23 必殺、話のすり替え
後ろを振り返れば、そこには昨日ぶりの夫たちの姿があって。
わたしは驚くと同時にものすごくホッとして、何故だか分からないけど涙が出てきた。
崖から落ちたこと。
山の中で夜を明かしたこと。
何より、大怪我を負うウォルフさんを何とかして助けたいと気を張っていたこと。
全てが経験したことのない初めてづくしで、冷静に、今出来ることをと緊張し続けていた。
張りつめていたものが緩んだせいか、やっと安心出来たことに涙が溢れて止まらない。
「ちょっ、ハル様!?このタイミングで泣かれると俺…」
「え?」
泣いている間にわたしは夫たちに回収されるようにウォルフさんから離され、何故だか今はヒューイさんの腕の中にいる。
一方ウォルフさんはそれ以外の夫たち全員から仁王立ちで見下ろされていて。
…あれ、なんでこうなってるの?
「ウォルフ、説明しろ」
「ハルのあの格好…どういうことです?」
「距離も随分近かったねえ」
「ゆるさない」
口々にウォルフさんに詰め寄る夫たちにぎょっとする。
ウォルフさんは苦笑いを浮かべてみんなを見上げていて。すっかり諦めモードだ。
その間ヒューイさんはわたしの全身を確認し、彼ら的にはあられもない格好をしているわたしを周囲の目から隠すべく、ぎゅっと抱きしめる。怪我はない?と心配してくれているけど、ウォルフさんを見る顔つきは他の夫たちと一緒だ。
「ちょ、え、何してるのみんな!ウォルフさんはわたしを助けてくれたんだよ!?」
「それとこれとは話が別だ」
「あの格好のハルと一晩二人きりで?…どうしてやりましょうか…」
「こーんな腹立ったの久しぶりだよ」
「つぶすよ?」
いや、なんでそうなる!?
「ウォルフさん怪我してるの!見たら分かるでしょ?傷の具合を見たくて距離が近かっただけだから!」
必死に説明すると四人は少し頭が冷えたようで、今にも剣を抜きそうな殺気をどうにかおさめてくれた。
ちなみにわたしをぎゅっと抱き込んで毛を逆立てた猫のようだったヒューイさんも、少し落ち着いたもようだ。
「………ハルが手当てしたのかが気になるところだが…ウォルフ、怪我の具合は」
「大丈夫です。多少引きつれた感じはありますが、歩けます」
「見せてください」
カインさんがしゃがんで包帯を外す。
「酷い怪我ですが…治りかけてますね…」
「…本当だ。こんなことあるの?」
リアドさんも覗き込んで驚いている。
どんな状態なのか気になって見に行こうとするのだけど、ヒューイさんが離してくれない。
「元々どんな状態だった?」
「いやー綺麗にスパッと」
「それが一晩でこんな状態に?どんな魔法使ったの」
「神子様の奇跡、ですかね」
ウォルフさんの言葉で一斉に視線を向けられ、なんとも気まずい。
わたしは生成で傷薬を作っただけだ。なんなら一番の功労者はカラクルちゃんである。
ーーーあれ、そういえばカラクルちゃんは?
辺りをキョロキョロ見回すと、お互いの身体を舐め合っている二匹のカラクルちゃんの尊い姿があった。
良かった、再会出来て。
「おいハル、感動してないでちゃんと教えてくれ。ウォルフにどんな処置をした?」
「薬草で傷薬を作って塗っただけだよ。材料はカラクルちゃんが持ってきてくれたから」
「カラクルが?」
わたしは昨日のことを全て説明した。
皆は一様に驚いてカラクルちゃんを見る。
「こいつが?必要なものがどうして分かったんだ」
「さあ…天才だから?」
「ハル、全然深く考えてないでしょ」
だって、考えたって絶対答えなんて出ないもの。
しらっととぼけていたら、そういえば、とシドさんが口を開いた。
「聖典に、カラクルは女神の使いっていう文言があった」
「…ああ、そういえばそんなこと書いてあったな」
クラウドさんも同意する。
聖典とは、女神様の伝承や教えなどが書かれた、神殿の教本のようなものらしい。
そこに、カラクルは女神様の降臨に共として現れ、そのままこの世界に根を下ろしたという伝承が書かれているらしい。
「ハルから女神の気配を感じた為にあれだけ甘えていたのかもしれないな」
「ハルの欲しているものが、この子には伝わるのかもね」
「それでも、この治りの速さは説明がつきません」
「ハル、他になにかした?」
カラクルちゃんやっぱすごいなあと感心してたら、再び注目を浴びてドギマギしてしまう。
「いや、特になんにも。いつも通り生成しただけだよ?」
「どのような材料を使ったのです?」
「えーと確か…ポビンの葉っぱと、ヘルコニウムの花の根っこと、マクロムの木の実と…」
覚えてる自分偉い。全部伝えると、カインさんに困惑顔を向けられた。
