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聖女の短編集

聖女ガチャで選ばれなかった私は、この世界を満たす本物の聖女です

「なんだ、またババアか。次!」

「ハッ」


ブオーン。

ゴウンゴウンゴウンゴウン……。

ウィーン。

ドサッ。


「えー。微妙。次!」

「ハッ」


ブオーン。

ゴウンゴウンゴウンゴウン……。

ウィーン。

ドサッ。


「お!いい感じだけど、やっぱ次!」

「ハッ」


ブオーン。

ゴウンゴウンゴウンゴウン……。

ウィーン。

ドサッ。



何度繰り返すんだろう。


あの男は、私の魔力を使って聖女を何人も召喚している。今多分十人目くらい。召喚された人たちはなぜか全員眠っている。この世界に来た時にスーッと寝入ってしまう。


そして召喚された場所から部屋の隅に運ばれる。騎士みたいな人がお姫様抱っこで丁寧に。でも、あの男を止める人は誰もいない。


召喚された後の私は特に眠くもならず、なんら説明もされず、この召喚の道具になった。


あの人たち倫理観とかないのかな。椅子に無理矢理座らされた時、ガタイの良い男性に掴まれた両腕がまだ痛い。この椅子に座ってると魔力が機械に注がれるんだって。真横で洗濯機みたいな音がしていてうるさい。


ただ、魔力が無尽蔵と言われただけあって、魔力を使われまくってるのに何も感じない。自覚できないとこで何かあったら嫌だな。


召喚される前の私は結婚式場の控え室にいた。厳選を重ねたウエディングドレスに身を包み、複雑な心境のまま一人で待っていた。結婚式、やっぱりキャンセルすれば良かった。


複雑な心境の理由は婚約者の浮気、籍が入ってるから夫の不倫か。その不倫が結婚式の一週間前に発覚した。


不倫発覚前にオーダーしたウエディングドレス。その頃にはもう私への関心がなかったのか、相談しても生返事ばかり。彼の、ハヤトの変化に気付けなかった。認めたくなかっただけかもしれないけど。


相手は私の幼馴染のカナエ。


カナエは清楚系美人で庇護欲を誘うタイプ。中身は人のモノを奪う系の人。部屋に飾った物が何度失くなったか分からない。私の母親も同じタイプだからどっちが持っていったのかは分からないけど、カナエの方が上手だから母親も騙されてたと思う。多分。


せめて籍入れてなかったらなぁ。マジで後悔。ハヤトのこと、気持ち悪くて正直もう無理だ。一年我慢したら慰謝料付きで離婚できるって約束、ちゃんと守られるのかな。


いつもニコニコしてて、話し下手の私の話を楽しそうに聞いてくれた。彼と一緒にいるだけで幸せだった。


私はハヤトの『ただ一人』になりたかった。

まさかカナエと……


両方の両親に押し切られての結婚式。世間体もあったと思うけど、仲直りしてほしいという目論見もあったんじゃないかな。生理的嫌悪感ってどうしようもないとは思うんだけど。


全てのお支度が終わってたまたま一人になったその時、突然足元に金色の魔法陣が浮かび上がって驚いた。一人で控え室にいた時だったから、きっと失踪したことになってるよね。


本物の魔法陣、綺麗だったなぁ。虹色の光がキラキラと光ってなんか激レアが当たった時みたいだった。その後の暗転からの落とし穴。そしてあの男。


「ババアのくせに俺の花嫁にでもなるつもりか?」

馬鹿にした顔でフンッと鼻を鳴らしたあの男。彼も私ではご不満だったようだ。床に座ったまま放っておかれた。私のステータスが分かるまでは。


「ライムント殿下!この者のステータスは聖女です。どうなさいますか?おぉ!これはすごい!魔力量が無尽蔵だとあります!」

あの人すごく嬉しそうだったけど、王子が睨んだから黙っちゃったのよね。王子はよっぽど私じゃ嫌だったみたい。


ステータスって、異世界にいるってことだよね。嘘みたい。私詳しくないのにいいのかな。なんとかなるのかな。なんて考えてたその時、部屋の奥に人が倒れてるのが見えて震えた。


末端の命を守らない人たちだ!急にあの人たちが怖くなった。何で誰も助けないの?そもそも生きてる?


