21 必殺、乙女のわがまま
ぱちぱちと火の爆ぜる音がする。
ほんのり温かくて、薄っすら目を開けると、オレンジ色の灯りが見えた。
そこでようやく意識が覚醒する。
…わたし、落ちたよね?
崖から真っ逆さまだったよね?
なのに…生きてる!?
慌てて身体を起こすけど、同時に身体に鈍い痛みが走る。
「っ…」
「いきなり動かない方が良いですよー。身体中打ち身だらけなんだから」
急に話しかけられてドキリとする。
声の方を見れば、そこには焚き火の明るさにも負けない、鮮やかなオレンジ色が。
「…ウォルフ…さん…?」
「おや。俺なんかの名をよく覚えてましたね」
そこにいたのはあの夜以来となるウォルフさんだった。
隊服の上着は脱いで膝にかけ、下に着ていた黒の綿生地の服は何故か両袖が切り取られている。なので火に薪をくべる腕は剥き出しだ。見事な上腕二頭筋がこれでもかと主張していて、筋肉フェチにはたまらない光景だろう。
なんて、そんなこと考えてる場合ではなく。
「どうして、ここに?」
「そりゃまあ、護衛ですから?」
聞けば飄々と答える。
その様子は前回会ったときと変わらないが、あのときの刺々しさは感じられない。
「護衛?…え、でも、護衛の騎士さんの中にはいなかった気が…」
「そりゃ、あなたが馬から降りてるときは隠れてましたから」
「え?なんで?」
「団長の命令ですよ」
短い説明で終わらせてしまう。
クラウドさんは何故そんなややこしい命令をしたんだろう。
「それより、酷く痛むところは無いですか?」
「大丈夫です。動けないほどじゃないので」
そう言って立ち上がったり腕を回してみせる。
そうしてみて、初めて自分のいる場所を認識した。
今いるのは、大きな岩の窪んだ所で。
洞窟というには浅すぎるけど、少しの雨風なら凌げそうな場所だ。
辺りはまだ暗くはなっていないけど、一体どれくらいの時間が経ったのだろう。
「ウォルフさん、わたしたちあれから、一体どうなったんですか?」
「…崖から落ちたことは覚えてますね?今はあれから二時間経ってないくらいです。落ちた場所が木々の鬱蒼とした場所で視界も悪いから、発見されやすそうなここに移動しました。まあ、その木があったおかげで助かったようなもんですが」
「…ウォルフさんが助けてくれたんですか?」
「…まあ、護衛ですから」
「ありがとうございます」
「は?」
「絶対死んだと思ったんです。それだけ高い場所から落ちたって分かってたから。それでもこうして大きな怪我もなく助かるなんて…本当にありがとうございます。無茶させてごめんなさい」
いくら護衛だからって、自分の命をかけてまで助けてくれるなんて。一歩間違えれば二人とも死んでたかもしれないのに。
「あんた…調子狂うな。俺の顔見た瞬間罵倒される覚悟でいたんだが」
「罵倒?」
どうして?そんなことするわけない。
「この前の俺の無礼な態度、忘れたわけじゃないですよね?」
「無礼?……え?報告してくれただけでしょう?」
まあ、確かに少し怖かったことは否めないけど。でも。
「間違ったことは言ってなかったし、はっきり言ってもらったからこそ知らないままで終わらずに済んだから。逆に感謝してるくらいです」
言うと、ウォルフさんは変なものを見るような目で私を見てくる。
「あんた…ほんとに神子ですか?」
…これ、この前もヒューイさんに聞かれたな。
あ、ヒューイさんは本当に女?だっけ。
女は確かに女だけども…
「さあ、どうなんでしょう…?スキルはあるし言葉も文字も分かるけど、そもそも女神様に会ってませんし。他の神子様にも会ったことないから、神子の正解がなんなのか分からないんですよ」
わたしもスッキリしないんですけど、と続けると、ウォルフさんも複雑な顔をして押し黙る。
聞いたのそっちなのに。なんか返してほしい。
えーと、と言葉を続けようとしていると、わたしのお尻に何かが、さわ、と触れた。
「ひっ!?」
蛇!?急に動かない方が良い!?噛まれる!?
恐怖しながら恐る恐る確認すると、そこにいたのは例のカラクルちゃんだった。
「君、なんで?一緒に落ちちゃったの?」
こんな小さい子を巻き込んでしまったのだと思ったら、とても恐ろしくなった。怪我がなさそうで本当に良かった。
けれど、ウォルフさんは呆れ口調で。
「そいつですよ。あんたを突き落としたのは」
「へ?」
「二匹いたんですよ、あそこには。片割れがあんたに甘えてるのを見て、自分も甘えたくなって飛びついたんでしょう」
「………ええ?」
じゃあ何か。お腹にタックルしてきたのはこの子だったと?
「君ねえ…」
ため息を吐きながら手をやるとスリ、と甘えてくるものだから、もうそれ以上言う気になれない。言葉が通じるなら、まずウォルフさんに謝れ、というところだけど。
ーーーそうだ。
「ウォルフさんは?怪我はないんですか?」
「ああ全然。頑丈なんで」
即答で返されたのが何だか怪しい。
さっきから岩を背もたれにして微動だにしないところも怪しい。
あの高さから落ちて大きな怪我もなく無事なんてこと、あるだろうか?
