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2 わたし、川に落ちたんだよね?

「なっ、なんっ……」


 何で何がどうして。

 心の叫びは動揺でうまく出てこない。

 わたしはなぜ、ムキムキの身体の大きな男たちに囲まれているの!?


 揃いの軍服のような紺色の服を着た男たちは、その手に剣を持ち、掛け声とともに正面の相手へ切り込んでいる。その声と迫力に、ひっ、と悲鳴が漏れてしまう。


 ど、どどどどうしよう!

 このままじゃ切られる!


 どこかこの場を脱出する隙間はないかと身体を縮こませながらキョロキョロしていると、周囲の男たちがわたしの存在に気付き、ぽつぽつと動きを止め始めた。

 その一人と目が合うと、男は心底驚いた顔で固まる。しばしの間をあけて、恐る恐る「あのぉ…」と声をかけてきた。


「は、はい!」


 思わず正座になって返事を返すと、男も背筋ぴしっの直立不動になった。

 何故かほんのり頬を染めて。

 いや何でだ。


 男を見つつ周囲にも目をやると、わたしの存在に気付いて手を止める者、手を止めた男たちを不思議に思って動きを止める者、と次第に剣戟の音や気合いの掛け声は水面のようにわたしを中心に収まってきた。代わりにざわざわと驚きと困惑の声が増えていく。

 分かるワードもあれば謎しかない単語も飛び交っていて、先程とはまた違う居心地の悪さを感じる。

 声をかけてきた男も何故か二言目を告げることなく固まっており、だからこそわたしも動くことがはばかられて正座スタイルを続けていた。


「お前ら何で手止めてるの」


 すると、声と共に男たちの波を割って一人の男が近づいてきた。

 鮮やかな赤い髪に目を見張る。

 脱色して染めたとしてもこんなに綺麗で艶やかな色にはならないだろう、そんな色だ。

 そういえば周囲の男たちも青だの緑だの黄色だのとカラフルだ。

 顔立ちも西洋風な造りの人ばかりで、一人アジアンな自分はさぞ浮いていることだろう。


「こんにちはお嬢さん。どうやってここに?」


 周囲の髪色に感心していると、いつの間にか赤髪さんが目の前にしゃがみ込んでわたしの瞳を捉えていた。


「うっ」


 その近さと、何よりあまりの見目の良さにギョッとして思わず上体を後ろに逸らす。

 最近は綺麗な男の人もいっぱいいるけど、これほど男らしさと綺麗が共存した人は見たことがない。

 かっこいい、と一言で語るにはもったいないくらいの、うっとりするほどの色男だ。

 そんな人が目の前でわたしの顔を覗きこんでいる。何のドッキリだ。


「わたしにも何がなにやら…気付いたらここにいた次第でして…」


 ふむ、と赤髪さんは手を口元に持っていき少し考えるふりをする。


「やはりミコ様ですね?こんなところに遣わされるとは、女神様も意地悪なことをなさる」


 にっこりと人好きする笑顔で男は言った。


 再びはてな?である。


「ごめんなさい、ちょっと何を言ってるのか…」

「そうでしょうとも。本来であれば他のミコ様方と神殿に遣わされるはずだったでしょうに。混乱なさるのも無理はないこと。今すぐとはいきませんが、出来るだけ早く神殿にお送りいたしますよ」


 言ってまた微笑む。

 安心させるように話してくれているのだろうが、ごめんなさい、本当に何言ってるか分かりません。

 ミコ様だとか神殿だとか、ワケが分からなすぎる。

 わたしは今混乱の境地で、これ以上謎な単語を増やさないでほしい。

 そもそも何を聞けば良いんだっけ?

 まず聞かなきゃいけないのは?

 あれ、えっと、わたし今…?


「あのっ…」


 頭の中の整理がつかないまま口を開いたところで、ぞわりと肌を撫であげられるような低音ボイスとともに男たちの波が割れた。


「何の騒ぎだ」


 現れたのは黒髪短髪の男と銀髪ロングサラサラヘアーの男。

 対照的に見える二人だけど、一緒に並ぶ姿はまるで絵画を見ているかのようにしっくりくる。

 もちろん二人とも文句なし問答無用の美形である。

 上司は黒髪さんだろう。

 周りの態度からも察せられるが、何より持っている雰囲気というかオーラが違う。

 泰然とした態度と隙のない眼をしていて、どこか余裕を感じさせるリーダー気質の男。

 黒髪さんはその翡翠の瞳でわたしを捉えると、面白そうに眉尻を上げた。

 だがすぐにその視線は赤髪さんへと戻る。


「何があった?」


 黒髪さんの質問に赤髪さんは背筋を伸ばす。

「ミコ様のお渡りに変事があったようです」

 赤髪さんがサラッと報告しているが、ミコ様とはわたしのことで間違いないだろうか?

