4月26日①
『人、結構多いなぁ……』
結局、菓子パンと麦茶を流し込み、溜まり込んだ洗濯物を干していたら10時を過ぎてしまった。
慌ててログインすると、酒場はサ終前にゲームを楽しみにきたプレイヤーで溢れている。
『さすがにちょっと重い。ライト勢はここも入れてないかも』
ゲーム以外に趣味もない翼は、パソコンだけは惜しみなく金をかけている。とはいっても、薄給でかけられる金なんか知れているが。
『まだ誰も来てないし、外出てもいいんだけど』
それでも、一度外に出てしまえば、この酒場に入るには少し時間がかかるかも知れない。翼は結局、手持ち無沙汰に酒場でうろついていた。
オープンチャットはサ終の話題で持ちきりだ。30年も続いたゲームなら当然だろう。
そうこうしているうちに、視界の端で赤いマークが点灯する。
『カナタ。おはよ』
ログインしたユーリが不意に目の前に現れた。見慣れたアバターなのに、昨夜のアレックスとの会話を思い出して、どこかドキマギしてしまう。ユーリの音声は、昨日聞いたアレックスの声よりも少し高い。
『おはよう。すごい人だね』
『ログイン、ちょっとラグあったで』
『ユーリのいくつだっけ? 4000?』
『この前、6000に変えたんやけど、どうもほかと相性悪いねん。4000に戻しとくべきやったわ』
首を振るアクションもスムーズで、ユーリのアバターを見る限りでは、ラグは見つけられない。翼には分からないなにかの差があったのだろう。
『どうする? 外出たらここに入るの、時間かかりそうだけど』
『うーん。ミキニャもウワバミさんもおらんよなぁ』
『ミキニャは連休とか仕事な気がする』
これまでの会話の端々からミキニャの本体については、サービス業のようなヒントがたびたびあった。同意するように頷いたユーリが、ウワバミは予想ができないと付け加える。
『ここにおってもしゃあないし、掲示板だけメッセ残して出よ』
いつになく密度の高い酒場の光景に息が詰まりそうだった。これが現実世界なら、翼は客の人数を目にした段階で回れ右をしているところだ。
ユーリと並んで酒場を出れば、活気ある城下町をこれまたいつもより多いプレイヤーが行き交っている。
『なんや、ゲームやり始めたころ思い出すわ』
ユーリがキョロキョロと辺りを見渡した。
『買ってもらったパソコンが、もうあり得んスペックやって……ログインが重なる時間やと街に入れんかってん』
ここはゲームのはじまりの街で、常にプレイヤーの拠点になっている。散々見慣れた噴水の広場を通り過ぎ、裏路地から隠し通路を進んだ。この先は銀紋章以上にならないと解放されないエリアで、街の中でもやや落ち着いて過ごすことができる。
『街に入れないと、宿屋とか回復できないんじゃ……』
『そうやねん。そやからコソコソと真夜中過ぎに電源入れて、誰もおらん街で武器とか買っとってん』
『むっちゃ大変じゃん』
『ほんまやで。もう、授業中眠とうてしゃーなかったもん』
授業中ってことはそのころのユーリは学生だ。前にいつ頃始めたかの話題が出たとき、ウワバミ以外は初期勢じゃなかった。
カナタは? 聞き返されて、少し考える。
いつもそうだ。どこまで自分を出していいか、常に葛藤している。ここにいるのはカナタであって、翼じゃない。カナタに翼の存在を混ぜたくないのだ。
『俺はお下がりのパソコンがゲーミングだったから恵まれてたかも』
『ええなぁ』
階段を上った先は、塔に繋がっていて街が一望できる。だからといってイベントがあるわけでもない塔は、いつも静かだった。翼とは似つかないカナタのさらさらの黒髪が風になびく。そのビジュアルが好きで、カナタは触れもしない髪を押さえる仕草をする。
『ユーリ。公式からのサ終の理由見た?』
『見た』
『新システムへの移行ができないって、感覚的VRのことかな?』
