7 対等でいたいです、みなさんと
新居への引越しはあっという間に終わった。
そもそもわたしの荷物なんてゼロに近いし、服は四人が持ってきてくれたワンピースを着てたけど、屋敷に用意してあるから置いていけといわれたし、作った調味料は数本を残して騎士団に寄付した。
そして新居。家っていうかお屋敷。
何でそんな簡単にお屋敷が手に入ったのかというと、そもそもこのお屋敷、クラウドさんの住まいだという。
この騎士団はエルダー領にあって、代々この騎士団の団長はこの領地の領主も兼任するらしい。
結婚したことで領主はわたしになったよとかなんとか言われた気がするけど、聞かなかったふりをする。なんなら熨斗つけてお返しします。
クラウドさんは元々ここと騎士団を行き来してたみたいで、家令さんたちに邸内の管理を任せているそうなので屋敷は隅々まで綺麗に保たれている。
なのでいつ誰が入ってきても全く問題なし。備え付けの侵入者防止用魔道具も充実していて警備体制は騎士団に比べて抜群に上がったらしい。ちなみに騎士団が警備体制が整っていないというのは内部の人間に対してなだけで、外部の侵入者からの警備体制は鉄壁だよ、だそうだ。そりゃそうだよね。
というわけで、バッグひとつ身ひとつで引越し完了である。
「ここがお前の部屋だ」
案内されたのは最上階のひとつ。
とんでもなく広い部屋である。
騎士団寮の部屋だって申し訳ないくらいの広さだったのに、これはさすがにない。
ここはダンスホールですかと聞きたくなるくらい広い部屋は、薄紅色を基調とした壁紙で覆われ、足元には毛足の細かく柔らかいえんじ色の絨毯が広がっていて。天井も高く、ああこれがシャンデリアというやつか…とテレビでしか見たことのない煌びやかな照明がこれでもかとその存在を主張していた。正面には白い木枠の大きな窓があって、地の厚いチョコレート色のカーテンがリボンのように複雑な形で纏められている。
部屋の中央には一枚板で作られた大きなテーブルがシャンデリアの明かりを反射してピカピカと光り、ソファーやクッションも細部まで細かい刺繍が施され座り心地も良さそうだ。
各所に置かれた家具もツヤツヤで……だめだ、語彙力がなくてこれ以上褒め言葉がでてこない…
部屋の左右に扉がありベッドが見当たらないところを見ると、寝室やバスルームは別にあるということで、一体全体この部屋はどれだけの広さがあるのかと思うと、気が遠くなった。
「ここってもしかしてだけど、領主様のお部屋では?」
「そうだ」
「じゃあわたしは別の部屋で…」
「さっき言ったろう。もうここの領主はお前だ」
「おかしいじゃないですか。騎士団長が兼任するって決まってるんでしょう?」
「結婚したら全ての権利は妻に譲渡されるんだよ」
「何そのこわい法律」
女尊男卑?が過ぎませんか。
「そもそもわたし領主なんてできませんよ。何したらいいかわからないし」
「それも説明したでしょう?領地経営に関しては夫に任せれば良いんです」
「何て無責任な…」
「何をもって無責任かっていうのは、きっとハルと私たちでは違うんじゃないかな。夫は基本、妻に喜んでもらうために生きてるわけだから」
「え、自分の喜びは?」
「妻が喜んでくれれば嬉しいよ?」
なんか、なんか違う!
間違ってないかもだけど、その考えは嬉しくもあるけど根本的に違う気がする!
「あの…わたし自分だけが楽しようとかそういうの嫌です。大変なこととか楽しいこととか、そういうの全部分け合うのが夫婦でしょう?」
神父様も言っているではないか。病めるときも健やかなるときもって。あれ、これ全然意味違う?
「分け合う…?」
カインさんから戸惑いの声が漏れた。
「そんな考え方はしたこともありませんでした。夫は妻に全てを与えるのが役割だと…」
「与えてばかりだなんて、そんなの対等な関係じゃないじゃないですか」
「そもそも対等ではないんですよ」
「それが嫌なんです。わたしは対等でいたいです、みなさんと」
「……」
別にこの国の他の夫婦を否定するつもりはない。それぞれの事情だってあるだろうし。
だからこそ、わたしたちにはわたしたちのカタチがあったっていいはずだ。
「まぁ、ハルがそうしたいというなら良いんじゃないか?」
「団長」
「ハルの考える夫婦像ってのは俺たちのそれとずいぶん異なるみたいだが、正直そう言ってくれるハルの言葉が俺は心地いい」
「確かに、そんなこと言われて嬉しくないはずないよね」
「うれしい」
「……そうですね、戸惑いはありますが、そう思っていただけることが嬉しいです。ありがとう、ハル」
そんな大したことは言ってないのだけど、面と向かってそう言われると照れてしまう。
「ど、どういたしまして?」
あれ、何でこんな話になったんだっけ?
