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3 ここはまさかの、一妻多夫の世界だった

 案内されたのは西洋風の事務室のような場所だった。執務室、といえば良いのか。

 大きなテーブルに白く飾り気のないティーカップと焼き菓子が五つ並んでいる。若い兵士さん?が運んできたものだ。

 わたしと黒髪さん、銀髪さん、赤髪さんの分で四つ。

 もう一つは…


「何でお前がここにいる」


 黒髪さんが呆れ口調で尋ねる先には、もぐもぐと焼き菓子を堪能する青灰色?というより銀髪に近い青髪の青年。


「分かりきったことでしょう。菓子に釣られてきたんですよ」


 銀髪さんが呆れ顔で言う。


「本当鼻が効くよね、シドは」


 赤髪さんはどこか楽しそうだ。

 普段の話し方はこんな感じなんだな、と先程とは違って随分とくだけた印象だ。


「食べないの?」


 他に誰も手を付けないことを良いことに、青銀髪さんは他の皿をひしと見つめている。


「ミコ様の分はダメだよ」


 赤髪さんがわたしの皿を遠ざけてくれる。

 すると、青銀髪さんはようやく気付いたといった風にわたしに目を向けた。


「何でミコ?」


 こくりと首を傾げる様は子供の仕草のようで何だか可愛い。体つきはガッシリしているし背も高そうなので可愛いというタイプではないけれど。

 真っ直ぐ純粋に向けられる群青色の瞳は上質なラピスラズリのようで、曇りなきまなこでじっと見つめられると何だかそわそわしてしまう。


「それを今から説明するんだ。お前は黙っとけ」


 黒髪さんがぴしゃりと言い放つと、素直に頷いて他の皿のお菓子へと手を伸ばす青銀髪さん。

 ただお菓子を食べたいだけな気もする。


「さて、ミコ様?」


 黒髪さんが仕切り直しと声のトーンを変えると、青銀髪さん以外の瞳がわたしに集中した。

 急に緊張を感じてごくりと生つばを飲み込む。


「あなたは女神様から啓示を受けてここへ遣わされたのではないのか?」

「違います。多分」


 女神様という方に会ったことも話したことも心当たりもありません。

 そう言うと、銀髪さんが眉尻を下げて黒髪さんを窺い見る。

 なんだかここにいる自分がとても場違いで、いてはいけない場所にいるような不安感が押し寄せる。

 黒髪さんも頸をかきかきしながら参ったな、と呟いた。


「ミコがこんな辺境にお渡りになるなんて初めてな上に、啓示も受けてないなんて聞いたこともない」

「ですが、このような辺境の、しかも騎士団の訓練場に現れるなど、普通の女性には不可能です。ミコ様だとしか…」

「おそらくな。時期だって合ってる。何かの手違いがあったとしか思えないが、このままじゃ判断材料が足りねぇ。神殿に問い合わせるしかないな」

「そうですね」

「すみません、そのミコ様って何ですか?」


 だから、そのミコっていうのが分からないんだってば!

 黒髪さんと銀髪さんだけで会話が進んでいるけど、お願いだから説明してほしい。


「ああ、申し訳ありません。ミコ様とは女神様の御子である女性の総称です」

「女神様の子供?あ、神の子だから神子?いやわたし神様の子供じゃないですよ」

「実際の御子様かは関係なく、女神様が遣わした異界の女性を総じて神子様とお呼びしているのですよ。数年に一度、神子様方が異界から我が国へとお渡りになるのです」


 横から赤髪さんが教えてくれる。

 肩からサラリと綺麗な艶髪が流れて何とも色っぽい。

 ていうか、いつの間に横に座ってたの?何か近くない?

 パーソナルスペース狭いなこの人。


「その、わたしが神子様なんですか?何を根拠に?」


 というか、国って言いました?異界って?


「ここ、死後の世界じゃないんですか?」


 黒髪さんは目を丸くして、ぶはっと吹き出した。

 何で笑うの!?


