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「吉田さん、もう警察が確認したんだし、いいんじゃないですか」

「でも、また後で誰か付けないとも限りませんし。さすがにあの熊が家に現れたら困りますんで」

 吉田はアルトの下へ潜り込み、しばらく下回りを確認していた。ようやく納得したのか下から出てきて立ち上がり、ふうっと息を吐きながら、背中に付いた砂を払った。

 警察の話によると、アルトのバンパー裏にGPS発信機が取り付けてあったということだった。付けたのは八田の探偵か、あるいは嶋本か。それとも例の熊が関係しているのかもしれない。現在警察が調べているが、今のところ連絡はなかった。

 和希たちはアルトで首都高に入り、やや渋滞気味の道を西へ進んだ。三軒茶屋で降り、更に激しく渋滞している道を進んだ。三十分ほど走ると、吉田は幹線道路から入り組んだ道の住宅地へ入っていく。しばらく走ると丁字路があり、正面に大きな門扉が見えた。吉田は丁字路で停車し、ポケットからリモコンを取り出して、門に向かって差し出した。

 ゴゴッと音がして、門が開いた。アルトは発進し、中へ入った。通路の左右にはうっそうとした草木が生い茂り、さっきまでの喧噪が嘘のように消えていた。木々の間から差し込む夕日も、心なしか落ち着いた色に思えてくる。

 前方に日本家屋の大きな引き戸が見えてきた。吉田は右へ逸れて、家の側面へ回り込んだ。シャッターの前で停車し、再びリモコンのボタンを押した。金属が軋む音がして、シャッターが開き始めた。中には白のメルセデスベンツが一台停車していた。吉田はアルトを反転させてバッグで車庫へ入る。車外に出ると、和希と結香は物珍しそうに周囲を見た。

「この車、高いんでしょ」

 トランクには「S580」のロゴがシルバーに輝いていた。

「お父さんが買ったんでよくわからないんですよ。僕はちょっと大きすぎるんで苦手です。さあ、行きましょう」

 吉田は奥にあるスチールドアを開けて、中へ入っていった。和希たちも後へ続いた。きれいに磨かれた板張りの廊下を歩いて行き、右側のドアを開けて入っていくと、ちょっとしたホテルのラウンジのようなスペースが広がっていた。天井にはシャンデリアがきらめき、いくつもの革張りソファが配置されていた。複雑な花柄のデザインをしたカーペットは、靴下越しでも滑らかな感触がわかる。反対側のドアが開き、白髪頭の高齢女性が入ってきた。和希たちを見ると、「あら」と言ってピクリと眉毛を動かした。

「豊さん」女性が冷ややかな目で吉田を見た。「あなた一人で裏口からリビングへ行くのは構いません。でも、お客さんを連れて通るのはいけません。ちゃんと玄関へ回ってからお通ししてください」

「はい、ごめんなさい」

 吉田はうなずき、少し気恥ずかしげな顔をして和希たちを見た。「僕の母です」

「八田と大浜です」

「豊の母の吉田美里でございます」

 美里は手を前で合わせ、背筋を伸ばしたまま、きれいなお辞儀をした。和希たちもお辞儀を返す。

「今日は吉田さんのご自宅へ泊めていただけるということで、お礼申し上げます」

「少々古い家ですが、部屋数だけは多いので構わず使ってください」

 美里は気品のある笑顔を見せた。

 その日の夕食は、吉田の家でごちそうになった。椅子が十脚置いてある巨大な木のテーブルに料理が並んでいた。「簡単なもので申し訳ありません」と言いながらも、出てきたのは大ぶりな牛ステーキだった。コンソメスープとカラフルな色のサラダも付いている。和希たちが席に着くと奥のドアが開き、初老の男性が入ってきた。

「豊の父の孝文です」

 孝文は穏やかな目をした、風格のある佇まいの男だった。ゆったりした笑顔を浮かべ、お辞儀をした。和希たちも慌てて立ち上がり、お辞儀を返した。席に座り食事が始まった。孝文はロサンゼルスで銃撃戦に巻き込まれたことや、タンザニアのサバンナで乗っていた車が止まって死にかけたことを面白おかしく話してくれた。食事が終わり、吉田の両親が席を立つと、和希は吉田にそっと聞いた。

