15 昨日言ってたみたいにイチャイチャ…とか
複数ちゅー入ります。
苦手な方はご注意ください。
急に大声をあげたわたしを四人が驚いた顔で見るけど、それどころではない。
そうだよ、その話をしなきゃいけなかったんだってば!そのおかげで一睡も出来なかったくせに何をすっかり忘れているのわたしは!
「急にどうした」
「第一騎士団がどうかしたのですか?」
「来るって!言ってたでしょ?」
「ああ来るが…それが?」
「ええ?何でそんな冷静なの!?」
四人とも実に落ち着き払って、むしろわたしの狼狽ぶりを怪訝な顔で見ているから更に混乱する。
「ウォルフさんが言ってたでしょ?捨て台詞みたいな感じで!意味ありげに!」
「ああ、ウォルフには礼をたんまり渡してやったからお前が気にすることじゃない」
「いやそういうことが聞きたいんじゃなくて!第一騎士団の人たちが何しに来るのかってことと、それに向けた対策を講じなければいけないのでは、という…」
「それなら簡単だ。奴らはハルを奪いに来る。俺たちは渡さない。以上だ」
「実にシンプルで分かりやすいでしょ?」
ああそっかぁ。それで良いのかぁ。
ーーーとか思っちゃダメだってばわたし!
そんな一行二行で済む話じゃないでしょ!
「物資の供給が止まるかもっていうのは?そういうので脅してくるんじゃないの?」
「好き勝手言ってるが、そもそもあいつらにそんなことを実行する権限はないんだ。王家が止めるさ」
「本当に?万が一にも実行される可能性はないの?」
「ないない」
クラウドさんは笑って否定するけど、他の三人がチラリとクラウドさんを見たことをわたしは見逃さなかった。
「可能性…あるのね?」
「だからないって…おい、何だその目は」
「疑いの眼差しです」
「夫を疑うのか?」
「夫が嘘をつかなければ疑ったりしません」
「嘘って…」
「本当のことを言って!」
わたしが原因なのに、わたしだけ蚊帳の外なんておかしい。一緒に考えさせてくれても良いじゃないか。
クラウドさんとしばし睨み合いを続けていると、横から「団長」と降参を促す声がかけられた。クラウドさんは、はぁ、とため息一つ。
「可能性は…限りなくゼロに近いが、ゼロじゃないかと言われればそうだ。だから交渉する」
「交渉って…」
「勘違いするな。ハルを渡さないのは絶対だ」
「でもわたしが…」
「それ以上言わないでください。あなたを奴らに渡すなど、絶対にありえないことです」
「それとも行きたい?私たちの元から離れて、王都に」
「絶対に嫌!」
そんなこと、考えられない。
「でしょ?だから、ハルを渡さず、王都とも今まで通りの関係を保持するために交渉をするのだよ」
「交渉って…そもそもわたしが無理矢理結婚させられたって誤解してるんだから、その誤解を解けば良いだけじゃないの?クラウドさんが昨日言ってたみたいにイチャイチャ……とか、その、そういうのを見せれば……」
イチャイチャとか、自分で言ってて恥ずかしくなってきた。イチャイチャってなんだ。
言葉が尻すぼみになってしまったのは言葉の恥ずかしさと、何故か四人が身を乗り出してきたからで。
「な、なに?」
「イチャイチャって?何をしてくれるの?」
「な、なにをって…」
「彼らの前で、どんな風に甘えてくださるのですか?」
「甘…?いや、そんなこと…!」
「俺たちもたっぷり甘やかしてやるよ」
「ひ!?いらないですっ…!」
「じゃあ俺とキスしよ。そしたら奴らも帰るかも」
「!!?」
シドさんがたまに落とす爆弾はいつも威力がすごい。びっくりして隣を見ると、シドさんが距離を詰めていた。
「俺とはいや?」
「いや、とかじゃなくて…」
そもそもそんなの無理でしょ!人前でそんな恥ずかしいこと、出来るわけがない!
そう思っているのに、シドさんのラピスラズリの瞳が何故か熱く感じて、うまく言葉が出てこない。
「確かに、ハルのとろけた顔を見せつけてやれば諦めて帰るかもね」
いつのまにか反対隣にリアドさんが座っていて、やっぱり距離がとても近い。銀の瞳が不適に光っている。
………な、なにこの雰囲気。
「団長と副団長に先を越されるなんて。昨日、無理矢理にでも奪ってしまえば良かった」
リアドさんはそう言うと、流れるような仕草でわたしにキスをした。
ついばむだけのキスを、一、二、三回。
わたしは抵抗することも目をつむることも出来ず、ただただその綺麗な赤いまつ毛を見ていた。
「ずるい」
ふいに肩を掴まれ、片頬を大きな手で包まれて、痛くない程度の強引さで反対に向かされた。
「いやじゃないならいいでしょ?」
シドさんが目を細め、わたしの唇に齧り付くように口付けてきた。
普段ののほほんとした雰囲気とは全く違う、奪うような強引なキス。わたしの唇を喰むようにチュッチュと繰り返す。
一体、今何が起こっているの?
