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2‐8

             2‐8

 結香の父の遺体が警察から返却されたのは、事件があってから五日後だった。警察で紹介してもらった葬儀社に引き取ってもらい、簡単な葬式を挙げた。もっとも参列したのは和希だけで、遺族は結香だけだった。葬式の後、遺体はすぐに荼毘に付され、遺骨は市内の寺で永代供養されることとなった。結香はその間、ずっと涙を見せることもなく、葬儀社の指示通り、淡々と式を進めていた。

「お父さんて、いったいどんな人だったの?」

 レンタルした喪服からTシャツとジーンズに着替えた結香は、淡いピンク色の骨箱を力なく見ながら、ポツリとつぶやいた。

「だって結香のお父さんは、社長をしていた建設会社が潰れてここへ引っ越して来たんだろ。お前が一番よく知っているんじゃないか」

「そうなんだけど、全然知り合いもいないし」

「夜逃げみたいな形だったから、今まで付き合っていた人とは縁が切れちゃったんだろ」

「でも住所録とか何にもないのよ。携帯電話も持っていなかったし」

「人生をリセットしたかったのかも知れないな」和希は声のトーンを少し落とした。「お母さんのこともあるし」

 結香は頷きながらも、口を引き結んだ。その様子がちょっと意外だった。

「何か気になることがあるのか?」

「あたしのお母さん、会社の売上金を男と持ち逃げしてしちゃったのは知っているでしょ」

「ああ。それで資金繰りがつかなくなって、会社が倒産したんだろ」

「なんだかね、それって遠い話のことに思えているの」

「ちょっと意味がわかんないんだけど」

「あたしもよくわかんない」結香が頬を震わせるようにして少し笑った。「きっと疲れているのね。早くホテルに戻って寝ないと。学校へも行かなくちゃならないし」

 結香は遺骨を持って立ち上がった。和希も立ち上がり、歩き出そうとした結香の後ろ姿に声をかける。

「差し入った話かも知れないけどさ、ホテル代とか大丈夫なのか?」

 結香が微笑みを浮かべて振り向いた。「ありがと。お父さんの部屋を調べたら、貯金が結構あったから大丈夫。名前もあたし名義だったしすぐに引き出せたわ」

「だったらいいんだけど」

 和希と結香は葬儀場から出て、清水駅方面へ歩き出した。信号を渡り、ゆるい下り坂を進んでいく。

「お兄ちゃん、今何しているのかな。もしかしたら、もう死んじゃってるかも知れないけど」

「縁起でもないことを言うなよ。潤一は絶対生きているよ」

「そうよね」

 結香とは清水駅前で別れ、久方ぶりに自分の部屋へ戻った。ドアを開けると空気がよどみ、饐えた匂いがした。窓を開けて空気を入れ換え、ゴミをどかして座る。スマホをいじっていると、どっと疲れが襲ってきたので横になった。急速に意識が眠りの中へ溶けていった。

 夢を見た。

 晴れた空。作業服を着た男が、段ボールやシートに包まれた物を家の中へ運び込んでいた。一体ここはどこなんだと思う。次に怒った顔の結香が現われた。自分を問い詰めているようだが、何を言っているのかわからない。

 もう一度聞き返そうとしたところで目が覚めた。そこは眠る前と同じ薄暗いアパートの部屋、周囲はゴミが散乱している。傍らに転がっていたスマホの画面には、十九時二十六分と表示されていた。夢が存在したことだけは覚えているが、霧に包まれたように内容は思い出せない。和希はスマホに指を走らせて、通知をチェックした。吉田から着信があったので、電話してみる。

「相川さんのお母さんから電話がありましたよ」吉田が興奮した声が聞こえてきた。「パスワードが見つかったそうなんです」

「じゃあ明日、相川さんのところへ行ってみるよ」

「お願いします」

 和希は電話を切ると、洗面所へ行って服を脱ぎ、シャワーを浴びた。午後十一時を過ぎた頃になると、また眠くなってきたので照明を消して眠りについた。この日はもう、夢を見ることはなかった。


