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閑話③ 〜side シド〜

前話同様女性の裸に触れるシーンがあります。

苦手な方はご注意ください。

 家に着くと、使用人にセリーヌが部屋で呼んでいると伝えられた。

 珍しいことじゃないから頷いて部屋へ向かう。

 軽くノックをして中へ入ると、そこにはいつもと少し違う思い詰めたような表情の妹がいた。

 まだ昼だというのに、何故か妹は寝衣の上に着るガウンを羽織り合わせをきちっと結んでいる。


「どうかした?」


 具合でも悪いのかと思い、退散すべきか考える。

 そんな俺に妹はお兄様、と言って近づき、胸に擦り寄ってきた。


 突然のことに身体が固まる。

 妹はよく俺に腕を絡ませてくるが、こんな密着の仕方は初めてだ。


「おい」


 肩を掴んで離そうとするが、すかさずその腕が俺の腰に回り、離れることを拒む。


「おい」


 もう一度声を掛けるが、妹はいやいやと首を振る。


 …なんなんだ一体。

 昔からそうだが、今究極に思う。

 俺はこの妹が何を考えてるのかが、さっぱり分からない。


 思わずため息を吐くと、妹はビクリと身体を震わせた。


「お兄様はわたくしがお嫌いなの?」


 目に涙を浮かべ、そう訴えてくる妹に動揺する。

 何故泣く?何故そんな話になるんだ?


「お兄様はいつも心の内を話してくださらない…わたくしはこんなにもお兄様をお慕いしているのに…っ」


 俺の胸に縋って、とうとう泣き始める。

 …参った。どうすれば良い?

 困り果てている俺を、妹は濡れた瞳で見た。信じられない、そんな形相で。


「…お兄様、今の話聞いていて?わたくし、お兄様を好きだと言ったのよ?」

「聞こえた」


 だから何だ。昔から言っていたことじゃないか。


「ちゃんと真剣に聞いて!わたくし、お兄様が好きなの。愛しているのよ!」

「愛…?」


 愛って何だ。好きと何が違う?

 …好きが何かも分からないのに、これ以上ややこしいことを言わないでくれ。


「わたくし、お兄様を愛しているの。ずっと、幼い頃からずっとよ。なのにお兄様ったら、わたくしの気持ちにまるで気づいてくださらなくて…」


 いつのまにか涙は止まっていて、その目をとろんとさせながら顔を近づけてくる。


「だからわたくし、思ったの。もう、強硬手段に出るしかないって…」


 これは、この距離はいつかを思い出させる。

 ずっと忘れていたのに、目の前の妹があのときの神子と重なる。


 ーーーそう思ったときには、妹に唇を奪われていた。


 首の後ろに手を回し、妹は唇をくっつけたままうっとりと目を閉じている。

 それを視界に入れ、現状を理解した瞬間、俺は最大の力で妹を引き剥がした。


「っ!…痛いわお兄様!乱暴にしないで!」

「悪かった。でも、これ以上はやめて」


 言って出て行こうとするが、腕に縋って引き止められる。

 思わず舌打ちが出るけど、妹は必死にしがみつき、離そうとしない。


「いいかげんに…」

「いいかげんにするのはお兄様だわ!」

「なに…?」

「何をしてもちっともわたくしの気持ちに気づいてくださらなかったくせに!やっと気持ちを伝えられたのよ?そんなわたくしを置いて逃げるなんて卑怯だわ!」


 言うと、妹は徐にガウンの紐を解いた。合わせを開き、その下をあらわにする。

 驚くことにその下は何も身に付けていない。白く細い身体をこれでもかと俺に見せつける。

 子供だと思っていた妹は、あの日見た神子と同じ、“女”で。

 何故妹が“女”として自分の前に立つのか、理解が出来ない。


 妹はストンとガウンを足元に落とすと、俺の手を取り自分の胸へ持っていった。

 いつか触れたのと同じ柔らかさに動揺する。


「やめろ」


 手を離そうとするが、妹は身体ごと押し付けてきて、俺に縋る。


「お兄様…愛してるわ。お願い…わたくしを抱いて?」


 上目遣いに俺を見る。

 俺は、そんな妹に心の底から恐怖が湧き上がった。


「…離せっ!」

「嫌よ!」


 どこにそんな力があるのか、服にしがみついて離れない。 


 これは本当に俺の妹か?

