第6話「2人の湖」
さっそく、ガラスの瓶にもみ殻と水を入れて振る。そして、スキル発動——
〈大地との対話:微発酵促進〉。
……あれ? 馬糞の時のような、力が抜ける感覚がない。
発酵に失敗してる?
もみ殻を手に取り、もう一度スキルを発動する。
〈大地との対話:生物分解感知〉。
——栄養素、極小。発酵菌、活動弱い。腐敗菌、やや増加。
「あれ? 栄養素が……ない?」
米ぬかは栄養たっぷりだったはず。もしかして、もみ殻って、発酵しにくいのか?
米ぬかともみ殻、似て非なるものだったのか……。
そういえば、田んぼの端でもみ殻を燃やしていたのを見かけたことがある。あれって、発酵に使えないから燃やしてたのかもしれない。小さい頃は、あの煙を見ながら「焼き芋いいなぁ」なんて思ってたっけ。
栄養素がないと、発酵菌が働かない。やっぱり、もみ殻は栄養が少ないんだ。
「……もしや、糠って発酵には最強だったのか?」
親父は雑草と糠を混ぜて発酵させてたっけ。最初は納豆みたいな匂いがして、やがて黒くなって、土のような匂いになってた。
もみ殻でぼかし肥料を作って農家復活!さらに、販売して、収益拡大……のシナリオが、早くも頓挫。
「そうだ、チート能力で米ぬかを出せばいいんだ!」
「異世界で米ぬかつかって発酵チート!食の革命を起こします!」
(俺の異世界農業ライフ、ここから第二章突入だ……!)
(いでよ米ぬか!)
手のひらから無限に出る米ぬかをイメージする。精米機から吹き出すあの糠のように——。
(……うーん、何も出てこない。そこはスキル発動だろ! どうなってんだ!)
ふむ、この気持ちは馬糞に向けるしかない。馬糞に向けてスキルを発動する。
〈大地との対話:微発酵促進〉
全身の力が抜けて、思考が止まった。そのまま、馬糞の山の横で、眠ってしまった。多少臭くても、ぐっすり眠れた。
* * *
翌朝、ユウナが朝食に呼びに来てくれた。
——あれ? 昨日の夕食から、食卓に並ばせてもらってたっけ? 今さら気づいた。
お母さまのお許しも出たのかしら。さぁ、次のステップへ……などと妄想していると、ユウナが言った。
「今日は、湖まで水を汲みに行くから手伝って」
「わかった」
(ええ、あなたのためなら、どこへだってついていきますよ)
村の外れ、森の中にある“湖”と呼ばれている場所へ向かう。
途中、ユウナがぽつりと言った。
「昔は、お父さんと一緒に行ってたの」
「そうなんだ」
それ以上は聞かず、静かに歩く。
しばらくして、ユウナが少しだけ笑った。
「まあ、こうして誰かと歩くの、久しぶりかな」
「……俺でよければ、またいつでも……その、声かけて」
ちょっとだけ視線をそらしてしまった。
「ふふ、じゃあ遠慮なく」
(よし、毎朝一緒に水汲みイベントが確定したな!)
「そろそろつくかな」
(もうすぐ湖か、ユウナが素足で湖につかって、「つめたーい」って笑って……ちょっと水をかけあったりして……いいんじゃないの!)
ユウナが足を止めた。
「ここだよ」
「あぁ……」
名前は湖でも、実態は緑がかった池のようなもの。表面には水草が広がり、岸辺にはぬかるんだ泥がある。
(異世界湖……期待を裏切らないな。緑池と名付けよう、いや、ヘドロ池のほうがいいか)
桶に水をくみながら、ふと泥に目がとまる。
なんかこう、汚いものには何かある気がして、手を突っ込んでみたくなる。
〈大地との対話〉
再びスキルが反応する。
——有機物、豊富。水分保持力、高い。分解菌、多い。発酵適性、良好。
「……これ、めちゃくちゃ良いじゃん!」
思わず声が出た。
馬糞よりも、はるかに“生きてる”。栄養も菌も、勢いがある。
泥をかき回していると、水草が手に絡みついた。
〈水草:窒素分や微量元素を含む。発酵補助材として有効〉
「おお……水草も肥料になりそうだ」
これは、馬糞に混ぜるしかない。
(異世界×魔法×馬糞×泥……なんだこのラインナップ)
よし、あとで絶対取りに来よう。
新しい肥料の可能性にワクワクしながら、水桶を担いで帰る。
けっこうキツい。
(ユウナは毎朝こんなことしてたのか……。俺が水路を作って、楽させてやるぜ。俺のチート能力、大地との対話で……!)
(うん、無理かな。でも、やり方は……あるかもしれない)