17 「すごいです!天才です!近未来です!」
突然乱入してきた声に、わたしは文字通り飛び上がった。
二人きりなものと思い込んでいたのになぜ!
見られた?見られた!?
嫌な汗が出てきて、心臓が早鐘を打っている。
そんな動揺しまくりのわたしとは裏腹に、リアドさんは余裕を崩さない。
「早かったね」
「まあね」
「で、どうだった?出来そう?」
「なめないでくれる。僕が出来ると言ったら出来る」
淡々と会話が進んでいくけど、わたしのこの動揺はどう処理すれば良い?
そんなわたしの慌てようなどお構いなしに二人は会話を終えてしまい。
ヒューイさんはベルトに通して下げている柔らかい革製のポシェットから、巻物のようなものを取り出した。
え、サイズおかしくない?
深さ二十センチほどのポシェットから、よいしょと出てきたのは五十センチは越えようかという、どでかサイズの巻物で。
トリックアートのような現象にわたしは度肝を抜いた。
「………なに」
わたしがあまりにポシェットと巻物を凝視するものだから、ヒューイさんが鬱陶し気に聞く。
いやだって、すごいことが起きたよ?今。
「それ、それ…」
「だから何」
「そのポシェット、どうなって…?」
「このポーチのこと?これが何」
「だって、そのサイズからは考えられないくらい、明らかにおかしなサイズの物が出てきましたよね?いやすごい!中どう…なっ、てるのかなぁ…って…?」
興奮気味に話していると、ヒューイさんが段々むすっとした表情になっていくものだから、わたしの言葉も段々尻すぼみになっていく。
「興味あるんなら別に見せても良いけど………見る?」
「良いんですか?」
どうやら機嫌が悪くなったわけではないようだ。提案が嬉しくて声がはずんでしまう。
ポシェットは紐をベルトにくくり付けて携帯しているらしく、ヒューイさんは紐を解いてわたしに差し出した。
「中、見ても良いんですか?」
「良いから渡したんでしょ」
「ありがとうございます!」
それでは失礼して、と。
中を覗くと、ごちゃりと色んな物が乱雑に押し込まれている。
主に巻物や筆など文具が多いようだけど、問題なのは物の内容じゃない。大きさだ。
試しに手を入れて適当な巻物を引っ張り上げてみる。大きい。ポシェットよりも明らかに大きい。
ぐいと手を突っ込んでみる。二の腕まで軽く入る。だけどポシェットがわたしの手の分だけ伸びることはない。
わたしの腕がどこに消えているのか、脳が錯覚してとても混乱する。混乱するけどとても面白い。
「すごい!四次元だ!四次元ポシェット!」
ポシェットに手を突っ込みながら興奮するわたしを、ヒューイさんは唖然とした表情で見ていた。
「あんた…よくその中に手突っ込めたね…」
「あ、ごめんなさい、だめでした?」
「いや…だめじゃないけど…怖くないわけ…?」
「えっ、怖いものだったんですか!?」
何かに噛みつかれるとか溶けるとかそういうの!?
慌てて手を引っ込めたけど、特に変わったところはない。
ホッとするわたしとは対照的に、ヒューイさんは少し頬を赤くして怒っているように見える。
なぜに?
「別に怖いものなんて入っちゃいないよ。ただ、得体のしれないものに無防備に触れるなんて、あんた女としての自覚あんの?」
「えっ」
いきなり悪口?!
ヒューイさんはわたしだけでは言い足りないのか、リアドさんに顔を向ける。
「リアド、もっと警戒心持たせないと危ないんじゃないの」
「わたしもそう思っていたところだよ」
リアドさんまで苦笑いをしていて、ますます分からない。
「あ、えっ…と、触ったらまずかったですか?」
「そんなこと言ってない」
「ええ?」
じゃあ何が問題で??
「触っても腕を入れても、別に問題ないよ。僕がしっかり安全面に気をつけて作ったんだから」
「え、これヒューイさんが作ったんですか?」
「そうだよ。なんか文句ある?」
文句なんかありません!
ぶんぶんと思いきり首を横に振り、ガシッとその手を掴んだ。
「すごいです!天才です!近未来です!」
猫型ロボットです!は何か違うので言えなかったけど、人類の夢を異世界で体験出来るなんて感動だ。
わたしのこの感動は、ちゃんと伝わっているだろうか?
目をキラキラさせてひしと見つめると、ヒューイさんの顔がみるみる赤くなっていく。
………あれ、わたしやらかした?
「ご、ごめんなさい!」
急いで手を離すけど、やってしまったことはなくならない。
沸騰寸前のやかんのようなヒューイさんに、謝る以外何を言えば良いのか。
「あの、本当にごめんなさい!あまりにすごいものを見せていただいたので、感動がすごくてですね?ちょっと興奮し過ぎたというか…」
一生懸命謝ってみるものの、ヒューイさんの顔つきは変わらずで。
わたしは、やかんがピーッと鳴る光景を想像して身体を固くした。
いつ鳴るのかドキドキと見守っていると、ヒューイさんはわたしが持っていたポシェットをひったくり、足音荒くテーブルに向かって、その上に巻物を広げた。
「ここ、しばらく使うから!」
どうぞ、ととっさに答えたけれど。
………えーと?
怒ってるの?違うの?どっち?
リアドさんの顔を窺うと、やっぱり苦笑いを浮かべていて。
側に寄って、小声で聞いてみる。
「わたし、また何かやらかした?」
こちらに来てから、わたしとみんなの常識ーー主に男女間のやりとりに対する考え方ーーが違いすぎて、ちょいちょい擦り合わせをするのがお決まりだ。
リアドさんはじっとりとわたしを見て、深い息を吐いた。
「ハルはよく、私たちと考え方や常識が違うと言うけれど………ただ、鈍感なだけではないの?」
「えっ?」
それは聞き捨てならない。
バイト先では、気の利く高梨さんとか、空気の読める春ちゃんで通ってきたのに。
心外だ、と不満を漏らすと、そう、と納得しかねる様子で頷くリアドさん。
こっちだって納得しかねるよ!