 本当に?

 俺の妹なら、何故こんなことをする!?


 必死に身体を引き剥がそうとする間も混乱はおさまらない。同時にあいつの顔が思い浮かんでどうしようもない罪悪感に襲われる。


 あいつがいるのに、なんでこいつはこんなことを…っ!


 そのときだった。


「何をしている!」


 最低最悪の状況で顔を出したのは、最も見てほしくない奴だった。


「シド…貴様…」


 オーギュストは顔の色を無くし、わなわなと震えながら立ち尽くしている。


「実の妹に…お前何てこと…っ」

「違う」

「言い訳するな!!」


 そうか、ここで何を言っても言い訳になるのか。じゃあどうしたら良い。どうしたら伝わる?


 黙ってしまった俺に、オーギュストは更に怒りが増したらしい。

 ツカツカと俺たちのもとまで来ると妹を引き剥がし、俺を殴りつけた。

 剣術も体術も苦手だったはずだが、オーギュストの拳は思いのほか重かった。

 それだけの怒りが、こいつを支配しているんだろう。


 オーギュストは更に俺に馬乗りになり、襟を掴んで何度も殴る。

 その目には涙が溢れていて、俺は一切の抵抗もする気になれなかった。

 気が済むまで殴れば良い。

 そう思っていたのにーーー


「何てことするの!?お兄様を離して!!」


 ガウンを着直した妹がクッションでオーギュストを殴り始めた。

 大した衝撃でもないだろうが、助けたはずの婚約者が自分を攻撃することにオーギュストは混乱する。


「セリーヌ!?何故…」

「何故はこちらのセリフだわ!わたくしのお兄様に何するの!早くどいてちょうだい!」


 唖然とするオーギュストをどかし、俺を起こそうとする妹の手を振り払う。

 何故お前が助ける。余計なことを。


「お兄様?」

「シド、どういうことだ!」


 ………ああ、面倒だ。


 婚約者を全く顧みない妹にもイライラするし、オーギュストには何と言えば良いのかが分からない。

 どうしたら良い?


 結果俺が出した答えは、真実をそのまま伝えることだった。

 それ以外、俺に出来ることなどなかった。


「セリーヌが裸になったのも身体を触ったのも俺の意思じゃない。セリーヌ、俺はお前を妹以外には見られないし女として好きじゃない。二度とこんなことしないで。オーギュスト、そういうことだからあとは二人で話して」


 言ってその場を後にした。


 その後、どういう話し合いが行われたのかは分からないけど、妹とオーギュストは婚約を破棄した。

 妹は相変わらず俺を家に呼び戻そうとしているけど、あの日から家には一度も帰っていない。

 オーギュストからの音信も一切ない。共通の友人から聞いたが、神殿にも顔を出していないと言う。

 後味の悪い結果に、苦い思いが拭えない。

 こうなったのは、俺のせいなのだろうか…


 そんな折、宿舎の管理人から来客が伝えられた。応接間に行くと、そこにいたのはオーギュストだった。


 あの日から十日ほどだが、頬がげっそりこけ、見る影もないほど痩せ細っている。

 その様はオーギュストを襲った悲劇がいかほどかを物語っていて、胸に詰まるものを感じた。


「酷い顔だろ?悪いな、こんな状態で来て」

「いや…」


 そんな状態でも笑って気遣うオーギュストに、何と声を掛ければ良いのかが分からない。

 

「お前も忙しいだろうから手短に言うよ。俺、オルガ領の神殿に行く」

「え?」

「オルガの小神殿に欠員が出たんだ。丁度良い機会だと思ってさ」

「なんで…」

「王都にも居づらいしな。黙って行くと、さすがのお前だって心配するだろ?仮にも義理の兄弟になろうとしてたんだから」

「………」

「そんな顔するなって。……分かってたんだ、俺」


 …分かってた?

