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閑話④ 〜side ヒューイ〜



「ヒューイ!なんという格好だ!」


 そんな格好で私の執務室に来るなど貴族としてあるまじき行為だ!そう言ってアルバート養父は憤怒した。

 煤に塗れ火の粉であちこち穴の空いた服で執務室に乱入されれば当然の反応だろう。

 だけど僕はそんな怒れる養父を鼻で笑った。


「貴族なんてクソ喰らえだ。お前は黙ってこれにサインしろ」

「…何だと!」


 ずっと従順だった僕の反抗に養父は怒りでわなわなと震える。

 そして僕の手にある紙が何であるかに気付き、バンっと執務机を叩いた。


「何のつもりだ!養子縁組を解消するだと!?」

「その通りだよ」


 怒りを正面から受けても動じない僕に、養父は僕の正気を疑う。


「頭がどうかしてしまったのか?お前が何の為にこの家に迎えられたのか分かっているだろう!?」

「分かってたよ…今朝までは!あんたの嘘に気が付かなきゃいつまでも従順でいてやったのに、残念だったな!!」


 ハッと笑い飛ばす僕に養父は顔色を悪くする。


「嘘だと?なんの話だ…」

「とぼけてんじゃないよおっさん!あんたは最初から最後まで、ずっと嘘をついて僕を騙し続けてきた!…その結果どうなったか…もう分かってるんだろう?…あんたの予想通り、父さんも兄弟たちも死んだよ!あの街ごとな!!」


