第89話 午後5時半、私は何をしたのか。
私がした仕掛けは非常に単純なものだ。
あのホワイトボードとペンが、私の一部だ、と言うだけの話である。
以前、二葉にメッセージを送る時に私の服の一部を手紙にしたのと同じ同様に、私の服の部分を変身させた。
吸血鬼の服や髪の毛にあたる身体は、犬の毛であったり、別の服であったり、手紙や、勿論ホワイトボードとペンのように命のないものに変えることが出来る。央は全身を変えることが出来るが、それはあくまで例外だ。
とにかくそれを利用して、服の一部を霧に変化させ、見えないようにドアの隙間から廊下に出した後に、ホワイトボードに変化させて廊下に置いた。
そして、ホワイトボードの一部を変化させてメッセージを書く。
『これを持って、部屋に入れ。勝負に使う。』
常磐と入れ違いでリビングに入っていく二葉はそれを発見し、タイミングを伺って指示通りに部屋に入ってきた。
書いた文字は、その時にもう一度変化させて消し、あとは連花がそこに答えを書けば、私はそれを知る事ができる、という訳だ。
そして、この作戦の肝は、『二葉がホワイトボードを持ってきた』、という事だ。
「不正も何も、私はそのホワイトボードに触ってもない。もちろん、勝負内容も今決めたことだし、連花と打ち合わせだってしていない。どうやってやるんだ?」
私は白々しくもそう言い放った。
アイリスは必死に私の怪しいところを探そうとするが、特に見当たらないようで、悔しそうに唇を噛む。
通常、それであれば次に疑うのは明らかに不自然にホワイトボードを持ってきた二葉と、そのホワイトボード自体だが、彼女は間違いなくそれをしない。
なぜなら、二葉を尊敬しているから。熱狂的なまでに。暴走するほどに。
だからこそ、この不正は気付かれることは無い。
不正をするのは流石に大人げないような気もするが、いや、間違いなく大人げないのだが、ここでもう1敗をすると、私の負けが確定となってしまう。なので、卑怯だろうがなんだろうが、ここは負ける訳にはいかない。全力で勝ちに行くつもりだ。
果たして、そこまでして勝つ必要のある勝負なのか、という事は一旦置いておく。
「特に文句はないようだな。であれば、次は私が先行だ。連花。次の単語を。」
「………ええ。分かりました。」
連花は変わらず不愉快そうではあったが、特に何も言わずに連花はペンを動かす。『水蓮』、と書いたのが分かる。彼の名前から、という事だろう。
「では質問だ。『それは、生き物か?』」
流石に何度も先程のように一度目で解答をした場合、アイリスは通しなどを疑うだろう。だから私は、答えが分かった上で、絞りきれない程度に何度か質問をする事にした。
「……『いいえ。』次はアイリスですよ。」
そうして、4巡した後に私は解答をし、2勝をした後、続く3回戦目。
「じゃあ解答よ!『12月!』」
後がないアイリスは、半ばやけくそ気味に2巡目で解答をした。連花と12月になんの関係があるのかは分からないが、恐らく誕生日か何かだろう。
だが、それは正解ではない。やけくそにしては、限りなく惜しくはあるが。
「残念ながら、不正解です。」
「では次は私の番だな。私も試しに解答をする事にしよう。『大晦日』。」
「ええ。正解です。これで3本先取しましたので、涼の勝利です。」
連花は冷めた調子でそう宣言した。イカサマの片棒を担がされたようなもの、というかそのものなのだから真面目な彼としてはいい思いはしていないだろう。
「なんかずるいわよ!なんでそんなに早くわかるわけ!?」
アイリスは納得がいかない様子で私に詰め寄る。
「どれだけ連花の気持ちがわかるかの勝負だろう。ただ私がよく理解していた、と言うだけの話だ。」
私がそう言うと、腑に落ちない表情をしているが、それ以上は何も言ってこなかった。
ふと、先程と同じようにカーテンを見ると、茜めいた光が射し込むことはなく、部屋の外は暗くなっていた。
「さて、アイリス。互いに一勝一敗だが、最後の勝負はどうしようか?」
分かったうえで、私は訊ねる。
「決まってるでしょ!最後は闘って決めるわよ!表に出なさい!」
「ああ。望むところだ。」
私は、夜に微笑んだ。
 