「生きているわよ?」

え?なに?耳元で返事返されたんだけど。

「ミカルが癒してあげたら?聖女なんだから。ミカルを召喚するために彼らは魔力を使われたの。魔力枯渇で倒れているのよ?」


誰?今私喋ってないよね?聖女って私のこと?

「そうよ、あなたは聖女。アタシクララ。ローズマリーの精霊よ。やっと繋がれたわ。お待たせ」


え。やば。話噛み合ってる。あ、なんか小さいのが飛んでる。

「小さいって言わないで。ホントはミカルより背が高いんだからね!」

プリプリと怒っているのに可愛らしい。本当に可愛い人って何してても可愛いよなぁ。


「ありがと。ミカルも可愛いわよ」

夫に浮気されたのに?

「あんな人ミカルから捨てちゃいなさいよ」

うわー、全部聞こえちゃってるんだ。恥ずかし。

「全部聞こえるワケじゃないから大丈夫よ。大きな声だけね。ミカルの心の声はアタシに、アタシの声は今はミカルにしか聞こえてないから、内緒で会話できて丁度いいんじゃない?」


確かに。声に出さなくていいし、色んな人に聞かれなくて済むのは便利かも。多分。


「ほら、早速魔法を使ってみて。あの倒れてる人たちが元気になるように」

どうすればいいの?

「そうね、えーっと、ミカルの記憶の中の言葉だと……『イメージ』。イメージしたら良いわ」

イメージ……記憶の中の言葉って、私の記憶を覗いたの?

「アタシ、記憶の中を検索できるのよ。辞書みたいな感覚よ。ミカルが理解しやすいように説明するためなの。その代わりあなたの役に立つわよ。なんでも頼って。そうね、『癒しの風』とかどう?イメージしやすいんじゃない?」


「う、うん。えっと、癒しの風よ、吹け」

機械音に紛れるように試しに呟いてみた。部屋の中にはゴーッと洗濯機のような音が鳴り響いている。


床を這うように黄緑色の風が吹いて、倒れている人たちに吸い込まれていった。苦しそうだった人が安心したように息を吐いて、眉間の皺がなくなったから多分効いたんだと思う。本当に魔法が使えた。もしかして夢?


「夢じゃないわ」


その時だった。あのムカつく男が如何にも凄いことを閃いた!とでも言うように喜色満面の笑みを浮かべて言ったのは。今思い出しても腹が立つあの顔。

「よし!その女の魔力を使って聖女召喚を続けろ。無尽蔵なのだろう?」

「ハッ」


なぜ止めないでそのまますぐ実行するんだろ?ちょっとは考えなさいよ。


それから魔力があるなんて実感がないまま、今に至っている。


クララは倒れてる人たちを確認してくれてるみたい。気になってたからありがたい。大丈夫そうで良かった。


あの男は次々と女性を召喚してダメ出しして放置。ホントに感じ悪い。


それにしてもこの次々に召喚した人たち、どうするんだろう。できれば全員家へ帰してあげたい。今は眠っているから何も言わないけど、目覚めたら大変そう。今多分十五人。


さっさとあの男好みの聖女を召喚して終わってくれないかな。もはや聖女とかどうでも良くなってない?欲しいのは自分好みの女でしょ?


「きたー!やっと出た!最高だ!この聖女にする!」

あの男が喜んでいる。確かに今までで一番可愛い。いや、可愛い系だけど割とセクシー。セクシーなのが気に入ったのかな?しかも眠っていないから会話もできてる。あんな顔もするんだ。嬉しそう。でも耳の形とか地球人じゃないように見えるんだけど……?


「殿下!その者は!」

機械を見つめていた、私のステータスを勝手にみたあの人、何か言いたそうだけど、あ、黙った。やっとご機嫌になった王子の機嫌を損ねたくはないよね。面倒だもん、あの人。あ、王子がお気に入りの聖女を連れて部屋から出て行っちゃった。


続いて職員ぽい人も次々と部屋から出て行っちゃったよ。残された人たちはどうするの?文句一つ言わないからって倒れてる人たちはそのまま?今外から鍵かけられた音がしたんだけど!


私に向かってパタパタとクララが飛んできた。クララは全身が私の手のひらくらいの大きさしかない。

「ミカル、今よ!機械を逆回転させて」

どうやって?なんのために?

「この聖女じゃない人たちを送り返すの」

できるの!?

