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槁木死灰の私から  作者: 案山子 劣四
溢れ出す想い

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第84話 叙述譚と『不在の聖十字架』

「聖十字教団の教典、つまり聖書の事ですが、3編に別れて書き記されております。地球の成り立ちから救世主の誕生までを記した『起日(きじつ)譚』、救世主の誕生から、『福音の日』までを書いた『叙述譚』、それ以降を記した『天啓譚』の3編ですな。」


「今回は『叙述譚』に主な理由がありますので、話す内容はそこに絞りましょう。もし興味がおありでしたら、月下(つきした)さんのお部屋に3編全てがまとめて載っている聖書もございますぞ。解説が必要な場合はいつでもお呼びくだされ。」



この前槿の部屋の本棚に1冊だけ置いてあった本はそれか、と合点がいく。常磐(ときわ)最初から隙を見て布教をしようと思っていたことを悟る。


「『叙述譚』に出てくる救世主。お2人はその御名をご存知ですかな?」



記憶を思い返すが、(おう)から聞いた記憶はない。


「知りません。」


「私も、知らないです。『不在の聖十字架』に磔にされた人、だったような……。」


槿(むくげ)の言葉に、常磐は深く頷いた。


「仰る通り。救世主は、『不在の聖十字架』に磔にされました。」


磔にされる。一般的には罪人の処刑のように思える。


「救世主は人々に神の言葉を人々に伝え、奇跡を見せ、時にはその奇跡を以って魔を払いました。そして、詳細は端折りますが、彼は人々の罪を罪を背負い、十字架に磔となる事となったのです。」


「その詳細が重要そうな気がするのですが。」


そう指摘すると、常磐(ときわ)は今までのような堂々とした態度ではなく、モゴモゴと言いづらそうに口を動かした。



「そこを説明しようとすると、当時の時代背景であったり、他宗教の歴史についても触れる必要が出てきまして………。」


つまり、長くなる、という事が言いたいのだろう。彼は小さく咳払いをした。


「とにかく、彼が磔にされ、彼の死とともに最大の奇跡、それが後に『不在の聖十字架』と呼ばれるものになるのです。」


強引に話を戻し、常磐は説明を続ける。




「救世主は、その十字架から姿を消したのです。手には杭が打たれ、足は折られ、脇腹を槍で貫かれたまま。忽然と、衆人環視の中、信仰者や異教徒、無信仰者、全ての目の前で、その奇跡は起きたのです。」


興が乗ってきたのか、常磐の声は徐々に芝居がかったものになる。


「しかも、奇跡はそれだけではなかったのです。」


タメを作り、常磐は一呼吸置いて話を続ける。まるで、その奇跡を目の当たりにしているような、恍惚とした表情を浮かべながら。


「当然、人々は何が起きたのか、事態の把握が出来ません。救世主の使徒も同様でした。そんな騒然としたその場に、天から響くような声が響きました。後に『福音』と呼ばれるそれは、人々にこう語りかけたのです。」



「『天への道を示す為、彼を地に遣わした。彼の軌跡を語り継ぎ、広め、同じ道を歩むがいい。そうした者には、天への道が開かれる。この(のこ)った十字架が、その証だ。それ以外の一切、彼を証明するものをこの地には遺さない。この地が真に浄化されるまで。』」


常磐の声は唄うような、信心という熱を帯びてこの部屋のリビングに響く。昼食の皿を洗いながら、連花(れんげ)一果(いちか)も深く頷いているのが遠目にも見えた。



当時の状況を想像する。理由は分からないが磔にされ、死んだ男が忽然と姿を消す。しかも、救世主と呼ばれる男が。そして、さらに天からの声。恐らく当時の人は、その言葉を疑うことすらしなかっただろう。信者達の信仰はより強固なものになり、他の人々は救世主とその神を信仰し出すことが、容易に想像出来た。



「そうして、彼はその姿、名前、肉体すらも遺さずに、この地、つまり現世から姿を消すこととなったのです。後に『不在の聖十字架』と呼ばれるそれを遺して。」



つまり、先程の常磐の問いかけの答えは、『誰も知らない』、が正解だったらしい。そんなもの分かるわけがない。呆れて、私は壁に寄りかかる。


「こうして、救世主の使徒によって語り継がれたその言葉、軌跡と奇跡、それらをまとめたものが『叙述譚』となり、信仰の象徴としての『不在の聖十字架』へ祈る事で、信徒達が受けた『天啓』をまとめたものが、『天啓譚』となるわけですな。」


そこで常磐がひと息つく。彼の説明で、聖十字教団の成り立ちについてはわかった。だが、結局のところまだ明かされていない事がある。



「あ、あの……。」


おずおずと、槿は手を上げる。



「結局、私の質問の答えがなかった、ような……。」


槿の言う通りだ。何故教会側とエクソシスト側で制度が違うのか、と言った説明が一切なされていなかった。



「ああ。申し訳ない。決して忘れた訳では無いのです。ただ、これからは聖書に載っていない、政治的な部分になりますからな。視点の偏りは防ぎたいのです。その為に私を呼ばれたのでしょう、連花(れんげ)司教?」


連花の方を見ずに、あくまでにこやかな表情で常磐は声をかける。黙って皿を洗っていた連花の身体が小さく跳ねる。


「い、いえ、決してそういう訳では……。やはり、布教や教団に関する説明に関しては『啓蒙派』の方がよろしいかと……。」


「左様ですか。それでしたら、これからのドロドロとした政治のお話は、一緒にお話して頂けますかな?」


「ねー常磐司祭。私も暇だし混じって大丈夫デスかー?」


皿を洗い終えた一果は、手を拭きながらこちらに近付き、常磐に訊ねる。


「おお!もちろんですとも。桜桃(さくら)家は日本聖十字教団の歴史において、重要な立ち位置なのですから。」



「え?一果の家って凄いお家なの?」


槿は聞いたこと無かった、とでも言うように目を大きく見開く。


「凄いなんてものではありませんぞ。日本の聖十字教団が全世界でも例外的に『啓蒙派』と『求道派』が協力関係にあるのですが、そうなった理由は、桜桃(さくら)家の尽力による賜物なのですぞ。」


「まあ、凄いのはひいおじいちゃんなんだけれどね。私何もしてないし。」


そう言って心底どうでも良さそうに、顎に当ててピースサインを作った。



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