4 やっぱり夫を作ることはマストなのか!
「そもそも、わたしが神子様とは限らないのでは?」
神子様とは皆、死後にまず女神様のもとへ行くのだそうだ。
そこで全てを説明され、スキルを与えられて王都の神殿に召喚されるらしい。
召喚された時点で神子は皆自分の状況と役割を理解しているため、すんなりと夫を作り人生を謳歌するのだという。
もうその時点でわたしは論外だ。
女神様に会ったことなどないし、飛ばされた場所もこの辺境領である隣国との国境付近だし、しかも領内には魔物が湧き出る森があるという。
王都ではなく騎士団が常駐する危険な土地に降り立ったという時点で、神子どころか女神様の逆鱗に触れて落とされたという方が辻褄が合う。
いや、女神様を怒らせた覚えなどないのだけど。
「そこが何ともいえないところでな」
クラウドさんが組んだ足に頬杖を付いて言う。
「ハル殿の姿や現れ方などを考えると神子で間違いないんだが、何せ現れたのがこんな辺鄙な場所だしな。しかも啓示を受けていないなんて、前例がなさすぎて俺たちも推測でしか話せない」
「神子だよ」
間髪入れずそう断言したのは何とシドさんだった。
「分かるのか?」
「分かる」
「そうか、じゃあ間違いないな」
「え、え?」
勝手に完結されてしまってるけど、わたしには1ミリもわからない。
「シドは神子の子孫なんだ」
クラウドさんが説明してくれるけど…
うん?終わり?
わたしの困惑を察してか、言葉足らずな団長の補足を副団長がしてくれた。
「神子様の子孫の中にはその気配を察することが出来る者がいるのです。数は多くありませんが、シドは魔力も高いので分かるのでしょう」
「そういった者は大体神殿に入るんだけど、シドは何故かこんな辺境騎士団に入団する奇特なやつなのですよ」
「辺境で悪かったな」
「神殿のご飯おいしくない」
「やっぱそういう理由?」
何だかみんなでわちゃわちゃし始めた。
……仲良いなぁ。
上司と部下の間に壁がないようでとても和気あいあいとしている。
ああ、わたしのバイト先もそんな感じだったなぁ。
店長が優しくてちょっと抜けてて、ベテラン主婦さんがビシビシ指揮を振るってたまに店長を叱って、バイトの学生がそれを見て笑って自分は怒られないように要領よく振る舞って。
……みんな元気かなぁ。
急にいなくなって、迷惑かけちゃうなぁ。
心配、してるかな…
大騒ぎになっていたらどうしよう…
「ハル様?」
「…あ、え?」
いつのまにか全員の視線がわたしに集中していた。
「ご気分が優れませんか?」
「すみません、大丈夫です。ちょっとボーッとしてただけで」
いけない。これからのことを考えなきゃいけないのに。
まだ心配そうに投げかけられる視線にへらりと笑って誤魔化す。
「えっと、わたしが神子っていうのはにわかには信じがたいのですが…わたしはこれからどうなるのでしょうか?」
「おそらく神殿に迎えられるでしょう。そこで夫を選ぶことになるかと」
やっぱりか!
やっぱり夫を作るのはマストなのか!
「…夫って、何人も作らなくてはいけないんですよね…?」
「ええ、多ければ多いほどよいかと」
「王都の神子様たちの夫は、どこも五十を超えてるって聞きますよ」
予想を大幅に超える数にひぇっと悲鳴が漏れた。
「女性がひとりで生きていくすべはないのでしょうか?どこか働くツテはないですか?」
バイト経験しかないけど、かけもちして色々やってきた。接客とかキッチンとか倉庫とか。家事だって幼い頃からずっとやってきたし、体力だって自信ある。
だけどわたしの質問がよっぽどだったのか、全員が唖然と目を見開く。
「神子が働くだと?」
「女性に仕事を?」
「冗談だよね?」
「むり」
揃って簡潔に否定を匂わせてきた。
リアドさんはわたしにだけは丁寧な言葉を貫いてたのにすっかり素の話し方になってるし、シドさんは無理の一言。
「そ、そんなにですか?」
「神子どころか、女性が働くなんてこの国ではありえない」
「他国でもですよ。女性は尊ぶべきもの。働かせるなんて以ての外です」
「そもそも女性はひとりで外に出ることもかなわないんだよ。ひとりで出ようものならあっという間に攫われてしまう」
「攫われる!?」
「女性が少ないのだから当然でしょう?欲しがる男は腐るほどいるし、貴族に売る輩もいるのだから」
「売るって…尊ぶべきものじゃなかったんですか!?」
「扱いは優しく丁寧に、それは基本だよ。攫って売るのは奴ら的には保護と謳っているよ」
売ってる時点で利益目的じゃないか。
理不尽な思いにイライラする。
「じゃあ、裏方のお仕事とか…顔を出さなければ良いんですよね?」
「待ってくれ。そもそもそういう問題じゃない。女性が出来る仕事なんてないんだ。それがこの国の、この世界の理だ」
「そんな…」
なんて理不尽。なんて不条理。
がっくしと項垂れると、気遣うようにリアドさんが顔を覗いてきた。
「ハル様はまさか、結婚するのが嫌なの?」
「嫌ですよ。よく知りもしない人と、しかも複数人とだなんて」
当たり前じゃないか。こちとら十八年間一夫一妻が常識の国で生きてきたのだから。
「そんなこと…あるんだ…」
「神子といえば嬉々として夫たちを侍らすものだと思っていたが…」
「やはり啓示がないことがハル様のお心持ちに影響しているのでしょうか?」
いや待って。神子様たち順応力高すぎない?