「ええ。逆に回転させたらできるわ。イメージしてみて!」


回転、か。回転する機械というと、電子レンジや洗濯機、ハンドミキサー?うん。洗濯機かな。さっきから周囲の音が洗濯機。洗濯機を逆に回すイメージで聖女召喚装置を回す。部屋の真ん中に人が一人入れそうな渦が出来た。


クララの指示で選ばれなかった人たちを浮遊させた。一人ずつ運んでどんどん渦の中に入れる。眠っていてくれて良かったのかもしれない。暴れられたり騒がれたりしたら制御する自信がない。どうか正しい場所と時間に戻れますように。


「大丈夫。任せて」

クララが自信満々に答えた。本当に信じていいのかな?

「もちろん!あとで説明するね?」

「え?」

私も帰りますけど?

「どうして?」


え?

「これで全員送り返せたわ。さあ、思いっきりやっちゃって」

やっちゃってってあの機械を壊せってこと?私帰れなくなるよね?え?どういうこと?

「あなたはこの世界の聖女なのよ?」


待って!私以外にもいるじゃない。あの男に気に入られた人!あの人も聖女でしょ?

「ああ、あれはあなたの世界から来たワケじゃないから大丈夫。気にしないで。さあ、早く!壊して!」


「嫌よ!だって帰れなくなっちゃう!」

「衣食住は保証するし、仕事もあるわ。そもそも元の世界に未練がある?」


そう言われて、私は何も言い返せなかった。


一浪して奨学金を借りてまで入った大学ではカナエへの対応に明け暮れた。夢見てた『大学生生活』はほとんどなく、友だちも上手く作れずじまい。勉強は楽しかったし、当時の私の救いでもあったけど、ね。


なんとか卒業して就職したものの、パワハラとセクハラが、「冗談じゃん、頭固いなぁ」で済んでしまう会社に入っちゃった。お茶っ葉がどこにあるのかも教えてもらえず、必死に探してやっと淹れたら、

「君が入れたお茶苦いね。嫁の貰い手ないよ?」

だって。


カナエと不倫した夫はなんかもう気持ち悪いし、確かに帰っても良いことなんてない。そういえば両親もカナエがうちの子だったらいいのにって言ってたな。


ああ、ホントだ。元の世界に戻る理由が一つもない。漫画もドラマもアニメも追えてない。


「分かった。いいよ。やるよ」

あえて口に出す。今までの色々な鬱憤を込めて大きな黄緑色の玉を作った。面白いほど大きくなる。そう、例のアレだ。昔アニメで見たやつ。手を振り上げてその玉を機械に思いっきりぶつけた。


ドカーン!


激しい爆発が起きて建物が揺れた。

「爆発だー!」

「装置の部屋だ!」

「火事だー!」

何も燃えてないけど?


「ライムント様ー!」

「お部屋には入るなと言われておりまして」

「宰相に話を」


混乱してるなぁ。そりゃそうか。慌ただしい声がたくさんこっちに近づいて来る。なんか怖い!

「アタシに掴まって!」

クララが私に向かって伸ばした手を捕まえると、目の前がグニャンと歪んだ。


頭が揺れる。うぇぇ。気持ち悪い。頭、痛い。

「いてててて」

目を閉じて頭に触る。

「ふぅ。これでしばらくは召喚なんて馬鹿な真似はできないわね」

クララは満足そう。


ここはどこ?


なんとか目を開けてクララを見た。明るいところで改めて見るとかなり可愛い。クリクリの緑の目に小さな鼻、ぷりっぷりのリップ。薄紫のグラデーションが綺麗な髪。


すっっっっっごく可愛い。

「あら、ありがと」

そうだった。全部聞こえてるんだった。

「ここは森の精霊王のお屋敷よ。召喚された聖女を連れて来るように言われていたの。アタシは森の精霊王にお仕えしているのよ」


精霊王?

「この世界には四人の精霊王がいらっしゃるの。あなたがさっき無尽蔵だと言われた魔力は森の精霊王の魔力なの。あなたを介してたくさんの魔力が使われてしまったわ。さあ、まずは精霊王に会いに行きましょ?」


え。借金みたいなものなのかな。やばいな。ん?借りたって、どういうこと?

