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5 逆プロポーズしろと?

 隣国との国境沿いにあるエルダー騎士団。

 国のために日々訓練し有事に備える彼らは、王都の人たちから揶揄を込めて辺境騎士団と呼ばれているらしい。

 身を賭して働く彼らの評判がなぜ悪いのか。

 そもそもこの国は女神の降臨以来、戦というものを忌避してきた。

 戦とは、歴史に残るあの悪辣な国を想起させるものであり、女神の怒りに触れたきっかけでもある。戦などすれば、あの国の二の舞になるかもしれない。国の中枢機関はともかく、国民の多くはそう考えているそうだ。

 他国からの干渉や圧力に備え自衛の為の軍事力は保持しているけれど、長く戦を経験しておらず平和にどっぷり浸かった国民にとって、辺境で隣国からのちょっかいをいなし、魔物をほふる彼らは野蛮に見えるらしい。

 自分たちの平和が何の上に保たれているのかが分からないなんて、嘆かわしい話だ。

 王都にはこの騎士団とは別に、王宮や神殿を守る貴族で構成された第一騎士団と、王都を守る貴族や平民で構成された第二騎士団がいるそうで、そちらは逆に花形部所らしく、成り手が絶えないらしい。

 何でそんなに差があるのか聞いたら、王都の騎士の仕事の一つに女性の警護があるからだそうだ。王都にはこの国出身の女性はもちろん、神子が多く住んでいる。万が一神子のお眼鏡にかなえば神子の夫という栄誉を手にすることが出来るし、領地や王都での安定した暮らしが待っているそうで。出会いを求める若者は王都から出ようとしないらしい。

 国衛より自分の利。まぁ、人ってそういうとこあるよね。



 この騎士団でお世話になることおよそ二週間。

 与えられた部屋はキッチンお風呂トイレ完備なうえ寝室が別に設えられたホテルのスイートルームのようなお部屋だった。

 家具は重厚感のある歴史を感じるものばかりだし、何よりあまりに広すぎて初めて案内されたときは場違い感が半端なかった。

 聞けば騎士団長用の部屋であるらしく、滅相もないと部屋を出ようとしたら今は使っていないから使ってくれとお願いされた。拒否権はありませんでした。


 何もお手伝いをさせてもらえないわたしは、調理場から食材を分けてもらって調味料の生成に勤しんでいた。

 基本塩胡椒の味付けのこの国の料理に、現代日本生まれのわたしは三日で飽きてしまったのだ。

 スキルで食べ物も生成出来ると知ったわたしは大豆や塩などを求めて調理場にお邪魔し、醤油と味噌を生成できたことに歓喜した。思わずシドさんと部屋の中で踊ったくらいだ。もう会えないと思っていた日本の味に感動が止まらなかった。


 食文化が進んでないだけで材料が乏しいわけではないようで、お願いすれば割と色んな食材をゲットできた。調子に乗って思いつく調味料を作れる限り作った。

 ソースにケチャップにマヨネーズ、オイスターソースに出汁の素、鶏ガラっぽい粉末、コンソメっぽい粉末。

 これだけあれば食の革命を起こせるのではないだろうか。

 試しにクラウドさんたちに照り焼きチキンとお味噌汁を振る舞ったら、あらゆる意味で驚かれた。

 この国では妻がご飯を作ることはないんだって。この国の女性って、普段何して時間潰してるんだろう…


「うまいなこれ」

「スープも奥深い味ですね」

「すごく美味しいよ!ハル!」

「甘うま」


 とても反応が良かったので、レシピと調味料を料理長に渡して食堂で出してもらうことになった。すごく恐縮されたけど、これで少しは恩返しできたかなとホッとする。

 ちなみに調理場に行ったり料理長とのやり取りには必ずカインさん、リアドさん、シドさんの誰かしらが付き添ってくれる。

 何なら部屋にいるときも扉の外で警護をしてくれている。

 隊長二人に副団長という、ただでさえ重職に就いている人たちの時間を割かせることが、申し訳なくいたたまれない。

 場所も覚えたし大丈夫だと告げても、頑としてわたしがひとりになることは許されなくて、何だか情けなくなる。

 騎士団内にもわたしを売るような人がいるのだろうか。


 そんなこんなな日々を過ごしていたある日、とうとう招かれざる客がやってきてしまった。






 応接間にズラリと並ぶ白の法衣にくらりと眩暈がする。

 騎士団の服は紺色なので対照的だ。

 白法衣のおじさまたちは、揃って腰を屈めわたしに礼をとった。


「このよき日、神子様にお会い出来ましたこと恐悦至極に存じます」


 中央に立っていた白髭白髪のおじいさんが一歩進み出て挨拶をした。

 サンタさんが流暢な日本語を話してるみたいで違和感が拭えない。


「あの、こちらこそ、わざわざお越しいただきまして…」


 最高敬語にどんな言葉で返せばいいのかわからず、あたふたしてしまう。

 二言目を告げられずにいると、何故か礼をし続けたまま自己紹介が始まった。

 え、おじさまたち腰大丈夫?中腰しんどくない?