『多分。けど、不思議やんなー……こうやって触ったら、触った感触がするんやって……』
ふいに伸びてきた太い腕に、心臓がバクバクとした。重厚な防具に守られた腕がカナタの頬に触れる位置で止まる。それでも、そこにはなにもない。アバターがあるからそれ以上腕は進まないけど、別にカナタはなにも感じない。これが戦闘になれば、触れたタイミングでダメージが入る、それだけだ。
『アカウントそのままで移植することも検討されたって書いてたけど、移植したらまったく違うゲームになるって……俺もそれは嫌だなってサ終に納得した』
感触もないのに触れられた構図が落ち着かなくて、カナタは一歩前に進んだ。眼下の景色が一気に広がる。青い空に整った街は、1枚の絵画みたいだ。
『新しいアーレジェ、配信されたらカナタもやる?』
『どうかな……やらないかも』
『なんで? 興味ないん?』
『興味はあるんだけど、なんか……俺はこれくらいの、ちょっと嘘っぽい世界のほうが落ち着くっていうか……』
作りものだと常に分かっているからこそ、こうやってユーリとも会話できている。それが、現実に近づくほど、翼は現実と同じように何もできなくなる気がするのだ。
『なんや、分かる気ぃする……現実とちゃうからのびのびできるんやもんな』
ユーリも同じなんだ。その事実にまたドキドキしてしまう。現実のユーリもまた、嫌な自分から逃げていたりするのだろうか。
『そういや、ユーリ。この前、最後の伝説について気になること聞いたって言ってたよね? なんか分かった?』
現実に絡んだ話題が苦しくなって、カナタの表情をパッと明るくした。ワクワクした仕草でユーリを見上げてみせる。
『それな。昔どっかの掲示板で見た気ぃするんやけど、全然ヒットせぇへんねん』
大きな身体がコミカルに頭を抱えてみせる。こういったアクションも、ゲームに慣れないと自然にはできない。カナタもまた、そんなユーリを笑ってみせた。
『どんな感じだったか何か覚えてる?』
『ハーミット城の地下水路がなんか……とか、そんなんやったはずなんやけど』
『え!? ここじゃん!』
『そうなんや。だから、ただの噂やろなって舐めてたんやけど……』
頭を抱えた仕草のまま座り込んだユーリが、具足の足を投げ出した。
『このゲーム……最初、tsukiがテストで作ったときは、この街だけしかなかったんやろ? そんなん、隠しイベント作るんやったらここしかないやん』
『その掲示板、なんか思い出すヒントとか……』
『それがなんも思い出されへんねん! 俺のアホ!』
立派な姿の騎士が、頭を抱えてもだえる姿はどこかアンバランスだ。でも、それが人間らしくて、カナタもまた「仕方ないなぁ」なんて呆れる仕草を返す。ガックリと肩を落としたユーリを、ポンポンと慰めてやると精悍な顔がカナタを見上げた。
『とにかく水路に行ってみようよ。もしかしたら、ユーリと同じことを覚えてるプレイヤーがいるかもしれないし』
とにかく話しかけてみよう。カナタの提案に、ユーリの表情が明るくなる。アレックスそっくりな顔がカナタに笑いかける。そう、翼じゃなくてカナタに。
『そうと決まれば行こう! 俺たちにはもう時間がない!』
『せやな。行こうカナタ』
太陽の光を浴びて笑うユーリがまぶしい。これもあと2週間ちょっとしか見られないのだ。翼はコントローラーを操作して、そっとスクリーンショットを保存する。ゲームが終わっても画像を見返せるように。
ゲームの序盤で建国王の伝説を探しに入った水路は、もう道順もあやふやだ。遭遇する敵は倒すのが気の毒になるようなレベル差で、カナタとユーリは適当に躱しながら水路を奥へと進んだ。
水路にはまだ操作に不慣れなプレイヤーと、ところどころですれ違う。システム上、助けを求められれば受けることができるが、こちらから勝手に助けることはできないようになっている。そもそも、初期プレイヤーは身分証明のほかにもレベル25に達するまでは会話機能が使えない。この水路はクリア推定レベルが5といったところなのだ。