「その通りよ。ミカルは魔力を借りて魔法を使うの。アタシが側にいるから使えるのよ」


はあ。こっちでも借金生活か。ああ、奨学金返し切ってない。まあ、でももう帰れないから良いのか。

「こっちに残って良かったでしょ?」

クララがニコッと笑う。可愛い子の笑顔はとびきり可愛い。


「ありがと」

クララ嬉しそう。可愛いな。あれ?クララが大きくなってる?目の錯覚かな。

「ああ、元の大きさに戻る途中なの。すぐには大きくなれないのよね」


いつの間にか私と手を繋いでトコトコと歩けるくらいの大きさになってる。このサイズも可愛いな。お人形さんみたい。それにしてもウエディングドレスって歩きにくい。蹴りながら歩くのやだな。カッコ悪。


ああ、あの可愛らしかったクララが私より背が高い美女になってしまった。詐欺だ。私の癒しを返してほしい。

「失礼ね!どのアタシもアタシよ?」

綺麗なお姉さんに優しく睨まれてしまった。目は睨んでるけど顔は笑顔。圧強。ちょっと怖い。あ、クララ行っちゃった。急がなきゃ。もう!ドレス面倒くさい!


「ここが精霊王のお部屋よ」

扉の前に立ったクララは身なりを少し整えて、私にもクララチェックが入る。知らないうちに乱れていた髪を直してくれた。ありがと。


「精霊王、お連れしました」

クララがそう言うと、扉が内側に音を立てて開いた。広い部屋に大きな窓。白を基調とした部屋は落ち着いているけど明るい印象。銀緑の髪の男性が窓の外を見ている。窓の外には大きな木。あんな漫画みたいな木、初めて見た。


「やあ、いらっしゃい。遠慮なく魔力を使ってくれたね?」

うわー、怒ってる。

「あの、私ではなく、殿下って人が」

「でも、止めなかったでしょ?あまつさえ、あの男好みの聖女をと願った」


「……返す言葉もございません」

「なーんてね。魔力に関しては何の問題もないよ。気にしなくていい。君はこの世界に聖女として召喚された時点でこの世界との契約が結ばれた。どんどん使って構わないよ」


「どういう契約なんでしょうか?私としては了承した記憶がないのですが」

「この世界に存在しても良いという契約だよ?あなたがあなたとしてこの世界に存在するだけで世界が満たされる。あなたのお役目は数多の奇跡を通して大いなる存在を仄めかすことだよ」


「仄めかす?」

「ああ。それだけで我々は満たされる」

「そう言われましても……」

「では、言い方を変えよう。この世界に様々な感情を齎してほしい。奇跡を起こし、聖女がいる安心感と高揚感を味わわせてほしい」


不安になった私はクララを見た。

「あなたの記憶の中だと『エンターテインメント』という言葉が一番しっくりくるわ」

エンタメ?

「そうよ」


ひぇー。精霊王が微笑んでる。普通に怖い。

「今日は体を休めてほしい。こちらの世界に来た初日はとんでもなく体が怠いはずなんだが、普通に動けているね。さすが聖女と言ったところかな?それともクララとの相性が良いのかな」


「後者だと嬉しいのですが。では、精霊王、御前失礼いたします」

営業スマイルのクララに連れられて部屋から出た。

「驚かせてごめんなさいね。精霊王の冗談って笑えないわよね」

魔力を借りた云々はウソってこと?


「いいえ。ミカルは魔力を体内に保持できないから、この世界の魔力を借りて使っているというのは間違いないわ」

誰の魔力を借りてるの?

