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第14話「異世界でチートスキルで町中の糞をあつめたら祝福されました」

  朝、信次郎はいつものように馬糞を集めていた。発酵は順調だ。だが、畑の広さを考えると、感覚的に量が足りない気がする。もっと集めたい――さて、どうすればいいか。


 朝食の時、ユウナに相談すると、「町の馬つなぎ場に行ってみたらどうかな? 朝の掃除前なら、たくさんあるかも」と明るく提案してくれた。


 信次郎の胸が高鳴る。異世界、町、ユウナ――三つそろえば、これはもうデート確定だろう!


(今日はついに、異世界で町デートだ!)


 ユウナもなんだか嬉しそうにしている。「でも町に入るにもお金がかかるし、うーん」


(くっ……町には入場料がいるのか。どこかの魔法のネズミの国みたいだ……。いや、それ以前にデートっぽい服装とか、準備とか……いやいや、馬糞をあつめにいくんだよ。)


 二人は町へ向かう。信次郎は手押し車に桶を積んで、黙々と歩く。隣でユウナが乗馬しているのが、どこか遠く感じられる。


(なんか、思ってたのと違うな……あれ、俺って荷物係?)


 隣にユウナがいるのに、妙に遠く感じる。胸がそわそわして落ち着かない。……って、これ緊張してるのか、俺?


 そんな気配を吹き飛ばすように、ユウナが前を振り返る。

「あそこだよ、馬つなぎ場!」


 信次郎は少しだけ背筋を伸ばした。


 視線の先には、石畳の広場と、柵に繋がれた何頭もの馬。その向こうで誰かが掃除をしている。


(……ここが、馬つなぎ場か)


 軽く息を吸い直し、信次郎は桶を押して前へ進んだ。


 掃除を始めている人に声をかける。教会の関係者だろうか、服に司祭の服と似たような模様がある。まぁ、司祭のような威厳は感じられない。


「え、馬糞が欲しいのか、掃除もしてくれるのか? 全然おっけー。よろしく頼むよ。……ああ、一緒に来たの? 彼女さんかな?」


「あ、いやそういうのでは……」


 小さく否定したけれど、声がどこか上ずっていた。すぐに言い直すのも気恥ずかしい。


(彼女って……いや、まぁ、そう見えなくもない? でも、馬糞拾いに来てるんだけど……)


 ちらりと横を見ると、ユウナも少し照れくさそうにしている。


 信次郎とユウナは、黙々と地面を掃き、桶に馬糞を集めていた。


 農具二刀流のおかげもあって、手際よくこなしていく。においにも徐々に慣れてきたころ、さっきの職員が声をかけてきた。


「よかったら、教会の馬小屋も掃除してくれないか? 馬糞はぜんぶ持っていっていいよ。むしろ助かる」


 信次郎は思わず顔を上げた。桶にはまだ余裕があるし、ここで集められるなら渡りに船だ。


「お願いします、やらせてください」


 元気よく答えると、職員はふっと笑って、ひとつだけ条件をつけ加えた。


「お前たち、《全身清潔魔法》は使えるか? 町に入るのには必要なんだが。」


 ああ、ユウナが言ってた「お金がかかる」ってのは、これか。


「……いえ、たぶん部分的にしか使えません」


 少し申し訳なさそうに答えると、職員は肩をすくめて笑った。


「なんだ、できないのか。じゃあ今日は特別に、俺が祈らせてもらうよ」


 信次郎もユウナも、《全身清潔魔法》無料で受けさせてもらえることになった。


「今日は、いい日になるといいな、ほいっ」


「ふー、次はお前だ」


 呪文は何でもいいらしい。まったく威厳はないけど、こっちの方が好きだな。


(そして、《全身清潔魔法》、最高だ!)


 まるで、朝にひと汗かいたあとに朝風呂に入ったような爽快感だった。体も心も軽くなって、思わず深呼吸したくなる。


 職員には少し疲労の色が見える。魔力か、体力か……何かを確かに削っている感じがする。


(それにしても……初詣の時、手も洗わずに神社に参拝してたな。……神様すいません。)


(こっちの祈りは神様のため、って感じじゃないんだな。生活の中に染みついてる清潔さ……ちょっと、いいな、こういうの。)


 信次郎は、どこか妙に納得していた。


「せっかくきれいになったし……ユウナは、買い物のほうがいいかな?」


(きれいって、清潔って意味だからね!勘違いしないでよねっ!……でも、ちょっとくらい誤解してもいいかも)


