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面妖寵愛婚姻譚  作者: 十三番目


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第二面 面妖なる守護神


「おーい。聞こえてる?」


「はっ、はい! 聞こえてます……!」


 青年の問いかけに、美晴はこくこくと頷いている。


「良い返事だね〜。じゃあさ、そのまま上から退いてくれるとありがたいんだけど、できる?」


「……っ、ごめんなさい!」


 一瞬、何を言われているのか分からず戸惑っていた美晴だが、ハッとした表情で立ち上がると、急いで青年から離れていく。

 起き上がった青年は、地面に落ちていたお面を拾うと、状態を確認しているようだった。


「あの、ご迷惑を……」


「迷惑とか思ってないよ。でも、素顔は見られちゃったなぁ」


 立ち上がると、想像以上に身長差があることに気づく。

 美晴は女性の中でも低めの身長なのだが、たとえ平均的でも、青年とは頭二つ分以上は離れているように思えた。


「君、名前は?」


「……美晴、です」


「美晴ね。僕は神夜(かぐや)だよ」


 神夜と名乗った青年は、美晴の姿を眺めると「まずは着替えからかなぁ」と呟いている。


「あの……神夜さん」


「なんかその呼び方、よそよそしいから嫌だな〜」


「ええ……!? えっと、じゃあ……神夜、くん?」


 にっこり笑う神夜に、美晴も何かを察したらしい。

 羞恥心に頬を染めながらも、神夜の希望通りに呼ぼうと努めている。


「かっ、神夜くんは……何歳くらい、なんですか?」


「あー、とし……歳かぁ。いくつに見える?」


「えっ、その……十九とか、二十辺りでしょうか」


「あはは。そんな風に見えてるんだ」


 おかしそうに笑う神夜の反応からして、予想は間違っていたようだ。


「すみません……! もっと若かったんですね……」


「ぶっ、ふ、あははは。違う違う。逆だよ」


 慌てて訂正しようとするも、神夜はさらに笑い声を上げている。どうやら、かすってもいなかったらしい。

 多く見積もっても、せいぜい二十二、三にしか見えない容姿に、美晴は困った様子で眉を下げた。


 もしかすると、神夜はかなりの童顔なのかもしれない。

 一人で悩ましげに唸る美晴を、神夜は面白そうに観察している。


「美晴はいくつなの?」


「……私は十八です」


「へぇ。それなら僕も、二十くらいでいいか」


 思わぬ返しに、美晴はあんぐりと口を開けた。

 今までの会話は、いったい何だったのだろうか。そもそも、任意で歳を決められるなら、年齢などあってないようなものだ。

 混乱する美晴に、お面を被り直した神夜が声をかけてくる。


「それじゃあ行こっか」


「……行くって、どこに……?」


「僕の住んでるところ。挨拶しないとでしょ」


 会話が噛み合わず、首を傾げる美晴に、神夜は「結婚するんだよ、僕たち」と口にした。


「……え?」


 頭の中が真っ白になる。

 その場で硬直した美晴に笑みを溢すと、神夜は有無を言わせない口調ではっきりと繰り返した。


「僕の素顔を見たからには、結婚してもらうよ」




 ◆ ◆ ◇ ◇




 小鳥遊の屋敷も大きかったが、それとは比べものにならないほどの規模に、美晴は立ち尽くすことしかできなかった。

 広い日本庭園は、細部に至るまでが芸術品のように美しく、透明な水の中を鮮やかな魚が泳いでいる。


 裏山にいたはずが、まるで別世界に来てしまったかのような感覚だ。都会とも、田舎の村とも違う。神隠しにあった者が、夢見心地で語るような──神秘的な空間。

 美晴の目に映る光景はまさに、神の領域にも等しい世界だった。


「あるじさまあああ!」


「うるさいよ、玖狐(きゅうこ)


