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25 この筋肉マッチョにわたしが対抗出来るとでも!?

 真摯に、ひたすら真っ直ぐ気持ちをぶつけられて心が揺らぐ。



 ーーーでも、だめだ。

 このままではヒューイさんのときの二の舞になってしまう。

 まあ、あのときは夫たちの思惑もあったから結果オーライだったみたいだけど…


 でも今回は、流されてはいけない。

 そもそもわたしは、こんなにたくさんの人と結婚するつもりなんて無かったのだから。

 それが嫌で王都行きを拒否したのに、これ以上増やすなんて本末転倒だ。

 わたしは、今いる夫たちを大切にしなければならない。

 クラウドさんも断って良いと言っていた。

 目の前の真剣な眼差しに心が落ち着かないけれど…

 ウォルフさん、ごめんなさい。 


「…わたし、もう夫が五人もいるんです」

「知ってる」

「これ以上増やすつもりはないんです。今でも十分すぎるほどで…」

「ああ、似たようなことをヒューイにも言ってたな」

「そうなんです。それなのにヒューイさんちっとも話を聞いて………え、何で知って…」

「そりゃ、聞いてたから」

「え!」


 どこから!?廊下から!?

 この部屋の声ってそんな外に丸聞こえなの!?


「あのときはまだあんたのこと分かってなかったもんで、また餌食になった奴がいるなーと思ってそこの扉から…」

「見てたの!?」


 聞いてただけじゃないじゃん!


「ヒューイもリアドも気付いてたけど?」

「〜〜〜っ!!」


 そりゃ魔物と戦うような人たちなら気配を察することも出来るでしょうよ!わたしを一緒にしないで!


「で、まあそのときの一部始終は見学させてもらったわけだが…」


 ウォルフさんは言いながら徐に立ち上がる。

 …なんだか嫌な予感がする。


「見てていくつか分かったことがある。一つ。あんたは、断ろうとする意思はあっても、それをはっきり言葉にするのが得意じゃない」


 ………図星だ。

 人を拒絶するのが、わたしは苦手だ。


 わたしたちの間を隔てるのはテーブルだけ。数歩であっというまにわたしの目の前に来てしまう。

 ウォルフさんはその大きな身体を屈めると、わたしを挟むように両側からその手をソファの背もたれに置いた。

 逃がさないと言わんばかりだ。


「二つ。あんたは押しに弱い」


 ……否定出来ない自分が情けない……


 近付いてくる顔から逃れるべく、とにかく横を向く。けれどウォルフさんはわたしの顔を追うのではなく、耳元に口を近付けて。


「三つ。外からの囲い込みも有効だってね」


 少し掠れたハスキーボイスに、ぞわりとする。

 ウォルフさんはそのまま顔だけ後ろに向けて。


「だーんちょ。黙って見てて良いんですか?」


 そういえば、クラウドさんはずっと、何も言わない。

 怒ってるのか、ヒューイさんのときみたいに上手くいった方が良いのか。

 ウォルフさんが壁になっていて、クラウドさんの表情が分からない。

 今目の前で繰り広げられてる光景を、どう感じているのだろうか…


「ハルを助けた褒美に、今回に限り静観すると約束したからな」

「余裕ぶっちゃってー。眉間の皺がえらいことになってますよ?」

「黙れ。さっさと振られろ」


 クラウドさんの辛辣な言葉にも、ウォルフさんは余裕を崩さない。


「一つ聞きたいんですが。あんたが言ってた第一への対抗手段、まだ計画には人数が足りないんじゃないですか?」


 その言葉に、交渉の件を思い出す。

 ヒューイさん以外にも協力者が必要なのだろうか。


「…俺たちの計画を把握してると?」

「だてに諜報やってきてないんですよ、俺。足りないのは最低でもあと一人。違いますか?」

「……別に、お前じゃなくても当てはある」

「またまたー。あんたたちと同じ熱量で彼女を想えて更に実力も兼ね備えてる奴、俺以外にいます?」


 わたしには見えないけど、なんとなくバチバチしてるのが分かる。

 しばらくして、ふん、と鼻を鳴らす音が聞こえた。クラウドさんだ。


「全部分かってて聞いてるんだろう?」

「あんたこそ、全部分かってて俺をこう仕向けた。…あんたの思惑通り駒になってやりますよ」


 何だか分からない会話が進んでいるが。

 マッチョな檻に囚われてるわたしはどうすれば良いですか。


 そんなことを考えていたら、ウォルフさんがくるりと再びこちらを向いて。


「というわけで、団長からもお許しをいただいたので、あとはあんた次第ってことなんだが?」

「え、今のお許しの流れだったの?」


 そんな会話してた!?


