19 えーと…つまりそういう話なのね?
翌日、宣言通りやってきたヒューイさんは、婚姻証明書を掲げて、これで夫婦だから、と高らかに宣言した。
朝少しだけ顔を出したクラウドさんも、苦笑しながら仕方ないなと言って、ヒューイさんにわたしを託しお仕事へと向かった。
その後は昨日と同じく、わたしの部屋と敷地内を行ったり来たりするヒューイさんに、何かお礼は出来ないものかと考え、お昼は手作りの料理を用意した。
レモンパスタとポトフを出したらすごく驚かれて、でも美味しいとおかわりまでしてくれたのでホッとした。今のところ、わたしに出来るのはこれくらいだ。
その後、一緒に庭に出て、描かれた魔法陣に魔力を注ぐところを見せてもらった。初めての光景にものすごく感動した。わたしにはどれだけの魔力を注いでいるのかは皆目見当もつかないけど、ヒューイさんの周囲がなんかこう、ぶわっとなって、ほのかな光をまとっていて、とても綺麗だなと思った。
どうやらこれで障壁とやらは完成したらしい。
見た目には何の変化もないけど、この敷地内はヒューイさんが許可したもの以外、人も魔物も侵入不可となったらしい。野生動物なんかは入り込む可能性もあるけど、危険な動物であれば途中の基地内で退治されるから問題ないらしい。人と魔物も同じだと思うけど…
ともかく、外部からの魔法や攻撃も跳ねつけるそうなので、もはや絶対不可侵の城塞のようだと、驚きを通り越して感心してしまう。
一段落ついた頃にはもう夕方で、カインさんとシドさんが仕事を終えて戻ってきたので、四人で夕食を摂ることになった。お昼のときも思ったけど、ヒューイさんも可愛いお顔に似合わずよく食べる。好き嫌いもなく、出されたものは何でも完食する主義らしい。
食べ終えた頃に、ヒューイさんがところで、と切り出した。
「僕はいつ、ハルと夜を過ごせるの?」
どういう順番?と聞かれて、わたしははて、と首を傾げた。
どういう順番とは何のことだろう。
わたしが意味を理解しかねていると、カインさんが気の毒そうな眼差しをヒューイさんに向けた。
「ヒューイの順番は、しばらく来ません」
「………は?」
「私たちも一昨日、ようやくキスを許してもらったばかりなので」
「はあ!?」
目を見開き、わたしとカインさん、シドさんを交互に見つめ、信じられない…と呟いた。
「……え、キス?一昨日?ようやく?」
「はい」
「え?結婚してどれくらいだっけ?」
「ひと月ほどでしょうか」
「それでようやくキス…?」
信じられない、と再度呟き、わたしを凝視する。
えーと…つまりそういう話なのね?
そういえばヒューイさんには話してなかったね…
話してなかったけど…だけど!
こんな、食後の雑談みたいに話す内容かなぁ!?
「神子がじらすとか、そういうのも聞いたことあるけど、それにしたってひと月って…」
ヒューイさんは恐る恐るといった体でとんでもない言葉を放った。
「部屋で二人きりで?ひと月生殺し…?え…悪魔なの…?」
………だから!悪いと思ってるってば!
とにもかくにも、ヒューイさんにはご納得いただいてーー本人はとても不服そうでしたがーーその日はそれで解散となりました。
それから数日後。
空は快晴。雲一つない抜けるような青空が広がっていて。気温も高過ぎず低過ぎず、過ごしやすい気候で。
ようするに。
「ピクニック日和だー!!」
青空に両手を掲げて叫んだ。
そんなわたしを、やれやれと微笑んで見守る夫たちの目はすこぶる優しくて。
ああ幸せだなと満ち足りた気持ちでいっぱいだ。
約束通り全員がお休みの日に、馬に乗ってお出かけをすることになった。
ヒューイさんも同行出来るということで、夫五人と護衛の騎士さん五名という大所帯で、領内散策に出発だ。
岩山へ行きたいというわたしの意見をバッチリ考慮した上で、今日は早めに屋敷を出て岩山へ向かい、どこか良い場所でお昼を食べ、麓の街へ戻りウインドウショッピング、という流れになった。
山道を行くということで、今日のわたしの服装は布面積がかなり大きい。
残念ながら女性用のズボンというものは存在しないらしく、馬にまたがっても足が露わにならないよう、下着用のシュミーズの裾は広がっており、その上に足元までの長いチュニックを着て、更に巻きスカートをすることで足元にボリュームを持たせている。
これだけ厳重にしているにも関わらず、馬に乗る際には更に膝掛けを巻きつけるというのだから、夫たちの警戒っぷりにちょっと引く。
わたしが誰の馬に乗るかでひと騒動あったらしいけど、結果シドさんの馬に乗せてもらい、騎士団基地をぐるぐるとくだりながら山を下りて行く。
