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16 うわ、めちゃめちゃ扱いやすい人だった

 翌る日。

 わたしの部屋にはリアドさんと、見知らぬ顔がもうひとつ。

 体格のよいわたしの夫たちよりも小柄で幼い顔をした青年は、むすっとした表情を隠しもせず仁王立ちしていた。


「えーっと…」

「彼はヒューイ。広域魔法部隊の隊長だよ」

「はあ」


 リアドさんが説明してくれる。

 隊長さんというには随分と若く見えるけど、そんなこと言ったらますます睨まれそうなので言えない。

 この人は何をそんなに怒っているのだろうか。

 その答えは、割とすぐに出た。


「ヒューイにこの屋敷の警備を強化してもらおうと思って」

「ものすごく不本意だけどね」

「ヒューイは魔力量も魔力操作もうちの団では断トツでね、攻撃だけじゃなくて防御魔法も得意なんだ。広魔隊の隊長なだけあって、魔法の及ぶ範囲も馬鹿みたいに広いから丁度いいなって。団長が」

「馬鹿みたいは余計だよ。あと丁度いいって何。人を便利グッズみたいに言わないでくれる」


 つっけんどんな言い方からして、怒りの原因は自分の力を都合よく利用されることにあるらしい。

 確かにそうだよね。自分と全く関係ないことに使われるって嫌だよね。しかも団長命令なら逆らえないだろうし…

 でもそれって、きっとわたしのせいなんだよね…

 申し訳ない気持ちになって青年を見ると、ギロリと睨まれた。


「なに」

「い、いえ…」


 大変なご立腹ぶりである。

 これは刺激してはいけないなと、あからさまでない程度に青年の様子を伺う。

 わたしとさして年齢が変わらないように見えるので、青年というよりは少年といっても差し支えないかもしれない。

 はちみつのように艶やかで柔らかいゆるふわの金髪に、今は刺々しく睨みをきかせている若葉色の瞳は、純度の高いペリドットのように少し金色を帯びていて、怒っていると分かっていても綺麗だなと見惚れてしまう。顔立ちも、白磁の肌に各パーツが見事なバランスで配置された完璧な美少年で、まるで物語に出てくる王子様が具現化したようだ。


 そんな超絶美少年であるヒューイさんも、わたしを上から下まで不躾なくらいにジロジロと観察し、ふんと鼻を鳴らした。


「団長が神子と結婚したって言ってたからどんな女かと思えば……」


 思えば…?

 ごくりと喉が鳴る。


「ものすごく普通」


 ですよねー!わたしもそう思う!


 うんうんと頷くわたしを、リアドさんは苦笑しつつ、ヒューイさんは怪訝な顔で見ているけれど、だってそれが正しいとわたしも思うもの。

 みんなが言う可愛いだのなんだのを本気にしてるつもりはない。でも、言われ過ぎてだんだん慣れてきてしまってる自分もいて。

 こうやってまともな第三者の意見を聞くと、自分の認識が間違ってなかったのだとホッとする。

 至極真っ当な意見を聞けて喜ぶわたしを見て、ヒューイさんは気味悪そうにリアドさんを窺った。


「この女、頭大丈夫?」


 おう、口が悪い。

 でも、こうやって面と向かって悪口言われると、現実を生きてるんだなぁって実感しちゃうのは、わたしの悪い癖だろうか。


「ヒューイ」


 ふいに空気がぴりりとする。


「ハルは私の妻でもあるのだよ。それ以上侮辱を続けるようであれば容赦はしない」


 え、リアドさん怒ってる?

