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閑話④ 〜side シド〜

下ネタ表現入ります。

苦手な方はご注意ください。

 騎士の墓場のように言われていたエルダー騎士団だったが、来てみれば思ってたよりずっと居心地が良かった。

 初めての魔物討伐も難なくこなせ、団長からお前すげーな、の言葉をもらった。

 顔に出ないだけで緊張はしていたと思う。多分。


 その後も順調に経験を重ねいつのまにか魔法騎士隊の隊長に任命されていたけど、喋るのが得意じゃないことは周知の事実なので実質の指揮は副隊長が執っている。ありがたい。



 そんな日々が続いていたある日、甘い菓子の匂いに釣られて団長室へ行くと、見習いが菓子を用意していたので俺の分も頼んだ。

 頼んだから良いだろうと、すでに並べられている一皿に手を付ける。その間に菓子をもう一つと、お茶が五つ揃う。


 ガチャと扉が開き、ちらと見れば団長で。

 団長は一瞬目を見張り、思いきり眉を顰めたけどいつものことだ。気にせず菓子に視線を戻す。

 団長の後から三人入ってくるのを感じるけど、二つは知った気配なので別に警戒する必要もない。

 菓子を堪能していると、で?と声が掛けられた。


「何でお前がここにいる」

「分かりきったことでしょう。菓子に釣られてきたんですよ」

「本当鼻が効くよね、シドは」

 

 口々に呆れた様子で言われるけど、菓子があれば食べたくなるのは自然の摂理だ。

 なので皿に手をつけようとしない面々に食べないならくれとアピールすると、


「神子様の分はダメだよ」


 と一皿避けられた。


 神子?


 そこで初めてもう一人の存在に目を移し、驚いた。


 白く、キラキラと輝いている。

 あの日見た神子と同じ。

 いや、それ以上に神々しい輝きを放つ少女。


 …何故ここに少女、いや神子が…?


 そんな俺の疑問を、団長は黙っとけと一蹴する。

 …まあ良い。どうせその話を今からするんだろう。俺は菓子を食べながらそれを聞くだけだ。



 結果、神子…ハルと名乗った少女はしばらく騎士団の寮に滞在することとなった。

 その護衛兼周囲への圧力としてカイン、リアド、俺の三人で神子の側に付くことになり、面倒だなと思ったことは否定出来ない。

 正直女を見ると妹を思い出してしまいうんざりした気持ちになる。

 けれどハルは、妹のように甘えたりわがままを言うそぶりを少しも見せなかった。

 むしろ気遣うような声をかけてくる始末で、俺の知る神子とも妹とも全く違うこの少女が、俺は不思議でならなかった。



 そんなある日。

 ハルの部屋を訪れると、甘い良い匂いが漂ってきてうっとりしてしまう。


「シドさん!丁度良かったです」

「これは…?」


 聞くと、ハルはふふん、と得意げな顔をした。


「今からどら焼きを作るんです。あんこは昨日のうちに仕込んでおいたから、あとは生地を焼いてあんこを挟むだけです」

「ドラヤキ?」

「そうです!みりんを生成出来たからこそ作れる、私の故郷の甘味です」

「甘味…」


 それは良い響きだ。

 聞いただけでうっとりする。


 ハルは火加熱調理器の上に平鍋を置いて、生地を流していく。

 調理台に備え付けられた火加熱調理器には魔石が嵌め込まれていて、それによって火が出る仕組みだ。ハルは慣れたもので、上手に使いこなしている。

 女性が料理をすることに驚いたけど、ハルは器用になんでも作る。

 生成で作った調味料で作る料理は全部美味しく、たまにこうしてお菓子も作ってくれたりする。ありがたい。


 小さいパンケーキのようなものがいくつも作られていく。それをうまいことひっくり返すハルをじっと見ていたら、やってみます?と聞かれたけど首を横に振る。

 せっかく美味しそうなものが作られようとしてるのに、俺が台無しにしたらどうする。


 そうやって完成したドラヤキを、俺は最初に試食することになった。

 ふんわりとした生地も中のアンコもほんのり甘く、要するに。


「うまい」


 これ以上の感想は出て来ない。


「良かったぁ」


 ホッとした表情から満面の笑みになる瞬間を見て、何故か胸がきゅっとなる。

 そわそわと落ち着かなくて拳を握りこんだ。

 ……今のは何だ?


