13 女神様みたいな顔をして一体何を言ってるの!?
濃厚ちゅー入ります。
苦手な方はご注意ください。
「私が妻の異変にも気付けない、無能な夫だと?」
そう言うカインさんの口元はゆるく笑みを浮かべているが、目が全然笑っていない。
めっちゃ怖い。
あの後カインさんは本当にすぐ戻ってきて、パン粥など消化の良い朝食をわたしの口に運ぶと、またベッドに押し込んだ。
大丈夫だと言っても聞く耳持たず、せっかくメイクしたのになんで分かるかなぁ、と小さく、本当に小さくボソリと呟いただけなのだが、その結果がこの怖い笑顔だ。
「い、いえ、あの、その…」
「これでも一月近くあなたの側にいるんですよ。顔色や動きを見れば、不調なのは分かります。昨夜は眠れませんでしたか?」
「え、と…はい…」
素直に頷けば、嘆息しつつも表情を和らげて、優しい手つきで、おとなしく横になるわたしの髪を梳いた。
「ウォルフが原因ですか?それとも団長?」
顔にかかる髪を払いながら、カインさんはごく自然に尋ねてきて。
その指が気持ちよくてうっとりしていたわたしは、カインさんの言葉を頭で反芻してギョッとした。
慌てて飛び起きようとするが、肩をやんわり、だけど力強く布団に縫い付けられる。
「落ち着いて。ちゃんと横になっていてください」
ベッドから飛び出る勢いのわたしを制し、しっかり肩までシーツをかける。
「なんで!?」
「私たちは夫ですから。ハルのことは全て共有しています」
「全て!?何を!?」
「だから全てです。ハルのその日の様子ややりとりなど、その日に起きた全てを」
「すべて!?」
なんだそれは!聞き捨てならないぞ!?
全てってのはあれか!?
寝坊して盛大な寝癖をつけて現れたことも?誰もいないと思って熱唱していたことも?もしかして、着替えを用意するのを忘れてお風呂に入って、バスタオルのまま移動してるのを見られたことも!?
全て!?
「全てです」
もう一度、完全に肯定するべく、カインさんが深く頷いて。
ということは、昨日のクラウドさんとのことも………
さあっと血の気の引く音がした。
「あなたが秘密にしてほしいと思うことは、そう言っていただければ共有はされませんが…私たちが知っていることは不快でしたか?」
不快?
いや、わたしじゃなくて…
「カインさんは?」
「はい?」
「カインさんは、不快じゃないの?」
なんでだろう。それがすごく気になる。
カインさんは目をぱちくりさせてから、すぐに眉尻を下げて苦笑した。
「私たちの気持ちなど、汲む必要はありませんよ」
「それは、不快じゃないっていうこと?」
詰めると、困ったように笑う。
困らせたいわけじゃない。なのに聞くことをやめられない。
「不快ではありません」
「本当?」
「ええ。どこか距離のあったあなたが、夫を初めて心から受け入れてくれたのですから、こんなに嬉しいことはありません」
「そっ、か…」
言われて、何故だか心がぽっかりした。
わたしは、どんな言葉を期待していたのだろう。
ーーー期待?
わたしは何か期待していたの?
自分の気持ちが分からなくて思いきり八の字眉毛になってしまう。
それをカインさんはどう捉えたのか、小さく吹き出して、頬を手の甲で撫でる。
冷んやりと気持ちいい。
「どうしてそんな顔をするんです?」
「どうしてなのかよく分からなくて」
「ふふ。そんな顔をされると、期待してしまいますよ」
「期待?」
カインさんが?
何を?
「不快と、言って欲しかったですか?」
「んー………分かんない。カインさんが嫌な思いをしなかったなら、それで良かったと思うんだけど…」
「けど?」
「けど………本当に、ちょっとも嫌じゃなかった?」
ふはっと、カインさんは今度は盛大に吹き出した。実に珍しい光景だ、とポカンと見てしまったけど…これってわたしを笑ってる?
「何で笑うんですか」
「はは、すみません」
頬を膨らませてじとりと見ると、笑いを何とか堪え、目尻に溜まる涙を拭って謝る。
泣くほどおかしなこと、言いました?
「あなたがあまりに可愛らしくて」
「は?」
そんな言葉じゃ騙されませんよ!
