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第十一面 災厄の足音


 先ほどまでとは違う、静寂にぴんと糸を張ったような空気が流れた。

 美晴も異変を感じ、神夜と玲央を心配そうに見ている。


「それを聞いて、どうすんだよ」


「美晴のこと、少し預かってて欲しいんだよね」


「……は?」


 唖然とした玲央が、意図をはかるように顔をしかめた。


「クソババアの手下が、僕の領域の近くで勝手なことしてるみたいでさ〜」


「お前まさか……」


「掃除するには、良い機会でしょ」


 神夜の手に、黒い狐の面が現れた。

 不思議そうに見上げる美晴の頭を撫でると、席を立った神夜は、出口の方へと歩いていく。


「神夜くん……?」


「僕が戻るまで、いい子で待っててね」


 まるで幼子を諭す時のような柔らかい声色に、美晴の心がぐらりと揺れる感覚がした。

 お面を被った神夜の姿が、霧のように消えていく。

 テーブルの上に残された珈琲カップだけが、神夜がつい先ほどまでここにいたことを示す唯一の証だった。


「つーか、縛りはどうすんだよ!」


 一拍遅れて叫んだ玲央は、「だいぶ緩んでるからいけるか?」や「そもそも縛りを結ぶとかどうかしてるだろ」などと呟いている。


「……玲央ちゃん」


「心配しなくても、幻術の類だからあたしら以外には見えてねぇよ」


 美晴の背をなだめるように軽く叩いた玲央は、乱れた思考を整理しようと前髪を荒々しくかき上げた。


「ったく、あのババア相当やばいことしやがったな」


 面妖は守護神としての側面が多く知られているが、真に恐ろしいのは、面を一つ付け替えるだけで、祟り神のように人間を呪い殺してしまえる点にあった。


 美晴を置いていくほどだ。

 明日の新聞には、「自然遺産が消滅」なんて見出しが載っているかもしれない。


「玲央ちゃん、私……今すぐ帰らなくちゃ」


 美晴がぽつりとこぼした声は、集中する玲央の耳を右から左に流れていく。


「あんなに怒ってる神夜くん、初めて見た。ううん、違う……前にもあった。炎が燃えてて、神夜くんが……」


 美晴の足が、店の出口へと向かう。

 扉が開閉する音に、玲央はハッとした様子で顔を上げた。


「っおい! 美晴!」


 考え事に気を取られすぎて、店を出ていく美晴に反応できなかった。

 すぐに後を追いかけるも、人混みが邪魔で追いつけない。

 気弱な美晴だが、ひとたび決断すると驚くほど大胆になることがある。それを知っていながら、玲央は美晴から目を離してしまった。


「あーくそっ。油断した!」


 荒くなる口調は、自分への怒りからだ。

 何処かに向かって進む美晴は、まるで帰る場所が分かっているかのように迷いがない。時折ふらりと身体が傾くのを、玲央は冷や冷やした気持ちで見つめていた。


 運動能力だけなら、圧倒的に玲央の方が上だ。

 交差点に差し掛かったところで、玲央は美晴に追いつくため走る速度を上げていく。後少しの距離で、美晴と玲央の間に、いきなり一台の車が割り込んできた。


「っぶねぇな、何考え──」


 車から降りてきた男は、見覚えのある顔をしている。

 美晴は頬を腫らそうと、腕の骨を折ろうと、どんな不自然な怪我を負っていようと、全て自分のせいだと苦笑していた。

 けれど、玲央は知っていた。

 その怪我が美晴のせいではなく、目の前にいる男によって付けられた物だということを──。


「あんのクソ野郎!」


 美晴を車内に引き摺り込むと、車は再び交差点を走っていく。

 遠ざかる車を睨む玲央の脳裏に、十年以上も前の記憶が蘇った。


 ──あの子供、縛りがあるぜ。


 玲央が初めて美晴を見かけた日、隣で伴侶が囁いた言葉だ。

 そして今もまだ、美晴には縛りの影響が残っている。

 舌打ちをした玲央が、スマホを耳に当てた。


「おい、(あかつき)。今すぐこっちに来て手伝え」


 返事を聞くことなく、玲央が通話終了のボタンを押す。

 一人の人間が連れ去られたことなど気づいてすらいないかのように、都会の空気は味気なく、それでいてあるがままだ。


 そんな都会を、玲央はとても気に入っていた。


 そして今日、どうしようもないほど嫌いになった。




 ◆ ◆ ◆ ◆




 叔父に引き摺られた腕が痛む。

 抵抗した瞬間に殴られた頬は腫れ、口の中には血の味が広がっていた。


「勝手に逃げ出しやがって! 手間をかけさせるんじゃねぇ愚図が!」


「何してんのよ! 顔を傷つけたら、値が落ちるじゃない!」


 車内で響く叔父夫婦の声が、ノイズのように美晴の心を掻き乱す。到着した屋敷で乱暴に投げ捨てられた美晴の髪から、花模様の髪飾りが転がり落ちた。

 報酬を寄越せと喚く叔父夫婦を連れて行かせると、鈴世は床に倒れ伏した美晴を冷たい目で見下ろしている。


「何もかも手遅れだわ。小鳥遊の家は滅び、じきに村も無くなる。貴女のせいよ。貴女があの山になんて逃げさえしなければ……。いえ、そもそも逃げるなんて愚かな真似をしなければ、こんな事にはならなかったのよ……!」


 真横に叩きつけられた花瓶の破片が、美晴の頬を掠っていく。ぜえぜえと息をついた鈴世は、控えていた使用人に、美晴を地下牢に入れるよう指示した。


「貴女には、この家と共に死んでもらいます。最後の責任くらい、きちんと果たしてちょうだいね」


 湿気とカビの臭いが鼻をつく中、遠くからパチパチと木の弾けるような音が響く。

 微かに焦げ臭い空気が漂う地下牢で、美晴はいつかの記憶を夢見ていた。


 

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