「あ、ちなみに、その他の四人からもあんたの意思に任せると言質もらってるんで」

「え、本当に?」

「もちろん。一人十発づつ耐えられたら許してやるってことだったので」

「十発って…何を…?」


 まさか…


「そりゃもちろん」


 自分の目の前に拳をかざす。

 昭和の不良みたいな展開にちょっと引く。


「…あっ、その青タン!」

「ああ、これは違う。これはあんたが欲しいって言った瞬間に団長に殴られた跡」


 言った瞬間に!?問答無用!?

 不良ドラマからヤクザ映画!?


「当たり前だ。こんなふざけた奴がハルを欲しいとか、舐めてんのかと思うだろ」


 …どうしよう。クラウドさんが急に親分に見えてきた…

 だけど、顔を見る限りそれ以外に痛々しい痕は見当たらない。


「でも他は特に痕とかなさそうだけど…?」

「そりゃ顔がボコボコだとあんたが怯えるでしょ?見えない部分でおさめてもらったよ。あ、殴られたとこ、見る?」

「見ない!」


 怖いわ!


 ウォルフさんは残念、と言うと、口元から笑いをおさめる。

 

「それくらい俺はあんたが欲しいってこと、伝わった?」


 急に声のトーンが変わってドキリとする。

 ウォルフさんの囁くような声は、掠れて色っぽさが増すものだから心臓に悪い。


「俺なんかを甲斐甲斐しく介抱したあんたが悪い。おとなしく、俺に捕まえられてくれ」


 ギシ、と片膝をソファに乗せてきて、更に距離が近付く。ますます逃げ場がない。

 近付く顔から逃れるべく再び横を向こうとするが、顎を取られてしまう。


「ここで俺に強引に陥落させられるのと、今すぐサインするの、どっちがいい?」

「どっ、どっ…!」


 どっち?どっちかしか選択肢ないの!?

 え、クラウドさん!?止めないの!?

 この筋肉マッチョにわたしが対抗出来るとでも!?


 返事にもたつくわたしに、ウォルフさんがふーん、と呟く。

 その目と口が綺麗な弧を描いて、わたしは背中に冷や汗がつたるのを感じた。

 

「じゃあ、陥落コースで」

「ひっ!?」


 言うや否や、ウォルフさんはわたしの首にかぶりついた。

 同時に舐め上げられ、ぞわぞわする。

 これはやばい。わたしには刺激が強すぎる。


「サイン!サインします!!」


 だから離してー!!


「…残念」


 まだ唇も堪能してないのに。そう言ってウォルフさんは身体を離した。


 冗談じゃない。

 そんなもん堪能されたらたまったもんじゃない。


 ウォルフさんは上着の内ポケットから紙とペンを取り出す。

 もちろん、例の婚姻契約書だ。

 すでにウォルフさんの名前が書かれているところに、ウォルフさんの計画性が感じられてじっとりと見てしまう。


「書かないなら書かないでも良いですよ?その方が俺は楽しめるし」

「わー早く書きたーい。ペンちょーだーい」


 ペンをひったくり、自分の名前を書き殴る。

 荒々しい字になってしまったけど仕方ない。

 書いた途端にスッと紙を奪われ、あっというまにしまわれる。

 それを横目で見ていたら、ハル、と声を掛けられた。

 ようやくクラウドさんの顔が見えたなと思ったけど、その顔は少し怒ったような呆れたような表情だ。


「クラウドさん?」

「聞いてはいたが…お前が押しに弱いのはよーく分かった。だが見過ごすのは今回限りだからな?」

「見過ごす?」


 何を?


「お前がまた新たに夫を作ろうとするときは、容赦なく邪魔してやる」

「え…え、あ、そういうこと?」


 いやもう作らないよ!


「お前はどうにも優しすぎる。相手を拒絶しきれず流されて…危なっかしくて仕方ない」

「うっ…」


 それは…そうかもしれない…


「夫は二十人必要なんて言ってたが、あれは無しだ。お前の夫がこれ以上増えるなんて冗談じゃない」

「俺が言うのもなんだが、全くもって同感です。こんな天然の男タラシ、これ以上他の男の目に触れさせちゃいけません」

「ああ、そこんとこの警護、頼む」

「了解」


 え、え?何その流れ。

 なんか二人で納得して終わっちゃってるけど、わたしタラシじゃないからね!?


 抗議しようと口を開いたら、二人に一斉にギロリと睨まれた。


「お前はタラシだ。自覚しろ」

「自覚しないとあんたこのまま夫製造機になるぞ」


 二人の恐ろしいまでの気迫に押され、はいと返事をするしかなかった。

 理不尽だ…





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