 反対に僕から怒りをぶつけられ、養父はふいと目を逸らす。

 怒りで暴走しそうな気持ちを必死に抑える。


「まず聞きたい。最初の僕の願い、父たちへ渡るはずだったお金はどこへ行った?」

「それは…」

「答えろ」


 手のひらに小さな炎を出す。


「貴様…私を脅す気か!?」

「早く答えろ。でなきゃあの街同様この屋敷まるごと燃やしてやる」

「くっ…」


 養父は僕の手を警戒しながら口を開いた。


「お前の母親に渡した」

「何故。約束が違う」

「当たり前だろう!いくら平民といえど女性をぞんざいに扱えば、私が女神様の不興を買ってしまうではないか!」

「そんなことで…」


 怒りに比例して炎が大きくなる。


「ひぃっ!」

「お前は僕の願いを聞いたフリをして嘘をつき、しかも引っ越したと言って僕を父たちから遠ざけた!卑怯だと思わないのか!?」

「ひ、卑怯だと?全てお前の為ではないか!平民のお前が貴族として大成するには、平民などとの関わりは断たなければならない!そんなことも分からないのか!」

「だったら初めからそう言えば良かっただろう!なんで嘘なんかついたんだ!柵のことだってそうだ!あの嘘のせいで僕は…!」


 違う。

 確認しなかった僕にも原因がある。

 僕がもっとうまく立ち回っていれば、養父の嘘に気付いていれば…きっと父さんたちは死なずにすんだ…


 でも…それでも許せない。

 この男は自分の為の嘘をつき過ぎた。


「見当違いにもほどがある!私は柵の中止を提言したんだ。それをはねつけたのは他の連中だ!」

「あんたは…本当に自分に非がないと思ってるんだな…」

「当たり前だ!私は間違ったことはしていない!…さあ、さっさとその火を消すんだ!」


 …もういい。

 もう終わりだ。


 炎を消し、紙を目の前に突きつける。


「あんたは嘘をついて約束を反故にした。よって僕も約束を守る義理はない。サインしろ。それで全てチャラにしてやる」


 養父はそれを手で払いのける。


「ふざけるな!私がお前にどれだけの金をかけてきたか分かってるのか!養子をやめると言うなら全額耳を揃えて返せ!!」


 一瞬黙った僕に、養父は勝ち誇った笑みを浮かべた。


「そうだ、おとなしく私のいうことを…」

「いくら?」

「…は?」

「だからいくらかって聞いてんの」


 尋ねる僕に、養父は莫大な金額をふっかけた。

 本当にそれだけかかったのか甚だ怪しいけど、僕は腰のポーチから重たい皮袋を取り出した。

 それを養父の机の上で逆さにする。

 袋から無数の金貨が勢いよくこぼれ落ちて山を作り乗り切らない分が床を転がる。


「十分すぎるくらい足りると思うけど…数える?」

「こんな金…どこから…」

「あんたが神官には必要ないとバカにしてた研究の成果だよ」


 言葉を失う養父にペンを握らせる。


「もういいだろ。これが最後だ。サインしろ」


 養父は屈辱に震えながら養子縁組の書類にサインした。

 その様に何の感慨も湧かない。

 怒りも悲しみも今はどこかへ行ってしまった。

 この屋敷で過ごした時間を思い、ただただ虚しかった。


「あんたはその場しのぎの嘘で僕を懐柔しそれが成功していたことに油断してたようだけど」


 いつまでも嘘をつき続けるにはあんたは小物すぎた。


「あんたの最大のミスはね、せっかく突き通した嘘を迂闊に娘に話したことと、僕を見誤ってたことだよ、おっさん」


 養父の手元から紙を引き抜き僕は部屋を後にした。



 屋敷を出て空を見上げる。

 数時間前とは比べようもないほどの平和な空気に何とも言えない気持ちになる。


 許せない気持ちはきっとこの先も無くならない。

 けれど本当に何もかもを失った今、僕は思いの外スッキリとした心持ちでいた。


 もうこの場所には何の未練もしがらみもない。

 僕は僕のやりたいことを僕の思うままにやろう。


 研究を続けるのも良い。

 けれどまずは、王都を出よう。

 ここでやりたいことなど何一つない。

 どうせ学校も退学だろうし、もう貴族じゃないんだから一つどころに留まる必要なんてない。


 ずっと狭いところで生きてきた父さんを連れて旅に出よう。




 そうして僕は一年かけて国中を周り、最終的に辿り着いたのが辺境のエルダー領だった。

 そこを最後に隣国へ行こうとしていたのが、いつの間にか騎士団へと入団して気付けば隊長にまでなっていた。

 何故そんな不思議現象が起こったのか僕にもよく分からないけれど、騎士団での生活は楽しいものだった。


 ここの騎士たちはことごとくおかしなのばかりで、貴族を毛嫌いする僕を貴族の坊ちゃんが分かるよと賛同してくれたりする。

 貴族にこんな話の分かるやつがいるとは思わなかった。

 僕もきっと、狭い世界で生きていたんだろう。


 そんな中で団長が元王族だと知ったときは裏切られた気持ちになった。

 あの街を燃やしたのは父たちだけど、決定したのは王族だ。

 王族に平民を、特に貧民を思いやり救済する気持ちなどないと僕は知ってる。

 だからこそそれを知ったとき、僕は大いに幻滅した。

 騎士団を辞めてしまおうかと思ったくらいだ。

 だけど僕の知る団長は良くも悪くも飄々としてて、かと思えば決めるときにはバシッと決めるし、困っている団員には一人一人に的確な言葉をくれる。

 僕を一人前の男として認め頼りにしてくれて、逆に頼りにしたいときに頼らせてくれる。

