第26話「ふくらむ豆とご褒美」
朝の畑に、柔らかな光が差し込んでいた。薄紫の花はすでに枯れ、緑の葉のあいだから、いくつもの豆のさやが顔をのぞかせている。そのふくらみは、確かな実りを告げていた。
信次郎は、何も考えたくなかった。だからこそ、今日は意図的にハードモードで、馬糞の切り返しから始めた。水を汲み、水をやり、たい肥を抱えて畝に向かう。黙々とした作業に思考を沈めるように、ただ体を動かし続けた。
(無心だ。動け。そして、また考えろ。)
豆が、収穫の時期だったな。信次郎は畝を見渡し、花のあとにぶら下がる豆のさやを確認した。育っているように見える。
〈大地との対話〉
――窒素濃度:高。豆の根にあるコブ状の部分(根粒)で、微生物が元気に活動している。
(……やっぱり効いてる。これなら、豆を収穫して、引き抜いたあとの茎や葉も、そのまま畑に戻して土に還せばいいかもしれない)
ユウナが、しゃがみこんだ信次郎の隣にやってきた。帽子を押さえながら、豆のさやにそっと手をのばす。
「朝のうちに、少し収穫しておこうか。陽が強くなると、豆がしなびちゃうから」
信次郎は、うなずきかけて、言葉に詰まった。
「……ああ、そうだな」
歯切れの悪い返事だったが、ユウナは気にする様子もなく、豆を一房ずつ確かめながら摘み取りはじめる。さやが指の中でぱちんと弾ける音が、静かな畑に響いた。
信次郎も後に続き、そっとさやに手を伸ばした。だけど、どれが収穫に適しているのか、まだ自信がない。
「ユウナ、これ、もう収穫していいやつか?」
「うん、それはちょうどいいよ。ふくらみがあって、でもまだ柔らかい」
「去年は、こんなふうに立派に実ったこと、なかったんだよ」
ユウナが隣で笑った。麦わら帽子のつばの影に、満足そうな表情が浮かんでいる。
教わりながら、ひとつずつ確かめていく。無言の時間が続いたが、心は落ち着いていた。ときおり手が触れそうになり、互いにそっとよける。
ユウナの手が一瞬止まり、信次郎の指先を見つめるように視線が落ちた。けれどすぐに、何事もなかったようにさやに手をのばす。
信次郎の頭の片隅には、リオンのことが浮かんでいた。
(あの決闘のこと、ユウナが何を思ったのか、本当は聞きたい。俺はとんでもないことをやってしまったのでは、でも、ユウナは防具を作るときは協力してくれてたよな……)
(あああー、でも――聞けない。聞く勇気がないいいい。はぁ、無性に馬ちゃんのブラッシングをしたくなってきた。伯爵令嬢のブレッシング(清潔魔法)でもいいな)
土の匂いと、豆の実りが、今はただ静かに、心を落ち着かせてくれる。
「乾かして保存すれば、来年もまた植えられるよ。ちゃんと芽が出るの」
「そうなんだ、知らなかった。」
「へえ、信次郎でも知らないんだ」
ユウナは、くすっと笑った。その笑いには、ちょっとした自信と嬉しさがにじんでいた。
「……じゃあ、今度は私が教える番かな」
ユウナはそう言って、少しだけ信次郎の顔を見た。
ふたりの目が合う。
ほんの一瞬、なにかが生まれそうになる。
けれど信次郎は、どきりとして視線をそらした。
手元の豆に目を落としながら、ごまかすようにさやに触れる。
ユウナは何も言わず、そっと笑った。
(……なんで今、目が合っただけで、こんなに緊張してんだ俺)
(俺なんて、親父の知識の受け売りだ……俺がわかることなんて……いや、ある。土だ。そうそう、褒美だ。司祭と伯爵令嬢の褒美をもらいに行こう。「いたいのいたいの飛んでいけ」もまだしてもらってないしな!)
「そうだ、ユウナ、町に行って、馬糞やらなにやらもらってくる。あと、褒美も……」
「教会に行くなら、私もついていく。……町まででしょ?」
ユウナは豆の入った籠を見つめたまま、ちらりと信次郎の顔をうかがった。
「一人より、二人のほうが安心だし。ね?」
(町でイケメンとワンちゃん出会うのがたのしみなのか……それとも、教会に連れていかれたのを心配してくれているのかな? いや、たぶん……)
「……ああ、助かる。」
(別にひとりでも大丈夫なんだからねっ。……ていうか、これって……いや、デート……な気分にはなんとなくなれないな)
「豆たくさんとれたから売ろうか、種になるのは残して……お母さんに聞いてくる!」