「吉田さんのお父さんて、どんな仕事をしているの?」

「特にしていないんだけど、土地を持ってて、わりと家賃収入があるんだ」

「へえ。地主さんなんだ」

「うん。渋谷と丸の内にビルを持っているんだ。あと、新宿にもマンションがあったっけ」

「へえ……」

 今月の家賃の捻出に悩んでいる和希からすると、あまりに別世界過ぎて、驚く気にもなれなかった。

 食事後、吉田家の豪華なリビングルームで対策会議を始めた。吉田が話し始める。

「まず、問題をまとめましょう。嶋本という人は死んだ中原さんそっくりで、人間離れした瞬発力を備えている。彼女の存在には小田川君が関わっている可能性が高い。しかし、彼は藤が丘事件が起きて以来行方不明です。警察が必死で行方を捜していますが、未だ見つかっていない」

「つまり、小田川の線から調べるのは今のところ難しい」

「はい。では、そもそもの始まりから考えましょう。あの熊は何のためにあんな街中に現れたのでしょうか。餌を漁るためではないことは明らかでしょう」

「あたしたちを襲うためじゃないの」

「マンションと今日の神田はそうでしょう。でも、駅前銀座の時は違ったんじゃないでしょうか。さすがに熊も、和希さんが現れるのを事前にわかっているはずがありませんし。あのとき殺された人に、糸口があるかもしれません」

 吉田はノートパソコンから駅前銀座の事件を検索した。

「亡くなられたのは中古パソコンショップを経営していた相川輝之さん。次に相川さんを検索してみましょうか」

 吉田はキーボードを打ち込む。

「幾つかのSNSにアカウントを持っていますね……おっ、ビンゴかもしれません。これをちょっと見てください」

 和希と結香は吉田の両脇にすわり、パソコンの画面をのぞき込んだ。そこにはパールホワイトの塔をバックにして、自撮りしている中年男性の画像があった。

「彼が相川さんで、塔はフィーチャータワーです。どうやら相川さんは、以前藤が丘シティに住んでいたみたいですね。では、直近一年間で熊に襲われて死亡した人を検索してみますね」

 吉田の指が動いて熊絡み事件を検索し、亡くなった人の名前をスプレッドシートへ入力した。十五名入力すると、一人ずつ検索欄へ貼り付けて、スペースを空けて藤が丘シティと入力し、検索した。吉田が眉間に皺を寄せる。

「死亡した十五名のうち、三名が藤が丘シティに住んでいた経験があります。これって多くないですか」

「でも、たった三人でしょ」

「いえいえ、日本に住んでいる一億二千万人のうち、熊に襲われて死亡した人が十五名なんです。それだけでも低い確率なのに、その中で藤が丘シティに住んでいた人が三人もいるなんて、偶然ではあり得ないでしょう。しかも、そのうちの十二人だって、ネットに情報を出していない可能性がありますし」

「言われてみれば、確かに吉田さんの言うとおりだよな。だとすると、あの熊は、藤が丘シティに以前住んでいた人を襲っていたのか」

「その可能性が極めて高いと思います。相川さんのフォロワーを調べて見ますね……出来ましたよ。水原慎二。高井佑子。この人たちも熊に殺されています。三人は、何らかのコミュニケーションを取っていた可能性が高いですね」

「そうだとして、何を話していたか、どうやって調べるんだ?」

「そこなんですよねえ」

 吉田が腕組みして考え込んだ。

「取りあえず、相川さんのご家族から話を聞いてみましょう」

「でも、相川さんの家族がどこにいるかなんてわかんないよ」

「不動産屋さんに聞いてみたら」そう言って、結香ははっとした表情になる。「そういえば、明日の午後、マンションの修理屋さんが来るんだった。立ち会いしないと」

「そうだったな。ちょうどいいや、その時に聞いてみよう」

 翌日の朝、口に入れるととろけるような舌触りのクロワッサンと、香ばしい香りが部屋中に広がるコーヒーをごちそうになり、吉田家を後にすることになった。

「豊さん、私の車は使わないでちょうだい。今日は荻窪のお友達の家に行かなきゃならないの。あそこって、駅から遠いし、帰りに幾つかお店にも寄っていきたいのよ」

「だったらお父さんの車を使えばいい」

「ええっ」吉田が怯んだ顔になる。「でもお父さんの車って……ちょっと大きいでしょ」

「何を言っているんだ。あんなもの、慣れればどうってことはない。それに、このところ私も都内しか走っていないからな。車っていうのは、たまに長距離を走らせないとあんまりよくないんだ」

