第13話「カカシ大車輪」
畑に出ると、朝の空気はまだひんやりとしていた。今日は、豆をまく日だ。
信次郎は、ゆっくりと畝の間にしゃがみ込み、指で小さな穴をあけては、そこに豆を落としていく。土は朝露を含んでしっとりと柔らかく、触れただけで呼吸をしているような感触が伝わってくる。
一通り、蒔き終わった。
次は、たい肥を混ぜて空気を入れる“切り返し”。ざっくり言えば、混ぜるだけだ。
ユウナと水を汲みに湖にいく。荷台を使いこなせるようになったから、少し楽になった。
(これはもしやドライブデートでは、手押し車だけど。)
帰ってくると、畑の上空に小さな鳥の群れが舞っていた。
畝のまわりをちょんちょん跳ね回っているのは、スズメだ。
ユウナ「……これ、豆が食べられてるかも」
走って近づくと、まるで小さな手で一粒ずつ狙ったように、植えたところだけがきれいにほじくり返されている。
ユウナの父は、昔からこの時期になると豆をまくのをためらっていた。
「どうせ鳥に食われるだけだ。骨折り損ってやつさ」
そう言って、畝をそのまま放っておいた年もあったという。
スズメにつつかれている様子を見たユウナが小走りにやってきた。
「これ……お父さんが使ってた籠、納屋にあった」
そう言って手渡されたのは、古びてはいたがしっかりした作りの鳥よけ籠だった。
信次郎はそれを使って再び豆をまいた。これでスズメは大丈夫だろう。そう思っていた。
しかし、数日もしないうちに、さらに大きな影がやってくる。
カラス。
スズメよりもはるかに頭が良く、ずる賢い。籠の隙間を見つけて中の豆を盗っていく。籠ではもう防げない。
「くそ……どうする、どうすれば……そうだ、カカシだ!」
カカシをユウナとつくる。
ユウナ「これで……カラス、来なくなるといいけど」
しかし、カラスはすぐに慣れてしまい、案山子の横をぴょんぴょんと跳ねながら豆をついばむようになった。
「なめやがってええ!」
信次郎はカカシを思いっきりぶん回した。両手で握って、1.25倍の力で全力回転だ。
しかし――
カラスは、畑の端からじっと見ていた。
そして、くわっくわっと、まるで人を嘲るように鳴いた。
ユウナが思い出すように言った。
「これ、スライムが入ってるやつ……投げて使うんだって。お父さんが、“最終手段”って言って、一つだけ持ってた」
(おお、モンス……いやスライムボールか、なんか、ついに異世界っぽいのがきた!)
信次郎はひとつ息を吐いて、構えた。
「これでいけるか……」
信次郎はスライムボールのボタンを押して、カラスめがけて投げる。
しかし、最初の一投は外れた。
「くそ、意外とむずいな」
カラスが嘲るように鳴く。
その時、 〈大地との対話:害獣駆除補正〉
(補正ってやつか……よし、これはいける)
なんかこれは当たる気がしてきたぞ。
信次郎は深呼吸して――第二投目、ようやく命中した。
スライムボールがカラスに命中すると、ぬるりと粘液が羽に広がり――カラスはバランスを崩し、そのまま地面に落ちた。
「ついにきた、チートっぽいやつ!」
ひときわ大きな鳴き声とともに、そこには一羽のカラスが、羽を粘液に取られて、地面でもがいていた。ほかのカラスは慌てて飛び立っていく。
「つかまえたぞ」
信次郎は近づき、恐る恐る手を伸ばした。
(どう料理してやろうか……カラス、食べられるのかな。いや、あまり食べる気しないな……うーん、そもそもあんまり触りたくもない)
(でも、親父もたしか、カラスは火をよく通せば食べられるって言ってたな。もしもの時は、そんな選択をしなきゃいけない日が来るかもしれないとも。うーん、いまはまだその時じゃない気がする!)
カラスは羽をばたつかせながらも、逃げることができない。
「お前のせいで、どれだけ豆が減ったと思ってるんだ……」
結局、信次郎はカラスを洗って、そっと逃がしてやった。地面には、羽が数枚、ふわりと落ちていた。
「次来たら、ぜんぶの羽、むしってやるからな……覚悟しとけ」
(カラスの羽でかいな、これで矢を作って……真っ黒い矢だ。よし、異世界で不遇スキル《夜目》を使って最強の暗殺者を目指します!8章はこれだな。)
あれ以来、カラスが来ても、ものを投げるふりをするだけで――どこからか鳴き声が上がり、一斉に逃げていくようになった。
スライムボールは一回きりだ。次は、紐の両端に石を結び付けたものを投げると、補正が働いてカラスめがけてまっすぐ飛んでいく。
(……なんでこんなにコントロールきくんだ?異世界で投石スキルで魔王討伐?第9章熱いな)
狙った方向に、まるで意志をもって飛んでいくようだった。
カラスは、さすがに警戒しているのか、すぐに飛び立って逃げる。
何度か繰り返していると、ついにカラスは来なくなった。
ようやく、豆が安心して芽を出せそうだ。