睨みを更にきつくしてみせるが、カインさんは喉の奥をくつくつと、まだ笑いがおさまらない。
「本当です。可愛くて愛おしくて、こんな素敵な方と結婚出来た私は、世界一の果報者です」
「…大袈裟です」
言いすぎだ。わたしはそんな大したものじゃない。
現に今、自分の気持ちが分からなくてもだもだしてるし、みんなにいっぱい迷惑をかけているし、ぐだぐだと益もないことを考えて眠れず、あげく睡眠不足で一日寝るはめになった役立たずだ。
……自分分析で落ち込んできた…
「何を考えてそんな顔をしているのか分かりませんが、私の言葉に嘘はありませんよ」
「嘘はないかもだけど、盛りすぎてるような…」
「では今から、あなたがどれだけ可愛らしく尊い存在であるかを説明いたしましょう。長くなりますがよろしいですか?本当であればあなたにはゆっくり寝ていていただきたいのですが、お疑いとあらば私も自分の言葉に嘘偽りがないことを証明せねばなりません。日が暮れる前に終わるとよいのですが…」
「いえ、結構です」
冗談でも、そんなこと聞かされるなんてたまったもんじゃない。謹んでお断りいたします。
「では、信じていただけますね?」
「………はい」
不承不承頷く。
何だか手のひらで転がされている感が半端ない。カインさんにはどうあっても口では勝てない気がする。
そんな余裕なカインさんは、ふふと笑って再び私の髪を梳き始めた。
「不快ではありませんが…」
「え?」
「昨夜部屋を訪れたのが私であれば…とは思いました」
語る言葉も眼差しも優しいのに、何故か切ない色が含まれる。
「いえ、もっと前に気持ちを伝えていれば。いくらでも機会はあったはずなのに。あなたの不安を払拭出来たはずなのに。…そう、後悔しました」
昨日わたしが泣いたことも、クラウドさんはみんなに話したのだろう。
でも、後悔してほしかったわけではない。
わたしがただ、一歩を踏み出せなかっただけだ。みんなの好意を、信じられていなかった。
………そうだった。
わたしはまた、同じことを繰り返してた。
みんなは言葉でも態度でも、たくさん証明してくれていたのに。
女性だから神子だからと、理由を作って心の距離を置いて……それは間違っていたと昨日身に染みたはずなのに。
後悔したというカインさんの瞳は軽く伏せられていたが、それでも熱を帯びていて。
その眼差しの意味を素直に受け入れれば、昨日と同じくぞわぞわと胸をくすぐるような幸福感でいっぱいになって。
ああそうか。
わたしが不快じゃないと言われてぽっかりしてしまったのは。
わたしが期待していたのはーーー
「ハル、あなたが好きです」
心にじわりと、カインさんの言葉が沁みてくる。あたたかくて、くすぐったいような甘い想いが。
嬉しい。とても。
わたしもこの人が好きだ。
誰よりも優しく、真面目に、一途にわたしを想ってくれるこの人が。
でもーーー
「……嬉しいって……そう思ってしまう自分が、嫌いです」
カインさんが好きだ。……でも、同じくらいクラウドさんも大好きで。なんて酷い女なのだろう。
傲慢な考えがいたたまれなくて、シーツで顔を覆う。
誰だって、自分だけを想っていてほしいものだ。当たり前だ。
わたしは昨日、クラウドさんの気持ちを受け入れて、わたしも好きだと告白した。
そして今、カインさんの気持ちが嬉しくて、やっぱり好きだと思った。
………なんて気の多いことだ。
自分が相手の立場だったら絶対に嫌だと思うはずなのに。
いくら一妻多夫の国だからって、気持ちまで複数の人へ向かうなど、自分が信じられない。
初めて人を好きになったというのにその相手が何人もいるなんて、わたしは強欲でふしだらだ。
「なぜ自分を嫌いだなどと?」
「だって、嫌でしょう?好きな人に他にも好きな人がいるなんて。自分でも信じられない。最低です」
「……確か、以前も同じようなことを言っていましたね。すでに夫が四人いる身で、可愛らしいことをおっしゃる」
「かわ…?」
突拍子もない言葉に、シーツから顔を出してカインさんを凝視する。
どこが?
暴君みたいなことを言ってるだけじゃないか。
「どこが最低なのか、私には全く分からないのですが…」
カインさんは本当に不思議そうに言う。
「あなたがもしも後ろめたい気持ちを抱えているのであれば、そんなものはどうぞ捨ててください。人を想う気持ちに、正解も不正解もないのですから。私たちが何よりも嬉しいのは、相手が自分の気持ちを受け入れ、同じ気持ちを返してくれることです」
「他の人にも同じことをしていても?それでも喜べるの?」
「もちろん自分だけを想ってくれるなら、これ以上嬉しいことはありません。ですが、それでは困るのですよ。夫一人で妻を守ることなど出来ません。自分と同じ気持ちで妻を愛し、慈しみ、何をおいても優先する。そういう夫が複数いなければ妻を守り続けることは難しいのです。そして他の夫とは、そんな対等な立場でいなければなりません」
「対等…」
「もちろん女性の中には特定の夫を優先する人もいますが、夫に優劣をつけないことは暗黙の決まり事となっています。妻が夫を平等に愛す。夫は惜しみない愛を妻に捧ぐ。それこそが理想の夫婦であり、円満な家庭を築く術であると認識されています」
