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28 声と手だけで誰かなんてすぐ分かる

 王族の正体はその日の夜になってわたしの耳に入ってきた。

 元第八王子で、現王弟のキーファー殿下だという。


 ここに来た目的はエルダー領と騎士団の視察だと主張しているそうだけど、連れてきた文官に全てを任せ、本人は早々にこの屋敷へやって来てわたしに会わせろと要求したらしい。

 第一騎士団の人たちもわたしの無事を確認したいとかなんとか言って殿下と一緒に夫たちに迫ったそうだ。


 そもそも王族の要求を無碍に出来るものなのかと不思議に思っていたけど、わたしが会いたくないと言っていると伝えれば手出しは出来ないらしい。

 女尊男卑が王族にも通用するなんて、すごい世界だ。


 その日から六日経った今も、殿下と第一騎士団の一部の人たちは屋敷に滞在している。

 交渉に関してはうまくいったそうだ。

 案の定わたしを解放しなければ物資の供給を停止すると主張したらしいけど、それはあまりに横暴であり魔物の討伐に支障をきたせば王都にも被害が出かねないと反論しても、ならば直ちに神子を手放せと本当にびっくりするくらいお話にならなかったらしく、最後は結局大会でカタをつけようということで決着が付いたらしい。


 交渉も終わったことだし帰れば良いものを未だ滞在中なのは、殿下も第一の人たちもしつこくわたしに会おうとしているからだ。

 建前では視察が終わらないからとか言ってるらしいけど、屋敷から出ない視察ってなんだ。


 みんな詳しくは語らないけど日に日に疲れが顔に出てきているのを見るからに、きっと昼も夜も関係なく突撃されているんだと思う。

 夫たちに申し訳ないなと思う一方で、なんてしつこくてめんどくさい人たちだろうと、会ったこともないキーファー殿下も第一騎士団の人も印象は最悪だ。


 殿下たちが来てから明日で一週間。

 まだ居座るつもりだろうか…



 バルコニーの手すりにもたれてため息を吐く。

 部屋から出られないので、外の空気を浴びるにはバルコニーに出るしかない。

 それも並びにある殿下の部屋のバルコニーから見えてしまう為、夜にこっそり出ることしか出来ない。

 いくつか部屋を跨いではいるけど、わたしのいる部屋は他の部屋より張り出す構造になっているから昼間に出たりすれば丸見えだろう。

 

 部屋に閉じこもって夜だけこそこそ外に出るというのは、仕方ないと分かっていても陰鬱な気分になる。

 朝や昼に見るここからの景色が好きなのに、今見えるのは星空と騎士団基地の篝火だけだ。

 それはそれで綺麗だけど、やっぱり朝のキラキラした景色が恋しい。

 それでも外の空気を思いきり吸う時間は貴重だからと深呼吸していると。


「あなたがハル様ですか?」


 突然隣のバルコニーから声を掛けられてギョッとする。

 そこには、月のない星明かりでも分かるくらい明るい髪色の男性と後ろに数人の人影が立っていた。


 あまりにびっくりして声が出ず固まってしまったわたしに、男性は優しい声色で話しかけてくる。


「驚かせてしまい申し訳ありません。どうか警戒しないでください。私はキーファー。この国の王の弟です」


 そうかもしれないとは思ってたけど、まさか本当に王弟殿下だとは。

 これはまずい。夫たちの苦労を水の泡にしてしまう。


「あの、わたしもう戻るので」

「待って欲しい!」


 慌てて部屋に戻ろうとするけど、必死な声に思わず止まってしまった。

 ああ、わたしはどうしてこうなのか…


「あなたは誤解してるんだ。どうか話を聞いて欲しい」


 誤解?誤解してるのはあなたたちじゃないの?

 そう思ってついそちらを見てしまう。

 すると、キーファー殿下は手すりに手をかけその上に立ち上がった。

 そのまま空中に一歩を踏み出そうとするので、声にならない悲鳴をあげてわたしも手すりに駆け寄る。

 落ちる!

