閑話② 〜side ヒューイ〜
感染症の話が出てきます。
苦手な方やトラウマをお持ちの方はブラウザバックでお戻りください。
「いらっしゃい、ゼンケル君」
生徒も教師も僕を遠巻きにすると言ったけど、僕の来訪を喜ぶ教師が一人だけいる。
魔法研究学のカーン先生だ。
魔法研究といっても究極の攻撃魔法や結界魔法を追求するといったわけではなく、例えば魔道具の改良であったり生活を便利にする魔法の研究が主な内容だ。
地味であり神官の資質に大きく関わる授業でもない為、専攻する生徒は少ない。
だけど僕はこの授業が意外にも嫌いじゃなかった。
魔法を放出する為の素である魔素の解析、その組み合わせ次第で色も形も変える魔法の奥深さに、僕はどっぷりとハマったのだ。
授業で学ぶだけでは足りず、研究室に押しかけ自分なりの解釈を先生に投げつけた僕を、カーン先生は快く迎え入れてくれた。
「君の計算は一見完璧に見える。だけどこの通りに魔力を流してごらん、どうなると思う?」
「この回路を通って問題なく…いやだめだ、この魔法とこっちの魔法がここでぶつかって反発しちゃう…」
「そうだね。でも惜しい。もう一工夫すれば君の望む結果が得られるよ。じゃあ魔法の種類を変えてもう一度考えてみよう」
そんな感じで、僕は学校にいる間暇さえあればカーン先生の研究室に入り浸り、あらゆる魔道具や生活魔法を作り出していた。
僕にとっては貴族になって以来初めてできた居場所のようなもので、先生の前では不思議と素の自分でいられた。
実は先生も平民出身なのだと知ったことも僕にとっては大きかった。
先生は、暮らしの立ちゆかない貧しい人たちの生活を豊かにする研究を続けているのだという。
その志に僕は大いに賛同した。
先生との研究は、ただ約束を守る為のやりがいを見出せない目標よりもずっと、僕を奮い立たせてくれた。
「君が作ったランプ、今度街灯に利用されるそうだよ」
僕にお茶を用意しながらカーン先生は言った。
「別に僕が一から編みだしたんじゃないし。先生がヒントをくれたんじゃん」
正直嬉しい。
でも、素直に喜ぶには僕はひねくれすぎてしまった。
幼い頃から受け続けた嫌味のせいだと思いたいけど、本来の性格も多分にあるのだろう。
そんな僕をお見通しかのごとくカーン先生は微笑で流す。
「そのポーチは、本当に公表しなくて良いのかい?」
「婚約者に気持ち悪いって言われたよ。理解の範疇を越える道具はどうせ忌避されるに決まってる」
「確かにねえ。とても便利だからもったいないとは思うけど」
お茶を飲みながらうんうん唸る先生を横目に、僕は新たな研究に向けてポーチから道具を取り出した。
ああでも、と先生はポンと手を打つ。
「君がクリーン魔法を魔石に閉じ込めて作った箱型の食器洗浄魔道具も、王宮の調理場で重宝されているそうだよ。量産して王都の飲食店へと売り出していくらしい」
ニコニコと自分のことのように嬉しそうに話す先生に、僕は内心とは裏腹にそっぽを向いてしまう。
「先生こそ自分の研究そっちのけで僕の魔道具の発表ばっかしてるじゃん。そんなんじゃそのうち学校から放り出されるんじゃない?」
「それはそれで構わないかな。君みたいな生徒なんて今後現れないだろうし」
「それどういう意味?あんたと同じ変人だって言いたいの」
「おや、よく分かったねえ」
あんたと一緒にしないでよ、と反論しても先生はただただ笑う。
そんなひとときが僕にとっては唯一と言っていい充実した時間だった。
そんな日々が流れ僕が十六になった頃、王都を突如として災厄が襲った。
流行り病だ。
高熱が三日続きそのままコロリと亡くなってしまうその病は、徐々に罹患者を増やしていった。
病は人から人へと感染するようで、貴賤関係なく死者が出るようになると、王都は軽いパニック状態に陥った。
そんな中で、まずは衛生面を整えなければいけないと提唱したカーン先生は、王都の平民街を中心にクリーン魔法をかけて回るようになった。
僕も倣って共に回ろうとしたけど、養父にも学校にも何より先生にも止められて、何の手伝いもさせてもらえなかった。
そして先生は病に感染し呆気なく死んだ。
研究室にあるもの全てを僕に引き継いで。
感染防止の為に燃やされる先生を見ながら、僕は自暴自棄になりそうな自分を必死に抑えた。
だって先生はこうなることを予想し覚悟を決めていたから。
僕は先生の意思を継がなければいけない。
薬で何とか命を繋ぐ人もポツポツといるにはいるが、それは貴族に限った話だ。
お金のない平民に高額な薬は買えない。
僕に出来ることは何だ。
そう模索し続ける間にも病は恐ろしい勢いで猛威をふるい、多くの人の命が奪われていった。
そしてどこからか、この病の発生場所を貧民街からだとする噂がまことしやかに流れ始めた。
その一角はまるで貧富の差をはっきりさせるかのように、同じ王都内にあるにも関わらず中心街からは隔絶された場所にあって、僕がかつて父や兄弟と住んでいた場所でもある。
噂は瞬く間に広がりその周囲を柵で囲うべきとする話も飛び出した。
