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第29話「信次郎ブレンドと隠し味(配合比、決まりました)」

  夏が終わりに差し掛かっていた。朝晩は風が涼しく、日中の陽射しもどこか柔らかい。豆の収穫を終えた畑では、鞘を外された豆が干され、乾いた風に揺れている。


 信次郎は納屋に入り、油粕の袋を開けた。


 むっと鼻を突くにおいが立ちのぼる。焦げたような、酸っぱいような、どこかすえたような匂い──味噌を焦がしたような、と言ったら近いかもしれない。


 表面は粉っぽく乾いているのに、芯にはじっとりと油が残っている感じがした。信次郎はそれをひとつかみ、そっと手のひらに乗せる。


 目を閉じて〈大地との対話〉を使う。微細な感覚が手のひらに染みわたり、じんわりと成分が伝わってくる。


――窒素:やや高。リン酸:中。カリ:小。


(……チート肥料って思ってたけど、けっこうくせがあるな。比率で言えば、7:2:1ってところか。

親父が使ってたのは、もっと乾いてた。それでも虫がわきやすいって言ってたし──あれとは別物だ。生油粕、どう扱えばいいもんか……)


(俺の今まで作ったたい肥、信次郎ブレンドの栄養はどうだったかな……。あれは、穏やかで、まろやかだった。窒素もリン酸も控えめで、カリが効いてた気がする。比率で言えば、3:3:4ってとこか)


(混ぜれば、ちょうどいいのでは? 理想の栄養バランスだ、ふっふっふ。これなら、次の作物が楽しみだな!)


 思わずにやけそうになるのをこらえながら、慎重に馬糞と油粕を混ぜ込んでいく。


(でも……油粕は“聖なる風”で殺菌されてる。発酵済みのたい肥に混ぜたら、熱が出ないかもしれない。熱が上がらなければ、虫を殺せない。納屋が虫だらけになるのは、さすがに勘弁だ)


 ぞっとして頭を振る。


(ここは未発酵の材料に混ぜて、発酵ブーストをかけよう)


 信次郎は実験用のたい肥箱に材料を移し、スキル〈微発酵促進〉を発動した。


 体からふっと力が抜ける感覚があった。けれど、今までのように膝をつくような疲労感はない。


(発酵は進んでいるようだけど、まだ動ける。……俺が成長したのか、スキルが進化したのか)


(油粕はすべて使ってしまったな。またもらいに行かないと。べ、別に伯爵令嬢に会いたいとか、聖なる風をしてほしいからじゃないんだからねっ!)


「さて……今日は忙しいぞ。次は、豆だ」


 収穫を終えた豆の畝に向かう。

 足を踏み入れた瞬間、ふわりとした柔らかさが足元に伝わった。


(あれ……この土の感触、どこかで……)


 信次郎は鍬の刃先をそっと土にあて、目を閉じた。感覚を柄の先に集中させると、自然とスキル〈大地との対話〉が発動する。


――窒素:やや高。リン酸:中。カリ:中。根粒菌活動:活発。


 手で少しすくってみる。栄養構成が、油粕と似ている気がした。


(……この土、もう十分だ。ここに油粕を足したら、さすがに窒素過多だよな……)


 信次郎は、豆の畝に前に仕込んでおいた完熟たい肥だけをすき込んでいく。畝の端から端まで、鍬を丁寧にふるう。


(結局、ユウナには何も聞けなかったな……)


 もやもやした気持ちを振り払うように、両手の鍬を何度も振った。あの決闘のときの動きが、今になって活きているのがわかった。


  ユウナは麦の束を運んでいた。春先に蒔いた麦は、夏の陽をたっぷり浴び、今ちょうど収穫の盛りだ。ユウナが近くを通ったとき、麦の穂をひと房、ぽろりと畑に落とした。


「あ、ごめん……拾うね」


 しゃがみ込んだユウナの手が、土の上で止まる。


「……なんだか、この子、ここが好きみたい」


 信次郎は一瞬きょとんとして、それから笑った。


「豆の後にたい肥も入れたから、栄養たっぷりなんだと思う」


「うん。ふかふかで、あったかい感じがする」


 ユウナの声はどこか優しくて、信次郎はなんとなく、目をそらした。


「……なあ、ユウナ。芋も、掘ってみないか?」


 思い切って声をかけると、ユウナは目を輝かせてうなずいた。


「そろそろいい頃だと思ってたの」


 ふたりで並んで畝にしゃがみ込み、そっと土を崩していく。ユウナが指先で芋の頭を見つけ、にこりと笑った。


「……いた。けっこう大きいかも」


 信次郎が慎重に土をかきわける。


「うん、こっちもだ。これは当たりだな」


 ぽこぽこと土の中から芋が顔を出すたびに、ふたりは顔を見合わせて笑った。


 鍬ではなく、手で掘る作業は時間がかかったが、どこか心地よい静けさがあった。


 たまに手がぶつかるたび、信次郎はどぎまぎして、ユウナは気づかないふりをした。


(つるは、次の年のために取っておこう)


(親父が言ってたな……イモは、ツルで越冬させるんだって。イモづるを花瓶に入る大きさに切って束ねて、水を入れる。観葉植物みたいだろ、って。母さんはドン引きしてたけどな。あの状態で、すぐ根が出てくるんだから──つるの生命力、おそるべし)


 空が茜に染まるころ、姉のリナがゴーレムに乗って帰ってきた。


(そうだ、リナに蓋つきのたい肥箱の相談もしないとな。ひと段落したら、頼んでみるか)


 夕飯時。豆のスープをすすりながら、リナが湯気で曇った眼鏡を外す。


「……これ、大粒だな。うまい」


 リナがおいしそうに食べている様子を、信次郎は嬉しそうに見つめた。自分が褒められているようで、なんだかくすぐったい気持ちになる。


 ユウナが、少し拗ねたように笑いながら言った。

「信次郎とカラスを追い払って作ったんだよ」


(ま、まさか……見とれてた!?)


 声が裏返りそうになるのをごまかして、信次郎は慌てて答えた。

「えっ、ああ、そうなんだよ」


 ふと思い出したようにリナが言った。


「あ、そうそう。『来年の年間気候予報』が出ていたぞ」


「……週間じゃなくて?」


「ん? 年間だが? 一週間の予想のほうがむずかしいだろう。来年は寒くなりそうだ。」


(え? 異世界の天気予報どうなってんの?)


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