確か領主うんぬんの話だった気が…
「そうだ、だからこの部屋はやっぱりクラウドさんが…」
「それとこれとは話が別だ」
「何で!?」
「対等な関係ったって、法律上お前が領主であることに変わりはないからな。領主でない俺が使うのもおかしな話だ」
「実務はクラウドさんがやるんでしょう?何もおかしくないじゃない」
「この部屋でなくても仕事は出来る」
「そりゃそうだけど!」
「俺たちがこの部屋をお前に使ってほしい。それじゃ駄目か?」
「うっ…」
これってあれだ。呼び捨てで呼んでほしいってわたしが使った手だ。こんなとこで使うなんてずるい。
「…こんな広い部屋で過ごしたことないんですよ…この広い中で一人でぽつんといるって考えると寂しいやらいたたまれないやら…」
「それなら心配ないよ。いつでも部屋に夫を置いておけば寂しくないでしょ?」
「一緒に…いてくれるの?」
なに言ってるの、当たり前でしょ、とリアドさんが言って、周りも頷いている。
あれ、そっかぁ。一緒にいてくれるのか。
「ハル?」
「……ううん。大丈夫です」
胸に灯った感情がなんなのかが分からなくて、ごまかすように隣を指差した。
「あっちの部屋は何ですか?」
「ああ、寝室だよ。見てみるか?」
「はい!」
こちらもさぞや豪華なのだろうなと予想はしていたが、扉を開けてその異様さに驚愕した。
隣ほどではないけど、だだっ広い部屋。
先程と比べると色調は落ち着いていて、緑を基調とした壁紙とダークブラウンの家具が並んでいた。
窓が開いていて、心地よい風が頬を撫でる。
とても趣のある、落ち着ける空間。
の、はずなのだが。
違和感の正体はその部屋の真ん中に鎮座していた。
部屋の面積の半分を占めているのではなかろうかというそのどでかいものの正体は、キングサイズもびっくりなベッドである。
キングサイズなんて見たことないけど、絶対にキング様も度肝を抜くサイズのはずだ。
ーーーああそうか、これは人用のベッドではない。
「魔物かなんかのベッドですか?」
「いやおい、そんなわけあるか」
「だって人何人分ですかこれ。ここにいる全員で寝たって余りますよ」
「まぁ、それが主な目的だからな」
「は?」
「全員で使うためにこの大きさが必要ってわけだ」
「え、みなさんの分のベッドないんですか?」
こんなに広いお屋敷に?
だったらこのベッドを等分に割った方がよくない?
「まさかとは思うが…意味、分かってないな?」
「いみ?」
「“寝る”じゃなく“使う”って言ったんだが」
「つかう?」
「私たち、夫婦になったのですよね?」
「夫婦でベッドを使うなんて、目的は一つしかないでしょ」
………あ!??
言葉の意味に気づいて、一気に身体が熱くなった。血液が逆流して頭のてっぺんまで到達したに違いない。
まさかこの大きさって…
いや無理でしょありえないでしょ!
「えっと、まさか…冗談ですよね?」
「こんな冗談言って何になる」
「王都の神子様の寝室はもっとすごいみたいだね。寝室全体がベッドって聞いたことあるよ」
「そこまではさすがにな」
「ハルとくっつきたいからそんなに大きくなくていい」
「確かに、頑丈でさえあればある程度の大きさで充分ですね」
「ま、あと五、六人は耐えられるくらいの強度ならあるさ」
「私たちにはこのくらいが丁度いいね」
………えっと、何をおっしゃっているのでしょうか?
「いやあの…わたしもっと小さい方が…」
「ハルは全員でぴったりくっついて寝たい人?」
「一人でゆっくり寝たい人です」
「え、なにそれ。そんな神子様いるの?」
心の底からびっくり、みたいな顔をされて私もドン引きする。
念の為聞いておきたい。
「五十人夫がいる神子様たちって、その、全員と…?」
「多分な」
「というか、そういう目的で夫を探してるよね」
「身体の相性の悪い夫はすぐに離縁されると聞きますしね」
「私はそんなことにはならないから安心して?ハルを必ず満足させてあげる」
満足って何!?
いらないよそんな満足!!
「あ、あの、わたしやっぱりソファでいいかなと…」
「あ、そういうのが好きなんだ?」
「違う!!」
何を言ってもそっちの話に持っていかれる!
無理なんだって、わたしには!
「あ、あの、そういうのって強制じゃないですよね?」
「妻側には強制する権利があるが」
「夫側には…?」
「ないな。例え夫婦でも強姦が成立する。問答無用で死刑だ」
何そのこわい法律!
いやわたし的には都合がいいのか。
「じ、じゃあ、しばらくそういうのはしない方向で…」
「なぜ?」
「なぜと言われますと…」
「ハル、俺たちのこと嫌い?」
シドさん、そんな捨てられた子犬みたいな目で見ないでください!
「嫌いとかじゃなくて、申し訳ないんですが今の今までそういうことをするって考えてなくて…あとわたし、男の人にそういうふうに触れられるのが苦手で…」
結婚しておいてそんなこと考えてなかっただなんて、なんて身勝手なんだろう。
きっと幻滅させたに違いない。
そもそも結婚したのにそういうのは嫌だなんて、わがままにも程がある。
でも本当に、苦手なのだ。怖いといってもいい。
嫌な思いをした。気持ち悪い思いを。
身体を這う手の感触を思い出してゾッとする。
これだけ一緒にいて、あったかい気持ちにさせてくれる優しい人たちでも、同じことをされれば恐怖してしまうかもしれない。
「要するに、そういうことをしたいと思わせれば良いんだな」
さぞ怒ったことだろうと反応を見るのがこわくて俯いていたら、予想外の返しをされた。
慌てて顔を上げると、余裕めいた笑みを浮かべるクラウドさん。
いやそういうことだっけ?
「あなたが嫌がらなければ大丈夫、ということですよね」
それはまぁ確かにそう…なの?
あれ、なんか思った方に話が進んでなくない?
「ガマンできなくなったハルに求められるとか、そそられるなぁ」
何その変態みたいなシチュ!
ならないよそんなこと!
「ハルが嫌なことはしないよ。ハルが気持ちいいことしかしないから安心して」
なんでそんな言葉だけスラスラ話すのシドさん!
なぜかやる気に満ちた顔つきの四人にわけが分からず、わたしははくはくと口から言葉を発せずにいた。
「ま、覚悟しとけ」
どうしてこうなった!?