『どうやって探そうか?』
こんなしょぼいダンジョンで自分の装備が仰々しくて恥ずかしい。そう身を縮めたユーリをなだめながら、カナタがマップを開く。初期ダンジョンはシンプルで、普通に進めば1時間もかからず奥まで到達するだろう。
『端から総当たりでもかまへん? 壁っちゅう壁を端から調べてみたいんやけど』
言いながらもすでにユーリの手のひらが水路の壁に触れている。頷いたカナタも、ユーリとは反対側を調べながら奥へとゆっくり進んでいった。
『カナタ、夕飯とかどうする? 定期的に身体も動かしたほうがええと思うんやけど』
水路の途中にある、資材置き場を丹念に調べながらユーリが振り返る。棚の隙間から飛び出してきたモンスターをヒョイと掴み上げ、軽く表へと投げ飛ばす。そもそも攻撃を受けたところで、ダメージも受けないのだから気楽なものだ。
『昨日、大量に食料は買い溜めてきたよ』
『俺も俺も。一緒やん。ダラダラなるのもアレやし、時間決めへん?』
木箱の奥からわずかな金貨を見つけ、顔を見合わせて笑う。今さらアイテムを買うような必要もなく、金は貯まる一方なのだ。
『この金が現実世界のだったらいいのになぁ』
ぼやいたカナタに、現実でモンスターが出てきたらソッコー死んでまうわとユーリがつっこむ。こういうところも関西人ぽくて、ユーリは西の方に住んでいるのかなぁなんて考えた。
『ほな、基本は昼食べたらログインで、18時に夕飯と風呂休憩。あ、15時と22時にストレッチタイムとかどない?』
プレイヤーが増えるのは夜間で、情報収集にしてもログイン時間をそこメインにするほうが効率もいい。
『ストレッチタイムってなにすんの?』
『長時間座りっぱなしになるし、身体動かさへんとあかんやろ? ログインしたままでもできるし、一緒にやろう』
ニコニコと提案するユーリに、嫌とは言えず曖昧に頷くだけに留めた。正直、身体を動かすのは好きじゃない。
『じゃ、さっそく15時のストレッチな? ちょっと過ぎとるけど』
明日からはアラームセットしとく。てきぱきと決めてしまったユーリが、資材置き場の中央に座り込んだ。カナタも、仕方がないと一定間隔の位置に座る。
果たして、それはストレッチというよりも筋トレのそれだった。爽やかな声が、足を上げろやら、身体を捻ってやら次々指示を出してくる。
アバターを動かしても意味がないので、コントローラーを持ったまま部屋の床で生身の身体を動かすことになる。おかげで、ゲーム内のカナタとユーリは奇妙な動きを繰り返す、間抜けな状態だ。
『痛い痛い! もう無理だって!』
『あと10秒。カナタがんばって。8、7……』
ぜぇぜぇしているカナタとは逆に、ユーリの声は軽やかだ。きっと普段からこんなことをしているのだろう。ゲーマーのくせに筋トレ趣味とか、意識高い系かよ。そんな八つ当たりを飲み込みながら、翼はバカ正直に腹筋を引っ込めた。
『0! オッケー』
その瞬間、一気に床へとへばりつく。膝がプルプルと震えていて、なんとも情けない様相だが、ゲーム内にはおかしな姿勢で座るカナタがいるだけだ。
『あと、1セット』
『ムリムリムリ! これ以上やったらコントローラ操作できない!』
半泣きで叫ぶカナタに、ユーリの爆笑が重なる。運動不足やな。そうからかったユーリが、徐々に慣れていけばいいと、最後の1セットをひとりでこなしていった。
『……これ、毎日やるの?』
『もちろん。座りっぱなしは身体に悪いやん』
『そりゃそうだけど』
軽く柔軟運動をするとか、伸びをするとかでいいじゃないか。そう喉元まで出かかったのを飲み込んで、代わりに「せっかくだからがんばってみる」そんないい子チャンな言葉が飛び出した。
だって、しんどいのに楽しかったのだ。一緒に日常を過ごしているような、幸せな錯覚が起きたのだ。