私もそう思いますよ、そう言って笑うカインさんは、心の底からそう思っているらしく…
わたしの中の常識とは真逆な考え方に絶句する。
「あなたが私たちを慮って言っていることは分かります。そう考えてくれることはとても嬉しいのですが………私が今欲しいのは、あなたの思いやりではありません」
ギシ、とカインさんの手が顔の横に降りてくる。真上から見下ろされ、まるで押し倒されているかのような体勢に動揺する。
「ハル、愛しています」
「か、カインさん、あの…」
「何度だって言います。好きです。愛しています。誰よりも、深く、心から」
少し掠れた声がこの上なく甘くて、ぞわぞわとした感覚が全身に巡る。
不自然な体勢だというのに、女神の如き美しさは変わらずで。目でも耳でもうっとりと、酔ってしまいそうだ。
「この想いを、受け入れてくださいますか?」
はい、と答えようとして。
いや、この体勢はまずいのでは?と脳裏で危険信号が鳴る。
「ハル、お願いです。団長のときと同じように、私を受け入れてください」
「あ、あのっ…」
何とか起きあがろうとするも、アメジストの瞳を見てしまえば、捕らわれたかのように身動きが取れなくなる。その瞳と両側の手は、わたしを捕える甘い檻だ。
徐々に降りてくる瞳に魅入られーーー
「受け入れて、くださいますね?」
「…はい」
とうとう、そう答えてしまった。
カインさんの唇が降ってくる。
「んっ…」
柔らかく唇を喰まれると、どうしようもない気持ちになる。
何度も角度を変えてついばまれ、下唇をゆっくり喰まれ…ぞくぞくとした快感が背中を伝う。
「…ん、は…」
どれくらいそうしていたのか、空気が足りなくて唇を開けると、待っていたとばかりにカインさんの舌が入ってきて。わたしの舌はあっけなく捕えられてしまう。
「んんっ!」
舌をざらりと舐められ、吸われ、激しくはないけどわたしの気持ちのいいところを確実に攻められる。
くちゅりくちゅりと鳴る淫らな音は、果たして耳から聞こえてくるのか、身体の内側から聞こえてくるのか。頭がじんと痺れて、快感を拾う以外の感覚が麻痺してしまったみたいだ。このままだとおかしくなってしまう。
カインさんの服を掴んでいた手を開き肩を押すと、名残惜しげにゆっくりと唇が離れた。
「っは、ぁ…」
カインさんの熱が離れ、濡れた唇が冷んやりとする。その冷たさとは対照的に身体は熱くて仕方ない。やっと息がうまく吸えて、はぁはぁと呼吸を整える。
カインさんも心なしか息が荒く、艶のある瞳とあいまって何とも色っぽい。
「嫌ではありませんでしたか?」
「はい」
昨日の反省を生かして素直に返す。
クラウドさんも言ってたけど、この国の男性は繊細らしいから気をつけねば。
「良かった」
嬉しそうに微笑まれて、わたしも良かったとホッとする。
カインさんは嬉しい気持ちを表すようにわたしのほっぺにちゅっ、まぶたにちゅっ、おでこにちゅっ、とキスの雨を降らす。
柔らかい感触が心地よくてうっとりしていたら、今度はその唇が首筋に降ってきた。
「っ!」
その感触に思わずビクッと身体が震える。キスする場所が首に変わっただけなのに、先ほどのぞわぞわとした快感が蘇ってきて混乱してしまう。
「カインさん!そこ、なんかだめ…」
「嫌ですか?」
カインさんのしっとりとした声が耳元でして、びくりとまた身体が反応する。
「いやっていうか…ぞわぞわするの。やめて?」
さっきの快感を欲してしまいそうで、切実にうったえる。
と、ピタリとカインさんの動きが止まった。
そのまま起き上がるのかと思いきや、ピタと静止したまま動かない。
「カインさん?」
「今、喋らないでください」
耳元で低く、唸るような声が響く。
「は、え?」
「お願いですから、動かず、喋らず、そのままじっとしていてください」
何だかよく分からないけど、絞り出すようにそう言われては、言うことをきくしかない。
顔の横にある手がぎゅっと拳のかたちになり、力が入ってこころなしか震えている。
一体どうしたというのか。
それからどれくらい経ったか、突如バッとカインさんは起き上がり、わたしから距離を取った。
息も絶え絶えといった様子にギョッとする。
「だ、大丈夫!?具合悪い!?」
「大丈夫です。大丈夫なので私に近づかないでください」
「え!?」
急になんで!?
わたしなんかした!?
「………ハル、これだけ言わせてください」
「は、はい?」
「ベッドの上での“やめてほしい”は、“してほしい”と同義です」
「は?」
「そしてベッドの上でのお願いは、悪手です」
「あく…?」
「裸に剥かれて襲われてもよいと言うのでない限り、やめてというお願いは絶対にしないでください」
「はだ…!!!」
何を、何を言ってるんだこの人は!
わたしよりよっぽど綺麗で、女神様みたいな顔をして一体何を言ってるの!?
「ましてやあんな艶のある声でぞわぞわするなどと…私をケダモノにしたいのですか?」
「し、したくないです!!」
「ならばもっと危機感を持ってください」
持ってるよ!
だからこの状況はまずいって思ったし、起きあがろうと思ったのに、カインさんが、カインさんが……!あんなチューするカインさんが悪いんじゃん!!
理不尽な思いにキッと睨めば、
「そんな目で見ると…本当に襲いますよ」
「ひっ!」
理不尽だー!!!