 真ん中の人が神殿長っていうのがわかっただけで、あとはいつギックリになるかとハラハラしていたので全く聞いていなかった。


「神殿長殿。いつまでも礼をとっていては神子様がお座りになられません。どうぞこちらに」


 自己紹介が終わったタイミングですかさずクラウドさんが助け舟を出してくれて、おじさまたちをソファーに誘導した。

 おじいさんの眉がぴくりと上がる。

 ……あ、何だかやな感じ。


「クラウド殿、と申されましたかな?お気遣い痛みいる」


 言って数人はソファーに座り、数人はその後ろに立った。

 カインさん、リアドさん、シドさんも反対のソファーの後ろに立った。

 全員わたしより年上なんだし、立ってる人がいるとなんだか座りにくいなと思いつつ、おじいさんの向かいに腰を下ろす。クラウドさんがわたしの横に少し距離を置いて座ると、また含みをもった目を向けていた。

 クラウドさんは全く気にしてない様子だけど。


「神子様、お名前を伺ってもよろしいですかな?」

「あ、はい、高梨春と申します。高梨が苗字で春が名前です」

「ハル様、とお呼びしても?」

「はい」

「ハル様、迎えが遅くなり誠に申し訳ありません。このような所でさぞや不便を強いられたことでしょう。体調など崩されていませんか?何か無理強いなどされたことは?私が責任持ってその者を処罰いたしますゆえ、どうぞ遠慮なく仰ってください」

「は?」


 何をいってるのだこの人は。

 何でそんな、さも何かあっただろうといえるのだろう。

 言ったのはわたしじゃないのにすごく申し訳なくなってクラウドさんの顔を窺うと、涼しい顔でおじいさんを見ていた。

 それがかえってもどかしくて、腹が立った。


「騎士団の皆さんにはとてもよくしてもらいました。わたしが不自由な思いをしないよう心をくばっていただきました。この人たちは困っていたわたしを助けてくれた恩人です。罰するなんてそんなこと、言わないでください」


 わたしの言葉におじいさんたちは驚いてみせた。


「これは驚きました。神子様が男を庇うなど」

「恩人が悪く言われれば当たり前です」

「それはそれは…随分と仲良くなったものですな」


 言ってギロリとクラウドさんを見る。

 もう!さっきから何なのその目は!


「いやハル様、大変失礼を申しました。神子様が神殿以外の場所にお渡りになったと聞いて、何かあればと気が気でなく。いやまこと、このような辺境にお渡りになられたと聞いて心臓が止まる思いでした」


 やっぱり何か含んだ言い方をする。

 この人、嫌いかもしれない。


「そのような辺境に神殿長自らお運びいただきありがとう存じます。して、今日は何をしに?」

「ハル様をお迎えに参ったに決まっておろう」

「……だそうですよ、ハル様?」


 クラウドさんが横目で視線を流してくる。

 色気たっぷりなのは何故だ。


「わたし、神殿には行きません」

「……何を仰られます?」

「夫を何十人も作るなんて無理です」

「そんなことはございません!ハル様なら…」

「そういうことじゃなくて。他の神子様たちみたいに王都で夫をたくさん作って暮らすとか、わたしには無理なんです。そもそも王都への憧れもないですし、出来ればここにいたいです。出来ることを探して、皆さんのお役に立てるようにしたいと思ってるのでここにいさせてください。お願いします」


 ぺこりと頭を下げると、おじさまたちは明らかに動揺した。


「どうか頭をお上げください。恐れ多い」


 言われて素直に頭を上げると、おじさんたちの視線が互いを行き交っていた。


「ハル様、ハル様のご意志は出来る限り尊重したいと存じますが、夫を作らないのは不可能でございます。神子様でなくとも、女性である限り夫は複数人作らなくてはならないのです。いえ、作らなくては生きていけない、と申し上げるのが正しいでしょう」

「でも…」

「この騎士団にいる間も、あなたの側には常に誰かが護衛としていたのでは?少しでもお一人で部屋の外に出ることはありましたか?」

「…いえ」

「部屋にいたって同じこと。日中もあなたが寝ている間も、侵入者から守るため誰かが扉の前を守っていたことでしょう。このようにあらゆる人間が行き交う場所では当然の対応です」

「そんな…」


 そうだったの?と後ろを振り返ると、三人は微笑を返した。

 まさか夜もだなんて…交代していたとしても、三人で回すにはあまりにハードワークだ。


「夫がいれば屋敷を買って警護を強化できますし、夫の数を増やせばあなたの身を守る者が増えます。ですがあなたは、夫でないものに四六時中自分の警護をさせ続けるのですか?」