 王族だの貴族だの平民だのという壁を団長自らが壊してくれていた。


 要するに、騎士団を辞めるには僕はこの男と騎士団を好きになり過ぎていて…

 僕にはもう、辞めるという選択肢はなくなっていた。

 すでにここは先生と過ごした研究室以来の、僕の居場所だったから。



 居場所が出来たからこそ、初めて僕にそれを与えてくれた先生を思い出す。

 僕は弟子として先生の恩に報いることが出来ているのだろうか…

 先生から引き継いだものはまだまだ僕のポーチに入っている。

 旅の途中でお金が無くなればその一つを完成させて売り路銀を稼いでいたけど、それは先生のやりたかったこととは違う。

 先生は、貴族も平民も関係ない豊かな暮らしを目指して研究を続けていた。

 その意志は僕に引き継がれている。

 僕は、僕の出来ることはまだあるはずだ。


 団長に相談するとやりたいことをやれば良いと背中を押され、部屋や必要なものを用意してもらい先生の残した研究を続けさせてもらった。

 おかげでいくつか完成した魔道具を商品化することが出来た。

 売れ行きが良ければ作り手を増やさなきゃならない。仕事にあぶれた者たちが手に職を付けることが出来、収入も増える。

 まだこんなやり方しか出来ないけど、少しづつでも父さんたちのような人が減れば良い。



 そんな、魔物討伐と隣国の侵入者への対抗に加えて魔法の研究と毎日を忙しく過ごしていたある日。

 およそ二週間魔の森へと入り魔物を討伐して帰ってきた僕の耳に、団長副団長に続き隊長二人を合わせた四人が神子と結婚したという報告が入ってきた。


 何の冗談かと思って経緯を聞けば、突如現れた神子に骨抜きにされあっという間に懐柔されたのだとか。

 王都を捨て世俗を絶った同士だと思っていた男たちのていたらくぶりに、呆れると同時に腹が立った。


 抗議するべく団長室に向かえば、丁度良かった屋敷に障壁を張れと言われる始末。

 解消されない怒りと命令に逆らえないもどかしさを抱えながら屋敷へ行き…


 ーーーそこで、ハルと出会った。



 僕の知ってる女性なんてマルグリットと実母と養母くらいなものだけど、ハルはそれらとは全然違った。

 不機嫌を隠そうともしない僕を怒るでもなく、逆に怒らせないように様子を窺ってくる。


 …なるほど、そういう手でこいつらを籠絡したんだな。

 そう警戒しながらリアドを見れば、にこにこと油断ならない笑顔をこちらに向けていて。

 生粋の貴族であったはずのこいつが見た目通りじゃないことを僕はよく分かってる。

 だからこそ、こんな地味な女に落ちたなどとても信じられないんだけど…


 そんな僕のこの女に対する第一印象はその日の間に大きく覆された。


 まず警戒心がない。

 男を褒めるし男に謝る。

 男に他意のない笑顔を向ける。

 不用意に近付いてあまつさえ手を取ったりする。


 危なっかしくてふわふわと柔らかくて良い匂いがして…


 ハルの放つ甘い花のような香りが鼻をくすぐりドクンと鼓動が鳴る。


 昔先生が言っていたのを思い出した。

 人は相性の良い相手を嗅ぎ分ける力が本能的に備わっている。

 その一つが匂いだって。

 マルグリットには特に何も感じなかったのに…


 ああ、これが…


 僕はもう自分の気持ちを否定出来なかった。

 ハルの表情から仕草から言動から、何より本能で僕はすっかりハルに落ちていた。


 ハルも僕の匂いが好きだと言ってくれたときは(言わせた感も否めないけど)奇跡かと思った。


 何故か持たされた婚姻契約書をポーチから取り出す。


 僕にとっての結婚はずっと義務だった。

 その義務から解放されたのだから、一生結婚なんてしないと思っていたのに。

 こんなに何かを切実に欲しいと思ったのは初めてだ。


 団長の手のひらで転がされてる感は否めないけどありがたく使わせてもらう。


 ハルにサインさせて部屋を出ると扉の前にいたウォルフと目が合う。

 腕を組んでむすっと不機嫌をあらわにしていて、まるでハルの部屋に来たばかりの僕と同じだと思っておかしくなった。

 僕の笑みを嘲笑と取ったのか、ウォルフの目が剣呑に光る。


「あの四人を手玉に取ってんだ、お前を手懐けるなんざ楽勝だったろうな」

「チョロい自覚はあるよ。でも断言してやる。あと数日もすればお前もチョロ男の仲間入り間違いないね」

「は!?」

「じゃあね」


 ふざけんなと抗議するウォルフを置いて屋敷を出て馬で山を駆け下りる。

 小神殿の閉門にギリギリ間に合い婚姻契約書は無事受理された。


 小神殿を出て婚姻証明書を空に掲げる。

 びっくりするくらい浮かれてる自分におかしくなった。

 ふふっと笑えば爽やかな風がさらさらと髪を靡かせていき…


「父さんもびっくりでしょ?僕が結婚するなんて」


 途端にざあっと大きく風が流れて足元の草花を揺らし、周囲を花びらが舞った。


 ーーー祝福してくれているのだと…

 

 嬉しくて涙が出そうになる。

 

 父さん、僕は幸せになるよ。

 もっと、うんと幸せになるから。

 だから見ていてね、ずっと。


 父さんが助けてくれたから、僕は孤独から解放された。



 僕はもう、一人じゃない。


 





ヒューイ過去編完結となります。

お付き合いいただきありがとうございました。

次話から本編に戻ります。

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