「世界の魔力よ。アタシが空気中にある魔素を体内に取り込んで魔力に変換したものをつかっているの。一般的には体内に魔力を貯める臓器があるのよ」

なるほど。


クララが優しく微笑む。笑顔めっちゃ可愛い。

「ありがと。さあ、こちらの部屋へどうぞ。気に入ってもらえたら嬉しいわ。いずれ自分好みに変えていきましょう?その方がきっと楽しいもの」



◇◇◇◇◇



その頃、ミカルがいなくなってしまった結婚式場の控え室にはカナエの姿があった。

「ミカル、逃げたんだわきっと。ふふっ」


「ミカルー?準備どう?」

ハヤトはノックをしないで扉を開け放った。

「あれ?カナエちゃん、どうしたの?こんな所で。今日も可愛いね。ねえ、ミカル知らない?」


「私が挨拶に来た時にはもういなかったよ。ミカル、昔から嫌なことがあるとすぐ逃げちゃうから、もしかしたらハヤトさんとの結婚も……」


潤んだ瞳でハヤトを見つめるカナエ。ハヤトは舌打ちをした。

「あいつ!嫁のくせに、俺に恥かかせやがって!あーあ、カナエちゃんを選ぶべきだった。大失敗だよ、俺」

「そんな、ミカルに申し訳ないわ。私なんてミカルみたいに綺麗じゃないし、何もできないし。ただハヤトさんに気にかけてもらえるだけで嬉しいの……」


「カナエちゃんは謙虚だなぁ。ミカルに見習わせたいよ。あいつ偉そうに俺にダメ出ししかしないし、一緒にいると息が詰まるんだよな。その点カナエちゃんは大和撫子って言うか、男を立てるのが上手いって言うか……そうだ!結婚式、カナエちゃんと挙げちゃう?カナエちゃん、俺と、結婚してくれませんか?」


「え?いいの?嬉しい!でもミカルが戻ってきたらショックなんじゃ……」

「失踪する方が悪くない?俺を捨てて出て行ったんだから戻ってきても妻の座はカナエちゃんのモノだよ!それに、俺たち、相性良いし」


「ミカルはハヤトさんのお願いを叶えてくれなかったって言ってたものね。可哀想。ハヤトさんこんなに素敵な人なのに。私、ハヤトさんが好きだから何でもしてあげたい」

見つめ合う二人。


ちょうど二人が熱烈な状態の時にウエディングプランナーが入ってきて大騒動となり、結局結婚式は中止となった。ハヤトの両親がキャンセル料や出席者へのお車代を支払い、ご祝儀も全部返し、離婚に向けて話し合うことが決まった。


娘が突然失踪したことになってしまったミカルの両親は、ミカルのせいで恥をかかされたと激怒。とはいえ、警察沙汰になってしまったので成り行き上行方不明者として警察に届け出た。慰謝料を受け取って喜んだ後は特に関心もなく、彼らの日常からミカルの存在は消えていった。


異世界にいるミカルが当然見つかるわけもなく、財産を失った挙句離婚できなかったハヤトが再婚するまで、数年が必要だった。とりあえず同棲を始めたハヤトとカナエ。家事が苦手なカナエが誰か雇おうと言ったのが引き金だったのかもしれない。


「ミカルは一人で全部やってたけど?」


「ミカルが」

「ミカルは」

が始まり、ある日カナエは帰ってこなくなった。その後誰と付き合ってもミカルの影がちらつき上手くいかないハヤト。今もまだあの家でミカルの帰りを待っているらしい。


その間、ミカルの聖女としての日々は順調だった。



◇◇◇◇◇



ああ、精霊王のお屋敷、快適過ぎる。ここより快適に過ごせる場所なんてある?いや、ないよね。部屋のどこを見てもお気に入りの物。どこを見ても眼福。幸せ。実家で暮らしていた時は、気軽に飾ることもできなかったもんね。


でもこれが普通なんだよね、きっと。なんでずっと我慢してたんだろ。まあ、結局面倒だったってのが大きいか。あの人たち諦めないで主張し続けるから、だったら何も置かない方がいいやって簡素な部屋になっちゃってた。なんか色々とうるさい人たちだったな。


そもそも他人の大切な物を奪う人の心理は正直分からないよね。この世界にもそういう人がいてガッカリしたな。なんとなくこの世界にはそういう人はいないと思っちゃってた。


聖女の力を使ってあの人たちを見た時、別に心が汚れているわけでもなく、ただ欲しいからだって分かってびっくりした。奪うって本来許されないよね。罪悪感を持つよね。でも彼らは違うの。欲しいものは奪うし、罪悪感を持たない。


そんな人たちと一緒には暮らしたくはないよなぁ。でももしマジョリティが奪う人たちだったら、奪いたくない私の方が異質じゃない?奪い合いに参加しないと生きていけないってことでしょ?

「ミカル、昼食よ。また考え事?」

うん。ごめんね。うるさかった?