 いつも甘い顔で微笑んでいるリアドさんが、ひたすらに冷たい目をヒューイさんに向けていて。

 こんな表情は見たことがなくてびくびくしてしまう。ちょっと怖い。

 ヒューイさんは少し顔色を悪くして、プイと顔を背けた。


「ハル、ごめんね。怖いところを見せて」


 すぐにいつもの表情に戻ったリアドさんは、安心させるようにわたしの頭をなでなでした。

 叱られた後のペットってこんな感じだろうか。いやわたしが叱られたわけじゃないけど。

 ヒューイさんはそんなわたしたちのやりとりを横目で見て、諦めたようにため息を吐いた。


「で、どこの警備を強化したいって?」

「あ、それね。全部」

「………は?」

「この屋敷の敷地内全部をお願いしたいんだ」


 ヒューイさんは目を見開いてしばし絶句した後、部屋中に響く声で叫んだ。


「ばっかじゃないの!?」


 きれいなテノールボイスが、今は刺々しさをまとっている。


「敷地全部!?てことは何?庭も屋根も含めてってこと!?全部まるまる障壁張れっていうわけ!?」

「そうだよ」


 あっけらかんと言うリアドさんに、冗談じゃない!と再度叫ぶヒューイさん。

 わたしにはどれだけの規模の話なのか検討もつかないけど、ヒューイさんの話しぶりからしてとてもとても大変な作業なのだろう。

 この屋敷には侵入者防止用の魔道具もあると言っていたし、そもそも騎士団の基地をぐるぐる回らないと辿り着けないこの屋敷に、そんな厳重な警備が必要だろうか。

 そんな疑問をぶつけてみると、ヒューイさんも同意した。


「そうだよ、必要ないでしょ!」

「あれ、出来ない?」


 こてんと首を傾げるリアドさんに、ヒューイさんは一瞬で鋭い視線を投げつけた。


「……誰が出来ないって言った?」

「いや、大変なのかなと」

「大変?僕が?余裕だけど!?」

「じゃあお願いするね」


 うわ、めちゃめちゃ扱いやすい人だった。

 ヒューイさんはしまったという顔をしたけど、もう後には引けないようで、クソッとお顔に似合わぬ暴言を吐いて、すたすたと部屋を出て行った。


「リアドさん…」

「大丈夫だよ。彼は口は悪いけど、出来ないことを出来ると言うような男ではないから」


 それは本当なのだろうけど、やりたくないことを無理にやらせるのは気が引ける。


「本当に、そこまで厳重にしなきゃいけないの?」

「ハルは一人のときでも、自由に屋敷内を歩きたくない?」

「え、歩きたい」


 屋敷に引っ越してきた今でも、図書室に移動したり庭に出たり食材を分けていただきに行くときなど、どこに行くにもやっぱり誰かしらが付いてきてくれる。なんでと聞いても、念の為と返されるだけなので、結局彼らの負担は変わらないのだなと申し訳なく思っていたのだ。


 あ、ちなみに図書室に行くっていうことは本を読みに行ってるっていうことで、つまりわたし、この世界に来て言葉が通じるどころか文字も普通に読めるし書けてます。だから契約書にも普通にサイン出来たんだよね。こちらの文字はわたしには普通に日本語に見えていて、向こうにはない言葉のみ、こちらの文字で表記される。それも、わたしが認識して言葉を覚えると、日本語のカタカナ表記になる。

 なんてチート。女神様ありがとう。

 というのは余計な話で。


「食いつきが良いね」

「だって、移動するたびに付いてきてもらうの、いつも申し訳ないんだもん。あ、一人で部屋を出られるようになったら、朝皆が仕事に行くとき玄関までお見送り出来るね?」

「………見送り、してくれるの?」

「うんしたい!」


 今までは玄関から部屋への帰り道が一人になるので出来なかったのだ。

 玄関で見送るって、何だか奥さんっぽいじゃないか。

 むふふと妄想を膨らませていたら、いつのまにか目の前にリアドさんの顔があって。


 あっという間に唇を奪われた。

 ちゅっちゅと何度も啄まれ、舌で唇を割られ中の舌を絡め取られる。


「んんっ!」


 突然のキスも大分慣れてきたけど、あまりにも唐突が過ぎませんか?

 一体なぜこのタイミングでスイッチが入ったの?


 リアドさんに舌を舐め上げられ耳やうなじを優しく撫でられるものだから、たまったものではない。窓から陽の光を浴びながらのキスは、いけないことをしているような背徳感でいっぱいだ。


 わたしの唇を存分に堪能すると、リアドさんはようやく解放してくれた。

 濡れた唇を親指で拭き取る仕草の、なんとかっこよいことよ。


「リ、リアドさんはいつも急すぎます…!」


 呼吸を整えながら言うわたしに、小さく笑いながらごめんねと謝るけど、全然悪いと思ってないよね?


「ハルがあまりに可愛いから、つい」


 その言葉も一般的じゃないことはさっき証明されたんですよ!

 そう思うけど、リアドさんが本気で言っていることは分かっているので否定はしないでおく。


「一体なにでスイッチが入ったの…」

「ハルが玄関で見送ってくれるところを想像したら、押し倒したくなるくらい可愛くて」


 …あ、リアドさんも妄想膨らませてたんだね。きっと妄想上のわたしは千倍くらい可愛さ補正されていたに違いない。


「ちょっと。イチャイチャするのは僕が帰ってからにしてくれる?」






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