12 イチャイチャって……どうすれば良いの?
初めて人を好きだと自覚して、その相手が自分を好きだと言ってくれていて、こんなに幸せなことはない。
今まで聞く専門だった恋愛話だけど、頬を染めて話していた友達の気持ちが、今ようやく分かった感じだ。
ーーーでもちょっと待て。
彼氏が出来たの、と報告してくれたあの子の彼は、もちろん一人だった。
わたしに出来たのは彼氏ではなく、それ全てをすっ飛ばした夫であり、なんなら四人いる。
この場合、わたしはあの当時の彼女たちと同じテンションで、幸せだと喜んで良いのだろうか。
夫が四人出来たの!と誰かに伝える自分の姿を想像して。
………やっぱり、何か違う気がする。
あの子たちのようなキラキラした気持ちになれないことが複雑だ。
いやそんな場合でもなくて。
同じ日のほぼ同じ時間にこれだけ感情の振り幅が大きいことなど滅多にないだろう。
なんだかんだと甘酸っぱい…いや、大人の階段を登ってしまったことで忘れかけていたけど、わたしのせいで騎士団が窮地に立たされているのだ。
お世話になっている人たちーークラウドさんたちだけでなく、毎日訓練で国のために励んでいる騎士さんたちーーが、わたしのせいで追い込まれているなど、あってはならない。
さっきまで、わたしのせいだと落ち込むだけでこの先を見出せずにいたけど、恋の力とはかくも人を強くするらしい。
今のわたしは、この状況を打開すべくやる気で満ちている。
そう、やる気だけは人一倍ある。
残念なのは、そのやる気をどう生かすかかが分からないことだ。
わたしに出来ること…わたしに出来ること…
まず何より大事なのは、王都の人たちの誤解を解くことだろう。
わたしが不当に結婚させられたという認識を改めてもらわなければならない。
第一騎士団の人たちは戦いを仕掛けに来るわけではない、というのを信じるならば、彼らの目的は、何かしらの交渉もしくは圧力をかけに来ることではないだろうか。
それこそウォルフさんが言っていた物資の供給をストップする、とか。
その原因がわたしなのだとすれば………わたしがこの辺境を離れて王都に行くことがベストなのだと思う。
でも、嫌だ。
ここを…クラウドさんたちと離れて、王都で新しい夫をあてがわれるなど、嫌で仕方ない。
これはわたしのわがままだ。
だけどこのわがままを、ただのわがままではなく正当な権利だと、クラウドさんなら貫き通してくれるに違いない。
そう、今は信じられる。
だったらわたしが出来ることといえば、今置かれている状況がわたし自身が望んだことであり、かつ幸せなのだと第一騎士団の人たちにアピールすることではないだろうか。
その様子を王都に伝えてもらって誤解を解く、これしかない!
イチャイチャを見せつければ、とクラウドさんが言っていたのを思い出し、なるほどそういうことかと思ったけど、イチャイチャって……どうすれば良いの?
脳裏に先ほどの濃厚な口付けが浮かんで、ボッと顔が熱くなる。
いやいやいやいや!あれを人前とか無理でしょ!相手も何見せられてんねん!てなるわ!
じゃあ、イチャイチャとは?