「うん、まかせて!……ありがとう」


 ユウナはそう言って、ほんの少しだけ照れたように笑った。


 待ち合わせは、町の最初に入った門の前にすることで合意。


「すぐに戻るね」


 言い残して、ユウナは嬉しそうにかけていく。


「デートしたかったよデート……」


  信次郎はぽつりとつぶやいた。少しだけ、胸の奥がきゅっとなる。でも――こんなふうに笑ってくれるユウナを見られるなら、それだけで、今日ここに来た意味はあったかな。


 教会の馬小屋の掃除を終えた信次郎は、職員から「これで彼女と何か買って食べて」と、わずかなお金を手渡された。

 異世界の通貨の価値はよくわからないけれど、それでも、誰かに労働を認められた気がして――ちょっと、嬉しかった。


 ユウナが戻るまでには、すこし時間がかかりそうだ。

 信次郎は町の他のつなぎ場や路地を巡りながら、目に入る馬糞を手当たり次第に拾っていく。

 手押し車の車輪がきしむ音だけが、静かな路地に響いていた。


(あれ、俺異世界に来てまで何やってんだろ?)


 ふと、路地の先に気配を感じた。

 道の向こうから、白馬に乗った誰かがゆっくりとこちらに向かってきている。

 朝の日差しを受けて、その姿はぼんやりと白く光って見えた。


  白馬の上には、長く風にたなびく髪の女性。身体にぴったりと沿う白い服をまとい、無駄のないスレンダーな体つきがくっきりと浮かび上がっている。まるで貴族のような気品を纏いながらも、その視線は意外にも柔らかかった。

 遠目にも、その姿ははっとするような存在感を放っていた。


(誰だろう……芸能人オーラって、こういうやつか?)


 そのとき、不意に声がかかる。


「町の糞を集めているとは、殊勝なこころがけね。」


 信次郎は、あわてて姿勢を正した。 「あ、いや、これは、その……」


 女性はほんの少し首を傾げた。 「あなた、農夫かしら?」


「……まあ、そんな感じです」


 馬糞を山ほど積んだ手押し車を見て、女性はふっと微笑んだ。 「働き者なのね」


  女性は馬の背からそっと身を傾けた。白い外套の裾が風にふわりと舞い、片足が優雅に地面をとらえる。手綱を握ったまま、もう片足を滑らせるように降ろし、軽やかに着地した。動きには一分の隙もなく、それでいてしなやかで、見る者の目を奪う静かな美しさがあった。


 すっと距離を詰める女性。その動きさえも舞うように見える。信次郎は、光に目を細めた。


(う、まぶしい)


 思わず一歩、後ずさる。司祭を超える神聖さを感じる。


 女性は信次郎を見つめ、ふと眉を寄せた。

「……泥だらけじゃない」


(やばい、嫌な予感)


 女性は手を掲げ、小さく祈るような声で何かを唱えた。


「──この者に……敬意を。  我、聖なる風をもってこれを包み、  天の祝福を、地にもたらさん。」


(え、なに?最初なんか言った? 俺、自分のために馬糞集めてただけなんだけど…)


 次の瞬間、ふわりと空気が波打ち、町の一角に心地よい風が吹いた。


 信次郎の足元から、瞬く間に空気が澄み、馬糞のにおいが消えていく。桶の中までもが浄化され、馬糞は乾いた土くれのように無害なものへと変わっていた。


《エリア清潔魔法》だ。


 神々しい光に包まれ、信次郎は思わず口を開けていた。


(……き、気持ちいい……! 司祭のデス・ブレスもよかったが、こういう美人にやってもらうとまた違う快感が、背筋がゾクゾクしちゃう)


 だが――


(ちょ、ちょっと待って! 馬糞! 今日一日かけて集めた馬糞に死の祝福が!)


 信次郎は、ふらふらと後ずさりながら、手押し車ごしにスキルを発動させた。


《大地との対話:農地解析》


──栄養素:わずか、乾燥度:高、発酵度:ゼロ、微生物:極小。


(……微生物が殺菌されてる。もはやただの乾いた土のかたまりだ。発酵の“は”の字もない……!)


「お、俺のことは放っておいてください!」


 信次郎は叫ぶように言い残し、手押し車を押して路地を駆け抜けた。


 光の余韻に包まれながら、彼はひとり思った。


(……今日の馬糞、むだになったな……でも、町中の糞を一掃したって意味では……清潔な町に貢献できたのか?)


(……いや、やっぱ俺、うんこ拾ってただけだよな)


 信次郎は、しぼんだような馬糞の山を見つめた。風がさらりと吹き抜ける。


(……ユウナと、なにか食べて帰ろう……)

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