31 どこか期待してる自分がいて、恥ずかしい…!
次の日、キーファー殿下は第一騎士団を引き連れて屋敷を去っていった。
顔を合わせる可能性が無くなったことにホッとする。
あの手の感触も、自分の意思を無理矢理通そうとするあの澱んだ目も、思い出しただけでゾッとする。
「わたしも鍛えた方が良いかなあ」
せめて手を振りほどけるくらいには腕力をつけていた方が良いかもしれない。
「なに言ってるんだ。あんたがそんなことする必要はない」
「でも、わたしも自衛出来た方がみんなも安心じゃない?」
「逆に不安だね。中途半端に力を持ってるやつが一番危ない。あんたは余計なことを考えず守られていれば良い」
「ウォルフさん辛辣ー」
わたしが頬を膨らますと、ウォルフさんは思いのほか真剣な顔でわたしを見つめた。
「悪かった」
「…え?」
怒ったふりしただけなのに…
そう不思議に思ったけれど、違う、と否定された。
「昨日のことだ。助けに入るのが遅れた。あんたに怖い思いをさせちまった。そりゃ不安になるよな」
すまなかった、ともう一度謝って目を伏せる。
違うのに。そんなことないのに。
「あれは、わたしにとって必要なことだったの」
「…は?」
「殿下に会ったおかげで、わたしはみんなの魅力を再確認出来たんだから」
ね?言って手を取り指を絡ませる。
記憶にある男たちの手とは明らかに違う、安心感を与えてくれる手。
それを実感してホッとする。
それにほら、今まで自分からこんな積極的に夫の手を取ることなんてなかったのに、わたしはもう、こんな大胆なことも出来るようになってしまったのだ。すごいでしょ?
ちょっと照れながら見上げると、そこには頬を染めながら愛おしむような顔があって。
ぎゅっと抱きしめられた。
夫の中でも一番身体の大きいウォルフさんに抱きしめられれば、わたしなんてすっぽり覆われてしまう。
それがまた心地よくて満ち足りた気持ちになる。
「でも、今度は守る。絶対」
「うん」
もう一度ぎゅっと強く抱きしめてから少し手が緩んだ。ウォルフさんを見上げれば、そこには欲を含んだ眼差しがあって。
近づいてくる顔を受け入れようと目を閉じて…
ハッとしてその顔を押さえた。
「………何だこの手は」
「だってここ外!」
そう、ようやく部屋を出られる開放感を味わうべく庭に出ているところなのだ。
屋敷内で働く人たちも少なからずいる。
無人じゃないんだから、誰に見られるかも分からないこんな屋外でキスなんて出来ない。
「誰も見ちゃいないよ」
「わたしが落ち着かないの!…へ、部屋に帰ってから…ね?」
ウォルフさんの目がすーっと細くなる。
「部屋で二人きりでキス?そのままベッドに連れて行ってもいいんだな?」
「だ、だめ!」
「何されても良いんじゃなかったか?」
「そういうのは昼間っからすることじゃないと思う!」
「じゃあ夜なら良いって?」
「夜で…大丈夫かな、って思ったときに…」
わたしってば、まだ覚悟が足りてない…?
みんな初めてのときってどうしてるの?
さあ今からいたしましょう!ってするの?
恥ずかし過ぎない!?
ふっと息の漏れる声が頭上から聞こえた。
見ればウォルフさんが笑いを堪えていて。
…ああ、この顔好きだなあと思う。
でもなんで笑うの。
「ウォルフさん?」
「…悪い。抜け駆けしたらどやされるし、今日のとこは我慢するよ」
「…そういえば、順番って…?」
遅くまで続いた討論は無事決着がついたのだろうか。
「それが全っ然決まらねえのなんの。誰一人として一番を譲ろうとしないもんだから、いっそ剣の腕で決めようかって」
「え゛」
なんでそうなる!