 そう思ったけど、殿下は空中を歩くようにしてわたしの部屋のバルコニーへと降り立った。

 何が起きたのか理解出来ず一瞬呆気に取られたけど、よく見れば隣のバルコニーから数人が殿下に向けて手を掲げていて、魔法を使ったのだと分かった。

 ていうか殿下、颯爽とカッコつけて降りてきたけどめっちゃ人任せじゃんと呆れてしまう。


「ハル様…ようやくお会いすることが出来た。お噂通りなんと可愛らしい」


 うっとりと顔を綻ばせる様がカーテンの隙間から漏れる明かりに照らされて確認出来る。

 キーファー殿下の髪色が夜闇でも明るいと分かったのはその鮮やかなほどの金色のせいだったようだ。

 垂れ目がちの甘いマスクで、左目下の泣きぼくろも相俟って色っぽさを感じさせる綺麗な顔立ちをしている。

 そんな顔で微笑む様はさぞ女性が食いつくのだろうけど、こんな夜に人の力を使って女性の部屋へと襲来することにわたしは正直ドン引きだ。

 さっさと部屋へ戻ろうと背を向けようとすると手を取って引き止められた。


「お願いです、話を聞いてください」

「こんな時間に無断で押しかける人の話なんて聞けません。手を離してください」

「あなたは騙されているんです。狭い場所に囲われてここが最良だと暗示をかけられている。私はあなたを救いに来たんだ」


 救いに来たと言うこの人は、わたしを逃さないとばかりにもう片方の手も拘束する。

 わたしの為と言いながらわたしの自由を奪う。

 そこに誠意など感じられるはずもない。


「確かにわたしはここしか知りません。でも、わたしは今まで見てきたもの、今見えてるものを信じます」


 流されやすいチョロいわたしだけど、この人の言葉には絶対に流されない。

 強い意志でもってそう告げたけれど、殿下は手を離してくれない。

 顔を見ればそこにはわずかな苛立ちが表れていて。

 大声を出せば夫の誰かが駆けつけてくれると思うけど、これ以上刺激するのは良くない気がする。

 どうにかして気付いてもらう方法はないだろうか…


 殿下は苛立ちを抑えるように少し声のトーンを落とした。


「私は…あなたに会いに来たのです」

「………」


 わざわざ足を運んでやったのだ、わたしにはそう聞こえる。


「本来であればあなたは神殿に降臨して、最初に私と出会うはずだった…」

「…?」


 何を言っているのか分からない。

 誰と最初に会うかなんて、そんなの運命次第だ。


 …でも、そうだ。

 ウォルフさんが言っていた。

 神子の結婚相手となる者には優先順位が設けられていると。

 ーーーじゃあこの人は…


「あなたはこんな辺境で夫を作るべきではないんだ。ましてあんな男と…あなたは完全に騙されている。どうか私と来てください。そうすればきっと目が覚めるはずです」


 そう言ってわたしの手に口付けようとする。


 嫌だ。


 思いきり手を引くけど、拘束は緩まない。

 手に軽くキスをしようとしている。ただそれだけのことが鳥肌が立つほど気持ち悪くて悍ましくて嫌で仕方ない。

 手に込める力の強さは男の人のそれで、過去の嫌な思い出がフラッシュバックして息が止まる。


 怖い。

 気持ち悪い。

 やめて!


「それ以上私の妻に触れないでいただけますか、殿下」


 背後から聞こえてきた声に、ハッと止まっていた息がこぼれる。

 荒い呼吸を繰り返していると、後ろから手が伸びてきてやんわりと殿下の手からわたしを解放してくれる。

 声と手だけで誰かなんてすぐ分かる。


「クラウドさん…」

「ああ」


 微笑んでそっとわたしを後ろから抱きしめてくれる。

 その温もりに、全身に入っていた力が抜けていくのが分かった。


「クラウド…貴様」

「いくら殿下と言えど、このような時間にこのような方法で人妻に接近するなど感心出来ませんね。公にすればそれなりの罰は免れられませんよ」

「貴様らがハル様を無理矢理囲っているからこそ、このような手段を取らざるを得なかったのだ。全てハル様の為にしたこと。貴様ごときに偉そうに言われる筋合いなどない」


 フンとふんぞり返るけれど、焦った様子は隠せていない。


「もう兄とは呼べませんが…かつての弟として忠告しましょう。明日中にエルダーを発つことです。さもなければ今夜のこと全て神殿に報告します」

「なにをっ…貴様私を脅す気か!?」

「どう捉えていただいても構いません。私は妻を恐怖に追いやった相手を許しはしない」


 くっ、と返事に詰まる殿下は、明らかにクラウドさんに圧倒されている。

 立場上下手にでることは出来ないのだろうけど、そろそろ引き際だ。


「障壁を張っているので部屋の扉からお帰りいただくことが出来ません。どうぞ来た道をお戻りください」


 さあ、と手を隣のバルコニーへ向ける。

 そこには変わらず殿下のお供の人が待機中で、オロオロとこちらの様子を窺っている。

 殿下はチッと舌打ちをして、手すりに手をかけた。


「大会で必ず第一が貴様らを叩き潰す。覚悟しておけ」


 そう言って人の魔法を頼りにして戻って行った。

 数部屋先のバルコニーから中へ入るのを見届けて、クラウドさんが大きく息を吐く。


「大丈夫か?」


 喉につかえるような掠れた声から心底心配したのだと伝わってきて泣きそうになった。

 コクリと頷いてからひとまず気になることを聞いておくことにする。


「クラウドさん、王子様だったの?」


 相変わらず後ろからわたしを抱きしめているから表情は見えないけど、フッと小さく笑ったのが分かった。


「昔な」

「そっか」


 とりあえず答えが聞けたからもういい。

 クラウドさんが元王族とかあの殿下と兄弟だとか、仰天大ニュースだけど今はもうどうでもいい。


 そんなことより、この腕の温もりにもっと縋りたい。

 さっきの殿下の手の感触が忘れられなくてクラウドさんの腕をぎゅっとする。


 怖い。気持ち悪い。忘れたい。


 少し身じろぎしてクラウドさんの腕を緩ませると、身体を反転させて正面からクラウドさんに抱きついた。


「ハル?」


 心配そうな声をかけられるけど、ふるふると首を振ってとにかく強く強く抱きつく。

 お願い、同じくらい強く抱きしめて。

 忘れたいの。忘れさせて。


 わたしの思いが伝わったのか、クラウドさんは何も言わずわたしを強く抱きしめた。






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