 オーギュストを窺い見るが、今にも倒れそうなほどなのに、その目は穏やかに凪いでいて。

 アンバランスな様子に息を飲む。


「分かってたんだ、セリーヌがお前を好きだって。俺との婚約も、お前の気を惹く為だったって」

「なにを…」


 それなら何故、おとなしく婚約などしたんだ。


「それでも俺はセリーヌが好きだったから。愛してたから。いつか振り向いてくれると信じてた。どうせ二人は兄妹だし、お前がセリーヌを受け入れるはずもないって分かってたし。…まあ、そもそも気持ちにすら気付いてなかったしな」


 笑って言うけど、やっぱり腑に落ちない。

 そこまでしても一緒にいたいと思うものなのか。

 オーギュストは俺の顔を見てまた小さく笑った。


「分からないって顔だな。そのうち嫌でも分かる日が来るよ。好きって想いも、愛も。…そうだな、お前みたいな奴に限って好きになったらやたら執着して囲い込もうとするんじゃないか?」


 そんなわけない。

 眉を顰めて不満を顔に出すと、オーギュストは腹を抱えて笑った。

 ひとしきり笑ってから、一つ息を吐く。


「…殴って悪かった。お前からやり出したことじゃないって頭では分かってたけど、信じたくなかったんだ。セリーヌを助けて、セリーヌを唯一守れる存在でありたかった」


 まあ、そんなこと望まれてなかったんだけど、と自嘲気味に笑う。でもその笑顔はどこかさっぱりしていて。


「でもねシド。俺は、セリーヌを好きになったことを後悔してないよ」

「は?」


 そんなこと、あるのか?

 あれだけ酷い思いをして、そんなにまでやつれているのに?

 オーギュストは俺の顔を見てやっぱり笑った。


「こんな姿じゃ説得力ないだろうけど、本当だよ。俺がセリーヌを好きになったこの想いも、一緒に過ごしたあの時間も、俺にはかけがえないものなんだ」


 そういうオーギュストの表情はとても穏やかで。

 嘘や強がりを言っているようにはとても見えない。


 そんなこと…あるんだろうか…

 いや、そう言うのだからそうなんだろう。

 オーギュストがそう思っているんなら、それで良い。


「全部話せてすっきりした。じゃあ俺行くよ。このままオルガに発つんだ。もし遊びに来ることがあったら神殿に寄ってくれよな」


 そう言って笑顔で去っていった。

 オーギュストは前を向いている。

 後ろ姿を見送りながら、その強さをただただすごいと思った。



 俺は、この先どうしよう。

 このまま第一に身を置き、家を避けていれば良いのだろうか。

 同じ王都にいながら、妹を避け続けることなど出来るのだろうか。


 いや。

 実質的な距離を取らなければいけない気がする。

 俺の為にも。妹の為にも。


 ハッとして、管理人室へ行く。

 その横には掲示板があって、月ごとの勤務スケジュールや見張り番の割り当てなど連絡事項の書かれた紙が貼られている。

 その一番目立たない場所に、何年前から貼られているのか茶色く劣化してぼろぼろになっても、しぶとく残っている張り紙が一枚。

 そこにはかろうじて読める文字でこう書かれていた。


『エルダー騎士団団員、常時募集』


 これだと思った。これしかないと。

 オーギュストは心機一転オルガへ向かった。

 なら俺はーーー



 その後、家でエルダー行きを告げると、父たちはホッとしたように了承した。

 父たちもまた、俺と妹の歪な関係に気付いていたのかもしれない。

 妹に言うかどうかためらったが、言わないで行けば何をするか分からない。そういう恐ろしさがあいつにはある。

 告げれば案の定、泣いて怒って暴れ回った。

 その間、俺はずっと妹の側にいた。妹が諦めるまで、ずっと。


「………本当に行くの?」


 ひとしきり暴れ回り、裂いたシーツと破れたクッションの羽に埋もれながら、妹は聞いた。


「ああ」

「そう…」


 唯一無事なクッションを俺に投げつける。


「ならもう…一生帰って来ないで!」


 散々泣いて真っ赤になった目で俺を睨む。

 そんな妹を、俺は哀れだとしか思えなかった。

 俺が妹をこうしたのなら、俺が離れないと妹は幸せになれないだろう。


「わかった」


 言って、部屋を後にした。

 扉の向こうから泣き叫ぶ声が聞こえたけど、追いかけてくることはなかった。



 そうして俺は第一騎士団を辞め、エルダーへ向かった。




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