「でも……」

「でもじゃありません。豊さんも今年で四十なんだから、ああいう車を乗りこなせる貫禄がなくちゃお嫁さんの来手がありませんよ。結香さん、そうお思いませんか?」

 結香はクスクスと笑った。「そうですねえ」

 吉田は新幹線に乗っていこうと言い出したが、父親に一喝され、結局ベンツで清水へ戻ることになった。吉田は運転席に座り、和希と結香は後部座席へ乗り込んだ。父と母の見送りを受けながら、ベンツは発進した。

 住宅が建ち並ぶ狭い道を、吉田はハンドルを抱え込むようにして顔を引きつらせながら走って行く。

「まずいまずい。前から宅配のトラックが来ちゃいました」

「大丈夫なの?」

「大丈夫じゃありませんっ」

 吉田はほとんど止まるくらいにスピードを落とす。指が白くなるくらいにハンドルをギュッと握りしめ、こわばった頬で前を睨み付けていた。しかし前から来た宅配のトラックは、あっさりと横を通り抜けていった。

「はあ」吉田は肩から息を吐いた。「よかった」

 どうにか環八通りに出たベンツは、カーナビに従って東名高速へ乗り、西へ向かった。

「この車、高速を走ると超楽ちんですねえ。振動もなくて安定しているし、前の車もすぐにどいてくれるし」

 吉田はさっきとは一転して、穏やかな表情でハンドルを握っている。スピーカーからTRFの「寒い夜だから…」が流れ始めると、合わせて鼻歌を歌いだした。

「吉田さん、スピードが百四十キロ超えてるよ。捕まっちゃうからスピード落として」

「おっと、いけませんねえ」

 吉田はアクセルを戻し、走行車線へ車線変更した。いきなり巨大なベンツが入ってきてやばいと思ったのか、後ろのプリウスが大きく車間距離を広げた。

 結香は高速に乗った頃から、ずっと窓の外をぼんやりと眺めていた。

「結香、どうかしたのか」

 和希が心配になって尋ねた。結香は振り向いてかすかな微笑みを浮かべながら、一瞬困ったような表情で目をそらした。再び和希を見て話し始める。

「あたし、なんだか薄情じゃないのかなって思って。だって、お父さんが死んだこと、さっきまで忘れていたんだもの」

「いろんなことがあったからだよ。熊に襲われたり、嶋本が暴れたりしたからね」

「そうかもしれない。でも、おととい感じた悲しい思いや怒りが、弱くなってるの。なんだかお父さんに申し訳ない気持ちで」

「それは精神的にいいことですから、あんまり気にする必要はないんじゃないですか」

 吉田が穏やかな声で言った。

「吉田さんの言うとおりだよ。死んだお父さんも、結香が元気でいてくれる方がいいと思ってるよ」

「うん……ありがとう」

 東名清水インターを降りたのは昼前だった。ケンタッキーで昼食をとり、巴川の橋にある駐車場に行った。吉田は「ここ、ちょっと狭すぎるんですけど」と文句を言いながらもどうにかベンツを止めた。

