第2話「マンドラゴラを抜くよ!」
見渡す限りの畑。
なのに、何も育っていない。
広いだけで、空っぽの大地。風は通り抜けていくが、命の匂いはどこにもなかった。
「……本当に、ここは異世界なんだな」
昨日までいた畑の続きのようでいて、何かが違う。空は青い。でも、知っている青とは少し違う。
足元の土をすくって、手のひらで感じる。スキルが反応し、じわじわと情報が染み込んでくる。
リンが足りない。カリウムも抜けてる。
それよりも深刻なのは、微生物の気配がほとんどないことだった。
死んだ土。眠ってすらいない、抜け殻のような。
しゃがみ込んで、地面に残っていた枯れかけの作物に手を伸ばした。
かろうじて根が張っているが、持ち上げればすぐに抜けそうだ。
「こらっ!」
鋭い声が響いた。 慌てて振り返ると、そこに立っていたのは少女だった。 髪をひとつにまとめ、腕に鉢植えを抱えている。刀を抜くようなポーズで、人参?のような葉っぱをもっている。
「それ、うちの畑の! 勝手に抜かないでよ! 泥棒!」
「こ、これを抜くわよ」
「これって人参を?」
少女は震えながら、しかし、厳しい目でこちらをにらんでいる。
「ち、違う! 抜こうとしたんじゃなくて、土の……その、状態を……」
「はあ?」
少女は険しい顔で近づいてきた。 腰のあたりには、鎌もある。武器としてはそっちのほうがよさそうなのに……。
「土の状態? 何それ、言い訳?」
「ほんとに、俺、怪しいやつじゃなくて……いや、怪しいかもしれないけど……でも、この土、やばいっていうか……死んでる……」
少女はしばらく黙っていた。目を細めて、俺の手と畑を交互に見つめる。
……疑ってはいる。けど、少しだけ、何かを試したくなったような顔だった。
少女の眉がぴくりと動いた。
「……あんたも、わかるの?」
「え?」
少女は抱えた鉢をそっと地面に置いた。よく見ると、根の部分が土から顔をだし、本当にかおのような、ものが見える。しわしわのおじいちゃんみたいな顔だ。
「この子、マンドラゴラっていうの。本当なら引っこ抜いたら叫ぶって言われてる。昔は、それを聞いた人が死ぬとか気絶するとか言われてたんだけど……でもね、今はもう、声も出ないの」
少女の声は震えていた。怒っているのか、泣きそうなのか、よくわからなかったけど、きっと、ずっとひとりで悩んでいたんだと思う。
俺は言葉を失った。
土が死んでいることを、俺だけじゃなく、この子も感じていた。
「土が、泣いてるみたいでさ。でも、どうしたらいいのか……わかんない」
少女がつぶやいた。
俺は小さくうなずいて、あたりを見回す。
雑草と、落ち葉と、半分腐った藁。
「試してみたいことがある」
手近なものをかき集めて、枯れかけの作物の根元に敷き詰めていく。
葉、土、落ち葉、草、そしてスコップで少し混ぜた。
その瞬間、手のひらが熱を帯びたような感覚が走る。
「……今、何かした?」
少女が声を上げる。
土が、わずかに香りを変えた。
「ほんの少しだけ、生き返った……気がする」
マンドラゴラが、かすかに葉を揺らした。
マンドラゴラの泣き顔が、ほんの少しだけ笑ったように見えた。
それを見たとき、たぶん、土も、少女も、ほんの少しだけ前に進んだ気がした。