わたしは今、なぜ二人の男の人に交互に唇を奪われているのか。
思考が停止してうまく考えられない。
そんなわたしのお腹に手が回って、後ろからリアドさんに抱き込まれたのだと気付いたときにはうなじにキスが降りてきて、びくりと身体が震えた。
「ずるいのはシドの方だ」
耳元で聞こえる低く艶っぽい声にもびくびくと身体が反応してしまう。
リアドさんはそのままわたしの耳に、チュッとわざと音を出してキスをしてきて。
直に聞こえるリップ音に、わたしはどうしようもないくらいに翻弄される。
「あっ!?んん…!」
わたしが思わず声を上げると、しめたとばかりにシドさんの舌が侵入してきて、わたしの声を口の中に閉じ込めてしまう。
リアドさんに耳朶や首筋を舐められては過ぎる快感に声を上げ、シドさんはその声ごとわたしの口内を蹂躙する。
抱き込む手はゆるゆると腰やお腹をさすり、決して逃すまいと後頭部に回った手は、ときおりさわさわと指先で頭を撫でる。
前と後ろから同時に受ける快感に、頭がおかしくなる。気付くといつの間にかわたしの身体は向きを変えていて、リアドさんから唇にキスを受け、肩にはシドさんがかぶりついていた。
リアドさんのキスは優しく、けれど確実にわたしのいいところを刺激して、わたしに快感を感じること以外許してくれない。
シドさんはネグリジェの襟をずらしてあらわになった肩に、文字通りかぶりつき、舐め上げ、指先で首筋をさする。
リアドさんの指も、ずれて剥き出しになった鎖骨を撫でてくるものだから、身体の震えが止まらない。
この時間がどれだけ続いたのか分からないけど、二人の唇が離れた頃には、わたしはすっかり身も心もとろけきっていた。
力が入らずでろんでろんになったわたしを見て、リアドさんとシドさんはとってもご機嫌そうだ。
「嫌だった?」
そう聞かれて、ぼーっと働かない頭で考える。
いやじゃなかった。全く。
気持ちよくて、幸せで、ああ好きだなぁ嬉しいなぁって。
ふるふると首を横に振ると、リアドさんが満足気に笑う。
「良かった。ハルは私たち全員の奥さんなのだから、全員を平等に愛してくれなくては」
ね、とウィンクされて、素直にこくりと頷いて。そこでようやく、はたと今の状況に気がついた。今の今までしていた行為を思い出し、羞恥で顔が尋常じゃないほど熱くなる。
わたしってば、今なにをしてたの!?
リアドさんとシドさんと同時にチュー!?しかもクラウドさんとカインさんの目の前で!!
わなわなと震え出すわたしを見て、もう正気に戻っちゃった、とリアドさんが何故か残念な顔をする。
「ひ、人前でなんてことするの!しかも二人いっぺんとか…!」
「人前って…全員ハルの夫でしょ?」
「そうだけど!キスなんて誰かの前でするものじゃないでしょ!?こんなの、見せられる方の気持ちにもなって…」
「いや、そろそろ参戦しようかと思ってたが」
「私は今朝美味しく頂いたので、今回は譲ろうかと」
「!!?」
「何か問題か?」
問題!あるでしょいっぱい!
恥じらいとか節度とか!!
「団長と副団長は先にハルとキスしたんだから今度は俺たちの番。変?」
「へん、じゃないかもだけど、それとこれとは話が違くて!わたしが言いたいのはなんで今このタイミングなのかって…」
「いやじゃなかったんでしょ?それでもダメなの?なんで?」
「なんで、って…だから、えと…」
むしろ何でそんなさも当然みたいにいられるの?キスって一対一で誰もいない場所でするものじゃないの?
海外のカップルみたいに軽くチュッくらいならまだしも、あんなやらしいチュー、普通人がいるところでしないよね?恥ずかしいでしょ?
そんなわたしの訴えは、全員から一蹴された。
「恥ずかしい?何故?」
「どこが問題なのか全く分からない」
「夫の前なのだから何も気にする必要ないでしょ」
「やらしい?どこが?もっとやらしいキスできるよ?」
シドさんはなんか論点ずれてるんだぁ!
ていうか、皆そろって全否定してくるけど、やっぱりこの世界の人とわたし、常識が違いすぎる!
「まさか、第一騎士団の人たちの前で本当にこんなことするつもりじゃないよね?」
「それはない」
きっぱり否定されてホッとする。
「良かった…」
そういう常識はちゃんとあるのね。そう思っていたら…
「キスしてるときのハルの顔を、他の男に見せるわけにはいかないよ」
「あの顔を見ることが出来るのは夫の特権です」
「サルどもが盛る」
いやわたし一体どんな顔してたの!?
ていうかこのやりとり、前もしなかった?
そしてシドさんがシンプルに一番酷い!盛らないよ誰も!
………はぁ。
精神的疲労で脱力する。
…まぁ、人前でしないならいいよ、もう。
他の夫の前でもやめてほしいけどね、本当は。
なんだかわたし、この状況に慣れてきてる?わたしの中の常識をことごとくぶち壊されてるせいで、いつか何でもこいやとなる日が来るのではと恐ろしくなる。理性を捨てちゃダメだよ、わたし。
「それじゃあ、交渉って何をするの?」
気になるのはそこだ。わたしを交換条件にしないのであれば、何を交渉のカードにするつもりなのか。
「それはまぁ、おいおいな」
「今教えてくれないの?」
「こちらの話に誘導するにも、もう少し協力者が必要なのですよ。条件が満たされ次第説明するので、待っていていただけますか?」
「うー…」
「そんな顔しないで。ほら、食後のデザートだよ」
あーん、とフォークに刺さった桃のようなフルーツを差し出され、無言でかぶりつく。やっぱりわたし、みんなのペースに慣れてきてるみたい。そりゃあれだけ濃厚なチューをした後だもん。あーんくらい、なんてことはない。
「本当にちゃんと、説明してくださいね?」
「もちろんです」
「約束するよ」
なんだか納得いかないものの、そんな気持ちを何とかフルーツと一緒に飲みこんだ。
きっとわたしの為になることを色々と考えてくれているのだ。約束を信じて、説明してくれるときを待とう。
ーーーそのときのわたしは全く分かっていなかった。
協力者を得られるかは、わたし自身にかかっているのだということを。