第81話 午後1時半、私がどうして負けたのか。
「それでは、ルールを説明します。」
何やら槿、桜桃姉妹と話していた連花がそう言って仕切る。嬉々としてやっている、という訳ではなく、仕方なしにやっているといった雰囲気が溢れている。
「まず、2人には1品ずつ料理を作ってもらいます。食材は住居棟にあるもののみを使用してください。これは日常においての料理スキルを計るためのルールでもあります。」
そこまで言って、連花は顎に手をやって、私を見る。
「これ、普段槿さんに料理をしない涼とアイリスが闘う意味って……」
「考えるな。続きを説明してくれ。」
何か言いたげだったが、かといって外で競うわけにも行かない事情を知っている彼は、咳払いをしてまた説明に戻った。
「調理時間は1時間です。2人が同時に調理できる程度のスペースはありますので、同時に調理を行ってください。審査員は槿さんのみですが、私達の分を作ってもらう分には構いません。以上となりますが、何か質問はありますか?」
そう言って私とアイリスを交互に見る。一つ気になったことがあり、私は手を挙げた。
どうぞ、と首で促されて、私は訊ねる。
「別に、槿の分だけ作ればいい、という認識で構わないな?」
「……構いませんよ。審査員からの心象がどうなるかは知りませんが。」
「せっかくだし、皆の分も作って欲しい、かな。」
1人前を5人前にするのは盛り付けなどの手間を考えるとかなり手間が増える。面倒だな、と思わず舌打ちが出る。
「………ねえ槿。あなたの彼氏、相当ろくでもないわよ?」
「これに関しては、そうかも…………。」
そう言って困ったように笑う槿を見るに、結局私の心象が悪くなることには変わらなかったらしい。だが、多少心象が悪かろうが、私の勝ちは揺らぎない。
「他に質問がないようでしたら、勝負を始めますよ。」
私とアイリスはその言葉にうなずく。
「大丈夫そうですね。それでは、開始致します。よーい、スタート。」
あまり締まらない連花の合図で、1回戦の料理対決が開始したーーーー。
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「ということで、勝者、アイリス。」
あっさりと、負けた。
「ちょ、ちょっと待て。いや、こうなったのは分かるのだが…………。」
間違いなく、料理としては私の方が圧倒的に完成度が高かったはずだ。それに、今回私が作った料理、『牛ヒレ肉のロッシーニ風』は、特に自信のある料理だ。きめ細やかな肉質の牛ヒレ肉に、とろけるような舌ざわりのフォアグラ、芳醇な香りのトリュフを乗せ、ペリグーソースをかけた、贅を尽くした食材が織りなすハーモニーを味わうことが出来る至高の一品、と央も言っていた。
「いや、私は美味しいと思いましたよ。この一時間でどうやったか全く理解できませんでしたが、フォンドボーをちゃんととっている点も凄いな、と思いましたし。」
「ていうか、食材どこにあったの?ヒレ肉もフォアグラもトリュフも買ってないんだけど。」
「冷蔵庫に普通に入ってたぞ。」
「それ絶対常盤司祭のロッシーニ風ですよ。あとで食材を買って返した方がいいのです。」
そんな会話を尻目に、槿は申し訳なさそうな顔をする。
「ごめん…………。最初に苦手なものを言えばよかったよね…………。」
「いや、槿が悪いという訳ではないのだが…………。」
正直、負けた理由に関しては分かっている。
「つっきー、味が濃いもの苦手だもんね。しょーがないよ。」
つまり、そういうことだ。味の足し算の極致のような私の料理は、槿の舌に合わず、一口しか食べることが出来なかった。ちなみに、食べた感想は、
「上に乗ってる白いのが脂っこくて、黒いのがちょっと独特な匂いがして、ソースが色々な味がして、生っぽい肉が気持ち悪いけれど、美味しい……んだと思う…………。」だった。つまり、すべて苦手だった、というわけだ。
だから、今回負けた、ということは分かる。わかるのだが。
「やっぱり病人にはお粥よ!」
そう言って胸を張るアイリスの目の前には、土鍋いっぱいのお粥があった。しかも付け合わせもトッピングも何もない、シンプルなお粥。
槿曰く、「塩加減がちょうど良くて美味しい。」とのことだった。
「私としてはどちらも美味しいと思いましたが、今回の勝負ではあくまで審査員は槿さんになりますので、アイリスの勝利となります。」
頭では分かっているのだが、なんというか、私の方が圧倒的に手間がかかっている分、認めたくない気持ちが強い。が、間違いなくこれ以上ごねたところで覆ることはないだろう。
もし、他の3人も含めていた場合、私が勝っていた可能性もあるが、審査するのは槿のみ、と決めたのは私だが、そもそも、仮定の話をしたところで不毛でしかない。
「…………わかった。認めよう。私の負けだ。」
ということで、負けるわけにはいかない今回の勝負、いきなり黒星からのスタートとなってしまった。
 




