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18 「夫!?」

 その後。

 リアドさんがお茶を持って戻ってきて、ちょこちょこ会話をしながら作業を見守ること数時間。ヒューイさんは巻物に計算式みたいなものや魔法陣みたいなものを書いて、再び部屋を出て、また戻って書き書きして部屋を出て、を繰り返すことおよそ…何回だ?とりあえず五回以上は繰り返していたと思う。

 魔法って、こう手にエネルギーを集中させて、目標物にハァッ!…みたいなイメージがあったのだけど、とても緻密な計算が必要なのだなと初めて知った。

 ちなみに、今回みたいな広範囲に及ぶ魔法だったり、様々な条件を付けたりする場合は色々な手順が必要で、魔物に対峙したときなど範囲や目的が限られているときはわたしのイメージ通り、ハァッってやったりするらしい。

 魔法って奥が深いのだなとわくわくする。

 リアドさんたち四人も魔法を使って戦ったりするらしく、特にシドさんの率いる魔法騎士隊は名前の通り、剣と魔法を同時に扱いながら戦う、二刀流?を得意とする人たちらしい。

 リアドさんの場合は、片手に魔法を集中させながらもう片方で剣を使うのがあまり得意ではないそうで、専ら剣一本で戦うことが多いらしい。

 剣に魔法をまとわせたりとか出来ないの?と聞いたら、リアドさんもヒューイさんも目から鱗、みたいな表情になって、ヒューイさんは一旦作業を中断し、別の巻物を取り出してぶつぶつ言いながら何かを書き殴っていた。よい結果に結びついてくれると嬉しい。


 そんなこんなで、すっかり日が暮れた頃。

 ペンを置くと、ヒューイさんは大きく伸びをした。


「終わった?」

「今日のところはね」


 首をこきこきしながら返事をして、テーブルに散乱した道具たちをまとめ始める。


「明日続きをやるから、このまま置いといても良い?」


 尋ねるヒューイさんに、リアドさんは眉尻を落として、残念、と返した。


「明日は無理だよ」

「は?なんで」

「明日は私たち皆、ここには来れないんだ」

「え?」


 リアドさんの言葉に、わたしが反応してしまう。


「来れないの?みんな?」

「うん、ごめんね。明日は四人ともどうしても外せない業務があって。申し訳ないけど、明日は部屋で過ごしてくれる?」

「…うん。分かった…」


 正直とてつもなく寂しいけれど、こればっかりはどうしようもない。今までだって皆、頑張って調整して、わたしの側にいてくれたのだ。そういうときだってあるさと割り切らねば。わたしは理解ある奥さんだ。うん。

 自分に言い聞かせていると、ヒューイさんが機嫌悪そうに口を開いた。


「で?それと僕が来ちゃいけないことと何の関係があるのさ」


 腰に手を置き、ぷんすかモードだ。

 しかしリアドさんも、何故か冷気を放つような怖い笑顔を向ける。


「当たり前でしょ?大事な妻と、夫でも何でもない男を二人きりにさせるわけないじゃない」

「………」


 リアドさんの言うことは的を射ていて、確かに夫のいない場所で異性と二人というのは、世間体が悪いだろう。何かが起こるなんてそんなおこがましいことは露ほども考えていないけど。


 けれどヒューイさんは、無言のままリアドさんを睨んでいて。

 リアドさんは全く意に介する様子もないけど、何だか空気がピリリと張り詰めている気がして、わたしがオロオロしてしまう。

 二人とも急にどうした?

 わたしが交互に二人の様子を窺っていると、ふいにヒューイさんがこちらを向いた。


「だったらハル、僕をあんたの夫にしてよ」


 突然告げられた言葉は、すぐにはわたしの耳に、意味を持って入ってきてはくれなくて。

 なんとなく、今、お願いごとをされたなぁ…くらいにしか理解出来ず。

 たっぷり三十秒ほど経ってから、意味を理解するとともに素っ頓狂な声が出た。


「夫!?」

「いや反応遅すぎでしょ。どんだけ固まってんの」

「いやだって…夫!?」

「そうだよ」


 そうだよじゃなくて!

 この見た目王子様は一体全体何を言っているのか。

 よりによって夫にしてよとか、ちょっとこれやっといてよ的なノリで要求するものじゃないのでは?

 というかそもそも、男性側から求婚しちゃいけないってクラウドさん言ってなかったっけ?

 これ罰せられない?大丈夫?

 不安になってリアドさんを見ると、やれやれと諦めたようにソファーでくつろぎ始める。

 いやちょっと!あとは二人で何とかしてみたいに放置しないでよ!

