24 何を思い出して、そんな顔をしているんだろう…
屋敷に戻って数日後、クラウドさんがウォルフさんを連れてやってきた。
足を引きずることもなさそうでホッとするけれど、それよりも左目の目尻に青タンが出来ていてギョッとする。
え、やっぱりご褒美はボコボコ!?
クラウドさんに疑惑の目を向けるけど、余裕の笑みで交わされる。
「体調は?」
「わたしは大丈夫」
“わたし”を強調してみるけど、どこ吹く風だ。
「なら良かった」
そんな愛しそうな表情で頭を撫でられてしまったら、もう何も言えないじゃないか。ずるい。
「でも無理はするなよ。また熱が出たら大変だ」
言われて数日前のことを思い出す。
あの日、帰ってきて早々わたしは熱を出した。
慣れない環境と緊張に、身体が参ってしまったらしい。
打ち身だらけなこともあって身体を動かすのも辛く、夫たちを大層心配させてしまった。
でも、広いベッドでもふもふに囲まれて眠るのは思いの外幸せなことだった。
そう。あのカラクルちゃんたち、付いてきてしまいました。
山にお帰りと促したんだけど、わたしによじ登って離れず、馬にもしっかり乗ってきて。
さすがに足を開いて乗ることは出来ず横乗りしていたのだけど、シュミーズ丸見えの太もも部分に丁度よく二匹がおさまってくれたので、丁度良い、とクラウドさんの一言でお持ち帰りすることになりました。
…そんな理由で野生の動物をお持ち帰りして大丈夫なのだろうか…
でも、カラクルちゃんたちもご満悦で膝に座っていたので、わたしもニヤニヤが止まりませんでした。
さて。飼うとなれば責任を持たなくてはいけません。
お風呂に入れて清潔にすること。
ご飯を用意すること。
あとトイレの準備?
そんな意気揚々だったわたしだけど、熱のせいで夫たちにお願いすることになってしまい、飼い主失格だと落ち込んだものだ。
でも、洗われてますますふわふわになったカラクルちゃんたちがお布団に入ってきてくれたときは、幸せ過ぎて昇天するところでした。危ない危ない。
ごはんやトイレに関しては、庭で好きにやってくれるそうなので心配はいらないらしい。
あとわたしがやることと言えば、カラクルちゃんたちに名前を付けてあげることだ。
命名。
カラとクル。
………安易だと思ったでしょ?
分かってる。わたしもそう思うし、何なら夫全員からなんとも言えない視線をいただいた。
でも、生き物に名前を付けたことなんてないし、何よりずっとカラクルちゃんって呼んでたから他の名前考えられなかったんだもん!
分かりやすくて良いでしょ、ということで、崖から一緒に落ちた子をカラ、最初に顔を出した子をクルと呼ぶことに決めた。
二匹とも顔立ちや模様はそっくりだけど、カラの方が薄めの茶色で濃い茶色なのがクル、という風に見分けはちゃんとつく。性格も、カラは活発でクルはおとなしい。小さくても個性はしっかりある。
二匹とも甘えん坊さんなところは変わらないけどね。
そんなカラとクルは今、日の差し込む窓辺でお昼寝中だ。二匹ぴったりくっついて寝ている姿がなんとも愛らしい。
微笑ましい光景をバックにしてソファに座ると、目の前にクラウドさんと、青タンのウォルフさんが座る。
異様な雰囲気になんだか落ち着かない。
一体何のお話だろう…
「ハル、今から言うことに関して、お前は自分の心に従って返事をしてくれれば良い。もちろん断ってくれても構わない」
「はあ」
「単刀直入に聞く。ウォルフを夫にするつもりはあるか?」
唐突に言われた言葉に、ギョッとしてウォルフさんを見る。
何の冗談だと思ったけど、ウォルフさんはその空色の目でひしとわたしを見つめていて。
そこには、どんな冗談や嘘の色も混じっていない。
「どういう、ことですか?」
ウォルフさんに尋ねる。
ウォルフさんは一度唇をきゅっと引き締め、口を開いた。
「あんたが欲しいと、団長に話した」
「わたしを…?」
なぜ。
ウォルフさんがわたしを欲しがる理由など、一つも思いつかない。だって迷惑しかかけていないのだから。
理由が分からず困惑しているわたしに、ウォルフさんはそれでも表情を変えない。
「あんたを側で守る権利が欲しい」
腹の底から押し出したような、切実な想いがその言葉から溢れ出ている。
「どうして…」
「あんたを好きだから」
「なんで…」
「見てたから」
「見てた…?」
いつ、どこで?
「…怒ってくれて良いが、俺が初めてここを訪れた次の日から、俺は陰であんたの警護をしてたんだよ」
「警護?」
「ああ、俺の命令でな」
クラウドさんが言葉を足す。
どういうこと?
陰で警護?何で?
「まあ、と言ってもあんたはほとんどこの部屋で過ごすから、ほぼほぼ扉の前で待機してただけですがね」
警護という名のごくつぶしでしたよ、そう言ってウォルフさんは苦笑いを浮かべる。
「それでも部屋から出たときなんかは、距離を置いてあんたを見てた。………あんたは、俺の知る神子とは何もかも違ってた。よく笑い、些細なことに喜んで、大胆なことをするかと思えば大したことじゃないことに恐縮する。男に感謝して、かと思えば謝ったりして、でもその後はまた笑顔を浮かべて。正直、あの笑顔を自分のものに出来るあんたの夫たちが羨ましくなったよ」
だが、とそこで一度話を切る。
わたしを見つめる瞳が、ゆらゆらと揺れた。
「そんな光景を見る度に、俺はあの日を後悔するようになった」
…あの日とは、初めてここで会った日のことだろう。ウォルフさんはまだ、あの日の後悔を拭えないようだ。
気にする必要はないのに。
今のウォルフさんの雰囲気は、あの日と比べものにならないくらい柔らかく、温かい。
「あんたは気にするなと言うんだろうが、俺は確かにあのとき、あんたを傷つけた。だからこそ、そんな資格はないと百も承知のうえだった。……それでも俺は、あんたに惹かれちまった」
切なげに目を細めて、ウォルフさんは絞り出すように話す。
「極めつけは山での一件だ。あんたを守るのが俺の仕事だってのに、あんたは………」
少し視線が合わなくなったのは、あの日のことを思い浮かべているからかもしれない。
わたしも思い出す。
ウォルフさんの怪我が悪化したらと、怖くて仕方なかった。
スカートを割いたときの慌てようがおかしくて、少し笑ってしまった。
必死に笑いを堪えようとしている姿は、笑われてるのに嬉しくなった。
ウォルフさんの顔は、やっぱり切なそうで。
何を思い出して、そんな顔をしているんだろう…
「………あんなことされたら、たまらなくなる。どれだけ気持ちを抑えようったって、あんなんじゃ無理だ。あんたが側にいて、俺を気にかけ、微笑みかけてくれる。それが、どれだけ幸福だったことか…」
絞り出すように伝えてくる言葉に、私も胸がキュッとなる。
「自分のやってしまったことも、あんたを好きになったことも、無かったことには出来ない。だったら俺はあんたの側で、あんたに償うチャンスが欲しい。だからお願いだ。あんたの側で、あんたを守る権利を俺にくれないか?」
その瞳が、真っ直ぐにわたしに突き刺さる。
ウォルフさんの言葉が、その真摯な思いが、わたしの胸をざわざわと騒がせる。
わたしはーーー




