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27 わたしはみんなを信じていればそれでいい

 ノックの音がした途端、今までの甘い雰囲気はどこへやら、ヒューイさんとウォルフさんから笑顔が消える。

 ウォルフさんが扉の前で誰何すると、家礼のチャールズさんだった。

 開けるとそこにはチャールズさんとその横にもう一人。ウォルフさんと似たような動きやすさ重視の上下黒服を着た男の人だ。

 横でヒューイさんが、ウォルフさんの元部下で現諜報部隊隊長だと教えてくれた。

 ウォルフさんがその人と部屋を出て行くのを、何だかそわそわした気持ちで見送る。


 どうしたんだろう。

 みんな以外の騎士団員さんがわたしの部屋を訪れるなんて初めてだ。


 しばらくして戻ってきたウォルフさんの顔は、いつもの飄々とした顔つきとは少し違って見えて。


「何かあったの?」

「いや?大したことじゃないですよー」

「嘘。ウォルフさんの嘘つくときの返し、ものすごく早いもん」


 わたしが言うと、ウォルフさんは少し言葉に詰まった。

 山で怪我を隠してたときにそうだったから予想はしてたけど、合ってたみたいだ。


「ウォルフさん」


 ふうと息を吐いてソファに腰を下ろす。


「第一が領内に入ったらしいが、どうも来てるのが騎士団だけじゃないらしい」

「他に誰が来てるって?」


 ヒューイさんが警戒気味に食いつく。


「“誰”かは分からない。が、王家の紋章を掲げた馬車が同行してるそうだ」

「ゲッ」


 ヒューイさんが顔を歪ませる。


「第一だけだったんじゃないの?ウォル、お前第一の出発見届けてこっち戻ってきたんでしょ?」

「いや、動きを察した段階で部下に任せて報告に戻ってきた。…俺の采配ミスだ」


 …なんだかよく分からないけど…


「王族の誰かがこっちに向かってるってこと?」


 わたしが聞くと、二人とも重々しく頷く。


 王族が来るなんて大層なことだ。

 元の世界でいったら皇族のどなたかにお会いするようなものだろうから、それはえらいことだと思う。でも…


「それって何か問題なの?」

「問題はある。ヒューイ、この部屋だけの障壁は?」

「今計算してる。出来るからちょっと待って」


 言って手元にあったナプキンに数字の羅列を書き始める。

 何事が始まったのか理解出来ず、ウォルフさんを見る。


「どういうこと?」

「第一だけだったら問題なかったんだ。寮内に寝泊まりさせとけば一応の礼は取れる。だが、王族に同じ措置は取れないだろ?誰が来てるかは知らないが、団長は領主代行として相応しい場で対応しなきゃならない。ーーーつまり、この領主邸で」

「要するに、王族がこの屋敷に泊まるってこと?」

「そうなるな」

「え、今領主代行って言った?領主って…」

「あんただろ。当然」


 忘れてた。

 確かにそんなこと言われてたけどすっかり忘れてたよ。

 だって領主っぽいこと何一つやってないんだもの…


「え、じゃあわたしがおもてなしした方が良い?」

「だーめ。相手もそれ狙って王族引っ張って来てんだから。あんたが相手するなんて奴らの思う壺だろ」

「そうなの?」

「もしくはその王族自体があんた目当てのどっちかだ」


 そんなことある?

 王族がわたしに何の用だ。


「そもそも第一騎士団ってわたしを連れて行こうとかそういう話をしに来るんじゃなかったっけ?わたしがはっきり行かないってその人たちの前で言うのが一番早いと思うんだけど」


