第9話 君と、初めてのクリスマス
また関係者に会った時面倒だ、という事で、結局車椅子は片付けて、槿は歩いて病院を出ることになった。
「普段も散歩してるし、別にそれくらいで疲れないよ。」
私に気を使ってくれているのか、とも思ったが、彼女の様子から本当に大した事がなさそうだ。
車椅子を片付けた後、病室に来たのと逆の手順で外に向かう。途中何度か関係者とすれ違ったが、今度は特に反応されなかった。
「本当に気付かれないんだね。」
と声を潜めながら槿は私に伝える。やはりいつもより楽しそうで、きっと非日常感を楽しんでいるのだろう。
守衛室で電子キーを返却し、遂に槿と私は病院の外に出た。槿は、久しぶりの病院の空気を感じてか、どこか高揚した様子だった。
「今更なんだが、ひとつ聞いてもいいか?」
「え、うん。」
周りを眺めていた槿だったが、唐突な切り出し方に槿は少し驚いた様子でこちらを見る。
「槿の身体だが、走ったり激しい運動をしなければ特に問題は無いのか?」
「多分、そうかな。最近はあまり発作も起きていないし。」
「そうか、なら良かった。」
そう言って、彼女の腰に手を回し、反対の手で槿の膝を抱えるようにして持ち上げた。
「え!?」
いきなり抱えられた事に慌てた様子だった。今日は槿がいつもより表情が豊かな気がする。
大抵いつも笑っているか、達観した微笑みをしている様な気がする。まあ、いつもと言っても出会って2週間程度だが。
「私の首に手を回せ。」
「わ、わかった。」
なにか分からないような調子のまま、彼女は手を回す。
「ちゃんと掴まっているんだ。落ちないようにな。」
私はそう言って、膝を曲げ、勢いを付けて空へ飛んだ。とはいえ、せいぜい十数メートル程の高さだ。
ある程度の高さまでは勢いのおかげで上昇出来たが、少し速度が落ちるのを感じた。
彼女は細身だし、あまり背も高い方ではないから、軽い方ではあると思うが、流石に人を抱えたまま飛ぶのは、普段一人で飛ぶのとは勝手が違う。
仕方ない、私は諦めて、私は久しぶりにコートを羽根に変え、夜空に広げた。
私の身体を隠せる程の大きな蝙蝠の様な両翼を羽ばたかせると、高度と速度が安定した。
槿を抱えている為、出来るだけ目立たないよう、かつ槿があまり寒さを感じないように、周囲のビルより少し高い位置で飛行する。
槿は、最初中に浮いた時は大分驚いた様子だったが、少しすると落ち着いて、下を通り過ぎる街と上を流れる夜空を見比べて、目を輝かせている。
彼女は最初の印象とは随分違うな、と改めて思う。思っていたより、表情が豊かだ。
「何時もより、夜空が綺麗に見える。」
目を輝かせながら、彼女は言う。普段窓から見る景色と、そう変わらないはずなのだが。とは思うが、口には出さない。彼女の言葉を聞き、何気なく空を見ると、確かに言っていることがわかる気がする。いつもより、月が綺麗に見える。
その後5分程繁華街を飛んで、徐々に田舎の方へ向かう。住宅より漏れる光と、先程より広い間隔で道を照らす外灯、まばらに走る車の光が見える。
田舎に入ってからもう数分飛ぶと、目の前に広い森が見える。確かこの前来た時もこの近くだったはずだ。
「槿、目を閉じてくれ。」彼女を驚かせようと、私は言った。
「わかった。」なんらかのサプライズがあると理解したのか、楽しそうに目を閉じる。
期待してくれているのはいいのだが、大分期待しているように見える。
前回花束が失敗したので、ここまで期待されると少し期待を下回らないか不安になる。
目的地で降りて、「もう大丈夫だ。目を開けてくれ。」と槿に促す。
槿が目を開けると、森の中に、開けた景色が広がる。
目の前には、赤、黄色、白の多種多様な花々が、綺麗に並んだ花畑、月明かりに照らされていた。
暗い月夜の下でも、丁寧に世話がされているのが分かる。自然に近い環境で、丁寧にそれだてられたその花達は、各々が、自分の魅力を誇って咲く。
ここを見つける事が出来たのは、偶然というか、とある縁というか、とにかく、色々あったのだが。
花の世話をしている人の、細かな努力であったり、慈しむ心のようなものが見えて、私はこの景色が、嫌いではない。
「綺麗……。」槿はそう呟く。
私と同じ気持ちかは分からないが、槿も気に入ってくれたようだ。
「この花束なら、迷惑じゃないだろう?」
「うん、すごい嬉しい!ありがとう!」
満開の笑顔で、彼女は私に言った。
よかった。喜んで貰えたようだ。ホッと胸を撫で下ろす。
「でも、どうしてここを知っていたの?」少し不思議そうに、槿は私に聞く。
「ああ、それはな、」
何故私がここを見つける事が出来たか、それは日曜日に槿と別れた後に遡る。