全身をじっくり観察すると、顔や腕に擦り傷はあれど、大きな怪我は見当たらない。
違和感はやはり膝にかけてある隊服だ。
無言でそれを剥ぎ取ろうとして、
「ちょっ、何するんですか」
「ちょっとこの下が気になって…」
「え、野外でするのが趣味ですか?」
「違う!!」
どうしてそうなる!
「良いからこの上着をどかしてください」
「嫌ですよ。なんでですか」
「じゃあ、わたしにこの上着を貸してください。寒いんです」
必殺、乙女のわがまま。
卑怯な手だが、致し方ない。
ウォルフさんは何ともいやーな顔をしていたが、渋々上着をわたしに渡してくれた。
案の定、上着で隠していた場所は酷いことになっていた。
ズボンは左足の腿の部分から脛までビリビリに割かれ、顕になった大腿部には黒い布を縛りつけている。インナーの袖を破いて使ったのだろう。
綿の布にはたっぷりの血が染みこみ、どす黒く染まっていて…傷の大きさを物語っている。
なんてひどい…
これだけの怪我を負っておいて、よくもあれだけ涼しい顔で話せていたものだ。
ウォルフさんはこんな傷を引きずりながら、気を失ったわたしを抱えてここまで移動してきたのだ。傷口が広がったのは言うまでもない。
苦い気持ちでいっぱいになる。
「…ごめんなさい」
「謝るのはこっちです。こんなん、女性に見せるもんじゃない」
「………」
「何でそんな顔をするのか、俺には分からない。俺は俺の仕事をしただけだから、あんたが気にすることじゃないんですよ」
フッと笑うその額には汗が浮かんでいて。
痩せ我慢だと、今は分かる。
どうしよう。どうしたらいい?
ああ、確か他の神子には傷を癒す力を持つ人がいると言っていた。わたしにその力があれば良かったのに…!
鑑定も生成も、こんなところでは何の役にも立たない!
………いや、待って?
こんな山の中なら、薬草みたいなものもあるんじゃない?
それを生成したら、傷薬が出来たりしない?
気休めかもしれないけど、やらない手はない。
「ウォルフさん、わたしちょっと…」
言って立ち上がろうとしたら、手首を強く握られた。
「ウォルフさん?」
「どこ行くつもりです?」
「わたし、薬草を見つけたくて。鑑定を使えば絶対に間違えないので…」
「いい。あんたがそんなことする必要はない」
「でも…!」
「もうじき日が暮れる。あんたを行かせるわけにはいかない」
「遠くには行かないから!」
お願いです、そう言ってもウォルフさんは決して離してくれない。
どれだけ頼んでも一向に手首の拘束が解ける様子はなく、わたしが腕を引く度に眉根を寄せて辛そうな顔をするものだから、仕方なくその場に座り込んだ。
「ウォルフさん、もう行かないから、離して?」
「駄目です」
「ずっとこの体勢だと辛いでしょう?お願い、横になって。側にいるから」
「………」
やはりしんどかったのだろう。
背もたれにしていた岩に沿うようにずるずると上半身を横にした。わたしの手を掴んだまま。
「ウォルフさん…」
「絶対に離さない。あんたに何かあったら、俺が団長たちに殺される」
言って目を閉じる。
そっと額に触れると、かなり熱い。傷口が炎症を起こしているのかもしれない。
せめて消毒出来れば…
弱っているにも関わらず、決して拘束を緩めようとしないその意志の強さはすごいけど、まず自分のことを考えてほしい。
血は止まっていそうだけど、炎症が酷くなったら、下手すると足を…
嫌な想像をしてしまって、ぶるりと身体が震える。
「…寒い、ですか…?俺の服、着てください」
「寒くない。わたしは大丈夫だから、ゆっくり休んで」
ウォルフさんが再び目を閉じるのを見て、息を吐く。
ーーーと、もう片方の手をふわ毛がくすぐるのを感じて、見るとやはりカラクルちゃんが身体を擦り付けていた。
わたしの意識が向いたことが分かると、少し距離を取り、ちょこんと座る。
その前には草の葉っぱやら何やらがもっさり積んであって。
「どうしたの、これ?取ってきたの?」
わたしの言葉が分かるのかタイミングよく、なあ、と鳴く。
鼻先で葉っぱをわたしに押す仕草を見ると、どうやらわたしの為に取ってきてくれたらしい。
いやわたし、さすがに草をそのまま食べたりはしないんだけど…
その気持ちは嬉しいけども…と遠慮したら、もう一度なあ、と強めに鳴かれた。
量を見ても明らかに何往復もして取ってきてくれたものだと分かるので、無碍にもしづらい。
えーと…でも、毒とか平気?ちょこっとかじるくらいなら大丈夫?
…あ、火で炙ればいけるか?
調理法でも書かれてないかと鑑定して。
「!!?」
目ん玉が落ちそうなほど驚愕した。
五種類ほどある草や花の根や木の実などは全て、傷薬を作る材料だったのだ。
「あなた!なんてお利口なの!天才!?天才なのね!?」
片手が使えないのでもう片方でおいでおいでして、めいっぱい撫でまくる。カラクルちゃんも全身をわたしに擦り付けて甘えてくる。
褒めて褒めてと言わんばかりのカラクルちゃんを、わたしはありがとうの気持ちを込めてぎゅっと抱きしめた。