 翌日の朝、相川の母親に電話をかけると、午前中はいるとのことだった。結香も行くと言うので、波止場踏切で待ち合わせをして、相川のマンションへ行った。相川の母親を呼び出して部屋に入ると、早速スマホを開いてもらい、メールを開く。最初に目に入ったのは水原の名前だった。


――水原様

 近くの住民とコンタクトがとれました。ビンゴですよ。事件が起きる前、目つきの悪い男が家の周りをうろついているのを見かけたそうです。遠藤の写真を見せると、凄く似ているということです――


――水原様

 連絡をありがとうございます。僕もこの強盗殺人は怪しいと思います。関東圏ですので、私が、来週の日曜日、現地へ行ってみます。――


――相川様

 これ、怪しいと思いませんか?

 神奈川県 秦野市 夫婦二人死亡

 今月四日の未明、神奈川県秦野市の住宅で夫婦二人が死亡する事件がありました。死亡したのは大島均さん妻の真紀子さんです。大島さんの知人が大島さんと連絡が付かないのを不審に思い、大島さん宅を訪れたところ、二人の遺体を発見しました。

 住民の話によると、事件が発覚する一週間前から、現場周辺で不審者が目撃されており、警察では、事件との関連を調べています。


「これ、半年前に起きた事件よね。ニュースで大々的に報道されていたわ」

「ああ。俺もネットで読んだよ」

「遠藤って誰なの?」


「もう少し調べてみよう」

 和希は画面をスクロールしていく。しかし、調査の報告だけで、関心の遠藤が誰かは記載がない。

「二人とも遠藤がどんな人かわかっている前提でメールをしているんだ。だからそいつのプロフィールとかは出てこない」

 結香が自分のスマホを取り出してブラウザを呼び出した。「藤が丘シティ/遠藤」と入力して検索する。

「元住人が三人、管理人が一人、あと路面を舗装したところの社長が遠藤さん……怪しいけど特定できないわ」

「名前がわかればいいんだけどな」

 相川のメールを一年以遡ったが、容量を超えてしまったのか、以降は削除されていた。

「この児島と花田と山口っていう人も藤が丘シティの住人なんだろうな」

 メールでは水原以外でも何人かメールのやりとりをしている人物がいた。内容から児島と花田と山口という男は関係者らしい。相川の母親に許可を得て、三人にメールを送ってみる。


 相川さんのメールから失礼します。

 私は八田和希と言います。

 現在藤が丘シティについて調べています。よかったらお話を聞かせてください。

 よろしくお願いします。


 一時間後、鹿島からメールが返ってきた。


 八田様

 メールを拝見しました。私は襲撃を恐れて現在国外にいます。国名についてはお知らせできません。メールでしたら質問に答えます。


 鹿島様

 返事をありがとうございます。

 襲撃を恐れてとのことですが、誰からの襲撃を恐れているのか教えてください。

 それと、相川さんのメールに遠藤という人の名前が出ていますが、彼がどんな人なのか も教えてください。


 返事が来た。


 八田様

 まず遠藤という人のプロフィールから説明します。

 フルネームは遠藤勝彦で、元藤が丘シティの管理責任者です。藤が丘事件が起きる半年前に懲戒免職になっています。理由は藤が丘シティに住んでいた女性に対するストーカー行為です。それが警察沙汰になりまして、加えて藤が丘シティに保有している女性の個人情報を利用していたことも発覚したそうなんです。

 藤が丘事件が起きた後、街から出て行った人たちが次々と死亡したり失跡したりする事態が起きています。私の知り合いも二人亡くなっています。一人は引き逃げて、もう一人は放火による焼死です。当初は偶然かと思っていたのですが、相川さんに指摘されて、それが遠藤の仕業だと確信しました。相川さんは警察にも相談しましたが、確固たる証拠もありませんし、相手にしてくれなかったそうなんです。そもそも私たちを襲う理由がわからないのです。ただ、死んだ人の周辺で遠藤が度々目撃されていたのは間違いありません。