「いやいやいや、もっと平和的な解決方法あるでしょ!?」
「そうは言っても、全員公平に勝負出来る方法なんて他に思いつかないもんなあ。…あんたが決めてくれるのが一番手っ取り早いんだけど?」
「それは…」
六人の中で順番を決めるなんて、まるで優劣をつけるようですごく嫌だ。
そんなわたしの頭を、ウォルフさんが繋いでいない方の手で優しく撫でる。
「あんたはほんと、妻の鏡みたいな女だな」
「え゛」
これのどこが。
一妻多夫の妻の基準が分かりません…
わたしの手を取ったまま歩き出したウォルフさんの横で、今度みんなが揉めたときはじゃんけんを教えてあげよう、と思った。
けれどわたしは、その機会がまさかそんなに早く訪れるとは思ってもいなかった。
「よし、表出ろ。団長をたてられないようなやつは全員叩き潰す」
「ご冗談を。団長であるからこそ、あなたは補佐をしているわたしに頭が上がらないはずですよ」
「そもそも団長かどうかなんて関係ないよね、この際」
「若者にゆずるべき」
「だったら僕が一番若いんだから僕だよね!」
「バカか。年上を敬え。年功序列で言ったら俺だろ」
………どうしてこうなったのか。
それは殿下が帰って一週間ほど経った日の夜のこと。
あの日ぶりに夫全員が集まりみんなで一緒に夕食を摂った。
何気ない会話をしながらの時間はとても楽しくて、いつも以上に食べ過ぎた気がする。
まあ、夫たちはわたしの3〜4倍は軽く食べてたけどね…
ソファに移動して、デザートに一口サイズのカップケーキを頬張り至福を噛み締めていると、口端に残った生クリームを横にいたシドさんにぺろりと舐められた。
そのまま口や頬にちゅっちゅし始めたシドさん。
「ちょっ、シドさ…んむ」
舌が侵入してきてさすがに慌てる。
少し慣れてきたとはいえ、やっぱりみんなの前では恥ずかしい。
ふにゃふにゃになっていく自分を冷静な目で見られるなんて、羞恥以外の何ものでもない。
「んんっ!」
少し強めに押すけどびくりともしなくて、反対にソファの背に押し付けられ片手も指を絡ませるように背もたれに縫い付けられると、もう抵抗する気が失せてしまう。
シドさんのキスは少し強引で、脳みそごと揺さぶるみたいに一気に快楽へと導かれてしまう。
「ちょっとシド!急に盛んないでよ!」
ヒューイさんが注意するけど聞く耳を持たない。
変わらず舌で口内を蹂躙し、わたしの理性をどろどろに溶かしていく。
そのとき、シドさんのもう片方の手がわたしの胸をさすりその頂きをかすめた。
「んぁっ…!」
経験したことのないビリッとした刺激に背筋をぞわぞわとした何かが駆け抜けて身体が震える。
喉からこぼれた甲高い声に一瞬それが誰の声か分からず、でも自分だと気づいて途端に顔が熱くなる。
シドさんもぴたりと動きを止め、見たくもないけどみんなの反応を窺えば同じように固まっていて。
恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい。
恥ずかし過ぎて死ぬ。
羞恥で泣きそうになりながらシドさんを見ると、真っ赤な顔をしたシドさんがきゅっと眉根を寄せていて。
こんなシドさん…初めて見た…
シドさんはガバッとわたしを抱き込んだ。
「もうむり。ベッド連れてっていい?」
「え…」
聞かれてさらに全身が熱くなる。
どうしよう…
急展開すぎて困る。
でも…嬉しい…
どこか期待してる自分がいて、恥ずかしい…!
「シドふざけんな!その手離せ!」
「そうだよ。限界寸前なのはお前だけじゃないからね」
「今の見せられておあずけとかマジで無理!」
「抜け駆けは許しません」
「団長の俺からだ。それが規律ってもんだろ」
「「「「「それはない」」」」」
………というわけで、口論に至ったわけである。
いつもと違ってみんな随分と必死な気がするのは気のせいだろうか…
呆然と見ていたけど、舌戦は更にヒートアップしてきたもようで、叩き斬る!捻り潰す!えぐる!なんて聞こえてきた時点でこりゃだめだと判断した。
「あの!!」
わたしがこれでもかと声を張ると、全員が殺気立ちながらわたしを見る。
うわめっちゃ怖っ!
「あ、あの、落ち着いて、穏便に…ね?」
どうどうと手振りも加えてカームダウンプリーズと促す。
「だったらハル、お前が決めてくれ」
クラウドさんがいつになく鋭い視線でわたしを射抜いた。
「そんなの無理!」
「だったら俺たちは戦って順番を決めるか、もしくは全員でお前を抱く。どっちかになるがそれで良いか」
「ぜっ…」
全員!?冗談だと思っていたのにまさか本気で言ってたの!?
「全員が良い?」
「無理!!」
「なら勝負で決めよう。全員表出ろ」
みんな立ち上がってぞろぞろと扉に向かう。
「ま、待って!」
「ハルが待ってて。今日は本当に無理みたい。早くハルを抱きたくて仕方ない」
「ハル嫌がってないでしょ?こんなチャンスに妥協なんて出来ないね」
リアドさんとヒューイさんが物騒な笑顔で返してくる。
いやいやいや。
「戦って決めるとかおかしくない?もっと違う方法で…」
「では他にどんな方法があると?」
聞かれて言葉に詰まる。
みんなが公平に勝ち負けを決められる勝負…
…あ!
「じゃんけん!!」
わたしが叫ぶと、みんな殺気をおさめて真顔になった。
「ジャンケン?」
「そう、拳と拳の戦いでありながら実質だれも傷つくことのない平和的勝負方法です」
そんな方法が?と不審げなみんなにじゃんけんのルールを説明する。
…おかしいよね。
私は今、これからわたしを抱く人を決める為の方法を提案しています。異常でしょ?
ルールを理解した夫たちは、やっぱり殺気を漂わせながら輪になって拳を握った。
はたから見たらこれから殴り合おうとする輩の集団にしか見えない。
ごくりと唾を飲み状況を見守る。
「「「「「「ジャンケンポン!!」」」」」」
その後、わたしは勝利した夫に美味しく(かどうかは分からないけど)いただかれたのだった。
とりあえず騎士の体力アホなんじゃない?とだけ伝えておきたい…
さて誰だったのでしょう。
このじゃんけんの小話もそのうち書ければと思っています。