 赤髪さんは黒髪さんの目をしっかりと捉えて話しているからわたしのこととは限らないけど、その黒髪さんがわたしをじっくり見ているからきっと間違いないんだろう。


 ミコ様とは何ぞや?

 疑問が山のようにあるのに、一つも解消されない。

 威圧感たっぷりの黒髪さんの視線に射すくめられて身じろぎも出来ず、相変わらず正座スタイルのままでいると、銀髪さんが近付いてきた。

 銀の絹糸のように滑らかな髪を後ろで一つにくくり、真っ白な肌に薄い唇、おまけにアメジストの瞳。

 まるで雪の精のような、正真正銘の美人さんだ。

「身体が冷えます。こちらに」

 言って手を差し伸べてくるので躊躇いつつその手を取ると、力強く身体を持ち上げられた。

 自分の体重は分かっているので、全てを預けるには申し訳ないと自分でも立ち上がろうとしたのがまずかったのか。


「わっ!?」


 相手の力が思いの外強く、勢いがつき過ぎて銀髪さんの胸に飛び込んでしまった。

 ぼふっと地の厚い生地の感触と、その下のしっかりと逞しい男の人の身体つきに、身体がぎくりとする。


「申し訳ありません。大丈夫ですか?」

「だ、だだ大丈夫です!」


 肩に手を置いて心配そうに尋ねるあまりに綺麗なご尊顔に、ひぃっと心の中で叫んだ。

 きっかり三歩。後ろに下がって距離を確保する。

 赤髪さんもそうだけど、綺麗な人がパーソナルスペースに入ると強制心臓跳ね上げモードに突入するんだね。知らなかった。


「お怪我などはされていないように見えますが…

どこか痛むところはありませんか?」


 全身をくまなく観察されて、少し居心地が悪い。

 そういえば今日のわたしはロングTシャツにデニムパンツ、上に裏起毛パーカーを羽織っただけと、動きやすさ特化の服装だったなと改めて自分の身体を見下ろす。

 そう、バイトに行くだけだからこれでいいやと思ったんだ。

 バイト先には制服があるし、行き帰りは歩きだし楽ちんな格好の方が良いなって。

 そしたら帰りに…


 ……あれ?


 わたし、川に落ちたんだよね?

 おかしい、何で濡れてないの?

 いや、そういえば死んだんじゃなかった?

 川に落ちて死んで、あの世に…

 え、ここがあの世?

 え、何であの世で美形軍人に囲まれてるの?


 なんで???


「ミコ様?やはりお怪我を?」

「あの、ここってどこなんですか?」


 銀髪さんの質問を遮って、わたしは思いのままに口を開いた。

もう頭で処理しきれない。


「わたし川に落ちたんです。多分そこで死んだはずで。もし誰かが助けてくれたとしてもこんな所にいるはずなくって。落ちた川はうちの近所だし、こんな所わたし知らないんです。ていうことはここはあの世なんですよね?天国か地獄か分からないけど、いわゆる死後の世界みたいな所ってことですよね?」


 思いついたことをそのまま、後先考えず口に出す。息をするのも忘れて一気に捲し立てた。

 ぜぇぜぇと呼吸を整えていると、銀髪さんが再び一歩二歩と近付いて、わたしの顔を覗き込むように屈んだ。


「大丈夫ですか?落ち着いて」


 近付かれると心臓跳ね上がっちゃうからやめてほしい。


「副団長、もしかしてですが、ミコ様は啓示を受けておられないのでは?」


 赤髪さんだ。

 わたしと同時に自分も立ち上がったのだろう。

 銀髪さんもそうだが、とても背が高い。


「啓示?」


 神様のお告げ的な?

 わたしがはてなと首を傾げると、二人はお互いを見やり揃って黒髪さんに視線をやった。

 わたしも釣られてそちらを見ると、黒髪さんはわたしを一瞥した後二人に目で合図して踵を返した。


「お前らは訓練再開だ」


 周囲の男たちにそう告げて去る。

 戸惑いつつも、男たちは威勢よく返事をして動きを再開した。


「ミコ様もどうかこちらへ。静かな場所でご説明いたします」


 失礼、と銀髪さんに手を取られ、斜め後ろを赤髪さんに守られ、まるで淑女かお姫様のように扱われる。

 けれどわたしの気分は上がらず、不安を抱えたままその場を後にした。




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