そのとき、視界の端に通知が光った。ほかのプレイヤーから話しかけられたのだ。視点を動かすと、資材置き場の入り口に恰幅のいい商人風のプレイヤーがお辞儀をしている。アバターの横には「デモドリカエル」というプレイヤーネームが表示されていた。
通信を断る理由もなく許可すると、デモドリカエルが近寄ってきた。
『不思議な動きでしたけど、何をしてるんですか?』
丁寧で落ち着いた声が、さも不思議そうに尋ねてくる。思わずユーリと顔を見合わせて恥ずかしさに天を仰ぐアクションをした。
『長時間プレイになるんで、ストレッチしてました』
ユーリの返答に、デモドリカエルがなるほどと手を叩く。そんなアクションは手慣れているようでいて、どこかぎごちない。
『長く離れてるあいだに、新しいシステムが追加されていたのかとドキドキしました』
恥ずかしそうに笑ったデモドリカエルが頭を掻いている。
『だから、「デモドリ」カエルさん、なんですか?』
『はい。発売当時に寝る間も惜しんでプレイして……でも、就職して忙しくなって少しずつプレイ時間も減って、気づけば10年以上もそのままになってたんです』
伝説もまだ半分ほど集められていません。しんみりとしたデモドリカエルの声に、忘れかけていた寂しさが戻ってきてしまう。
『あんなにやり込んだのに、操作も忘れてしまうものですね。ちょうど連休だったので、できるところまで進めてみようとログインしたんです』
だから、レベルが70もあるのにこんな場所からやり直していた。照れたようなデモドリカエルが、でっぷりとした腹を揺らして戦闘モーションをとっている。
『そうやったんですね』
ユーリのしんみりとした声に、同じ感じ方をしたのだと分かってうれしくなる。
『おふたりは金紋章ですね。こんな場所にどうして?』
『俺たちは、最後の伝説を探したいと思って……』
デモドリカエルが少しの沈黙のあと、アッと声を上げた。
『もしかして、4ちゃんの伝説の浪人の予言ってやつですか?』
食い気味なデモドリカエルとは反対に、今度はカナタたちがキョトンとする番だった。
『伝説の浪人の予言? なんですか、それ。カナタ、知っとる?』
『ううん。だって、4ちゃんって今はもう閉鎖されてますよね?』
4ちゃんはかつて栄えていたという大型掲示板だ。名前だけは知っているが、今はもうどこにも残っていない。
『はは。若いベテラン探索者さんたちだったんですね。だったら知らなくて当然だ』
知りたい? そう茶目っ気で聞いてくるデモドリカエルは、もうしゃべる気満々といった雰囲気だ。もちろん、カナタたちも知りたいに決まっている。ふたりでデモドリカエルを囲むように、輪を縮めた。
『アーレジェが配信されてちょっと経ったころ、4ちゃんの攻略版に変な書き込みをするやつがいましてね。それが、同じIDをわざわざ使って、同一人物だって主張してるみたいな感じだったんです』
そのころ、カナタはまだ生まれてもいない。この話からすると、このデモドリカエルという人は50代といった感じだろうか。
『ご存じでしょうけど、アーレジェは元々tsukiさんの個人制作ゲームで、もちろん攻略なんてものはないですから、プレイヤーたちが経験を持ち寄って攻略サイトみたいなものを立ち上げていたんです』
当初の話はもちろんカナタも知っている。アップデートを繰り返し、そのうちにゲーム会社ARCが設立されて今の形になっていったのだ。
デモドリカエルがもったいぶるように一呼吸置いた。
『――伝説は101個ある』
『その101個目が最後の伝説ってことですか?』
公式が発表している伝説はちょうど100個。プレイヤーが作る伝説は無数にあるが、金紋章の条件は公式からの100個を収集することだ。