「ふっ、いや、悪い…はは、死後の世界ね、俺たちは謂わば、あの世の番人か?」

「団長、人が悪いですよ」

「何だったらそいつの胸でも触ってみたらどうだ。生者か死者か、確認してみると良い」


 にんまりと意地の悪い笑顔を見せる。

 何てことを言うのだ。そんなこと出来るわけないのに。


「私は構いませんよ。胸でもどこでも好きな場所に触れていただいて」


 何故か赤髪さんはノリノリでわたしの手を取ろうとする。

 ひえっと慌てて手を引っ込めた。


「良いです!大丈夫です!触らないです!」


 再び吹き出した黒髪さんをじっとりと睨む。

 あれだけ威厳に満ちた姿だったのに、全然雰囲気が違う。というか意地悪だ、この人。


「申し訳ありません神子様。団長には後できつく言っておきますから」

「よろしくお願いします」


 銀髪さんに深々と頭を下げる。

 黒髪さんは悪びれる様子もない。

 赤髪さんも悪ノリに乗っかる人みたいだし、正義は銀髪さんだけだ。

 青銀髪さんはよく分からないのでスルー。

 あっという間に皆のお菓子を平らげて、今は唯一残っているわたしのお菓子を狙っている。


「よろしければお名前を教えていただけますか?私はこの騎士団の副団長を務めております、カイン・クライストと申します」

「あ、ご丁寧にどうも。高梨春です。よろしくお願いします」

「タカナシハル様…どのようにお呼びしたらよいでしょう?」

「えっと、苗字が高梨で名前が春なんです。どちらでもお好きな方でお呼びください。あと様はいらないです」


 そんな偉い人間じゃないので。

 そんな気持ちで伝えると、銀髪さん、もといカインさんは、眉尻を下げて微笑んだ。神々しい。この人こそ女神じゃなかろうか。


「では、ハル様とお呼びしても?我々の立場では敬称を取ってお呼びすることは叶いませんので」

「え、じゃあわたしもカイン様と…?」

「滅相もない、我々に敬称は不要です。どうぞカインとお呼び捨てください」

「えぇ?」


 いやそんな恐れ多い…何で?


