第85話 啓蒙派と求道派
「まずは、おさらいです。『福音』が示した天界、つまり天国ですな。それへと至る道は、なんでしたかな?」
段々と常盤と私達の関係が教える側と教わる側のような錯覚を覚える。行ったことはないが、きっと学校とはこんなシステムなのだろう。
「はい。救世主の軌跡を語り継ぐこと、そして広めることです。」
槿も同じような気持ちなのか、少し楽しくなってきたような表情をしている。彼女が楽しんでいるならいいかと、私もこの場の空気に合わせることにした。
「あと、同じ道を歩むこと、とも言っていました。」
「素晴らしい!2人共完璧ですな。なにより、2人共別々の回答をしたのが素晴らしいですな。」
確かに、別に特定の意図があったわけではないが、そのような答え方をした。だが、それがなんだというのだろう。
「では、どうせですから少し座り方を変えましょう。岸根さんも、壁際におらずこちらにいらっしゃってください。」
そう言われて、何か意図があるのだろう、と思い机の方に向かう。それにしても、やはり私が壁際に離れて座り込んでいることに何も疑問を抱かないあたり、彼はどうかしている。
そうして常盤の指示に従い、槿と常盤、一果が対面、私と連花が並んで座る。
「これが、『啓蒙派』と『求道派』ですな。」
「は?」
「涼。先程の自分の発言を思い返してください。」
連花に言われ、思い返す。
「『彼と同じ道を歩むこと』、という言葉か?」
「ええ。その通りです。私達『求道派』の源流である3人の使徒は、そこに重きをおきました。具体的には、主の起こした奇跡、そして魔、つまり悪霊や、化物退治の技術を磨きました。」
「反対に、私達『啓蒙派』の5人の使徒は、さっきつっきーが言った『主の軌跡を語り継ぎ、広める事』を重視したってわけ。つまり、布教活動や、教会で人々に教えを説くことがメインで、奇跡は使えなくてもいーよ。って事。」
「え?一果って連花さんと同じ派閥じゃないの?」
「そう!そこが素晴らしいところなのです。現在一果さんは『求道派』としてエクソシストの職務を果たしておりますが、元々、桜桃家は『啓蒙派』の名家として有名でした。信仰心が高く、何人もの司教や大司教を輩出した、名門中の名門。桃李満門の一家だったのです。」
「常盤司祭おおげさ。つーか今も別に落ちぶれたわけじゃないデスから。」
「それがなお素晴らしいのです!」
常盤の熱量に、一果は鬱陶しそうな表情を浮かべる。間に挟まれた槿は苦笑いを浮かべ、少し気まずそうだ。
「話を少し戻しますが、『啓蒙派』、『教会派』とも呼ばれる人々の主張はこうです。『全ての人々に門扉は開かれるべきだ。そうして全ての人が信仰心を持って初めて、この地は浄化されるはずだ。』」
芝居がかった調子で、常盤は私達にそう訴える。
「そ、そうだそうだー。」
とりあえず、槿は乗ってみることにしたらしい。無理しているのがありありと見えて、少し可愛らしい。
「反対に、私達『求道派』、別称『退魔派』の主張はこうでした。『信仰の道を究めるべきだ。主のように魔を払い、信仰を高め、彼のような偉大な奇跡を成すものが生まれれば、この地は浄化されるはずだ。』」
連花もわざとらしい調子で常盤に訴えかける。
「そうだ。連花の言うとおりだ。」
槿に合わせて、連花の言葉尻に乗る。槿と目が合い、お互い笑いをこらえるように、口元が歪む。
「では、殺し合いですな。」
「ええ。とことんやりましょう。」
「「え?」」
私と槿はそれぞれ常盤と連花の顔をまじまじと眺める。
「ということが、実際過去にあったわけですな。」
「まあ、現代においてはほとんどありませんが。そういった衝突を避けるためにも、『求道派』と『啓蒙派』は道を違えることになったわけです。」
「で、実力主義のエクソシスト集団、『求道派』は男女関係なく使える奇跡の再現性や除霊実績で判断した階級制度で、しきたりや教え、家系などを重視する教会側、『啓蒙派』は男女別で、年齢、布教の貢献度、当然信仰心を含めた総合的な能力で判断する階級制度ってわけ。」
「教会側、『啓蒙派』は除霊はあまり評価されない、ということか?」
「いい質問です。評価されないどころか、除霊自体ほとんどしませんな。基本的には亡くなった方を天に送る『昇霊』、つまりお葬式がせいぜいでしょう。」
若くて階級が高い人間が除霊や化け物を殺した実績を評価されている、と思っていたが、教会側では除霊自体ほとんど行っていないとは。300年生きてずっと命を狙われ続けていたが、初めて知った。
「なので、悪霊や化物への抗う手段に乏しい『啓蒙派』は、教会という一般市民も入ることが出来る建物を建てて、建築物およびその地自体に浄化の奇跡を行うことで、それらの侵入を防ぎ、自らの身と信者を守っているわけです。」
「え?」
槿が不思議そうに私を見つめる。彼女の疑問は正しい。普通に化物が教会の敷地内にいる。
「まあ、とはいえ高位の吸血鬼や一部の化物には効果が薄かったようですが。あくまで霊体への抵抗が主な効果でしたので、物理的な肉体を持つ化物にはそこまで強い効果は発揮しなかったそうです。そんなのはほとんどいませんでしたが。」
槿を見ながら、連花は補足をする。なるほど、と私も合点がいった。恐らく『適応』のおかげもあるが、対して教会にいても少し「なんか、清いな。」と感じる程度で済んでいるのはそういうことだったのか。
「そして、教会には副次的な効果が生まれました。現代においては、もはやその目的が主目的、と言っても過言ではありませぬ。お分かりですかな?」
再び、常盤は私と槿に訊ねる。頭を捻るが、ぱっと思い浮かばない。
「…………お祈りする場所、ですか?あと、結婚式とか?」
「素晴らしい!お見事ですぞ!その通りです。強い信仰のない人々でも募ることのできる場所、信仰を深める場所、そして、まさしく人々に啓蒙をする場所としての機能を果たしたのです。」
槿だけが正解して、少しだけ悔しいような気がする。槿を見ると、誇らしげな表情で私を見つめる。初めて見る表情がどこか面白くて、悔しい気持ちは消え去り、思わず笑みを溢した。
そんな私達を気にせずに、常盤は続ける。
「そして、この教会こそが『啓蒙派』と『求道派』の盛衰を分けることになったのです。信者以外にも開かれ、魔を退けるというわかりやすい奇跡を伝えることができ、そして、時には恵まれない者への施しなども行いました。そうして教会を通して広く教団が認知され、啓蒙派は現在も尚信者を増やしております。反対に、一般的な求道派も一時は爆発的に人口を増やしましたが、啓蒙活動を行わない彼らは一般的な知名度はほとんどなく、次第に緩やかに人数を減らしていったのです。」
 