一番前と最後尾を護衛の騎士さん、わたしの前後左右をみんなが囲んで進む姿は、どこの大名行列だよと言いたいレベルである。
更に夫たちは、勤務中の騎士さんがわたしを見るのもお気に召さないようで、進行上に誰かを見かける度にものすごい圧をかける。かけているのが団長以下隊長クラスの上司たちなものだから、皆蟻の子を散らしたように消えてゆく。
異世界のパワハラ、ここにあり。
「ハル、大丈夫?辛くない?」
シドさんが気遣うように声を掛けてくれて、その優しさにほっこりする。
その手が、前に座るわたしを両側から囲うように手綱を握っていて。まるで抱き込むような体勢にドキドキするし、安心もする。
「うん大丈夫。ありがとうシドさん」
バランスが崩れそうでうまく振り返れないけど何とかシドさんの方を見れば、ゆるく微笑んでいてまたほっこりする。
「ちょっと、二人の世界に入るのやめてよね」
右手からヒューイさんに突っこまれて顔が熱くなる。
そんなつもりないのに。恥ずかしいのでやめてほしい。
基地を抜けてまた山を下って行くと、民家がちらほらと見えてきて、その一戸一戸の距離が近くなり、段々と密集し、やがて商店などが立ち並ぶ街並みへと変化する。
「ここが話してた麓の街?」
「うん」
「思ってたより賑やかだね」
「団員がよく来るから」
「シドさんもよく来るの?」
「たまに」
今日はシドさんとたくさん会話出来るなと思ったら、今は顔を見て話せないからだなと思い至る。顔を合わせてるときは、頷いたり首を振ったりで意思疎通出来ちゃうからね。
シドさんは口数は少ないけど、低すぎず高すぎず、耳触りの良い落ち着いた声をしていて、聞いていてとても心地よい。
馬に揺られながらのシドさんとの会話は、非日常にいることをますます実感させた。
商店街を通り抜けながら、後で寄るためのめぼしいお店をチェックしつつ進む。しばらく行くと街の出入り口らしき門が現れた。門番として立っているのは騎士団の騎士さんで、敬礼で見送られた。
街を出ると街道が続いていて、緑豊かな木々の間を馬を走らせて進む。小一時間ほど走った頃、ようやく岩山の裾野へ辿り着いた。
高く聳え立つ岩山を見上げて、ほう、と息を吐く。
やっぱり綺麗。バルコニーで見ていたのと同じ、キラキラと色んな色に輝いている。岩というよりは原石の集合体のように見えて、うっとりと見惚れてしまう。
そんなわたしを困惑気味に見つめるのは、夫と護衛さんたちだ。
いやそんな、頭大丈夫か、みたいに見るのはやめてもらいたい。
「キラキラ見えるの…やっぱりわたしだけ?」
「ああ。俺たちには何の変哲もないただの岩にしか見えない」
「そっかあ…何でなんだろ」
「ハル、鑑定してみたらどう?」
リアドさんに言われて、ああそういえば、と屋敷にいるときにはあまり使うことのない鑑定を久々に使ってみた。
ーーーで。
わたしは、視界いっぱいにダダダと飛び込んできた情報量の多さに倒れそうになった。
慌てて側にいたクラウドさんが支えてくれる。
「大丈夫か?何が見えた?」
……いや。いやいやいや……
「ハル?」
「クラウドさん…」
「どうした」
「ここ、やばいです…」
「やばい?」
わたしの抽象的な物言いではもちろん理解出来ないだろう。
わたしも言葉で伝えるのはとても難しい。
ので。
そろりと岩山に近付いて手を当てる。
少しだけ。すこーしだけ。と念を込め、心の中で生成と唱え、必要分を取り出す。
目的の物を両方の手の平に乗せ、皆に見えるように差し出す。
「一気にいきます。これ、金です。こっち、プラチナです。これがダイヤで、これが黒水晶で、これが聖銀です」
両手が塞がっているので、目で指し示しながから説明する。
けれどみんなは無反応で。
「もう一回説明した方が良い?えっとこれが…」
「いやちょっと待て」
クラウドさんが手をかざして止める。
皆が皆、顔をひきつらせて固まっている。
そうだよね。混乱するよね。分かるよ、わたしも同じ気持ちだもん。
ついさっき、原石の集合体みたい、なんてロマンチックに考えてたけど、みたいじゃなくて、まんま原石の集合体だった。
いやおかしいでしょ。一つの岩山からこれだけあらゆる鉱物が出てくるなんて、条件的にありえることなの?異世界だから?異世界だと普通なの?いや普通だったら皆がこんなに驚くことないよね?
………だめだ。どのレベルで驚くのが正解なのかが分からない。
ちなみに聖銀って何だと思って鑑定したら、色々書いてあったけど、ようするにすごく硬い金属ってことらしい。
わたしが聖銀を調べている間も、皆はなかなか現実に戻ってこれないようで。
困ったなと護衛さんたちを見たら、更に顔色をなくして固まっていて。
えーと。どうしたら良い?