 そうしたらあのおじいさんたちみたいにサクッと帰ってくれるんじゃないか。

 そんな安易な考えは即座に却下された。


「そんな簡単じゃない。あんたが何言ったって、どうせ俺たちがそう言うよう仕向けてるとかなんとか言うのがオチだ」

「神子を操るなんて重罪だとか、ありもしない罪を被せる気だろうね」


 書き書きしてたヒューイさんも顔を上げてウォルフさんに続く。

 何それ。理不尽にもほどがある。


「そんなわけでこの部屋限定の障壁張るから、そいつらが来たらしばらく部屋から出ないでね」

「俺たちも交代で番をするが、どうやって接触をはかってくるか分からないからな」


 二人に念押しされ、わたしは渋々頷いた。


 ガチャリと扉が開いて、カラとクルが入ってくる。お食事&お散歩タイムが終わったらしい。

 本当に賢い子たちで、扉を開けるのもジャンプでノブに手足を引っ掛けて難なくこなしてしまう。

 問題があるとすればそのまま開けっぱなしなことくらいだ。


「こいつらが出入りする度に扉を閉める役が必要だから、見張り番は必須だな」


 呆れ口調で扉を閉めながらウォルフさんが言う。

 ……お手数おかけします……




 その夜、わたしの部屋に夫が勢揃いした。

 各々好きな場所におさまり、情報の共有をする。

 クラウドさんの話は昼間聞いた内容とほぼ同じで、わたしはやっぱりしばらくこの部屋に引きこもらないといけないらしい。


「すまない、不自由な思いをさせて」

「なんでクラウドさんが謝るの?誰のせいでもないでしょ」


 必死にわたしを守ろうとしてくれる夫たちには感謝しかない。


「そういえば交渉は?どうなるの?」

「…ああ、その説明がまだだったな」


 夫が増えたり山で野宿したりで、わたしも聞くのをすっかり忘れていた。


「毎年夏の終わりに王都で剣技の大会があるんだが…」


 クラウドさんの説明によると、剣技の大会は個人戦と団体戦に分かれてるらしい。

 辺境にいることもあってエルダー騎士団のみんなは基本参加してないそうだけど、ここにいる何人かは王都にいた頃、大会に参加してそれなりの戦績をおさめていたそうだ。


「まあ簡単に言えば、次の大会で団体戦に参加して優勝を条件にハルから手を引かせる」


 なるほど。

 試合に負けた方が勝った方の言うことを聞く。分かりやすくてなかなかに脳筋な考えだ。

 でも、そんなに簡単にいくものだろうか。

 みんなの強さを実際に見たわけじゃないから少し不安だ。

 だけどそんなわたしの不安など笑い飛ばしそうなほど、誰一人として動揺のドの字も見せない。

 全員が全員、いかにして勝つかなどの相談もなく、まるで勝つことが当然かのような様子だ。


「個人戦じゃなく団体戦ってのが重要だよね。個人だけなら第一第二に限らず地方にだって強者はいるけど、団体戦は一騎士団としての実力がまざまざと出るから」

「第一としては絶対に負けられない試合です。なんせ王都中の人たちが応援に来てるんですから」

「でもそんな交渉、受けるかな?」


 普段魔物を相手にしてるエルダー騎士団の実力は分かっていそうなものだけど。


「受けるだろうな。断るのもまた第一の誇りを地に落とすことになるだろうし、煽動した国民の前で勝負に勝ち神子を救い出すなんて、あいつらにとっちゃ願ってもない機会だろうよ」


 英雄然として周りにチヤホヤされてる騎士たちを想像してしまい、うんざりした気持ちになる。

 何としてもみんなを悪役に仕立てたいんだなと思うとすごく腹が立つ。

 第一騎士団の人たちの方がよっぽど、わたしを攫おうとする悪いやつだ。


「協力者が必要って言ってたけど、ヒューイさんとウォルフさんも出場するの?」

「ああ、俺を除いたこいつら五人が参加する」

「クラウドさんは監督役?」

「そんなのいなくてもこいつらは勝手にやるさ。お前の側にいるのが俺の役割だ。誰が因縁をつけてくるか分からないからな」

「わたしも見に行って良いの?」


 警備が薄くなるだろうから、てっきりお留守番なのだと思っていた。


「本当はここにいてもらいたいんだが、多分あいつらが許さないだろうな。目的はお前なんだから、お前の目の前で俺たちを潰したいに決まってる。試合を受ける代わりにお前を王都に引っ張り出すだろうよ」

「王都かあ…」


 神殿のおじいさんたちといい第一騎士団といい、ろくな人がいるイメージがなくてあんまり気乗りはしない。

 でも…


「みんなの戦う姿は見たいような怖いような…怪我とかしないでね?」


 正直みんなが痛い思いをするところは見たくない。


「なめないで。俺たち強いから大丈夫」


 シドさんの静かな抗議にみんなもうんうんと頷いている。

 そっかそうだよね。

 わたしはみんなを信じていればそれでいい。


「交渉に関してはこんなとこだな。問題は王家の誰が来るか…」

「警備を増やす名目で第一も屋敷内に常駐させるでしょうね」

「何ならハルの部屋の見張りにも名乗りをあげそうだよね」

「あの、それ昼間に聞いて思ったんだけど…」


 わたしが割り込んだことでみんなの視線が集まる。


「見張りって扉の前じゃなきゃだめなの?ヒューイさんの障壁もあるんだし、何かあったときの対応だけならこの部屋にいても良いんじゃない?」


 いくら交代要員がいるからって部屋の前で昼も夜も番をしてもらうなんて、やっぱり気が引ける。

 せめて部屋の中で待機するくらい良いんじゃないだろうか。


「それ、夜もってこと?」


 ウォルフさんが真顔で聞いてくる。

 何だか他のみんなの顔つきも変わった。


「うん…そうだけど…」

「ハルさ、やっぱり男ナメてるでしょ」

「え?」


 ヒューイさんの言葉にドキリとする。わたしはまた何かいらない発言をしたらしい。


「私が夜にこの部屋にいることを許されたら、間違いなくハルの寝台に行くよ。それでも良いということでしょ?」

「え…え?」

「壁一枚隔てた場所で可愛い妻が寝てるんだ、当たり前だろ?」

「順番を決めましょうか。一番最初は誰にします?」

「俺にして」


 じりじりとにじりよってくる夫たちにひぃっと逃げ腰になる。


「や、やっぱり部屋の前でお願いします!」


 全員がピタリと動きを止めた。

 はあ、と誰かのため息が聞こえる。


「ハルはたまに私たちの理性を試すような気遣いをするよね」

「あんまり迂闊なこと言うなよ。我慢がきかなくなる」

「あんたがよしと言った瞬間全員飛びかかるぞ。発言は覚悟を持ってしてくれ」


 言い含めるように言われて、何とも言えない気持ちで頷く。


「………はい」


 わたしにそんなつもりがないと百も承知でみんなは諭してくれる。

 六人も夫を持っておいてそんなつもりがないなんて身勝手にも程があるけど…

 わたしにはまだ、覚悟が足らない。

 

 結局その日は、夫たちが警備をどのように回すかなどの話を横で聞いていることしか出来なかった。






 そして翌日、第一騎士団が王家の馬車と共にエルダー騎士団基地へ到着した。

 






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