「まあ、ヒューイのことは気にしなくて良いよ。彼が本当に機嫌を損ねたら、部屋から出ていくだろうしね」
確かに、短いながらヒューイさんを観察した限り、腹を立てたら部屋を出て行くタイプに見える。実際さっきはぷりぷり怒って出て行ったしね。
じゃあ今は果たしてどういう感情なのだろう。怒ってるわけじゃないってこと?あんなに顔を真っ赤にして?眉間に皺寄せて?………ええー?
…まあ、機嫌が悪いわけじゃないとリアドさんが言うのだし、そうなのだろう。そういうことにしとこう。わたしは悪くない。うん。
ヒューイさんは一見怒ってるような顔つきで、巻物に図面を引いていく。
ーーーなにしてるんだろ。
そわそわと遠くから覗くわたしに、側で見たらとリアドさんは言うけれど。
いやいや、やっぱりしばらく近づかない方がよいと思います。
お茶でも用意しようかなと思ったら、私がやるよとリアドさんがキッチンへ向かってしまい。
手持ちぶさたのわたしは、なんとなーく、二人きりの空間が気まずい。
ソファーに座ろうかとも思うけど、ヒューイさんはソファー前のテーブルを陣取っているわけで、どうしようかな、出窓脇のチェアにでも座ろうかな、なんて考えていると。
「何突っ立ってんの。座れば」
ヒューイさんが顎でソファーを示した。
えーと、よろしいのですか?と思わず丁寧に尋ねれば、何言ってんの、あんたの部屋でしょ、と返され、確かに…とおずおずソファーに腰を下ろす。
ヒューイさんは目だけでそれを確認すると、また作業を続けた。
広げた巻物には、間取り図のようなものが書かれている。物差しも使わずによくこれだけ真っ直ぐ書けるなと感心してしまう。
よくよく見ると、どうやらこの屋敷の間取りを書いているみたいだ。さっと周ってきただけでこんなに正確に書けるなんて…
「すごい」
思わず口に出てしまい、ギロッと睨まれる。
「すみません、黙ります」
お口チャック。
ピッと口を一文字にして喋りませんアピールをする。
「………あんたさ」
「はいすみません」
「何謝ってんの」
「いやなんとなく…」
「………」
「………」
ヒューイさんは前屈みになっていた体制を戻し、わたしを見る。
その新緑のような澄んだ瞳に見つめられると、何だか胸がざわついてしまう。
「あんた、本当に女?」
「え!」
それは悪口!さっきよりも酷いと思う!
「お、女に見えませんか…?」
確かにヒューイさんやカインさんの方がよっぽど可愛くて綺麗だけど!分かってるけど!
「そうじゃなくて。女ってのはもっとこう…我が強いっていうか、感情的で、すぐ泣いたり怒ったり、なんかこう、女おんなしてるもんだろ」
「女おんな…ですか」
「そうだよ。少なくともあんたみたいに男を褒めちぎったり、まして謝ったりなんてしないもんなんだよ」
ああ。誰かも言ってたな。こちらの女性は感謝の言葉も滅多にかけないとかなんとか。
ちょっと面倒そうな感じだなと思うけど、きっと、こちらの男性にとってはそれが一般的なんだろう。そうやって綺麗な女性に振り回されるのも、男性には喜びなのかもしれない。わたしにはとても真似出来ないけど…
「えーと…わたしみたいな女性はこちらの男性にとっては不快でしょうか…」
「そんなこと言ってない」
じゃあ一体何がご不満なのだろう。
何て返すのが正解だ?
困り果てて次の言葉を待っていると、ヒューイさんは徐に立ち上がって、わたしの隣に腰を下ろした。
ヒューイさんの動きは全く予想が付かなくて戸惑ってしまう。
「どう?」
「どう、とは…」
「だから、僕のこと。どう思う?」
え?今度はいきなり何?
どう、というのは隣に座ってどう思う、ってこと?え、隣に座ってどう思うって何だ?
どう思う?どう思う??
混乱するわたしに、それでもヒューイさんは返事をじっと待っているから、何か返さなくてはと焦る。焦ったうえで出た言葉が、
「なんだか良い匂いがします」
これだった。
さっき近づいたときにも感じていたのだけど、ヒューイさんからはハーブのような、草木を思わせる爽やかな香りがする。金色の髪に新緑の瞳と相まって、木漏れ日の差す森を彷彿とさせる。
「匂い…?」
「え、と、はい…」
「ふーん…」
うん、やっぱり間違えた?
そういうことじゃなかった?
「僕の匂い、良い匂いなんだ?」
「そう、ですね」
「好き?」
「はい?」
「僕の匂い、好き?」
ん?どういうこと?
匂いが好き?ヒューイさんの?匂いが?
………いや、好きか嫌いか聞かれたら、別に嫌いじゃないというか。良い匂いって思うくらいだから、好き…なの?良い匂いイコール好き?そういうこと?
「どっち」
「はい、好きです」
なんかもう、段々ヒューイさんが女王様みたいに思えてきました。即決即答必須、みたいな。
王様じゃなくて女王様が出てきてしまうのは、わたしの貧困な想像力ゆえだろう。
ヒューイさんはもう一度、ふーんと言ってまた元の位置に戻り、作業を再開した。
………な、なんだったの今のやりとり……