「ハル様が神子様だから、ですよ」


 すぐ真横から聞こえる色気を含んだ低音ボイス。

 ギョッとして横を見やると、赤髪さんが更に距離を詰めていた。

 慌てて耳を塞いでガードする。

 耳が妊娠するからやめてほしい。


「可愛らしいですね、ハル様は。私はこの騎士団の第一騎士隊隊長、リアド・ティーチ。どうぞリアドとお呼びください」


 そんな間近で良い声で名乗らないでください。

 心臓に悪いです。跳ね上がっちゃってます。

 とりあえず頷いて、身体が熱くなるのを冷ますべく、温くなったお茶をいただく。

 あ、青銀髪さんと目が合った。

 わたしとお菓子とを交互に見やって、捨てられた子犬のような眼差しを向けてくる。

 可愛いというか可哀想というか…無言でお皿を渡した。


「いけませんよ、シド」


 嬉々として五皿目を受け取った青銀髪さんに、カインさんが厳しい目を向ける。


「でも…」

「良いんです、わたしお腹空いてないので。どうぞ食べてください」


 あんな母性をくすぐられる顔をされたらあげないわけにいかない。

 わたしの言葉を決定打に、青銀髪さんは遠慮なくお菓子にかぶり付いた。

 カインさんはやれやれと大きくため息をつく。


「教育が行き届いておらず…申し訳ありません。彼はシド・ヴィルフィーレ。魔法騎士隊隊長を務める実力者ではあるのですが、いかんせん甘いものに目がなくて」


 なんと、彼も隊長さんでしたか。

 人は見かけによらない…って失礼かな。

 確かに、団長さんだの隊長さんだのが集まる部屋で堂々とお菓子を食べているのだから、それなりに地位はないとおかしいのかもしれない。

 いやでも部下が上司のお菓子を横取りする時点でアウトな気が…


「最後は俺だな。クラウド・ギルフォートだ。クラウドで良い」


 団長さん、もといクラウドさんが自己紹介を終えて、本格的な説明が始まった。

 まずはこの世界の歴史から。神子の話をするには欠かせないそうだ。それはまるで物語の世界の話のようで、にわかには信じがたい内容だった。



 曰く。

 ここは女児の出生率が著しく低い世界で。

 女児は二十人に一人誕生すればマシな方であり、この現象はこの国だけでなく世界規模で起きている。


 その原因は遠い昔に遡る。

 この国の南方に位置するある国が、周りの国々を次々と侵略し、暴虐の限りを尽くしていた。

 その国の王は類い稀なる体格の良さと武の才を持っており、自らが先頭をきって敵陣に乗り込み、相手軍を切り捨てることを喜びとするような、残虐極まりない男であった。

 どの国も必死に対抗したがその勢いを止めることかなわず、王はますます力を付け、それと共に残忍な行為が増えていった。

 王は非常な好色であり、侵略した国から年頃の女を数えきれないほど召し出しては、いたぶって犯し、犯してはなぶり、ボロボロにして殺す、そんな日常を繰り返していた。若い娘を持つ親は、貴賎関係なく家の奥に子を隠したが、犠牲者の数は日に日に増し、離宮には死んだ女の山が出来ていった。


 そんなある日、この世界を作ったという女神の姿が、空に大きく現れた。地の果てにいる者にもその姿ははっきりと見て取れたという。

 女神は王の行いを悲しみ、それを止められぬ民を嘆いた。

 そして、世界に呪いをかけたのだ。


 ーーーその日を境に、ぱたりと女児が生まれなくなった。

 人々がその変化に気付いた頃にはすでに数年が経過しており、この先を見据えた者は恐怖で頭を抱えた。

 このままでは国が、世界が滅ぶ。


 そのときになってようやく女神の呪いが何であるかを理解した人々は、国を超えて団結し全ての力を合わせ、諸悪の根源であるその国を叩き、王を討った。

 そして各国の神殿で祈りを捧げた。

 それから少しすると、それぞれの国でぽつりぽつりと女児が生まれ始めた。


 しかしこれでめでたしめでたし、とはならない。

 女児の数は男児と比べると圧倒的に少ない。二十年ほど経ったところで、数少ない女性を取り合うように、男たちの間で度々暴動が起こるようになった。

 その事態に、女神が再び顕現した。

 今度は各国の大神殿に同時に現れたのだ。

 女神は、女性を敬い、尊ぶこと。傷つけず、その望みを叶えること。それを条件として守れるのであれば、女性を召すと言った。

 各国は女神の言葉を周知させ、女性の尊厳を守ることを義務として徹底し、また神殿で祈りを捧げた。

 すると各大神殿に、それぞれおよそ二十人ほどの、若い女性が同時に姿を現わした。

 女神が異界から使わした者たちであった。

 異界から来た女性たちは皆、本来あるはずだった寿命を不幸により全う出来なかった者ばかりで、女神からこの世界に来ることになった理由を聞かされ、この世界で幸福を掴むよう啓示を受けていた。

 各国は王族にするのと同じように丁重に女性たちをもてなし、女性たちもその待遇を受け入れた。

 さらに驚くべきことに、女性たちはスキルと呼ばれる能力を女神から与えられていた。

 この世界には魔法も存在するが、それとはまた別の、特殊な能力だ。

 例を挙げると、人の傷を癒したり、植物を成長させたり、動物と会話をしたり、というような。

 女性たちは女神の子として扱われ、次第に神子と称されるようになった。

 神子たちは皆、主に王族や貴族などと情を交わし、結婚し、子をなした。なぜか女児を出産する確率が高く、そのことも神子の地位を押し上げる要因となった。

 それ以降、数年に一度各大神殿に数十人の神子が降臨し、異界の知識やスキルによる文化の発展、女児の誕生も増え、女性不足が解消されたわけではないが、ある一定のバランスを保ちながら、各国は王都を中心に栄えていった。



 ーーーというのが、ながーい前置きで。


 ようやくめでたしめでたしかな、と拍手でもしようかと思っていたら、最後に爆弾を落とされた。


「ーーーで、各国は神子の子孫を増やす目的とその身の保護も兼ねて、夫を複数持たせるようになった」

「は?」

「今では神子に限らず、この世界で生まれた女性も皆その対象となっています」

「いやいやいや」


 まさかそんな。嘘でしょう?


 ここははまさかの、一妻多夫の世界だった。






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