鉱物たちを乗せている手がプルプルしだした頃になってようやく、皆が我に返った。
「ハル、これらの希少鉱石はこの岩山にどれくらいある?」
「見えてる限りほぼキラキラしてるから、多分表面を削ったらいっぱい出てくるんじゃないかな…?」
うっ、と唸るものだから、申し訳なくなってくる。
「知らない方が良かった?」
「いや、すごい発見だ。すごすぎて、どう処理するか考えてる」
クラウドさんは表情を極力変えないよう努めているのだろうけど、眉毛がピクピク動いている。
ここまで動揺するのは見たことがない。
「…この領地に価値があると世間に知れたら、干渉してくる輩が出てくるに決まってる。とりあえずこれをどうするかは保留だ。ここにいる全員、秘密厳守。良いな」
護衛の皆さんも含め、全員が重々しく頷く。
………すごい大発見だとは思うけど、明らかに困らせている気がして申し訳ない。
でも、鑑定に書かれてる通りにこの材料を使えばもしかして…
「クラウドさん、この鉱物、もう少し取って持って帰ったりしたらだめかな?」
「いや、この領地はハルのものだし構わないが…どれくらいだ?それなりの量ならあまり下から削るのはまずいんじゃないか」
「確かに…えっと、これくらい欲しい…かな」
五人の腰に差している物を見ながら、それなりの量を手で表す。
「そうなると、もう少し登って上の方から採掘した方が良いだろうな。馬でも登れるが、山道を迂回して行くから少し時間がかかるぞ。街に寄る時間が無くなるかもしれないが…どうする?」
「うー……んー……うん、それでも行きたい。街の散策はまた次のお楽しみにしておく」
「分かった。なら少し早いが今のうちに昼飯にしよう。山道だとくつろげる場所もないしな」
クラウドさんの一言で、岩山を前にしてのランチタイムとなった。
夫たちがシートを広げたりと準備をしている間に、わたしは腰に下げたポーチから、お弁当箱を取り出す。
そう、これはヒューイさんお手製の四次元ウェストポーチである。ポーチとベルトが一体型になっているもので、わたしのサイズに合わせて作ってくれた特注品だ。
この中には大きな大きな三段弁当が四つも入っている。早起きして作った特性弁当だ。
シートの上に蓋を開けて並べていくと、みんながおお、と感動の声を出してくれて嬉しくなる。
中身はお弁当の定番である唐揚げや卵焼きに加えて、ポテトサラダに胡麻和えに煮物などのおかず。おにぎりは鮭と塩むすび、肉巻きおにぎりを、とにかくぎゅうぎゅうにこれでもかと詰め込んである。お米のある世界で良かった。本当に良かった。
よく食べる夫たちも、そして騎士さんたちも、これだけあれば十分だろう。
「じゃあ、みんなで食べましょ。騎士さんたちも、どうぞ座ってください」
わたしが言うと、途端に夫たちの目つきが変わった。
「ああ?何言ってる」
「ハルの弁当を俺たち以外に食べさせる?冗談でしょ」
「何故そんな必要が?」
「ありえないから」
「おこがましい」
クラウドさんは剣呑な目つきで、リアドさんは冷笑を浮かべて、カインさんは氷のような表情で、ヒューイさんはあからさまに怒った様子で、シドさんは不穏な雰囲気を漂わせて、それぞれ言い放った。
「え、え?」
「それともハルは、彼らを夫にしたいの?」
リアドさんが目を細めて聞いてくるが、そんなわけはない。
「え、違っ、そんなはずないでしょ?ただ、護衛をしてくれてるからお礼にって…」
「女性の外出に護衛が付くなんて当たり前のことじゃん。え、ハルって男に何かしてもらう度毎回こんなことしてんの?」
「否めないですね。私たちと結婚する前からお礼と称して食事の提供やら何やら、やたらと気遣ってくれていましたから」
「はあ?そんなことされたら男なんてイチコロじゃん!あんた男を何だと思ってんの?」
「ええ!?」
「ハルはそういう迂闊なとこが可愛いが、夫以外にされるとこんなに腹の立つことはないな」
「これ以上他の男に優しくするなら、部屋に閉じ込めて一生出さないよ?」
いっつもシドさんのシメの言葉はなんか怖い!
人として当然のことをしてるだけなのに何故この言われよう!解せない!
「あ、の…我々少し離れた場所で警備しておりますので…」
すすすっと消えて行く騎士さんたちに謝罪の言葉をかけたいが、夫たちの視線がそれを許してくれない。
ごめんなさい!
心の中でめっちゃ謝り倒した。
その後、夫たちはガラリと空気を変え私のお弁当に舌鼓を打っていたけど、わたしはなんとも複雑な気分でおにぎりを咀嚼するしかなく。
十人分を想定していたお弁当は、五人のお腹に綺麗に消えていった。