 神夜が領域に戻るなり、体に紋様のある狐がものすごい勢いで駆け寄ってきた。

 全体的に丸い形状をした狐は、美晴を目にしてぶわりと毛を逆立てている。


「主様! この娘は人間ではありませんか!」


「うん。そうだね」


「ぬわっ! なぜ人間などをここに連れてきたのですか!」


 怒りで膨らんだ玖狐を一瞥すると、神夜は萎縮する美晴の手を優しく引いた。


「僕のお嫁さんになる子だから」


「おっ、お嫁さん……!?」


 白目を剥いた玖狐が、その場にひっくり返った。

 気絶した玖狐はそのままに、神夜は何処かに向かって指示を飛ばしている。


苑寿(えんじゅ)刀喰(かたばみ)。美晴を着替えさせて」


「はい、主様」


「美晴様、こちらへ」


 突然現れた少女たちは、音もなく美晴の傍に寄ってくる。

 ひらひらした着物を揺らしながら、少女たちは美晴の手を片方ずつ握ると、屋敷の中へと導いていった。


「あ、あの……」


「はい、美晴様」


「お困りごとですか?」


 金魚の尾を彷彿とさせる着物が可愛らしい。

 双子のように揃った動作の苑寿と刀喰は、左右からじっと美晴を見上げてくる。

 美晴よりも幼い容姿の彼女たちに、のしかかっていた緊張が、少しずつ緩んでいくのを感じた。


「ここは、何処なんでしょうか?」


「主様の領域です」


「主様は面妖(めんよう)であらせられますから。時折、現世(うつしよ)に向かわれては、一帯を守ってくださっているのです」


「面妖……?」


 聞いたことのない言葉に、美晴が目を瞬かせた。

 迷路のような屋敷を進み、とある襖の前で立ち止まった苑寿と刀喰は、襖の左右をそれぞれ手前に引いている。


 部屋の中に置かれている調度品は、落ち着いた色合いながら、明らかに高級なものばかりだ。壁際に飾られた着物は華やかで、それでいて派手すぎない上品さを放っていた。


「面妖とは、守り神のような存在です。気に入った土地に自らの領域を繋ぎ、長く一帯を守ってくださいます」


「あの裏山には、数百年ほど前にお移りになられました。それから今日(こんにち)まで、一帯の土地は自然豊かで穢れもなく、数百年前と何ら変わりのない平穏を謳歌できているのです」


「すうひゃくねん……」


 神夜に笑われた時のことを思い出し、美晴は思わず手で顔を覆った。恥ずかしげに顔を伏せる美晴を、刀喰が不思議そうに見ている。


「どうされましたか、美晴様」


「……てっきり、私とそんなに変わらない歳だと……」


「面妖は、外見の年齢を自由に変えられます。確か今は、二十の後半ほどで止められていたかと」


「こっ……!? 童顔すぎる……!」


 類稀な美貌を持つ神夜だが、にこにこと笑っているだけで、どこかあどけなささえ感じられる。

 明らかに十代だと言われた方が納得しそうな容姿に、美晴は詐欺だと嘆きたくなった。


 やはり、愛嬌というものが強いのだろうか。

 そう考えてから、自分にはそんなものがなかったことを思い出し、美晴は沈んだ表情で手を下ろした。


「面妖は数多の(かお)を持ち、他者に素顔をお見せになることはありません。面を付け替えることはあれど、本来の顔だけは決して見せてはならないのです」


「えっ、でも……私には素顔を見られたって……」


 刀喰が美晴の寝巻きを解き、着物を手に取った苑寿が、あっという間に着替えさせていく。

 息の合った連携で仕事を終えた苑寿と刀喰は、流れるような動作で美晴から距離を取った。


「面妖は本来、自らの領域であっても素顔を明かされることはありません。たとえ眷属(我ら)であっても、主様の本来の姿を知ることはできないのです」


「ですが、一つだけ例外がございます」


「面妖には、己の半身となる“運命の伴侶”が存在します。伴侶の前でだけは、いついかなる時でも素顔を晒すことが許されているのです」


 美晴の正面に並んだ苑寿と刀喰は、その場で恭しく膝をついている。


「お喜び申し上げます、美晴様」


「美晴様は今後、我らが主の半身となられる」


 三つ指をついた苑寿と刀喰が、美晴に向かって深く頭を下げた。


「苑寿と刀喰は、これより奥方様に忠誠を誓い」


「共に、誠心誠意お仕えさせていただきます」


 

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