『初期の伝説は多分30個くらいだったんですよ。それなのに、掲示板にときどき現れる伝説の浪人は「伝説は101個ある」って書き込んでまして……それ以外にも伝説の浪人は開発者しか知らないようなことを書き込んだり、tsuki本人じゃないかって噂でしたね』
もっとも、真実は結局分からないままだ。デモドリカエルが懐かしそうにつぶやく。
『デモドリカエルさんも最後の伝説を探しに?』
ユーリの質問にデモドリカエルが「まさか」と笑う。
『私は条件に達してないので、もし噂が本当だったとしても見つけられませんよ』
『条件?』
『はい。確か「すべての伝説を集めていること」「友好度マックスのパーティであること」「建国王の依頼をすべて達成していること」……ほかにもあったと思うんですけど、終始話題になっていたのはこの3つでしたよ』
こともなげに読み上げたデモドリカエルに、ユーリとふたり絶句した。
『そんなん無茶や!』
『あはは。ですよね。あのころ、常に新しい伝説が生み出されてて、全部集めたとしても次の瞬間には未収集の伝説が出ていましたから』
『でも、有名な話なんですよね? どうして今は探してる人がいなくなったんだろ……』
最後の伝説については今も公然の噂として引き継がれている。だけど、デモドリカエルがいとも簡単に読み上げた達成のための条件は、どれだけ探しても出てこなかったものだ。もちろん、デモドリカエルが適当な嘘をでっち上げた可能性もあるのだろうが。
『噂が白熱してたのは、発売からせいぜい5年程度でしたよ。そのくらいで、伝説の浪人は姿を消したし、いってる間に4ちゃんは閉鎖だし、ゲーム自体も規模が大きくなって、良くも悪くもアマチュアの未完成ぽさはなくなってしまいました』
もちろん、システムが安定したおかげでさらに多くのプレイヤーがログインできるようになり、オープンワールドも広がっていった。その時代をまさに楽しんでいたのだろうデモドリカエルが、懐かしそうに語った。
カナタがはじめてアカウントを作ったのは中学生になったタイミングで、そのときでさえ公式の伝説は70個を超えていた。それからも1年に1つか2つのペースで新しい伝説が増えていき、それはどれも高難易度に設定されていた。
『30年間、変わらない熱量で伝説を集め続けられる人は多分ほとんどいないでしょう。そして、今の世代のプレイヤーたちはエラーとバグに邪魔されながらも盛り上がっていた、雑多な情報を知る術がないですからね』
そんな歴史を紡いできたゲームがあと少しで終わってしまう。改めて考えると、途方もない寂寥感に襲われる。
『100個目の伝説って、いつ実装されたっけ?』
『え、と……しばらく更新なかったよな? 確か、去年の……ゴールデンウイーク?』
ちょうど1年前だ。久しぶりの更新にワクワクしながら、謎解きのような伝説を解き明かしていった。毎日コツコツと進めて、2ヶ月ほどはかかった気がする。
『カナタ。今やったら、デモドリカエルさんの言う条件……達成できるヤツ、結構おるかも……』
『そっか。ガチ勢は金紋章だし、建国王の依頼は金紋章いらないし……当然100個目の伝説も集めてるから……あとは』
――友好度マックスのパーティであること。
恐らくそれがいちばん難しい。パーティは4人が一緒に旅をした時間に応じて友好度が高くなり、離脱する時間が増えると友好度が下がっていく。イベントをクリアしてしまった高レベル帯のプレイヤーは、単独でも支障がないため、自然とパーティに属さなくなっていくのだ。
『ミキニャとウワバミさん、来てくれるやろか』
『来てくれたとしても、どこに行ったらいいか分からないよ?』
ここまで条件をクリアしているのに。悔しそうなユーリは、心底このゲームが好きなのだろう。カナタはといえば、伝説を探したいというよりも、伝説を探すユーリと一緒に旅がしたいだけだ。別に見つからなくたっていい。
『あ、すみません。夕食の時間だと呼ばれてしまいました。私はここでいったん失礼します』