 マンションに着き、ブルーシートを空けて中へ入った。ひどく生臭い匂いがした。一応血は洗い流していたが、まだ完全ではない。

「もう一度掃除しなくちゃなんないな」

 ブルーシートを取り外し、瓦礫を選別しながら洗剤で床を洗っていると、不動産屋と作業服を着た年配の男が来た。

「いや派手にやってるねえ。どうしたらこうなっちゃうの?」

 作業服の男が目を丸くして壊れた壁を見ていた。

「熊が壊したそうだよ」

 不動産屋がチラリと不審げな目をして結香を見た。

「ほう……熊なんだ。駅前銀座に出たとかいう奴なのかね。よくわかんないけど、とりあえず状況を確認させてもらうよ」

 男がデジカメで壊れた場所の写真を撮り始めた。その様子を不動産屋が腕を組んで見ている。

「あの、ちょっと聞きたいんだけど、その駅前銀座に熊が現れた件で、人が殺されたでしょ。その人がどこに住んでるか知ってますか」

「さあねえ」不動産屋は冷めた視線を和希に向ける。「僕は知らないよ。ま、知ってても個人情報だから教えられないけどね」

「おめえ何言ってるだあ」作業服の男が馬鹿にしたような顔で話し出す。「おとといの夜、ユッコちゃんに俺っちの客が殺されたって、でけえ声で喋ってたじゃねえか。『ブレイブセブン』の相川さんだろ。あの日『さゆり』にいた連中はみんな知ってるらあ」

 不動産屋は一瞬たじろぎ、苦虫をかみつぶしたような顔で男をチラリと見て、小さく息を吐く。

「ま、そんなところですよ」

「ありがとうございます」

 結香はニコリと微笑んで頭を下げた。

 該当のマンションは検索ですぐに見つかった。不動産屋たちが帰った後、和希たちは歩いてマンションへ向かった。清水銀座商店街を抜け、踏切を渡って駅に向かっていくと、右手にそのマンションがあった。不動産屋からは相川が母親と二人暮らしと聞いていた。

「さて、どうしましょう」

 吉田が呟くと、和希と結香は吉田を見つめた。

「な、なんですか」

「俺たちみたいな若い奴が行っても、まともに話なんかしてもらえませんよ。ここは吉田さんの出番でしょ」

「でも……どう話したらいいんでしょうか」

「フリーの記者とか言ったらいいんじゃないの。相川さんが五十一歳だから、お母さんは結構な年でしょ。ウェブメディアで原稿を書いているとか言えばわかんないと思うよ」

「あたしたちが記者だなんて言ったって貫禄ないから」

「僕も全然貫禄ありませんよ」

「こんなところで揉めててもしょうがないよ。取りあえずアタックしよう」

 和希はインターホンから該当の部屋番号を押した。

「はいどうぞ」

 まだ躊躇している吉田を結香がカメラの前に押し出した。

「こ、こんにちは。私、フリーライターの吉田と申します。今回の事件でお話をお聞かせいただけないでしょうか」

「あたしゃ葬式が終わったばっかりでさ。静かにさせてくんないかね」

 年老いた女性の疲れた声が聞こえてくる。

「ああっ、ちょっ、ちょっと待ってください。実は藤が丘シティの件で、息子さんが何か話していなかったか伺いたいのですが」

 インターホン越しの声が押し黙る。通話は繋がったままだ。

「入ってちょうだい」声がすると同時に入り口の自動ドアが開いた。

「行こう」

 和希が中に入る。吉田はまだ躊躇していたが、再び結香に押されてマンションへ入った。

「僕、フリーライターなんて嘘ついちゃいましたよ」

 しょんぼりした顔の吉田に和希が笑いかける。

「別にフリーライターなんて資格はないんだから、誰だってなれるわけだし。あながち嘘って訳じゃないでしょ」

 エレベーターに乗り、三階で降りて相川の部屋に着いた。吉田が大きく深呼吸をしてインターホンのボタンを押した。カチャリと解錠する音がしてドアが開く。中から小柄の女性が出てきた。白髪頭で年は七十過ぎたろうか。ひどく疲れた顔をしていた。

「あら、お連れがいたんですか」

「彼らは僕の助手でして」

「よろしくお願いします」

 和希と結香は勢いよく頭を下げた。

「ま、狭いですけど中に入ってください」

 室内はエアコンがかかっているのか、空気はひんやりしていたが、線香の匂いがして少々息苦しい。リビングには祭壇が置いてあり、遺骨が載っていた。吉田は祭壇の前に正座して手を合わせた。和希と結香も吉田に倣って手を合わせる。遺骨の隣に置いてある遺影には、笑顔を浮かべた中年男性が写っている。