「それぞれを生薬として薬に用いるのは知っていますが…全てを混ぜて薬を作るなど聞いたこともありません…」
「そうなんですか?全部傷に効く効能が書いてあったから混ぜちゃったんですけど…」
もしかして、混ぜるな危険、とかだっただろうか。
「あ、でも、作った後にちゃんと鑑定したから、別に危険なものじゃなかったですよ?」
「なんて書いてあった?」
「んーと、消毒殺菌とか、抗炎症とか、治癒力を高めるとか…まあとにかく、なんかよく効くって書いてありました」
「何で最後そんなアバウトなんだ…」
全員にため息を吐かれてムッとなる。
実際めっちゃ効いたんだから良いじゃないか。
そりゃわたしも驚いたけど。
「ハルの見る鑑定には、神の領域の情報も載っているのかもな」
「そうかもしれませんね。カラクルとハルの力がうまく作用したのでしょう」
「まあとりあえずそっちは解決ってことだね。怪我も大したことないみたいだし、次はハルのあの格好についてかな」
リアドさんが怖い笑顔になり、他の夫たちも不穏な空気を漂わせ始める。
「…いや、この足見たら分かるよな?」
「分かるけどね。それでもあのハルを視界に入れたっていうだけで頭が沸騰するほど腹が立つんだよね」
「同感です。記憶を消してやりたくなります。やってみますか」
「いやどうやって!?」
「たこなぐりで消す。存在も」
「シド、お前はいつも一言が物騒なんだよ!…っておい、本気じゃねえよな?拳握るんじゃねえ!」
わいわい騒ぎ出したオーバー二十の男たちを呆然と見ていると、ヒューイさんがハル、と声を掛けてきた。
「僕もあいつ殴ってきたいんだけど」
「ええー…」
「すぐ終わるから」
「いやいやいや」
わたしから手を離そうとするヒューイさんの服を、逆にぎゅっと握る。
「ここにいましょ、ね。…というか、ウォルフさんってクラウドさん以外にはあんな話し方なんですね」
必殺、話のすり替え。
「…まあ、元々隊長仲間だったしね」
「元々?」
「そう、“元”諜報部隊隊長。あいつ、ハルに不敬を働いたんでしょ?団長がボコボコにして任を解いたんだ」
「え!?」
クラウドさんが言ってた褒美って、そういうこと!?
「そんなの…不敬でも何でもなかったのに!」
「まあ良い薬だったんじゃない?ハルと関わって、あいつも考え変わったでしょ」
「わたしと関わって…?」
「あれ、昨日聞かなかった?あいつここ最近ずっと…」
「ヒューイ」
いつのまにかクラウドさんが側まで来ていた。
「その続きは本人からさせる。………ハル、怪我はないか?」
「大丈夫。心配かけてごめんなさい」
「全くだ。この一晩どんな思いだったか…無事で本当に良かった」
「ウォルフさんのおかげだよ。ウォルフさんが助けてくれなかったら、わたしは絶対生きてなかった」
「…ああ、ウォルフには褒美をやるよ」
「ボコボコにするんじゃないよね!?」
「…聞いたのか?ちゃんと喜ぶ褒美をやるよ。今度は」
…本当かなあ…
疑いの眼差しをするわたしに、クラウドさんは心外そうに片眉を上げる。
「随分と心配するな。奴が気に入った?」
「えっ。…どうしていつもそういう方向に話を持ってくの」
「お前があまりにウォルフウォルフ言うからさ。正直嫉妬で気が狂いそうだ」
言って、相変わらずヒューイさんに包まれたままのわたしの顎をすくい、キスをした。
たっぷりと、触れるだけのキスを。
「ちょっと団長!?僕まだなのに目の前でキスとか何の拷問!?」
キーキー言うヒューイさんを横目に、クラウドさんは余韻を残して唇を離す。
わたしは、とにかく羞恥で固まっていた。
…まただよ…また人前で…しかも屋外で…
静かに佇んでいるので存在を忘れそうだが、周囲には護衛の騎士さんたちもいるのだ。
恥ずかしさで消えてしまいたくなる。
それでも、久しぶりの感触に幸福を感じてしまう自分もいて。
…わたしはこのままどんどん破廉恥になっていくに違いない…
破廉恥街道を闊歩する自分を想像して戦々恐々としていると、クラウドさんは少し強めに頭を撫でてきた。
「慣れない環境で疲れたろ。さ、帰ろう」
その言葉に、じんわりと胸が温かくなるのを感じる。
帰ろう。
ああそうだ、あそこはもうわたしの家で。
家族と共にある場所で。
わたしには、帰る場所がある。
そんな何でもないことがすごく嬉しくて、ちょっぴり泣きそうになりながら、大きく頷いた。
ちなみに。
結局何発か殴られたらしいウォルフさんは、夫たちから浴びせられる壮絶な嫌味を帰りの道中ずっと受け続けるはめになった。
誤字報告をいただき修正しました。
人名間違えるとか、作者としていかんことをしてました…
ご報告いただきありがとうございました。