もしかしたらと思ってたけど、みんながみんな、イケメン侍らせておっほっほっていうタイプなの?
どうしよう、仲良くできないかも!
「その…わたしのいた世界では一夫一妻が基本で…他の神子様はどうかわからないですけど、わたしは一人いれば充分というか…そもそも、男の人たちは嫌じゃないんですか?複数の中の一人扱いされるのって。わたしは自分がそんな思いをするのは嫌だし、そんな思いをさせるのも嫌です」
再び全員が押し黙る。
え、変なこと言ってる?
「……神子、いや女性からそんな風に男を慮る言葉を聞いたのは初めてだな」
「え、どこが?」
「何と尊いお考えでしょう」
「こんなに満たされる思いは初めてだよ。自分に向けられた言葉でないのが残念だけど」
「ハル、優しい」
次から次に絶賛されますが、え、大したこと言ってないよね?
何この国の男の人の自己肯定感の低さは。
わたしも高い方じゃないけど比じゃないよ?
「シド!ハル様を呼び捨てとは何事です!」
「あ、あの本当、呼び捨てで大丈夫です。様付けとか慣れなくて…どうか皆さんも呼び捨てにしてください。わたしが一番年下でしょうし、敬語もなしでお願いします」
主に敬称や話し方に厳しめのカインさんに向けてお願いする。
本当、年功序列を気にする典型的な日本人なので、そこのところお願いします。
「ですが神子様を呼び捨てなど…」
「わたしがお願いしてもダメなんでしょうか?」
「いえそれは…」
カインさんは諦めたように息をついた。
「…分かりました。ですが私は元々こういう話し方なので、敬語で話すことはお許しいただけますか?」
「あ、それはもちろん、はい」
「じゃあハルちゃんね!私も敬語はなしで良いのだよね?」
「はい」
リアドさんはさっきから素で喋ってたけどね。
「ではハル。今後についての話をしよう。神子については出来る限りその意思を尊重するのが義務になっている。だが仕事などどうしても妥協してもらわなきゃいけない部分もあるからな。今のうちに擦り合わせをしよう」
「はい」
「ハルがどうしたいか、この国でそれは可能か、一つひとつ確認していきましょう」
「はい、よろしくお願いします」
そんなこんなで色々と話し合った結果。
わたしの要望は神殿に行きたくない、以外は通りませんでした…
神殿に行ったら即夫を作らなきゃいけないとか、彼氏すらできたことのないわたしにはどう考えても無理ゲーだし、そもそも夫作ってその後は?と聞いたら、王から領地をもらってそこの領主になるのだそうだ。ただ領主とは名ばかり。領地経営は夫に任せて神子は王都で好き勝手自由気ままに人生を謳歌すればいいのだとか。もちろん領地をきちんと任せられる優秀な夫は必要みたいで、だから文官、神官が夫として人気が高いらしい。というのは蛇足で。
つまり神殿に行けば確実に結婚させられるわけで。わたしは嫌だ無理だと駄々をこねた。
結果、神殿行きは保留。でも神殿側にはわたしの情報は伝えなきゃいけないようで、わたしが神殿に行かなければ誰かしら迎えが来るだろうと。その際には今と同じように嫌だ無理だと駄々をこねろということになった。やれるだけやってみる。
ただいずれにしても夫作りは避けられないと念を押された。成人女性がこの世界で生きていくためには、夫の存在は不可欠なのだと何度も説明された。そんなに口を酸っぱくして言われたところで、わたしみたいなのに立候補してくれるような奇特な人はそうそういるもんじゃない。
何とか抜け穴を探さなくてはと決意する。
それまではこの騎士団の一室に置いてくれるそうで、タダ飯食らいは気が引けるので何か手伝わせてといったら即却下。
洗濯NO。
料理NO。
書類整理NO。
ノーノーノー。
却下の連発でわたしも心が折れた。
わかりました。素直にお世話になります。
ちなみに。
シドさんに自分のステータスの見方を教えてもらったら、スキル欄に鑑定と生成、と書いてあった。
試しにシドさんを鑑定したら化け物みたいな数字が出てきたけど、この世界のレベルって限界値ないのかしら。
勝手に見ちゃだめってちょっと怒られた。
生成についてはよくわからなくて、別棟に移動中に見つけた小枝をつかんで生成、生成って祈ったら小さな紙切れになった。
その物質を他のものに作り変える力ってことかな?
あらやだ、鑑定とセットで使ったらすごく便利。
なんて考えてたら、周りで皆さんが目ひんむいて驚いてた。
なんでも、女神様から与えられるスキルはひとつだけなんだって。
二つもってるわたしはさぞ規格外らしい。
果たしてそれはいいことなのかどうなのか。
女神様のみぞ知ることだ。