 和希はメールを返信した。


 ありがとうございます。

 遠藤について他に知っていることがあったら教えてください。


 遠藤に関しては彼が懲戒免職になる少し前、妙な噂を聞いたことがあります。私の知り合いからの話ですが、夜道を、体は人間なんですけど、顔が狼の男がうろついていたというんですね。彼が着ていた服が、昼間遠藤が着ていた服と同じだったということです。又聞きですので、正直真偽は不明ですが。

 和希は結香を見る。「怪しいな」

 結香は頷いた。「吉田さんに相談しましょう」

「そうだよな」

 鹿島にはこれから和希のアドレスから連絡させてもらう旨のメールを入れ、相川のマンションを辞した。

 マンションの前で、相川のスマホから転送したメールを吉田に転送し、電話をかけた。鹿島とのやりとりを説明した。

「遠藤ですか。僕も調べてみます。実は僕の知り合いに藤が丘シティの元住人がいたことが判明しまして」

「そうなんだね」

「その人というのは、島名さんなんですよ」

「えっ、東京に行ったときに会った人?」

「そうなんですよ」

「でもあの人、この間会ったときには、藤が丘シティに住んでいたなんて言ってなかったよね」

「例の事件があったから、公表したくなかったそうですよ。僕も藤が丘シティの元住人のSNSを調べていたら、島名さんの名前が出てきましてね。もしかしたらと思って聞いたら当人でした。もっとも、今の会社を立ち上げる関係で、事件前に引き払ったそうなんですが」

「ふうん」

「ちょうど明日、島名さんに会おうと思ったところなんですよ。和希さんも一緒にどうですか?」

「ちょっと待ってください」

 和希は電話を押さえて結香に事情を話した。結香は首を振った。

「今日の午後からマンションの修理が始まるの。お金のこともあるし、これから二三日の間、打ち合わせてきてくれっていわれてるのよ」

「そうか。じゃあだめだな」

 和希は再び電話を耳に当てる。

「俺たち、これからしばらくの間、壊れたマンションの修理の様子を見に行かなきゃならないんだよ」

「わかりました。ではまた今度という事で」

 時間は十二時近かったので、和希と結香は清水銀座にある街中華へ行った。和希は肉蕎麦と餃子を注文して、結香はもやしラーメンを注文した。食べ終わったが、まだ工事が始まるのは早い。しかし一旦戻る程の余裕もないので、二人はマンションへ行って待つことにした。橋を渡ってマンションに着く。ブルーシートを空けて中に入った。

「和希さん」

 奥から男の声がした。結香が「ひゃっ」と小さく悲鳴を上げる。

「驚かないでくださいよ。永松です」

 ややくたびれたグレイのスーツにノーネクタイの、貧相な印象の中年男が出て来た。目だけは飛び出しそうなほどぎょろりと大きく、アンバランスな顔をしている。忘れもしない、都内で和希を盗聴した男だ。口元にニタニタ下品な笑みを浮かべていた。

「久しぶりだね。不法侵入とか言わないでくれよ。事情があるんだから」

「お前、こんなところで何をしているんだ」

「あんたらがここへ来ると聞いていたんで、先回りしたのさ」

「相川さんのマンションの前で、俺たちの話を立ち聞きしていたのか」

「そう。ただし、立ち聞きしていたのは俺だけじゃないぜ。八田に新たに雇われた探偵も聞いている。あいつらに、俺があんたとコンタクトしているのを悟られたくなかったんで、ここで待っていたんだ」

「俺たちに何の用だ」

 永松は巨大な目をスッと細め、探るような視線を和希たちに向けた。「和希さん。あんた、いったい誰なんだ」


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