第82話 午後2時、一時休戦。
「自信満々だった割には、大したことないわね!」
アイリスはそう言って高らかに笑う。いい気持ちはしないが、彼女の言う通り自信満々だった割には大したことがなかったので、何ぐうの音も出ない。
「このまま2回戦も勝ち越してみせるわ!」
「それなんだけれど、ちょっとだけ待ってもらってもいいかな?」
槿がそう言ってアイリスに制止をかける。
「ちょっとご飯食べたばかりだから、休憩したい、かな。」
申し訳なさそうな顔をしているが、間違いなくこれも時間を稼ぐための作戦だろう。
「そうだな。私も少し疲れた。」
「私もお腹いっぱいなのです。」
アイリスは自身が勝っていたこともあり、流れを崩したくなかったのか、少し不満げであったが、二葉が同意したのを見て、開きかけた口を閉じた。
比較的、桜桃姉妹の言う事はきちんと聞いているところを見るに、本当に2人に憧れているらしい。全く私には理解できないが。
「ついでにアイリスもご飯食べた方がいいよ。まだ食べてないでしょ?」
一果のその言葉で彼女の手元を見ると、確かに彼女の料理は、私が作った分を含めて残っていた。
「そうだけど、お粥好きじゃないもの。」
よく好きでもないものを堂々と勝負に出せたものだ、と思わず感心する。それに負けた私も大概だが。
「せめて涼の料理だけでも食べた方がいいです。午後辛いですよ。」
「大丈夫!対戦相手の施しなんて受けないわ!涼だってきっと同じ気持ちのはずよ。食べてないもの。」
確かに、私も彼女の料理に手をつけていない。なんなら、自分の分に関しては作ってすらいない。
単純に食事を摂る必要が無いし、流石に槿の部屋で昨日食べた物を吐くわけにはいかず、胃に残った状態なのでこれ以上食事をしたくないだけで、全く同じ気持ちでは無いのだが、否定するのも面倒で何も言わない。
「……涼。」
ため息を吐きながら、連花は私に視線で合図を送る。が、正直全くピンとこない。
どんな意図があるんだ、と考えていると、槿が私の袖をアイリスから見えないように、机の下の方で小さく引っ張る。
彼女の方を見ると、彼女の前にある空の食器を指差していた。ああ、と合点が行く。
「すまない。勝負に熱中しすぎて、君の料理を頂くのを忘れてしまっていた。良ければ、君にも私の料理を食べてもらいたい。敵というわけでもないのだし、勝負が終わったらノーサイド、ということで構わないだろう?」
そう言ってアイリスの目を見る。自分が使った強い言葉のせいで二の足を踏んでいるようだったので、敢えて私は彼女の反応をそれ以上伺うことはせずに、彼女の作ったお粥を口に運んだ。
やや薄味だが、悪くはない。が、やはり、私の作った料理の方が間違いな美味しかったはずだ。と言いたくなる気持ちを抑え、
「なるほど。これでは負けてしまうのも納得だな。」
と彼女に聞こえるように呟く。
その言葉を聞いて彼女は嬉しそうな表情を一瞬見せるが、すぐに当然だ、と言わんばかりの表情を作る。
「当たり前じゃない!」
そう言って彼女も私の料理を口に入れる。
「あなたもまあまあやるじゃない!」
そう言いながら、満足そうに食事を続ける。これでいいか、と槿と連花を見ると、小さく頷いていた。
「そういえば、なんだけれど。」
少しすると、思い出したかのように槿がそう切り出す。
「前にちょっと一果と二葉から聞いたけど、『エクソシスト』って、教会の神父さんとかシスターさんとは違うんだよね?」
そういえば、そのあたりは私もよく知らないな、と今更ながら気付く。教団については多少は知っているが、基本的には『私達を殺そうとしてくる集団』というイメージしかない。
「最初に病院で話した時も思ったのですが、めーちゃんから何も説明されていないのですか?」
二葉はそう言って、連花をジトっとした目つきで睨みつける。
「いや、槿さんにはあまり興味がないかな、と思いまして。あと私達『求道派』の主観的な話をすると、『啓蒙派』への偏見が生まれる可能性もありますし…………。」
「そんな深い話つっきーも求めてないでしょ。」
言い訳をこねる連花に一果が冷めた目で言い放つ。その様子を見て、慌てた様子で槿が3人の顔を順に見て口を開いた。
「あ、でも、どうせなら詳しい話も聞きたい、かな。その、『求道派』?とかもよく知らないし。」
その言葉を聞いて、連花は少し考え込む顔をした後、二葉の方を向く。
「二葉。少しだけ、常盤司祭を呼んで来ていただいてもよろしいでしょうか?職務中でしたら、内容によっては代わっていただきたいのですが。」
「めーちゃんは本当に真面目ですね…………。」
若干呆れながらも、二葉は席を立ってリビングから出ていった。
「あ、あの、ちょっと気になっただけなので、そこまでしてもらうのはちょっと……。」
おずおずとそう連花に伝える槿を見て、連花は溌剌とした笑顔を見せる。
「気にならさないでください。ただ、今回興味を持っていただいた内容ですと、私よりも常磐司祭の方が適切でして。」
「常磐さんの方が適切、ですか………。」
私は、今までの常磐との会話をを思い返す。
『おや、相変わらず精が出ますな。』
『いいですな。私も好きですよ、お酒。』
『…………素敵な琥珀色ですなぁ。』
 
「そんな事ないだろう。間違いなく。」
「………私も、そう思う、かも。」
「いや、そんな事あるんですって。ああ見えて、常磐司祭は立派な方ですよ。」
『ああ見える』自覚は、連花としてもあるらしい。
 




