5月1日
また、この夢か。3回目ともなると夢であることに疑問を持たなくなっている。
コンビニのレジに並ぶアレックスと、なぜか同じ店内にいる自分。近づきたくないのに、なぜかうしろに並ぶところも同じ流れだ。
ここからは少しずつ違うけど、アレックスが話しかけてくるのを、翼がけんもほろろな対応で終わらせる流れになるはずだ。
冷たくされることはあり得ても、翼が冷たく対応するなんてあり得ないのに。
夢の中なのに、なぜか大きく深呼吸をした自覚があった。呼びかけようと息を吸ったのだ。
――こんにちは。
お、声がうわずることもなく普通に話しかけられた。ホッとしたところに、アレックスが振り返る。その顔が笑顔に変わった。
――やぁ。カナタ、こんなところで奇遇だね。
――え? カナタ?
このコンビニは通勤途中にある、つまりは現実世界のもので、そこにいるのは翼だ。だから、カナタなんて人間はいない。
疑問でいっぱいになったものの、レジの順番が来たアレックスが前に進む。翼はというと、どうしようもなくガラス張りのドアの向こうに目をやった。
逆光のガラスには、どこのコスプレイヤーか豪華な装飾が施された長衣を着た青年が……って、そんなバカな!
「だから! なんでだよ!?」
コンビニのガラスに映っていたのはカナタだった。ということは、もしかすると夢でレジに並んでいたのは、現代の服装になったユーリだったのだろうか。
「そっくりすぎて、わからねぇ……」
同じ夢も3度目となると、寝起きも落ち着いたものだ。
「けど、関西弁じゃなかったから、やっぱりアレックスなのかなぁ」
そもそも、アレックスに関しては、現実に存在しているという事実があるだけで、性格どころか本名さえ知らないのだ。
「まぁ、いいか。今度の夢で名前呼んでみよう」
夢も慣れればここまで図々しくなれるのかと自分に呆れつつ、数日放置した家事を片付けていく。今日はだれもログインしない予定だから、気楽なものだ。
「天気いいし、昼マック行こうかな」
なんとなく身体を動かさないといけないような気分になって、久しぶりにジーンズに足を通した。数日ぶりの外は、夏のような日差しが照りつけていて、早くも外出を後悔しそうになってしまう。
「こんな暑さとかも、感覚的VRだったら感じたりするのかな」
リアルになればなるほど、翼には向かないような気がしてしまう。だって、過酷な現実から逃げるためにゲームをしてたのに。
連休のあいだの平日ということで、普段よりやや混み合った店内でセットメニューを食べる。近くの本屋で、ARK LEGEND関連の雑誌でも出ていないかと棚を覗くと、新しいシリーズとなるⅡの情報が目に入った。
新感覚VRゲーム『ARK LEGEND Ⅱ』
あの人気ゲームが完全新ストーリーとなって再始動!
「へぇ……VRスーツ……結構高いなぁ。あたりまえか……」
感覚を共有するため、皮膚に密着するスーツが必須なのは当然だ。そのスーツを通して、ゲーム内での感覚を伝えてくるのだろう。
「キャラ造形に体温の設定……マジかよ」
そこまで立ち読んでから、翼はその雑誌をレジへと持っていった。
「コーヒーでも飲みながら帰ろ……」
いつものコンビニに立ち寄り、意味もなくスナック菓子の棚を一周した。店内は閑散としていて、近所のOLらしき女性3人組がスイーツの前で盛り上がっていた。
――そういえば、柳田さんは今日の会議、出席しなくてよかったんですか?
話題がスイーツから変わったところで、会議という単語が耳に飛び込んだ。そういえば、ユーリも今日は会議だと言っていた。
――今日は開発のほうだけみたいよ。
――もめてるの槻間さんのチームですよね?
――あれは瀬古さんが悪いと思うわ。
――私も同意。あんなの槻間さんの人気にタダ乗りする気満々じゃないの。
――しかも、まだ許可下りてないんでしょ?
――まわりが板挟みでかわいそうよね。みんな会議出てるんでしょ?
――そうよね。やっぱ参加しとけばよかったかしら。
――柳田さんいてたら、仲裁できますもんね。
聞き耳を立てるつもりはなかったのに、どこかで聞いたような単語が出てきてどうにも動けなくなっていた。意味もなくパンを選んでカゴに入れる。
OLらしき3人組がレジへと歩いて行く。
あ、あの人。
話の中心にいた女性の顔が目に入り、どこかで見たような記憶を遡った。
「アレックスと一緒にいた女の人……」
記憶違いでなければ、アレックスといつか買い物に来ていたうちのひとりだ。
「アレックスも今日、仕事なのかな」
彼女たちの話題に上ったチームとやらにいるなら、ややこしい会議に出席しているのかも知れない。
カゴに入れたパンを仕方なく決済しつつ、アイスコーヒーを頼んだ。ストローを咥えながら自宅への道をトボトボと歩く。
「なんか、ぜんぶゲームと繋がってるような気がする……俺、頭やばいかな」
夏日のせいか、自宅に着くころには、アイスコーヒーも氷だけになっていた。
意味なく買ってしまったパンと、レトルトのパスタで昼食を済ませ、汗だくの服を脱いでシャワーを浴びる。なんとなくスッキリとした気分で、翼はヘッドセットを装着した。
酒場で掲示板を確認し、なんとなく街中を歩く。
いろいろな場所に行こうと思っていたはずなのに、なぜか行きたい場所が思いつかなかった。
「ひとりって、こんなに退屈だっけ……」
それとも、進められるイベントがないからだろうか。誰も来ない塔に上って、眼下にひろがる城下町を眺める。
メニュー画面を開き、そのなかの画像フォルダを意味もなく繰っていった。
「ユーリばっかりだ」
好みのアングルを見つけるたびスクリーンショットを撮っていたせいで、フォルダはユーリで占められている。
「やっぱりカッコいいよなぁ……」
金髪碧眼で背が高くて筋肉質で、強くて明るくて、それからカナタに笑いかけてくれて。現実にいるアレックスは翼に笑いかけてはくれない。だけど、ユーリだって作りものの姿なわけで――。
フォルダの中には、ユーリとカナタが笑い合っているスクリーンショットもある。それは翼のお気に入りで、うっかり消してしまわないよう保護もかけてある。
「これがあればいいや、うん。それ以上なんか望んでも意味ないし……」
街がオレンジ色に染まっていく。
この日、カナタは街から出なかった。
ただ、ぼんやりと世界が暗闇に変わるまで街を眺め続けた。