 首を傾げていたら、ハルがクスッと笑った。


「シドさん、あんこくっついてますよ」


 そう言って指で俺の口元を拭う。

 今までにないほどの近さで、ハルの指が俺の口端に触れる。


 この距離は、あのとき以来だ…

 良い思い出じゃないのに、何故だろう、今は…


 その瞬間、ふわりと甘い匂いがした。

 ドラヤキの生地ともアンコとも違う、花のような甘い匂い。

 匂いを放つのは目の前の少女で。


「シドさん?」


 急にドクリと心臓が動いた。

 俺の名を呼ぶその桃色の唇から何故か目が離せない。

 まるでハル自身が甘い蜜であるかのように、急に惹かれて止まなくなる。

 その唇は、甘いのだろうか。

 頭の芯がぼーっとして、その唇に吸いつきたい衝動に駆られる。


「大丈夫ですか?」


 ピシリと固まった俺を変わらず近距離で見上げるハルに堪らなくなり、俺はその細い手首を掴むと、拭い取られたアンコをその指ごと、何の前触れもなく咥えた。


「!?」


 唐突な俺の行動にハルはぎょっとする。

 そりゃそうだろう。いきなり指を咥えられたらびっくりする。

 当たり前だ。分かってる。分かってるけど俺はこうしたかった。

 そして今は早くこの場から離れたい。

 大変なことに気づいてしまった。


「おいしかった。ありがとう。ちょっとトイレ貸して。すぐ戻る。部屋から出ないで」


 とにかく言いたいことを単語で伝え、素早く後ろを向いて洗面所へ向かった。


 洗面台に手を付き、ぐったりと俯く。


 どうしてか分からない。

 分からないけど、驚くべきことに俺のオレが反応している。

 女性の裸を前にしてもうんともすんとも言わなかった、俺の、オレが。

 なぜ。なぜ今。


 オレは…いや俺は一体どうしたんだろう。

 まるであの講義のときの他の男たちみたいな反応だ。

 ……じゃあ何?俺は今、あのときのあいつらのように、ハルに対してやらしい感情を持っているってこと?

 あの欲望にギラついた目を俺は…


 目の前の鏡を窺う。

 正直そんな顔をしている自分なんて想像もつかないけど、もし本当にそんな顔をしているなら何としても直さないと部屋に戻れない。


 ……だけどそこにあった顔は、あいつらのような期待に満ちたものとも少し違う。


 頬を染めて、目を見開く様は…

 この顔はどちらかと言うと…


 ーーー初めて妹に会ったときのオーギュストの表情を思い出す。

 

 この顔は、目は、オーギュストと同じだ。

 妹を見るオーギュストと…


 …俺は、恋をしたのか?

 オーギュストと同じように、恋に落ちたのか?


 あのときの奴は妹の前で必死に紳士然と振る舞い、その陰ではそわそわと落ち着きがなくて。


 そわそわと…落ち着きがなく…


 ……今の俺だ……


 全く同じだと愕然とする。

 いや、妹の前では冷静に振る舞っていた分オーギュストの方がよっぽどマシだ。


 …でも、ともう一度鏡を見る。

 変わらず情けない顔が目の前にある。

 だが不思議とこんな自分も嫌じゃない。

 感情じゃなく身体が先に反応するとか、俺はどれだけ本能で生きてるのかと呆れもするけど。

 それでも…


 そうか。俺は恋をしたのか。

 ハルに。異世界から来たあの唯一無二の少女に。


 自覚すればそれはとても簡単なことで。

 くすぐったいような気持ちだけど、それが何だか心地いい。


 いつかこの恋の結末に俺は傷つき打ちのめされるかもしれない。

 けれど今芽生えたこの想いを後悔することはないだろう。

 オーギュストが教えてくれた。

 好きとは何か。愛とは何か。

 今知ったばかりのこの感情は、オーギュストのような切ないほど恋焦がれたものではないかもしれないけど。


 育てていくよ。最後まで。





 そんな決意新たな俺だったけど。

 部屋に戻るとしょんぼり項垂れるハルの姿があって、誰か侵入したのかと気配を探るけどそんな様子はなく、ハルを窺えばシドさん、とうるうるした目で見てくるものだから可愛すぎて死にそうになる。

 しかも何故か、今にも泣きそうな顔で謝ってくるものだから理由を聞いたら、俺のトイレが長いことをドラヤキが原因で腹を壊したと思ったらしく、身体に悪いものを作ってしまったと作ったドラヤキ全て捨てようとするものだから、慌てて止めることとなった。



 全てオレが悪い。





これにてシド編完結です……が。

すみません、シドが変態になってしまいました。

どう修正してもこうなってしまいました…なぜ。

いるかどうか分かりませんが、シド好きな方がいましたらこんなんですみません…

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