そんなことをすれば中の住人たちは外に働きに出ることも食材を手に入れることも病を診てもらうことも出来なくなってしまう。
それらの指揮を執っているのが王宮文官であるアルバート養父だと知った僕は、養父の執務室へ押しかけた。
「あそこを柵で囲うとは本当ですか?」
「藪から棒に何だ。お前には関係ないことだろう」
「関係はあります。父たちはもういないけど、あそこは僕が育った場所です。あの場所には、日々をひたすら懸命に生きる人たちがいるんです。どうか彼らを見捨てるようなことはしないでください」
必死に訴えるとアルバート養父は少し逡巡したが、すぐにふるふると首を振った。
「これは…私の一存でどうにかなる問題ではない。神官を目指すなら女神様へ祈りを捧げていろ」
「祈れと言うならいくらでも祈ります。ですがどうか、この策は中止してください。彼らに罪はないでしょう?」
「病の感染を防ぐことが狙いだ」
「もう王都中に蔓延してるものを、一部だけ柵で囲ったところで意味はないと思います」
「そうは思わない者が多いのだ。そういった国民の感情を抑える必要がある」
「その為にあの場所に住む者たちには犠牲になれと?」
「仕方ないだろう。感染源が貧民街であるなら国民の悪感情に晒されるのは必然だ」
国民国民と、笑ってしまう。
「国民などと仰いますが、あなたの言う国民とは貴族のことでしょう?あなた方はあの場所に住む住人を国民だと思っていないわけだ」
「黙れ」
「そもそもあそこを感染源とする根拠なんてないはずです」
「それを研究者たちが調べているところだ」
「なるほど。でっちあげるおつもりですか」
「ヒューイ、いい加減にしろ!」
「この策を中止してください。必ず神殿長になるとお約束します。それがあなたの悲願ですよね?僕があなたの夢を叶えてみせます。ですからどうか…!」
僕の必死の頼みを、アルバート養父はこめかみを押さえながら聞いていたが、ついに大きくため息を吐いた。
「中止を提示してみる。話は以上だ、出て行きなさい」
「ありがとうございます!」
その後、柵で囲う案は中止になったと養父に告げられた。
何とか聞き入れてもらえて良かったとホッとする。
その代わり学校と侯爵邸との行き来以外の外出は認められず、必要以上の人間との接触も禁止された。
病を家に持ち込まない為には仕方のないことであるし、そもそも友人と呼べる者もいないから接触を禁止されたところで今までと特別変わることはない。
唯一関わりのあった先生だって、もういない…
病の流行も終息しないまま学校と屋敷との往復をただひたすら繰り返していたある日、マルグリットが病に感染した。
「どういうことです?屋敷にこもっていたマルグリットがなぜ…」
「分からない。だが、高熱に浮かされながらお前の名を呼んでいるそうだ。会ってやってくれ」
「はい」
養父は執務に戻るというので僕だけで部屋に入り、寝台の側に寄る。
そこには顔を熱で真っ赤にしたマルグリットが浅い呼吸を繰り返しながら横たわっていた。
「マルグリット?」
そっと声を掛けると、きゅっと閉じられていた目がゆっくり開いた。
しばらく虚ろな瞳を泳がせ、ようやく僕を見つける。
「大丈夫?」
目が合ったことにホッとしてマルグリットの手を取ると、その目がキッと僕を睨みつけた。
「あなたのせいよ!」
驚いて固まった僕の手を払いのける。
「あなたのせいで…私は、こんな病気に…かかったのだわ…!どう責任を…はぁ、はぁ、取るつもり!?」
呼吸をするのも苦しいだろうに、それでもマルグリットは僕を罵倒することをやめない。
「マルグリット落ち着いて。どういうこと?」
何とか宥めようと手を伸ばすけど、それもはたかれる。
「あなたが…はぁ…この家に、病を運んできたのよ」
「…僕は感染者に近づいたりしていないよ」
「いいえあなたよ。この病は…あなたたち平民が作り出してるんだわ」
「それはでたらめな噂だ」
「でたらめなもんですか。現に私はあなたから病をうつされてるじゃない!」
…どうしよう。話が全く通じない。
マルグリットは確かに、この家で一番平民に対して嫌悪感を持っている。
あの噂を信じたとしても不思議じゃない。
それでも僕は、違うとしか言えない。
「許さないわ。平民なんてみんな死に絶えれば良いのよ!」
激昂したまま言って僕を突き飛ばし、出て行ってと追い出した。
廊下で扉にもたれずるずると座り込む。
気付けば指先が震えていた。
自分を犠牲にしてまで平民を守ろうとしていた恩師。
病に侵されながら平民に死ねと言う婚約者。
僕の目指すものとは一体…
その後、薬のおかげかマルグリットは奇跡的に回復した。
でも僕らの間に出来た溝は深く、僕ももう、積極的に彼女と関わろうとは思えなかった。
そしてマルグリットが回復してひと月ほど経ったその日、屋敷の廊下でお互い挨拶もなくすれ違ったマルグリットの口から、僕は絶望を聞かされた。
「あなたの住んでた…貧民街?あそこ、全部燃やすそうよ」
そう言ったマルグリットのさぞ愉快だと言わんばかりの顔を、僕は今でも忘れない。




