ」

――わたしはふじがおかしてぃのじゅうみんを ぜんいんしっているわけではありません わたしがたんとうしていたのは えーくかくだけで ほかのくかくまではあくしていません――

 結香が大きくため息を吐いた。

「話を戻しましょう。藤が丘シティで一体何があったんですか」

――じゅうみんむけに こいおすというのみものがくばられました けんこういんりょうというめいもくでしたが どうやら それいがいのこうりょくがあったようです あきらかにへんかがあったのはじんかくです こいおすをのんだひとは かんじょうのきふくがはげしくなるけいこうがありました もうひとつはわたしにおきたことです にくたいがへんかして さまざまなどうぶつのとくちょうがあらわれたのです――

「コイオスですか」

 吉田がスマホを取り出して検索した。

「出て来ました。藤が丘シティ住民限定で販売されていたようです。製造元はフィーチャーライフ製薬。フィーチャーファンドの関連会社でしょうかねえ……ああ、もう廃業しているそうです。買い手も見つからなかったみたいですね」

「その効果について、何か情報は出ていないの?」

「ざっと検索した限りでは出て来ませんねえ。ちょっとSNSを覗いてみましょうか」

 吉田がスマホをタップしていく。

「コイオスの投稿はありますが、特に効果とか効能みたいのは出ていませんねえ。おや、これはどういうことだ?」

 吉田がスマホを見ながら訝しげに眉根を寄せた。

「見てください、半月前の投稿です」

 吉田が和希たちにスマホの画面を見せた。


 本日仕事で久方ぶりに藤が丘シティを訪問。

 相変わらず町並みはきれいだけど、人がほとんどいなくて不気味。

 フィーチャータワーで貨物を集荷して早々に退散。

 しかしコイオスって何なんだろうね。新製品?

               さすらいのドライバー たっくん


「フィーチャータワーは閉鎖されているはずです。コイオスを作っていたフィーチャー製薬も廃業している。この投稿が本当なら、今もフィーチャータワーは稼働している可能性があります」

「遠藤さん、島名さんはどこへ行ったか知っていますか」

――ふじがおかしてぃです――

「何しに行ったの?」

――わかりません――

「もう一人の遠藤も一緒なのか」

――はい――

「俺たちも藤が丘シティへ行くしかないだろ」

「そうね」

「僕らから質問です」吉田は頬をこわばらせながら話し始めた。「もう一人のあなたはどうやって藤が丘シティの元住人の居場所を知ったのですか」

――しまなからききました――

「やっぱりそうでしたか」

 吉田は肩を落とし、和希たちを見た。

「僕はずっと島名先生を尊敬していたんです。その人が大量殺人に協力していたなんてショックです」

――しまなはわたしにおどされていた――

「そうなんでしょう。でも島名先生の罪は消えません」

「ともかく島名さんに話を聞かないと。まだわからないことだらけなんだし」

「そう。ともかく藤が丘シティへ行って、島名さんを探しましょう。遠藤さん、もう一人の遠藤さんの居場所はわかるの?」

――かれのちかくにいけば なんとなくわかります おなじはどうをかんじるのです かれのはんざいをとめてほしい そしてかれとひとつにもどりたいのです――

「さあ吉田さん、しょんぼりしていないで車を出して」

「ごめん」和希が申し訳なさそうに言う。「腹が減ったんで、先にご飯屋寄ってくれない?」


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