「こちらへどうぞ」

 母親がテーブルへコップに入った麦茶を置いた。三人は並んでソファへ座る。

「本日伺ったのは、息子さんが以前、藤が丘シティに住まわれていたとお聞きしまして、今回の熊襲撃と関連がないか、確認をしたかったからなんです」

「と、言いますと、藤が丘シティの件に関して、何かご存じなんですか」

 母親は探るような目で吉田を見た。吉田はこの一年間で熊に襲われて亡くなった人のうち、三人が藤が丘シティと関連があったと話した。

「そうなんですねえ」

 母親は納得したように頷いた。

「あの、この件で何か心当たりがあるんでしょうか」

「実はですね」母親はためらいがちな目をしていたものの、はっきりとした口調で話し始める。「息子は生前、誰かに狙われているんじゃないかと不安を漏らしておりまして」

「どうしてそんなことを」

「以前藤が丘シティにいた人たちが、次々に亡くなっていたそうなんです。息子の知り合いも何人か亡くなっています」

「水原さんですか」

「ああ……そうです。息子と同じように熊に殺された人ですよね。それ以外にも死んでいる人がいるんです」

 和希たちは顔を見合わせた。

「熊以外に亡くなった方がいるんですか? どんな風にして亡くなったんでしょうか」

「交通事故とかビルから落ちたとか、敗血症の人もいますし、山で行方不明になった人もいました。交通事故というのは、高速道路を走っていて、ガードレールに衝突した単独事故なんです。一家四人が死亡した悲惨な事故でしてねえ。居眠り運転かだろうというのが警察の見解だったんですけど、遺族の方の話ですと、ドライバーの首に動物に囓られたような跡があったそうなんです。遺体も焼け焦げていましたから、確証は持てなかったみたいなんですけど。ビルから落ちた方も、動物に引っかかれたような跡があったそうです。遺族の方は、何かに追い立てられたんじゃないかと言っています。敗血症で亡くなった方は元々透析をしていたんですが、生前、ネズミに囓られて、そこから感染症を起こしたと主張していました」

「ネズミですか……」

「偶然かもしれませんが、熊のこともありまして、息子はかなり不安になって、警察へも相談したんですけど、取り合ってもらえなかったらしくて。息子が亡くなったときも警察にはおかしいと訴えましたが、聞いてもらえませんで。取材に来た記者さんも同様です。それでさっき、吉田さんの口から藤が丘シティのお話が出て、驚いた次第です。皆さんは、藤が丘シティの件で何かご存じなんでしょうか」

「はい」話し出そうとした吉田を押さえるように、和希が先に話し出す。「僕たち、このところ藤が丘シティに住んでいた方が熊に襲われて、多数亡くなられているので、共通する原因がないか調べているんです。その関連で、亡くなった相川さんのお母様に、お話を聞きに伺いました。今回藤が丘シティの元住人が、多く亡くなられているというのは、初めて伺ったんです」

「そうですか」

 母親は悲しげに顔を曇らせた。

「もし、息子さんがその関連で資料をお持ちなら、見せていただけるとありがたいのですが」

「さあ」母親は首を傾げた。「息子は私にそういう話をしていましたが、資料とかはよくわかりません。息子のスマホも、パスワードがかかっていて開けません」

「じゃあ、藤が丘シティの住人について、一緒に調べていた人はいますか」

「水原さんと二人で調べていたらしいです。知り合いの元住人から別の住人を紹介してもらったりとかしていたらしいですけど……。水原さんがあんなになっちゃって、次は俺の番じゃないかと言って、ここ一ヶ月息子はひどく怯えていました」

「そうなんですねえ」

「パソコンもロックがかかっておりまして、どうしたらいいんだろうと思っているんです」

「それは困りましたね。パスワードを書いたメモとか残っていませんか」

「探してはいるんですけどまだ遺品を整理しきれなくて」

「承知しました。もし何かわかったら、僕の携帯に電話をしていただけないでしょうか」

 吉田が自分の電話番号をチラシの裏へ書き、三人は相川のマンションを後にした。


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