「いつものことよ。それに前にも言ったけど、ミカルが幸せでいることが前提なんだから、ミカルが一緒に暮らせないと思ったならその人を隔離しましょ?彼らの正義を慮ってあげなくても良いのよ。それはミカルの仕事じゃないわ」

うん。なんか割り切れなくて。


「そう。でもそういうミカルがアタシは好きよ。さあ、今日は養護院での治療のお仕事が待っているわよ。でももし辛いならお休みしても大丈夫。どうする?」


あれからずっと、クララが秘書のような侍女のような仕事をしてくれていてとても助かっている。一番好きなのは奇跡を見せるショーみたいなやつ。若干マジックショーみたいで時々笑いが込み上げてくるけど、老若男女がキラキラした目で私を見てくれてちょっと嬉しい。今では『ラスタベリーの奇跡』って言われてる。


ラスタベリーは数多のエンタメが混在する街。ライブ、劇、ショー、多分なんでもある。観光客も多いし、賑やかだし、まさにエンタメのための街。沢山ショーが観れるのに私のショーの評判が良いから正直嬉しい。


一番辛いのが養護院での治療の仕事。ターミナルケアもさせてもらってる。治す為じゃない治療は色んな想いが交錯してホントに難しい。


そう、治せるならいいの。感謝してくれて嬉しいし。でも聖女でも救えないことがあって辛い。『寿命』だけはどうにもならない。


寿命だからって思えたらシンプルだけど、寿命の長さは人それぞれ。赤ちゃんで終わることも、夢を掴む直前で終わることもある。長く生きた後だからって、悲しくないわけじゃないし。


なかなか割り切れなくて鬱々としてしまうこともある。まあ、今こうして考えていることもクララには全部筒抜け。申し訳ないとは思ってるよ?クララ。


「もう!気にしないでって言ってるじゃない。アタシにとっても良い勉強なのよ?語彙が増えて楽しいわ。それにどんな風に『人』が思考するのかとても興味深いの」

ふふ。ありがと。


「アタシこそ、よ。さあ、そろそろ行きましょう!午後のお仕事の時間よ。今日はミカルが大好きな夕食を用意してるって、さっき料理長から聞いたわ。楽しみにしててって言ってたわよ。今夜はゆっくりしましょうね」


午前中は自分のために時間を、午後は誰かのために時間を使うのが今の私の生活。ご飯は美味しいし、部屋は自分好みだし充足感半端ない。


でもこんなに満たされているのに何かがまだ足りない。意外と欲深いのかな。母とカナエを見てきたからか、自分には欲なんかないと思ってた。


「ミカル、本来自分が自分としてただその場に在るだけで幸せなものよ。それ以外はいくらあっても逆に足りないの。矛盾した生き物ね。でもね、アタシにとってはそれが魅力的よ」

そうなんだ。


「ねえ、ミカル」

なあに?また精霊王からのメッセージ?

「……この世界に残って幸せ?」

うん。幸せだったと思う。元の世界では味わえない経験を沢山したよ。

「前の世界に帰りたい?」

うーん。帰りたくないって言ったら嘘になるけど、ここでの暮らしが気に入っているのも本当よ?


「あのね、あの機械が直りそうなの」

え?

「聖女召喚装置」

うそ?

「どうする?壊す?それとも帰る?」

壊すわ!次に来る人が私みたいに幸せになれるとは限らないもの!


「そう、分かったわ。アタシも手伝う」

でもさ、あの王子はお気に入りの聖女がいたじゃない?

「あの王子はもう亡くなったの」

え?なんで?

「あの時の聖女は聖女ではなかったの。性愛の精霊よ。ミカルの記憶の中では『サキュバス』が近いかしら。『悪魔』ではないのだけれど」


あー。聞き齧りの知識しかないけど、まあ、きっと何かしら吸い尽くされて亡くなったのかな。うん。

「ええ。彼が亡くなってすぐ、彼女もいなくなってしまったの。新しい王子に新しい聖女を、ということらしいわ。もうこの世界にはミカルがいるのにね」


どうしたらいいんだろう……

「そうね。精霊王から伝えたけれど、止められなかったわ。なぜ自分のための聖女を呼んではいけないのか!と怒ってしまったそうだから、強行するんじゃないかしら」


うーん。そもそもなんでまた機械を作り直せるんだろ?簡単なの?

「技術者がいるし、文献があるから、らしいわよ?」


全部無くそう!もう聖女召喚なんてしてほしくない!