 リアドさんに抗議をしようとしたら、いつのまにかヒューイさんが側まで来ていて、そちらに意識を持っていかれる。


「嫌?」

「い、いやというか、わたしにはもう四人も夫がいますので…」

「たった四人でしょ。僕が五人目じゃ不服?」

「不服、とかそういうことじゃなくて、わたしはもう、本当、四人で十分で…」

「僕の匂い、好きって言ったでしょ」

「へ?」


 ………ああ、そういえばそんなことも、言った、ような……


「知ってる?相性の良い相手の香りって、良い匂いに感じるんだってさ」


 いや、初めて知りました。

 相性云々関係なく、良い匂いは良い匂いなのでは?と思うけど、確かに匂いが無理な人はダメかもしれない。逆に四人の夫の香りを思い出して、ああ、確かに好きだな、と思った。

 必然的にそれぞれと近距離で過ごした時間を思い出し、顔が火照りそうになる。

 すると、ふいにヒューイさんがわたしの髪を一房掬い上げた。


「誰のこと考えてそんな顔してるの?今目の前にいるのは僕なんだけど」


 あまりの近さにドキリとする。


「僕も好きだよ、あんたの匂い。甘くて、良い匂いがする」


 言ってそっと髪に口付ける姿に、幼さなどかけらもなくて。

 “男”に豹変したヒューイさんは、魔性の魅力でわたしに迫った。


 ど、どうしよう。どうすれば良い?

 リアドさんの反応が知りたくて顔を向けようとすると、やんわりと両頬に手を添えられた。


「僕が聞きたいのはあんたの返事。まず好きか嫌いか。どっち?」

「ええ?」

「嫌い?」

「嫌いでは…ないです」

「じゃあ好き?」

「いや、そんなの!だって、今日会ったばかりですよ?」

「じゃあ知って。結婚すればいくらでも知ることが出来るでしょ」

「何でそんなに結婚にこだわるんですか!?」

「だってそうしないと、あんたと二人になれないじゃん」

「二人じゃなくたって、会うことは出来ますよね?」

「嫌だね。僕はあんたと二人になりたい」

「なんで!?」

「好きだからに決まってるでしょ」

「!?」


 突然の告白に唖然とする。

 ヒューイさんがわたしを好きになる要素、どこにあった!?

 信じられないものを見るように目を見開くわたしに、ヒューイさんは気まずそうな顔をする。


「好きになっちゃったんだからしょうがないでしょ。チョロいって思われても良いよ。あんたのこと、普通とか言ったけど間違ってた。あんた、めちゃくちゃ可愛い。あんなキラキラした目で見られたら男なんてコロッといくに決まってる。良い匂いがするし、柔らかいし、リアドたちをずるいって思う。ねえお願い。僕をあんたの夫にしてよ。大事にするし、守るから」

 

 真剣な眼差しがわたしを捕えて離さない。

 こんなに澄んだ瞳で、真剣な告白をされて、嬉しくない人などいないだろう。

 ーーーでも、これ以上夫なんて…


「ハル」


 リアドさんの声にビクリとする。

 ためらうわたしは、最低な妻だ。

 けれどリアドさんはわたしの心情とは真逆なことを言い出した。


「ハル、頷いてあげて」

「…え?」

「ハルにはヒューイが必要だ。ハルの為にも、ヒューイと結婚した方が良い」

「なんで?だって…」


 やっとみんなと心を通わせられたのに。

 こんなの裏切りじゃないか。


「違うよ」


 リアドさんはわたしの心をのぞいたかのように否定する。


「私たちはハルの為ならどんなことだって受け入れられるし、ハルが幸せになる為ならどんなことだって出来るのだよ。ヒューイと結婚することはハルにとってプラスしかない。ヒューイはハルを好きだし、ハルだって嫌には感じていないでしょ?」

「それは…」


 そうかもしれないけど…でも…


「ああもう!ごちゃごちゃ言ってないでこれにサインして!早く小神殿に持っていかないと今日中に受理してもらえないでしょ!」

「ええ?」


 目の前に突きつけられたのは見覚えのある紙ーーそう、婚姻契約書だ。なぜここに!?いつのまにサインしたのか、そこにはヒューイさんの名前がしっかりと書き込まれていて。

 ほら、早く、はい!とペンを差し出され、強引に持たされ、テーブルへ誘導される。


 さあ書いて今書いてすぐ書いてとせっつかれ、あれよあれよというまにサインをしてしまった。

 じゃ、出してくるから!また明日!と言い置いて、ヒューイさんは出て行った。


 あとには、呆然と立ち尽くすわたしと、呆れた顔つきのリアドさんが残されて。


「ハルって押しに弱いよね。王都へ行かなくて本当に良かった」


 ぼそりと呟くように言われて、なんとも言えない気持ちになる。

 確かにそうかもと思ってしまう自分が、なんとも情けなくなった。



 後日知ったことだが。

 ヒューイさんとの顔合わせは、夫たちが仕組んだお見合いのようなものだったらしい。

 話していた第一騎士団との交渉に必要な協力者がヒューイさんだったようで、わたしの夫となれば行動が起こしやすいとかなんとかで、囲い込みを仕掛けたらしい。

 そういうことは先に言っておいてほしい。しかも、ヒューイさんがわたしを気に入らなかったらどうするつもりだったのか。

 尋ねたら、それは絶対にありえない、と断言された。

 夫たちの自信はどこから湧いてくるのか、謎でしかない。





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