丁寧にお辞儀をしたデモドリカエルが、がんばってくださいねと締めくくる。
『デモドリカエルさん。おおきに!』
ユーリが大きく手を振る横で、カナタも丁寧にお辞儀をした。
『あ、そうだ。伝説の浪人の最後のカキコは「灯台下暗し」でしたよ』
なにか意味があるのかも知れませんね。それでは。
今度こそデモドリカエルはお辞儀とともに姿を消した。
いつの間にか、時刻は19時を過ぎている。喉の渇きを思い出して、翼はぬるくなった麦茶を一気に飲んだ。ユーリは考え込んでいるのか、じっと動かない。
『ユーリ。俺たち、交代で落ちようか。それなら、ミキニャとウワバミさんがログインしてきたら、すぐに説明できるし』
カナタの声かけに、ハッとしたようなユーリが顔を上げる。精悍な表情にドキッとしたのをごまかすために、あえて真っ直ぐユーリを見つめた。こんな風に真正面から人と目を合わすなんて現実世界では絶対無理だ。ましてや、ユーリの外見は翼が一目惚れをしたアレックスとほとんど同じで……。
この世界がなくなるのはやっぱり嫌だ。
『時間も限られてるし、少しでも効率よく動いたほうがいいと思うんだ。俺たちのレベルなら、単独でも問題ないし』
こんな風に堂々と意見を言える自分が不思議だ。姿が違うだけなのに、どうしてか自信がわいてくる。だけど、それはきっと「いつでも逃げられる」からという安心感があるからだ。
いつまでもここにいたい。けど、いつだって逃げ出せる。
『カナタ、おおきに。休み潰してもろて、こんなに助けてくれるん……むっちゃうれしいわ』
オーバーアクションなユーリの身体が、喜びを体現するようにカナタに抱きつく。叫びそうになるのをグッと堪えたら、今度は息ができなくなった。
感触なんかなにもない。翼は部屋の椅子に座って、両手の指先でコントローラーを操作しているだけだ。それなのに、間近に迫ったユーリの息遣いまで聞こえてくるような錯覚が起きる。
感触もないのに離れてくれと言うわけにもいかず、カナタは「わかったから」と呆れた様子を作って、心臓の爆発を必死で抑え込んでいた。
先に休んできてくれと強く勧められ、自動行動の設定をしてからVRヘッドセットを外した。これで、ふたたびゲームの中に戻るまでは、自動で動くカナタがユーリと一緒に行動を続ける。ログアウトしてしまうと合流に時間がかかってしまうからだ。
真っ暗な室内が一気に現実を呼び戻す。数分のあいだ呆けたように座り込んでいた翼は、のろのろと立ち上がるとシャワーを浴びるため服を脱ぎ捨てた。
緊張のせいか全身が汗でぐっしょりと濡れていた。
ユニットバスの鏡には貧弱な裸体のうえに、もさっとした頭の自分が映っている。伸びすぎた前髪が目を隠し、あやしさが半端ない。
「……なぁにが、俺たちなら問題ない……だよ。くっさいセリフ、恥ずかし」
あれは、溌剌とした外見のカナタだから許されたセリフだ。同じことを翼が口にすれば、ただの勘違い野郎になってしまう。
「伝説なんか見つからなくていいよ」
それなら、最後まで諦めたくないユーリは、ずっとカナタと一緒に行動するしかない。あのデモドリカエルの言葉を信じるなら、パーティが揃っていないと進めないのだから。
「性格悪いよな。けど、あとちょっとなんだから、いいじゃん……もう二度と会えないんだし」
強いシャワーで汗を流すと、代わり映えのないTシャツに着替えた。スーツこそ数セット揃えているが、それ以外の私服なんかほとんどない。年中使えるジーンズが2本と、何年着ているか思い出せないシャツがいくつか。外出なんか買い物くらいしかないから、それで充分だ。
買い込んできた冷凍食品からパスタを選んで電子レンジで調理する。味なんかろくに分からなかった。
麦茶を2杯続けて飲み干すと、やっと生気が戻ったような気がする。
まだたった半日しか経っていないのに、こんな様子ではあとが思いやられる。