第32話「麦とメリィと、冬を越すために」
ザクッ、ザクッ……。鍬が気持ちよく土に入る。今日も農具二刀流で畝を刻む。
ユウナが、うっかり麦の種を落とした時、
「……なんだか、この子、ここが好きみたい」
といったから、この畝は、麦の畝に決めた。
クローバーをすき込んだ畝だ。
隣の畝は、信次郎ブレンドを混ぜ込んだ畝だ。馬糞、池の泥、水草、雑草、バイオ炭、油粕が混ざって完成したたい肥だ。
そんな配合で大丈夫か?……材料だけ見れば、メチャクチャだ。
手のひらで土にふれてみる。じわっと土の“声”が押し寄せる。
窒素:やや多め。リン酸:中程度。カリウム:やや少なめ。バイオ炭が微量放出。
なんだか……土が、こっちに話しかけてくるような、そんな感じがした。
(ちょっと、バランスがわるくなったかな?)
でも、なによりうれしいのは、親父の畑と同じ、土の匂いがすることだった。
俺は、自分の作った土に手ごたえを感じている。
ユウナが、籠を持ってきた。中には、うす茶色の麦の種。
「俺は向こうの端から種をまいていくから、ユウナはあっちから頼む。」
ぽとり、ぽとり。二人で等間隔に落としていく。
中腰でずっと作業をしていると、腰が痛くなってくる。たまに立ち上がって、腰をたたいたり、ひねったり。
最後に畑の真ん中あたりで、ユウナと合流する。
「やっと終わったな」
二人で立ち上がって、腰をたたく。二人で同じ動作をしてしまい、思わず笑う。
「いつ頃芽が出るんだろう」 「そうだね冬の間は、根を張って、じっと耐えて……春になったら、いっせいに伸びるの」 「……すごいな」
隣の畝に、残った麦と、冬用の野菜を植えていく。カブ、ハクサイ、タマネギに似た球根野菜―― 根の香り、土の手ざわり、冷たい空気が、ゆっくりと肌をなでる。
ユウナが、植えたばかりの苗を見つめて、ぽつりとつぶやいた。
「……なんだか、喜んでるみたい」
「え?」
「野菜たち。土がふかふかで、うれしそうにしてる……そんな感じがするの」
ユウナが少しだけ笑った。信次郎の目は、その微笑みに吸い寄せられそうになる。だが、すぐに首を振って鍬に手を戻した。
陽が傾き始めたころ、納屋の隅から「めえええ」と鳴き声がした。
「わかった、危ないから、あっちにいけ、信次郎こいつに何か、食べさしてやってくれ」
ヤギのメリィが、小屋を作っているリナにちょっかいを出している。
信次郎がバケツに草を入れて持ってくると、ユウナがそれを受け取って、しゃがみ込んだ。
メリィは、鼻先をくんくんと動かしながら近づいてくる。
「はい、ごはん。今日はおかわりあるからね」
ユウナが手のひらに草をのせて差し出すと、メリィはお行儀よくもぐもぐと食べはじめた。
その横顔を、ユウナはまるで子どもをあやすみたいに見つめている。
「いっぱい食べて、冬にそなえないとね。……ね、メリィ」
メリィが小さく鳴いた。ユウナの顔がふっとやわらぎ、髪が揺れた。
その様子に、信次郎はなんとなく目を逸らした。
リナのゴーレムが、最後の壁板を静かに押し込んだ。
木材同士がぴたりとはまり、メリィの小屋がようやく完成する。
リナは腕を組んで仕上がりを見つめると、満足そうにうなずいた。
「これで、冬くらいは保つだろう」
ゴーレムが静かに動きを止める。その横をメリィがぴょこぴょこと通り抜け、小屋の中へ入っていった。
リナはしばらくメリィの様子を見ていたが、ふいに踵を返した。
「じゃ、あとは任せた。……ちゃんと世話しろよ」
「……うん。ありがとう、姉ちゃん」
リナはゴーレムとともに畑の道を歩き出す。夕焼けが、その背を静かに照らしていた。
完成した小屋に、メリィが入っていく。
狭いけれど、雨風はしのげる。干し草を敷き詰めると、メリィは丸くなって、すうすうと寝息を立てはじめた。
「もう、“家族”なんだよね、この子も」
「……ああ」
夜。焚き火のそばで、温めたミルクを手に信次郎がつぶやく。
「これ、メリィの……。なんか、不思議だな」
「うん。温かくて、ちょっと甘くて……」
ユウナが焚き火越しに微笑む。その瞳の奥に、ゆっくりと“春”を待つ気配が灯っていた。
麦畝、冬野菜畝、小さなヤギ小屋。火の明かりに照らされた畑には、確かに「次の季節」の鼓動が息づいていた。




