第4話「きれいになーれ」
朝の作業を終えたあと、俺は少女に尋ねた。「あ、名前を聞いてなかったな。俺の名前は信次郎。君は?」
「私はユウナ」
「ユウナか。……いい名前だな」
(かわいい名前じゃないか)
「ところで、ユウナ、馬糞って、いつもどうしてるんだ?」
(さりげなく呼び捨てしてみた。クラスでは女子に“さん”付けするのが普通な俺。異世界で少し気が大きくなってるのかもしれない。いや、違う。たぶんこれは――距離を縮めたいって気持ちなんだ)
ユウナは何気なく答える。
「乾かして燃やしてるよ」
「なるほど」
(つまり、朝のスープの火は……いや、考えるのはやめておこう)
(それより、さりげなく呼び捨てで呼ぶことに成功。よし)
「燃やすんじゃなくて、熟成したら肥料として使えると思う。」
「肥料?」
「ああ、土にあげるご飯って感じかな? 栄養たっぷりにして、いい作物を育てるためのね」
俺はさっき感じた“力”を思い出しながら、馬小屋の隅に馬糞を運びはじめた。
「ほら、ここに集めて。燃料用のとは分けた方がいい」
ユウナは不思議そうに見ていたが、黙って手伝ってくれた。
作業がひと段落した頃、腹が鳴った。
ユウナが少し笑った。
「うん、そろそろ昼ご飯かな」
その前に、と俺は桶の水に手を突っ込んで、泥やふんを洗い落とそうとした。が、なかなか落ちない。
「あなた、清潔魔法使えないの?」
ユウナが首をかしげて聞いてきた。
「清潔魔法?」
(魔法……やっぱりここは異世界だ。よし、いつか絶対覚えてやる。今は無理でも、きっと……ふふふ)
「多分使えないと思う」
するとユウナは微笑んだ。
「じゃあ、私が使ってあげる。……魔力、あまり強くないから。手、出して」
ユウナが胸の前でそっと両手を差し出す。俺も、戸惑いながら手を出すと、ユウナがその手にそっと自分の手を重ねた。
俺より少し小さな手から、じんわりと温かさが伝わってくる。
(あぁ、ずっとこうしていたい。……いや、違う違う、落ち着け俺。これは魔法だ。魔力が弱いから、密着しないとだめなんだよね、そうだよね。そして、おててをきれいきれいするだけなのだ)
「……きれいになーれ」
ほんの一瞬、淡い光が手のひらを包んだ。あたたかく、やわらかいものが指の隙間を抜けていく感覚。
すると、手がすっきりと軽くなる。さっきまでのぬめりも臭いも、まるでなかったことのように消えていた。
(うーん、癖になりそう……また、是非お願いします)
「おお……すげえ」
「ふふっ、どう? すっきりしたでしょ?」
「ありがとう、ユウナ……助かった」
(なんだろう、手がきれいになっただけなのに、なんでこんなにドキドキしてんだ、俺)
彼女は少し照れくさそうに笑った。
「……じゃあ、行こう。ごはん、冷めちゃうよ」
(ああ、なんか小さな幸せ感じちゃう)
並んで歩きながら、俺はそっと手のひらを見た。
清潔になっただけじゃない。なんだか、心まで軽くなった気がした。
(……なんだろう、なんだか力が湧いてきたぞ。午後も目いっぱい働けそうだ! あれ、俺ってこんなにしゃべるやつだったっけ……? まあ、心の中だけだけど)