 言われてぐうの音も出ない。

 知らなかったとはいえ、あまりにこの人たちに甘えていた。


「気にしなくてよいのですよ」

「そう、こんなに可愛いこを守れるなんて、役得だからね」

「ごはんも美味しい」


 三人とも気遣ってくれるが、どんよりと重たい気持ちになる。


「これ、そなたらごときが話しかけるでない。ハル様、夫を作る必要性はご理解いただけましたかな?」

「…はぁ」


 理解したくないけど、これはもう回避不可なのだろう。

 胃がキリキリと痛む。


「神殿への印象があまりよろしくないご様子ですが、こちらをご覧になればお考えも変わるでしょう」


 おじいさんが合図をすると、すかさず分厚い冊子が手元に置かれた。


「こちらは王都の神官、文官、騎士からより優秀な者を選り抜いた釣書です。姿絵と所属、能力、簡単な自己紹介が書かれております。皆由緒も正しい傑物ばかりですぞ。実物は姿絵より一層美麗であるとお約束いたしましょう。ささ、ご覧あれ」

「ええ?」


 これは…お見合い写真、的な?

 促されてしぶしぶページを開く。

 一ページに一人づつ、写実的に描かれた姿絵と名前、親の爵位、所属と地位、魔力やその能力などとともに資格や特技、さらに神子へ対する自己アピールが書かれている。

 まるで履歴書かプロフィール帳のようだ。


 いやいやいや、こんなんじゃわかんないよ。

 能力と人柄は別でしょう?

 ………数ページめくっただけで、いくら見ても無駄だなと悟った。

 丁重にお返ししたいけど、おじいさんが期待の眼差しで先を促す。

 どうしよう…とりあえず最後まで適当にめくれば良い?

 でも、見終わったらどうする?誰もいませんでしたって言って、その後はどうなるの?

 また神殿に行く行かないの話になって、結局わたしは連れて行かれるのだろうか…

 思わずため息をつくと、


「ハル」


 隣から声がかけられた。

 クラウドさんを見やると、いつにない真剣な眼差しに捕えられた。


「こ、これ!神子様を呼び捨てとは何事だ!」


 おじいさんが騒ぐが、クラウドさんの視線があまりに真剣な色をおびていて目が離せない。


「ハル、夫を作らなければこの世界では生きていけない。それは分かったな?」

「………はい」

「これは一つの提案だが。神殿に行かずこの場で夫を作る方法がある、と言ったらどうする?」

「え?」

「会ったことのない釣書の男よりもマシなのが、意外とお前の近くにいるかもしれない」

「んん?」

「それなりに話もして、少しは人となりが分かるのが近くにいるはずだ。そうだろう?」

「えっと…まさか?」

「ちなみに、この国では男からは求婚できないことになっている」


 なんかとんでもないことを言い出したけど、それって要するに、逆プロポーズしろと?

 誰に?まさか!?


「え、え?いやでもそれって…」

「これだけ言っても伝わらない?」

「だってそんな、そんなわたしのわがままに…」

「光栄なことだ。後ろもな」


 後ろを見やれば、三人ともニコニコしていて…

 えっと?要するにこの四人の中から夫選んじゃえよってこと?

 いやでも待って。そもそも、夫を作りたくないから神殿に行きたくないって言ってるのに、クラウドさんたちにそれをお願いするとか、本末転倒じゃない?


 あれ、でも結婚は必要不可避なんだっけ?


 わたしが今できる選択って………

 ①神殿に行って自分の目で見て夫を選ぶ

 ②釣書から夫を選ぶ

 ③クラウドさんたちから夫を選ぶ


 ーーー心情的には③以外ありえない。

 ①と②はどうしても選びたくないし、何よりここにいる間、この人たちと接してる間、わたしはとても、楽しかったのだ。

 居場所を与えてくれているようで、ほっとしてあったかい気持ちにさせてくれた。

 この時間がずっと続けば良いのに、なんて思っていたのも事実だ。


 ………でも、それはつまり、わたしのわがままに四人の誰かを利用するということだ。

 ついさっき、大変な負担を強いていたと知ったばかりなのに、これ以上迷惑はかけられない。


「だ、だめです。誰を選んだとしても、その方に負担を負わせるだけです」

「なら問題ない。結婚すればお前を警護が厳重な屋敷に連れて行けるし、夫が四人なら負担も軽減だ」

「は…?」


 四人!?


「ここは一妻多夫の国だよ、神子様?」

「そ…」


 …れは知ってる!知ってるけど!

 四人いればメリットは大きいのかもしれないけど!

 でも、そんなの!


「ハル」


 甘い声にぶるりと身体が震える。


「早く続きの言葉が聞きたい」


 蕩けるように笑んで続きを促すクラウドさんは最上級に色っぽくて、その甘い蜜でわたしの思考ごと溶かそうとしてるみたいだ。

 甘い海に飲み込まれて、もう、ひとつの答え以外思い浮かばない。

 でも、とか、だって、とか。

 そんな言葉が消えてしまった状態で、わたしは口を開いていた。


「クラウドさん、カインさん、リアドさん、シドさん、わたしと結婚してくれますか?」


 気付いたときには、人生初めてのプロポーズをしていました。


 高梨春。十八歳。

 一気に四人の夫ができました。





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