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第十面 運命と必然


 周囲の視線が突き刺さる。

 都会に合わせて服装を変えたはいいものの、高身長で顔もスタイルも抜群な神夜は、通りを歩くだけでそれはもう目立っていた。


 女性からの熱い視線を受け流し、モデルのスカウトをさらりと躱した神夜は、落ち着かない様子の美晴を連れ、近くのカフェに入った。


「疲れちゃったよね。何か食べる?」


「わ、私は大丈夫。神夜くんこそ、色々とお疲れ様です……」


 神夜の気遣いを感じ、美晴は慌てて手を振った。

 そのまま膝に手を置き、ちょこんと腰掛ける姿は、緊張で縮こまる小動物のようだ。


「あの、ここのカフェ、たしか奥に公衆電話があって……。少し電話してきてもいい……?」


「もちろん。先に飲み物だけ頼んでおくね」


 持ち物は小鳥遊の家で取られており、友人と連絡しようにも手段がない。幸いにも番号は覚えていたため、美晴は公衆電話からかけることにしたようだ。

 席を立った美晴が奥へ向かうも、何かに気づいた様子で戻ってくる。


「……あの、神夜くん」


「どうしたの?」


「お金を、貸してくれませんか……」


 今にも噴火しそうな顔を手で覆った美晴に、神夜はとうとう堪えきれず、軽やかな笑い声を上げた。




 ◆ ◇ ◇ ◇




 受話器を耳に当て、呼び出しの音に耳を澄ます。

 何度目かのコールの後、通話が繋がった音がした。


『……もしもし』


「れ、玲央(れお)ちゃん……あの……」


『は? もしかして美晴?』


 電話口の声が、警戒から驚きへと変わっていく。

 相手が美晴だと分かるなり、玲央は立腹した様子で話しかけてきた。


『おまっ、ふざけんな! あたしがどんだけ心配したと──』


「れ、れおちゃんんん」


『うわっ、泣くなよ……』


 玲央と話せた安堵から、美晴はぐすぐすと嗚咽を漏らし始めた。ため息をついた玲央が、口調を少し和らげる。


『てか、お前いま何処にいんの?』


「……ぐすっ。駅近くの、カフェ……」


『分かった。すぐ行くから、絶対にそこを動くなよ』


「へ? れおちゃ……」


 ぶつんっと、通話が切られる音が鳴った。

 受話器を手に呆然と立ち尽くす美晴だが、これ以上どうすることもできず、神夜の待つ席へと戻ることにした。



「お兄さん、もしかして一人?」


「良かったら、私たちとお茶でもしませんか?」


 神夜の座るテーブルの脇に、大学生らしき二人組の女性が立っている。綺麗な女性たちに言い寄られる神夜を目にして、美晴の心にちくりと針を刺すような痛みが走った。

 悲しげに俯いた美晴の肩を、突然横から伸びた手が抱き寄せていく。


「ごめんね〜。僕たち今、デート中なんだ」


 神夜の腕の中にすっぽりと収まった美晴は、まるで石化した像のように固まっている。


「かわいー。リスみたい」


「彼女さんいたんだ。邪魔してごめんねー」


 美晴の姿を見るなり、女性たちはさっぱりした態度で去っていった。

 なかなか石化の解けない美晴の頬を、神夜が指で突いている。我に返った美晴は、女性たちがいないことに気づき、不思議そうに辺りを見回していた。


 流れで隣に座った美晴の前に、神夜がレモンティーを置く。食事を一緒にしてきたためか、美晴の好みをすっかり把握しているようだ。


「友達とは話せた?」


 笑顔で問いかける神夜だが、“友達”の部分に何やら含みがある。美晴に気づいた様子はないものの、友達という言葉にはっとした表情で口を開いた。


「あのね、神夜くん。実は──」


「美晴!」


 金色の髪が、照明の光に反射する。

 赤い瞳が美晴を映し、激情を抑え込むように揺れた。


「……玲央ちゃん」


「このバカ! 心配かけやがって!」


 立ち上がった美晴に、玲央が抱きつく。

 美晴の細い身体をきつく抱きしめた玲央は、背中に手を回した美晴に「無事で良かった」と囁いた。


「ごめんね、玲央ちゃん。その、事情があって……」


「分かってる。美晴があたしに何も言わず、いきなり消えるはずないからな。……怒って悪かった」


 美晴と会えたことで、幾分か気持ちが落ち着いたのだろう。身体を離した玲央は、微笑む美晴を見て眩しそうに目を細めている。

 優しげな眼差しが注がれる中、玲央の視線が不意に美晴の隣へと向けられた。


「とりあえず事情は聞くとして……こいつ、誰」


 にこりと笑う神夜と、不機嫌そうに顔を歪めた玲央の視線がかち合った。




 ◆ ◆ ◇ ◇




 異様な空気が漂うテーブルを、他の客が避けるように歩いていく。

 水面下で飛び交う火花は、譲れない戦いに挑む前の小手調べだ。


「えっと、こちらは私の友達の玲央ちゃん。それで、隣にいるのが……」


「夫の神夜です」


 美晴の顔が、一瞬で林檎のように染まった。

 にこにこと笑う神夜に、玲央からドスの効いた声が漏れていく。


「……夫?」


「ああの、玲央ちゃんあのねっ、これには深い訳が……!」


「美晴から話は聞いてるよ〜。僕の奥さんと、仲良くしてくれてありがとう」


「ご丁寧にどーも。あたしの友達が、随分と世話になったようで」


 慌てる美晴を他所に、テーブルを挟んで殺意のような感情がぶつかり合っている。

 どちらも引く気はないようで、美晴は隣と対面を交互に見ながら、困った様子で眉を下げていた。


「美晴に彼氏はいなかったはずだけど、いきなり結婚なんて脅しでもしたんじゃねーの?」


「やだな〜。一目惚れって言葉もあるくらいだし、本気なんだから結婚するでしょ。まあ、僕たちは運命だから、もっと昔からの関係なんだけどね」


 途中までは鼻で笑っていた玲央だが、不意に視線を上げると、神夜をじっと睨んでいる。


「はっ。運命……ねぇ」


 玲央の鋭い視線を、神夜は笑顔で受け流していく。

 一箇所だけ氷点下のように凍えたテーブルを、店員さえも我関せずと避けていった。


「んで、美晴は何でこんなことになってんだよ」


「えっと……それがですね……」


 神夜から視線を外した玲央は、こうなった発端を知ることにしたらしい。順番に語っていく美晴の話を聞きながら、段々と眉間に皺を寄せている。

 神夜と出会うまでの経緯を正直に伝えた美晴は、沈黙する玲央を不安そうに窺った。


「なんつーか、クソババアだな」


「ほんと、早く死ねばいいのにね〜」


 近くのテーブルに座っていたカップルが、びくりと身体を震わせた。

 傍から見れば、美男一人に対して美女二人が座る席だ。たとえ異様な空気が漂っていようと、どんな会話が交わされているのか気になっていたのだろう。


「一つ聞いていいかな」


「なんだよ」


 笑顔で話しかける神夜に、玲央は面倒だという態度を隠しもせずに返している。


「君さ、僕みたいなのを他にも知ってるでしょ」


 

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