………だめだ、恋愛初心者のわたしには、人前であえてするイチャイチャというものがさっぱりだ。
これは、わたしひとりで考えたって仕方ないのかもしれない…
明日相談してみるしかないようだ。
結局、良い考えが浮かばなかった。
ため息を吐きながら、お風呂と寝る準備をして、その日は早めに布団に入った。
「今日はこのまま休んでいてください」
次の日、朝一で部屋を訪れたカインさんにそうピシャリと言われ、せっかく着替えたワンピースからまた寝巻き用の服に着替えされられた。
「朝食はもっと消化の良いものに変えてきましょう。何か食べたいものはありますか?」
「えっと、いや、大丈夫ですよ?そのままで…」
「そんな顔色で何を言っているんです。さあ、新しいものを持ってくるまで横になっていてください」
「大丈夫なのにぃ…」
カインさんに、例の大きなベッドに押し込まれ、掛布を丁寧にかけられ、しかも掛布の端をきっちりマットレスの間にとじられた。
「良いですか、起き上がったらすぐに分かりますから、そのまま大人しく寝ていてくださいね」
そう言って笑う姿は有無を言わさぬ迫力があって、はい、と小さく頷くほかなかった。
昨日はあの後、布団に早めに入った。
入ったは良いが、ウォルフさんの言葉を思い出して胃がキリキリとなり、そのあとのクラウドさんとのやりとりに火を吹くほど恥ずかしくなり、好きな人が出来たことに胸がきゅんとなり、第一騎士団が来ることへの不安で胃が締め付けられて、ウォルフさんの言葉が………と、その繰り返しで一睡も出来ず、朝を迎えた次第である。
空が白み始め鳥の囀りが聞こえてきたところで、わたしは眠ることを諦めた。
バルコニーで朝の空気を思いきり吸う。
清涼な空気が肺に満たされてスッキリと心地いい。
この屋敷は小さな山の頂上に建っていて、少し降りたところに騎士団の訓練場や寮、見張り場など諸々の施設が、カタツムリの殻みたいにぐるりとこのお屋敷を囲むように併設されている。
外部からこのお屋敷に入るには、堅牢な騎士団基地内をぐるぐると上がり、門を最低でも三つ通ってくる必要があるそうで、もうそんなの城じゃん、と思ったのは記憶に新しい。
更に下って、山の麓に大きめの街が一つ、小さな村がいくつか点々とあるそうだ。
大きめの街といっても華やかな街並みではなく、日用品や雑貨の商店や飲み屋、露店など、主に騎士さんたちが仕事終わりや休日に楽しめるお店が主で、あとは数少ないながら妻帯している騎士たちの家が数軒と、小さな神殿があるだけだという。
街の周りはさすが辺境というだけあって、雄大な自然が周囲を覆っている。
バルコニーから見るこの土地は、四方を自然に囲まれ、朝霧をまとってとても幻想的だ。
バルコニーから見て右手側は視界が開けていて、街道のようなものが見てとれる。見る限り分からないが、その先に見張り塔があって、そこが隣国との国境となるらしい。
正面には緑の濃い深い森があって、定期的に魔物が生じるその森は、そのまんま魔の森と呼ばれている。騎士さんたちは二月か三月に一度、森に入って魔物の討伐にあたっているそうだ。
そして左手。岩肌を剥き出しにした大きな岩山がその存在を主張している。わたしには岩肌が、白や金色など色んな色にキラキラと光って見えるのだけど、みんなにはただの岩山にしか見えないらしい。鑑定の力のせいなのかなぁと何となく思っているけど、理由ははっきりしない。ただ、こうして眺めているだけでとても綺麗なので、わたしにとっては嬉しい能力だ。
さらに左側を望むと、岩山から続くかたちで山脈が連なっており、もう一方の隣国にも繋がるほどの長さを誇っているそうで、こちらも壮大な大自然を目で楽しむことが出来る。
エルダー領は海にも面しているらしく、ここから望むことはできないけど、岩山と魔の森の間の道から海へと行けるそうだ。
何故かは未だ不明らしいが、この道に魔物が出ることは滅多になく、海との行き来も比較的安全らしい。
ここで海の食材を堪能出来るのも海が近いおかげだそうで、海鮮大好き日本人として最高の環境である。
都会でも田舎でもない場所を転々としていたわたしは、この雄大な自然に身をおけることがとても嬉しくて、ここから見る景色が何よりの宝物になっていた。
できることなら、もっと色んな場所に行ってみたい。話に聞くだけでドキドキして、想像ばかりが膨らんでいく。
二人以上のお休みが被ったときに必ず、と約束してくれているので、その日が楽しみだ。
そんなことを考えていたら、いつのまにか随分と経っていたらしい。
日がすっかりのぼり、朝霧も消えていて、意識すると冷たい空気に肌が震えた。
夏も近いらしいが、北方にあるこの土地の朝はまだまだ肌寒い。
眠れていない身体にこの冷えは結構こたえるな、といそいそと部屋に戻った。
まだ早いけど起きていてもおかしくない、そんな時間なので、着替えて身だしなみを整え、クラウドさんたちが商人を通して用意してくれた化粧品で目の下のクマを隠す。
いや結構うまくいったんじゃない?
大丈夫大丈夫、いつもと一緒。
そう、思っていたのに………