「そう、分かったわ。どうしたい?」

機械を壊す。それから文献を燃やす。技術者を隠す。魔力を持っている人を全員隠す?何かいい方法があればいいんだけど。


「アタシはミカルの味方よ。ミカルの望みを叶えるわ」

じゃあ機械の所に連れてって。

「手を握って。あら、懐かしいわね」

ふふ。あれから何度も一緒に転移したからもう酔わなくなったよ。いつもありがとう、クララ。

「アタシこそありがと。じゃあ行くわよ」


空間が歪む。暗闇に目が慣れてくると目の前にはあの機械。ホントだ!また作ってる。でもまだ完成してはいないみたい。あの時よりも魔力を練るのは上手くなっているし、当然使うのも上手くなってる。


どうするのがいいんだろう。壊してもまた作られちゃうし、指示されて使う人が危険な目に遭うのは本意じゃないし。何度も召喚されたら何人も被害者が出ちゃうし。


ねえ、クララ、私がいた世界に繋がらないようにしたいの。どこか違う所……例えば海とか?

「できるわよ。装置を使うと海の水が出てくるようにしてみる?」


お願い。

「分かったわ。ミカルの記憶の中に良さそうな映像があったわ」

なんだろ。何かの映画かな?


クララが放った綺麗な薄紫色の光。触れたら柔らかそう。

「触れたら危ないわよ。体から海の水が出るわよ」

あぶな!もうちょっとで触っちゃうところだったよ。


慌ただしい足音が聞こえる。あの日もこんな風に聞こえたっけ。でも今日はもう逃げなくて大丈夫。あれから何度もステージに立ったんだもの。私は強くなった。それに、危なくなったらクララが助けてくれる。


「そこにいるのは誰だ!」

「あらご挨拶ね。私はこの機械で呼ばれた聖女よ。また新たな犠牲者を呼ぶと聞いてここへ来たの。あんな風に何度も異世界の人を呼ぶなんて許せない!」

クララ、私を光らせて。ショーの時みたいに!

「いつもより光らせちゃおっと」


「なんと神々しい!!」

あら、跪いて俯いちゃった。見ててほしかったのに。

「じゃあ、音を鳴らそうかしら」

例の鐘ね。よろしく。ショーで使っている鐘は実はいつもクララが鳴らしているのです。


ゴーン!


ゴーン!


ゴーン!


「「「ラスタベリーの鐘!」」」


知られてるなんてラッキー。あとちょっと嬉しい。

「ちょっと離れた街なのにね」

クララも驚いた?でもやりやすくなったかな?どうだろ?まいっか。


「この世界に新たに聖女を呼んではなりません。ライムントが亡くなったのは彼が選んだ聖女が原因です。これ以上の悲劇を望むのですか?そのような不届き者は海に飲まれるでしょう。代わりに王となるものにはこの宝石を授けます」


対価必要よね?拳大のダイヤモンド置いちゃう。キラッキラに輝くカット付き。すっごく綺麗。かなり上手に作れたと思う。彼らの反応は上々。良かった。


さあ!最後は消失よ。クララ、私を転移させて!


クララが私の肩に手を置くと世界が歪んだ。全てを置き去りにして家へ帰る。転移便利。私の魔法じゃないけど。

「ふぅー」

「ミカル、お疲れ様」

上手くいくといいんだけど。

「ダメだったらまたその時考えましょう?」

そうだね。じゃあ、養護院行こっか。


「行くの?負担じゃない?」

このまま休むのも逆にキツいし。早く治りたい人たちが待ってるから。

「そう。分かったわ」


治療を終えて帰ってきた私を迎えた料理長のオムライス。控えに言って最高!口頭でしどろもどろで説明しただけなのに完璧!美味い!


あぁ、幸せ。



◇◇◇◇◇



「クララ、その後問題はないか?」

「ございません」

「全て順調そうで何よりだ。聖女が来てくれたから、この世界にも充分魔素が満ちた。精霊も順調に増えているし、ありがたいことだ。全てクララのお陰だ。これからもこのままよろしく頼む」

「ありがたき幸せ」

「分かっているとは思うが、とにかく聖女には幸せだと思うように誘導を頼む」

「衣食住の衣に苦戦しておりますが、食と住の方は順調です」

「そうか。何かあったらすぐ報告するように」

「承知しました」


精霊王の部屋からの帰り道。


何より、アタシがミカルのこと大好きなんだから、わざわざ言われなくても幸せになるように動くっての。


とクララは心の中で舌を出した。





ローズマリーの花言葉は「想い出」「あなたは私を甦らせる」などなど

知識欲を象徴するお花の一つなんだそうです。

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― 新着の感想 ―
精霊王でたから精霊王ENDかと思ったら、クララENDは最高でした。
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