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10 ああ、こんなに幸せで良いのだろうか

 「第一騎士団って…」


 確か王宮と神殿の警護をしている騎士団だったはずだ。


「なんで?何しに?」

「さてな。息抜きの旅行じゃないか?」

「クラウドさん!」


 ちゃんと教えてほしい。ごまかさないで。

 必死の目ですがると、クラウドさんはやれやれと息を吐いた。


「…ハルが心配するようなことじゃない」

「だって、軍隊が来るって…まさか戦ったりしないよね?同じ国の人同士で」

「そんなわけないだろ。そもそも一隊なんて大した数じゃない。俺たちとやり合おうとするなら第一騎士団全軍でかかってくるさ」

「じゃあなんで…?」

「…まぁ、ハルを返せとか、そんなとこだろ」

「返せって…だってわたしはもうクラウドさんたちのものでしょ?返せっていう権利、その人たちにはないじゃ…ない……?」


 婚姻届も出して、契約上は立派な夫婦のはずだ。妬みとただの噂だけで、王都の騎士団がわざわざ来るものだろうか?

 そんな気持ちで言ったのだが、クラウドさんにじっと見つめられて語尾がまごまごしてしまった。


「クラウドさん…?」

「…いや、夫が妻の所有物ってなら分かるんだが…」

「え、何それ。そんなこと考えたことないよ」

「じゃあ今言ったのも間違い?お前が俺たちのものって」

「え?」

「言ったろ?お前はもう俺たちのものだから、って」


 ………あ、確かに言った…

 あまり深く考えずに発言してしまったけど、そんなに食いつかれるとは…


「えと、夫婦ってそういうものかなって。別に物扱いしてるわけじゃないんだけど…」


 やっぱりじーっと見られて、とても気まずい。

 でもその瞳が熱っぽさを帯びているような気がして、何だかそわそわしてしまう。


「お前は俺たちのものだって、俺たちは主張して良いのか?」

「それは、そうしていただければ…」

「そうか…良かった」


 柔らかく微笑んだのを見て、そういえば今日は厳しい顔つきばかりさせていたなと申し訳なく思った。


「お前は後悔していると思ってたんだ。さっきも、俺たちから自立する為にあんなこと言い出したんだと…」


 え?そんなふうに思ってたの?


「違うよ!わたしはただ、みんなの役に立ちたくて、神子じゃなくても追い出されないように何か出来ることをしなくちゃって…」

「そんな心配してたのか?ハルが神子じゃなくても、俺たちはハルから離れる気はないよ」

「…そう、思ってくれてるって頭では分かってるんだけど…」


 ……自信がない。神子でなければ、わたしには、こんなに魅力的な人たちに優しくしてもらえる価値はない。夫婦という繋がりで、わたしだけが得をしている。この人たちに与えられるものが、わたしにはない。


 考えれば考えるほど気分が落ち込んでいくわたしの頬に、温かな手が触れた。

 顔を上げると、目の前に甘く微笑むクラウドさんがいて。


「ハル、好きだよ」

「………え?」


 突然何を言われたのだろう。

 聞き間違いかとその目を覗き込むも、変わらぬ笑みをたたえていて。


「正直女性にも神子にも良い思い入れがなかったんだが…」


 クラウドさんは苦笑するように眉尻を下げた。


「ハルと共に過ごすうちに、こんな女性がいるのかと驚いた。お前ときたら、俺たちのイメージする女性像を悉く壊していくんだからな」


 何を思い出したのか、おかしそうに笑う。


「お前は俺の忘れていた感情を取り戻してくれたんだ。女性だからでも神子だからでもない。ハルがハルだから、俺はお前を好きになった。好きだよ、ハル。俺の言葉は信じられない?」


 翡翠の瞳が、しっかりとわたしを捕える。

 目が離せず、クラウドさんの優しい言葉が胸に染み込んできて、何故か泣きたくなった。


「急に、なんで…?」

「ハルが不安なのは、俺たちの愛を信じきれないからだろ?夫として情けないことだ。もっと早くに伝えておけば良かった」


 違ったか?とクラウドさんに顔を覗きこまれて、動揺する。

 そういうこと…だったのかな?

 わたしが何で自分の価値にそこまでこだわったのか…

 わたしは…


「わたしは…ここを、追い出されたくなかった…いらないって言われたくなかった……初めて、わたしを、家族として、一人の女性として、受け入れてくれた人たちに…………嫌われたく…なかった」


 この人たちからもいらないと言われてしまったら、きっともう生きていけなくなってしまう。

 甘やかされて、優しくされて、わたしはこんなに心が弱くなってしまった。

 だから、嫌われないよう、役に立たなきゃいけないと……


 ふんわりと、大きな手がわたしの頭をくるみ、優しく撫でた。その熱いくらいの温もりが心地よくて、涙が出た。


「追い出さないし、いらないなんて言わないし、嫌いになんて、なろうと思っても無理な話だ」


 優しい言葉に、胸がいっぱいになる。

 一度こぼれてしまうと涙は後から後から流れてきて、こんなに泣くのはいつぶりだろうと考えたけど、遠い昔すぎて分からない。

 髪を梳く長い指が、優しくて、嬉しくて、幸せで、涙が止まらない。


「愛してるよ。何度だって伝えるから、俺たちの気持ちを疑わないでくれ」


 ーーーそんなことが、あるのだろうか。

 愛を………期待しても良いのだろうか。

 こんなわたしを、本当にずっと好きでいてくれる…?

 クラウドさんの手が、頬を優しく包む。


「ハル、信じて」


 囁くように、でも必死に願うように、その声音は少し震えていて…

 何度もこくこくと頷いてみせると、クラウドさんは撫でる手を止めわたしの身体をぐいと引き寄せた。片方はわたしの頭を、片方は背中に回り、きつく抱かれる。


「愛してる」


 頭上からもう一度はっきりと告げられ、その声色が真摯な思いをひしと伝えてきて、ああ、こんなに幸せで良いのだろうかと、やっぱり涙が溢れた。


 それからしばらく、抱きしめられたままよしよしと頭や背中を撫でられ子供のように泣きじゃくっていたけれど、ひとしきり泣いた後は嘘のように、すっと涙が止まった。

 後に残ったのは、ほんの少しの恥ずかしさと、くすぐったいような幸せで。

 くっついているクラウドさんの温もりに、甘えてしまう自分がいて。

 人に甘えるってこういうことか、とどこか冷静に考える。

 すると、ぽつりとクラウドさんは呟くように言った。


「お前が俺たちを心から受け入れてくれるまでは負担になることを言うのは止めようって話になってたんだが…それが返ってお前を不安にさせてしまった。すまない」


 なんてこと。そんな風に気を使わせていたなんて。結局わたし次第だったんじゃないか。


「違うの。わたしが勝手に思い詰めただけで…」


 手で涙を拭きながらそう言って顔を上げると、今までで一番近い距離にクラウドさんの顔があって。翡翠の瞳がこれまでにないほど柔らかくとろけていてーーー


 気づいたときには、柔らかい感触が唇に降りていた。





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