第31話「家族が増えました」
「メェー」
町へ向かう道の途中、どこか間の抜けた鳴き声が響いた。
信次郎が振り返ると、露店でヤギが売られていた。白く小さな体に、ふわふわの毛並み。道行く人が、思わず手を伸ばしそうになるような愛らしさだった。
「ヤギって、売っているんだ」
俺がつぶやくと、、横でリナが淡々と説明した。
「寒さに強い。粗食で育つし、乳も出る。来年の気候予想がでたからな。飼育を考えるものも多いだろう。面倒はあるが、悪くない選択だ」
ユウナは、白いヤギにじっと目を向けていた。
「……かわいい」
信次郎は、そんなユウナの横顔を見ながら、胸の奥が少しだけ温まるのを感じた。
ヤギの鳴き声が、風に乗って遠ざかっていく。
そのまま三人は町に入り、教会前の列へと歩みを進めた。
(今日は、冬作物の種と、ついでに油粕ももらうんだったな)
「種の配布はこちらに並んで下さい」
教会の前では、白い外套を羽織った主教の娘が列を整理していた。
信次郎に気づくと、ほほえみを浮かべて近づいてくる。
「あら、今日も油粕かしら?それとも種?」
「えっと、両方もらいに来ました。」
主教の娘は一瞬だけ、ユウナとリナに目を向けた。
「では、あなたはこちらへ。お連れの方は、そちらで種を受け取ってくださいな」
(その“お連れの方”って言い方、なんか他人行儀だよな……)
(それにしても、ユウナとリナの視線、なんか刺さる……)
「すぐ戻る」と言って、荷車を押して教会の中に入る信次郎。
リナがぼそっと言った。
「鼻の下って、本当に伸びるんだな。図解できそうだった」
ユウナがくすっと笑う。
◇
「教会では種も配っているんですね」
信次郎が何気なくそう聞くと、
「ええ、特に気候が大きくかわるときはね。食べものが尽きないように、国が先に動くの。それが、この国のやり方なの」
(気候の変動に備えて、種を守る国……。それが当たり前の世界か。俺のいた国は、それを“手放した”って親父は言ってたな。種って、大事なもんだったんじゃないのか?)
「そういえば、お名前伺って」
「あら、名乗っていなかったかしら。私はフィオナと申します」
白い手袋を軽く掲げて、優雅に一礼する。
「えっと、俺は信次郎です」
ぶっきらぼうにそう名乗ると、フィオナがふっと笑った。こちらもつられて、少し口元がゆるむ。お互い、今さらだが、ちょっと照れくさくもあった。
(なんだろ、あの笑い方……ちょっと反則級な破壊力だ)
帰りがけ、清潔魔法をかけてもらう信次郎。フィオナはすぐに交通整理に戻っていく。
(ああ、清潔魔法最高!フィオナ嬢は今日は忙しそうだな。)
油粕をもって、信次郎が外へ戻ってきた。
「なんだか、すっきりした顔をしているな」
「……あ、あぁ、清潔魔法をかけてもらったからな」
(清潔魔法をかけてもらってすっきりしただけ……ほんと、それだけだよ?)
「ふむ」
妙な雰囲気に包まれたまま、信次郎も種の配布列に並ぶ。
「ほら、冬用の種麦だ」
「ありがとうございます」
ユウナとリナが深々と頭を下げる。
信次郎も見習って、頭を下げた。
(これで冬の備えができるな。……ちゃんと、やれてるよな、俺)
そのまま三人は列を離れ、町の通りを歩き出す。
あのヤギの前を通りかかったとき、ユウナが足を止めた。
「……やっぱり、かわいい」
白いヤギが「めぇ」と鳴いて、ユウナの手に鼻先を寄せた。ひやっとして、それでいて、どこかやさしいあたたかさが伝わる。
「どうする、飼うのか?まぁ、世話をするのはユウナや信次郎になるが」
リナが言うと、ユウナが信次郎のほうを向く。
「家族……増えても、いいよね」
信次郎は、ユウナのその一言に、どきっとする。
(ヤギが一匹増えるだけ、それだけだよ)
「名前、決めたよ。メリィ」
ヤギが「めぇえ」と鳴いた。
「こいつも気に入ったみたいだな!」
(こっちの世界でも羊はメリィなのか、あれ、買ったのヤギだよね、それに、メリィさんの羊だから、メリィさんは飼い主じゃん!)




